四章【イーストウッド卿と滑稽な復讐者<Ⅲ>】
「とまあ、と、いう訳さ」
一切合切、重箱の隅を楊枝でほじくり回した挙句に、逆さにして上下にシェイクするが如く、私についての物語をイーストウッド卿に語り明かしたが、正常にお頭が動いていれば、与太話と即断される内容でもある。
御覧の通り、聞き終えたイーストウッド卿の様相は、鳩から豆機関銃を浴びせかけれた顔だ。もう何が何だかチンプンカンプン、こいつは一度、病院へ送り込んだ方が良いのでは?という表情にも捉えることが出来る。
フフッ、分かっていたとも、言えばそう思われるのは筆舌を必要とするまでもない、が語らねば私について語れない以上、避けては通れない道と割り切って、哀れみの言葉を投げかけれるのを、我慢するとしよう。
自分の中で、語り聞いた事柄を理解して咀嚼し終えたのか、イーストウッド卿は天を仰ぎ見て、深くため息をつき、重く言葉を発した。
「……ジェーン、君の話してくれたことが、少女の思い描いた絵空事ならば、どれだけ気が楽になれたか……、信じるに値しないと断ずる理由よりも、真実だと受け止めるべき理由の方が圧倒的に多い……」
「こいつは意外な返答に信じてくれて嬉しいと答えるべきか、それとも信じるに至った理由を確かめてから喜ぶべきか?だが、一つ訂正させてもらうと、私はカーラだ、ジェインではない」
何時までも私をジェーンと言いたがるイーストウッド卿に、残念な事だ、諦めてもらえるかな?という含みを込めた睨みとご一緒に、私の話を与太話だと断じないその理由を尋ねる。
「…あの日、バース駅にいたのはね…帝室と公室で秘密裏に推し進める、両家の縁談話、その根回しを理由なのだ。騎士爵の爵位は伊達や酔狂ではない、陛下の勅命で私も動いていたのだよ」
こいつは思わぬ人物を匂わせる言葉が出て来た。
そして私もという複数形、つまりはあの日のバース駅には、集うエァルランド政策の融和派がいた、という訳だ。成程ね、つまりイーストウッド卿はそれにジェインが巻き込まれたと誤解してしまったのか。
「さっきもお話したが、ジェインを、私の前世を殺したのはキャスリンだ。エァルランドへの融和が大嫌いな人達は、無関係どころか蚊帳の外縁にもいやしない。しかし、それだけの理由で私を信じるのかい?」
「攻略対象者と悪役令嬢だったね?その一連に関する縁談話や家の内情を知るのは、私のようにごく限れらた、信頼を寄せてもらえる者だけしか知りえない。一家ならまだしも多数の家となれば、君の話したことが真実でないと説明がつかないのだよ」
帝室からも信頼を寄せられている、大百貨店の社長にして人格者…それならば確かに内情を知れる立場だ。悩んで相談する、相談した相手から相談される。顧客の秘密は厳守する鋼鉄扉のような口の堅さは、イーストウッド卿のような職業に求められる資質。
相談するならこの人、という御仁ならではの見識を合わせた明察。
からの結論が、私の話は信じるに値するという事のようだ。
だが、一つ懸念事項がちょっと顔を覗かせた、確認しておこう。
「そうなると懸念が一つ、帝室と公室は過去の前例に則って、またの棚上げ?」
「いいや、その心配はない。すぐに愉快犯の凶行に巻き込まれただけ、ならば一人減らして推し進めればいいと、結論に至っているよ」
ならば重畳。
舞台に上がる前に降板されては、私の目的が果たせないし、人気ルート首位の皇子ルートが途絶えたら、他のルートを攻略する目算が立ったとしても、キャスリンは舞台袖に上がるだけで、顔は出さないだろう。
「さてイーストウッド卿、これで分かっただろう?ジェイン・メイヤーの死には貴方自身の責任もないし、負い目を感じる必要もない。全てはキャスリンの思惑であり、貴方は純然たる被害者で、私はある意味で加害者だ」
ジェインを殺す、その策略に巻き込まれた。
助けられなかった?助けられるはずがない、あの女がどれだけの期間を掛けて入念に下準備と下ごしらえをしていたか、当日のあの段階では私の周囲に味方は一人もおらず、偶然にそこに居合わせただけの者に、何が出来るというのか?
森羅万象、三千世界、過去現在未来を見通す目でも備え付けていれば、気持ち程度には話は違うだろう、しかしてそんな物などチートが定番過ぎて、飽和状態の異世界転生モノくらいにしか持ちえない。
チート級の富豪な御仁ではあるが、金は多能であって万能ではない。
答えは、無理。
「それでもジェーン、信じることは出来たはずなのだよ。君が決して、世間で誹謗されて当然ではないと、一人だけだったとしても…信じぬくべきだったのよ」
「……そんな事、書面上でしか知らない少女を信じるなど、聖人でも出来やしない。ましてや、同調圧力に逆らうのも殉教に等しい行為だ。何度も言うが、何度でも言うが…貴方が罪の意識を抱く必要は無いんだ」
損と得を天秤にかければ、自ずと答えは1と1を足すと2となるように、ジェインを信じる事はまさに大損。なら信じるに値しないが当然、だというのにイーストウッド卿の定規は、随分と奇特な尺度をお持ちだ。
世間様の尺度に合わせれば、良いだけだというのに。
「ジェーン……心根の優しさは、変わっていないのだね」
「っ…!?」
心根の…優しさ?はっ!たかだか文通をしあっただけの間柄で、どう思い違いをしたのか、イーストウッド卿は実に愉快な勘違いを口にしてくれた。ジェインの心根が優しい?違うね。
あいつはただ、正しく生きれば幸せになれると信じて、努めて人に愛される生き方を、顔色をうかがいながらしていただけの話。それが文面に現れていただけの話で、私まであんな、本心を押し殺して他者に媚び諂う生き方をしていると思われるの心外だ!
