序章【彼と彼女の終わりの物語<Ⅲ>】
空き教室は職員室のある一号棟から渡り廊下を通って二号棟を抜け、さらにその先にある三号棟の二階の端、以前はビジネス科の教室だったらしい。
生徒の人数の減少、島の方に私立高校が移転してビジネス科を新設し、かなりの充実っぷりにそっちに人が流れて、ついでとばかりに不祥事も起きて三位一体の合わせ技によって廃止になり、今は使われない空き教室となっている。
そして俺達は何かの待ち合わせの時に利用させてもらっている。
しっかしあれだね。
今更だけどこの【転生令嬢の成り上がり】、スチームパンクをうたい舞台は19世紀から20世紀のイギリスによく似たアルヴィオン連合帝国と、手堅くスチームパンク要素を組み込んでいるのに本編には全く生かされてない。
人狼に関しては悪役令嬢の一人、エァルランド大公の長女リザが人狼ってことになっているだけ。機械義肢とか魔工義肢とか名前は出てくるけど、実際に装着している人は出てこない。
他にも色々と設定されているのに出てこない。
スチームパンクとは名ばかりで実際は……俺、これ以外の恋愛ゲームやったことがないから分かんねー!聞きかじった程度だけど、どうやら実際の乙女ゲームには悪役令嬢とか出ないらしい。
そもそもこれを作った会社自体、恋愛ゲームはこれが始めてだ。
なら多少の粗は仕方がないのか。
「ふふっ、でもまあ、変な気分だよな。ジェインってキャラ、浅岡さんの言うように顔は違うけど、境遇とかよく似ているのは本当だね」
主人公キャスリンの双子の妹で最初のチュートリアルで陥れる別名『冤罪令嬢』のジェイン・メイヤー。
ジェインは両親に愛されず、俺は…笑えない事に両親に捨てられた。
父さんが事業で失敗して失踪、母さんは男を作って失踪、結果俺は親戚中をたらい回しという、まるでドラマのような人生を送って来た。
人生のどん底のどん底をさらに突き抜けてどん底、何度も経験した。
そのたびにこれ以上の下はないから、あとは這い上がるだけだと自ら鼓舞してきた。
そしてジェインも同じく。
境遇とか、生き方とか、似てると言えばよく似ている。
正しく生きればお天道様が見ているから、きっとこの先で良い人生を送れる。
そう信じているところはまさに、という感じであとは…俺もジェインも背が高い所も共通点……だけど、俺は浅岡さんにその事を話した覚えは無い。自分の人生が世間一般的に、あまりよろしくないのは自覚しているから、俺は一度だって話した覚えは無いぜ?
「松下さんか?」
全く身に覚えはないけど自称、俺と小学校が一緒だったという同級生の松下水帆さん。
両親がいなくなって、親戚中をたらい回しにされ始めたのが小学生の時だったから、彼女なら知っていも不思議では…いや、不思議ではあるな、うん。
それに選択科目が一緒でそれなりに会話をする普通の同級生だ。
そこまで深く俺の事情を知っているとは思えない。
うっかり漏らしたかな?
「ふふっ、緊張して感傷的になるとか。センチなんて俺の柄じゃないぜ」
さあ気合を入れろ青山時雄!
ここが俺の天王山!
この扉を開けて、声が上ずらないように自然に『ごめん浅岡さん!待った?』と言いながら入り、裏設定資料集とどうやって友情エンドに行ったのか説明して、そのままいい雰囲気になって!
なってだね!!
それ以上先はどうしたらいいんだろう!?
お、俺って今までそういった経験が無いから先が、手を繋ぐ先が分からない!
何で空き教室の真ん前に来てから悩んでるんだ俺!今更な事を考えるな、どんな時でも出たとこ勝負だ、下心を丸出しにせず努めて冷静に、そう冷静にだ!
この扉を開けて…ん?
空き教室から話し声が聞こえる。
浅岡さん、電話でもしてるのかな?
いや、声からして二人いる。
一人は浅岡さん、もう一人は誰だ?
扉を開ける前に中を覗いてみよう…あの顔は、蛇みたいな顔立ちの少女という事は松下さんだ。浅岡さんと松下さんの二人が空き教室にいる、二人は友達だったのか?そんな話、聞いたことないぜ。
いや…そういえば一年生の時に少し話しているところを見た気がする、それなら二人が話をしていても変な事ではない、何を話しているんだろう?
「前にも言ったよね?私達はもう、友達でも何でもないって。小学校が同じだった、それだけの関係。そう私は貴女に伝えたはずよ」
「聞いた、ちゃんと聞いたよその話、中学生まで友達だったのに高校生になった途端に絶交されちゃったのよね。花楓って保身大好きだからね、わたしと一緒にいたら色々と不味いものね?ね?ね?」
「……否定はしないわ、だから消えて、やっとやり直せている最中なの」
「はあ?はあ?はああ!?やり直している最中!?!?相手が、トラウマになって記憶障害になってるのをいいことに、初対面面の良い人面で友達を演じてるのが?やり直してるって言えるの?」
これは…やばいな。
どうにも雲行きが危ない、顔が見えるのは松下さんだけだけど雰囲気がヤバい。
それはもう、追い詰めた鼠に噛まれて逆上した蛇みたいな顔をしている。今にも浅岡さんに飛び掛かりそうな空気を発している!よし、ここは男を見せる時だ時雄!!
こう…無難に忘れ物を取りに来た何も事情を知らない同級生のように、気楽に扉を開けて入ろう!カッコウつけて「やめろ!浅岡さんから離れろ!!」なんてしたら松下さんを刺激してしまう。
二人の間に何があるのか知らないけど、一方的に松下さんが悪いなんて決めつけになる行動は、相手を傷つける。それはとても良くない、俺も何度もされて嫌な思いをしたんだから話を聞いて、可能な限り穏便に済ませられるようにする。
それが一番の解決策だ。
よし、1,2の3で入るぞ。
「そもそも、そもそも、そもそも!わたしも花楓も加わったじゃん、最初はわたしの失言、次に花楓が自己保身で口走った言い訳で!虐めが始まったじゃん、私と花楓で始めたじゃん!なのに、自分だけ知らないふり?悪いの全部、わたしって事?」
「そう…私は思いたいわ、ええ、だけど、保身でした言い訳が原因なのは認めるわ」
「じゃあ何で言わないの?私は浅岡花楓という名前だけど、前は村瀬花子でしたって?両親が離婚して、母親に引き取られて、その再婚相手の意向で改名しましましたって」
「…それはっ」
「言えないよね、言ったら間違いなく記憶が戻るものね?それで、思い出した時雄君、わたし達の事?」
「え!?」
蛇のような目で松下さんはそう言った。
俺はあの目を良く知っている。
俺は浅岡さんを以前から知っている。
ああ、俺は……思い出した。