「ならば、何故、ここにいて、私に責任はないと口にするのだね?関係ないと最初から言えばよかった話だろう?だがここへ来た、私の目の間に立っている。ジェーン、君はどれだけ変わろうと、変わっていない」
「……いい加減に学習してもらえるかな?私はジェインでは――――」
言い切る前に、イーストウッド卿は再び立ち上がって私を抱きしめていた。
衝動に任せた先程とは打って変わって、優しく癇癪を起した幼子を言い聞かせ、諭すように穏やかに……。
「ジェーン、ここへ居なさい。復讐の為に生きる道ではなく、自らの幸せの為に生きる道を選びなさい。ブラッドレイ氏へ私から話を付ける、だからもう泣かなくて良いんだ」
止めろ…何でこんな様になってから、こんな言葉を聞かなければ……復讐を諦める?憎悪によって形作られた私が?ジェインのように、生きろと?
「あの時、手を握っては上げられなかった。もう遅いと分かっている、だがそれでも君が伸ばした手を私は握りたい、だからもう一度、手を伸ばしてくれジェーン」
「ア…アアァ……」
抱きしめ返せば、もう一度手を伸ばせば、私は、あたしは…幸せになれるの?
このままクリケットおじ様の言葉を受け止めて、受け入れれば、もう苦しみ続ける事も、誰かを傷つけて進もうだなんて………失せろジェイン。
「アッハハハハ!そいつは不愉快極まる提案だぜ!!イーストウッド卿は何を思い違えているのかな?」
私はイーストウッド卿の手を振りほどく。
戸惑いを顔に張り付けて、私を見やる表情は喜劇に相応しく、意表を突かれたという様相、何ともまあ愉快極まる鬱陶しい空気を醸し出してくれたものだ、思わず腹筋が引き千切れそうになる程に、大声で品なく笑ってしまった。
何より不愉快なのは、ジェインの分際で仰々しく人様の脳裏でよく囀る。
確かにジェインはカーラだ、カーラはジェインだ。
だが、私は私だ!
「いいかいイーストウッド卿、貴方は私個人への責任を感じる必要は無いなどと、誰がそんな生温い事を言ったんだい?私は貴方個人が背負うべき責任を背負う暇があるだろうと罵っているんだ」
「ジェーン?」
「カーラ・ケッペルだと学習して欲しいものだよ。自身の百貨店の惨状を少しは直視しないと、ジェインを言い訳にして逃げているだけになってしまうぜ?今や風前を間近にする灯、イーストウッド百貨店全従業員は、貴殿の復帰を待ち望んでいるんだぜ?」
ついでに言うと、たぶん扉の向こう側に駆け付けたご婦人も、貴方が立ち上がって歩みだすのを待ち望んでいる。死者に足を囚われて、二の足すら踏めないのは醜態の限りだ。
ならば異世界の日本で面々と受け継がれる古典にして、色褪せぬ今現在も遠き未来にでも通ずる、バンジージャンプで躊躇う奴は、後ろから蹴り落とすを実践するとしよう。つまり尻を盛大に蹴り上げるだ。
私は、扉を開いてあたふたとしているイーストウッド夫人と、その使用人の女中たちへ向かって一言。
「やあ心配そうに雁首揃える皆々様方、イーストウッド卿に山のような新聞の盛り合わせを、今すぐに、ああそれと、ココアと少々の甘味も」
「「「……」」」
「おいおい、聞こえていないのかい?さあ!動け!!」
「「「はっ…はい!?」」」
フフン、押してダメならダンプで突進してさらに押せ。
多少の強引さなど、後から禍根を残すだけであるならば、盛大に強引の極地を体現すれば禍根も丸ごと吹き飛ばして、前へと進む。一歩踏み出す切っ掛けを欲している相手なら尚更。
「ジェーン……」
「東方に仏の顔も有限だという諺がある、これで最後だ。私はカーラ、カーラ・ケッペルだとしかと脳髄に焼き付けてくれるかい?」
あたふたと駆け回るイーストウッド夫人や女中達から一歩外で、嗜虐的な笑みを浮かべるブラッドレイ夫人の下へ、歩みを進めながら後ろで呆けるイーストウッド卿に、うんざりだという声色で私は言い切る。
とはいえ、最後くらいは亡者の言葉を伝えておこう。
また無念から、化けて脳裏に現れては面倒だ。
「イーストウッド卿、ジェインは確かに孤独の中で死んだ。自らの最後の不条理を嘆いたが、それでも……貴方達夫妻との交流は、彼女にとって唯一の救いだった。それが無ければとうに、自らの手で人生の幕を下ろしていた」
振り向かず、ただそれだけを口にして、私はブラッドレイ夫人と共に屋敷の外へ、それから車に乗り込み、アクション映画でもないのに、ドリフト、ジャンプ、急ブレーキが連続する帰路へついた。




