表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/101

四章【イーストウッド卿と滑稽な復讐者<Ⅱ>】

 開いた扉の先に、意外にも血色は多少悪い程度の、ふくよかな体型の、厚切りのベーコンを添えし、焼き立てのパンケーキなどを片手という姿が、苦も無く想像し脳裏で再現出来そうな御仁が、安楽椅子に身を委ね切りながらこちらを窺っていた。

 返事をする気力が無かったというよりも、物思いに耽るあまりに耳が塞がっていただけのようだ。

 バタリ、と行儀良く静かに扉を閉めて、私はこちらをキョトンという表情で見つめるイーストウッド卿へと歩みを進める。


 しかしだ、応接室が贅に気を使っていたのだから、心を落ち着かせ和ませる私室はまるで少年心を詰め込んだ、小さな宝箱のような印象だ。壁に飾られるのは、故人の趣味嗜好に特化しているらしく、クリケットのバットや詳しくは分からないが、記念の写真に飛行船の絵。

 調度品も家具も、贅よりも使い勝手や愛着を優先している。

 ロンディニオンでも屈指の大百貨店の、その創業家の社長の私室にしては小ざっぱりし過ぎているとも、言えないもないが贅を凝らす事と心の平穏は比例しないのだからこの光景は、正しくもある。

 あと、近づいて分かったが血色は酷く、とまで行かないだけで良くは無い。

 このまま閉じこもり、引きこもりを続けるならば確実に体を壊すね、太り過ぎも原因でを付け加えて。


「君は一体……何者なのだね?その手足は…まさか、義肢か?だが自由共和国の、エディソン社の蒸気義肢はもっと無骨な…それはまるで工芸品だ……本当に何者なのだね?」


 呆けた顔をしているにしては良く見れている。

 目の前に現れしはチンドン屋もかくやの小娘、手足は中身丸出しの義肢と来ているのに顔は傷だらけ。何者なのか?見当をつけるのはかの私立探偵でも不可能であると断言しよう。ならば、こういう時は私から自己紹介に洒落込むのが道理だ。

 道理だが、さて、どの辺りから語りだすべきか?

 かいつまむのが手っ取り早いと言えるが、こういう腹の探り合いに人生の多くを割いて来た人には、誤魔化す、濁す、逸らすは不信を抱かせる。フフン、ならば一から全てを前前世から朗読するのが及第点、それではまずは…。


「フフッ、初にお目にかかる。私はカーラ・ケッペル、ご覧の通りの両腕両脚に魔工義肢を装着せし乙女、かつては、以前は、何時かの日には、ジェイン・メイヤーでもあった存在だ」

「…君は何を言っているのだね?」


 当然の返しが真顔で来たよ、見た目に反するのか心を塞ぎ込んでも、思考までは鈍重になってはいないようだ。こういう場合は、心に比例して思考も鈍ったり濁ったりするのが定番だというのに。

 こっちとしてはその方が話が進め易くて助かりはするが、真顔の返しは次の言葉を続け難い、強引に無視して空気の具合など読まずに進めるけど。


「何を言っているのか?それは言った通りさ、バース駅で跳ね飛ばされて、手足が千切れてこの様な乙女のカーラちゃんさ。言っておくが別段、脳みそが金星周辺の軌道にいる訳じゃないぜ?クリケットおじ様」

「なぜその名前を君が……いや、それよりも!?」


 どこぞの元日本国総理大臣の夫人ではあるまいし。純然たる地球生まれの、日本プラスする事のアルヴィオン育ち。取りあえず鼻筋から左の頬にかけての傷をなぞりながら、自らの最近新調した手足を見せびらかす。

 新調とは言ったが試験の時と同じ義肢だ、この意味はジェインの頃からの、という意味。

 ある意味では私が私たる証だ、これ見よがしにアピールしておこう。

 活力の足りていない、イーストウッド卿には善き精力剤になるだろうしね。


「信じられん……機械の義肢は…自由共和国の、エディソン社で開発された義肢は、蒸気駆動で板金鎧を超えた巨躯だった筈、それはまるで工芸品ではないか」

「フフッ、どうだい?凄いだろう?軍用目指して日夜研究中だけど、もうここまで形になっているのさ。自由共和国の場違いとは一線を画する逸品だぜ?」


 フフッ、男の子はこういうのが好きなんだろう?アンティークドールのような精緻さを持ちつつも、中身の精密さはより一層。時計の中の機械仕掛けに心奪われる男の子なら、目を輝かせるのも致し方なし。

 前世の前世の、時雄()が実は内心で惚れ惚れしているんだから。

 それと付け加えて、応接室の贅の凝らし方が時計に集約されていたんだ、こういうのが好きなのは安易に想像がついてしまう。

 私はイーストウッド卿の安楽椅子の隣に立ち、揺られながらでもよく見えるように、手足をチラつかせる。関節部の球体は、滑らかな駆動を妨げない為に、エドガーのこだわりと執念により磨いたのだ。

 目がその鏡面仕上げに比肩する磨き上げに行くのは必定。


「素晴らしい仕上がり方をしている!秋津洲の漆器が如く、なのだよ」

「フフン、多少なれど活力は出てきたようだね?されどまだ座っている方がよろしいと思うぜ?」


 興奮して、安楽椅子から立ち上がりかけたイーストウッド卿をさっと座り直させる。

 心に活力の日が仄かに灯ろうとも、過ぎ去りし日々の怠惰は、思いの外に自らを蝕む。ましてや付いて溜まった脂肪の量は、容易に想像を超えて行く。下手に立ち上がられてよろめかれたら、私でも支えきる自信は無い。


「すまない…いや、しかしだ。それ程の物を手足とするならば、君は何者なのだね?」

「先ほども申したと思うけれど?かつてはジェイン・メイヤーであった存在だ、この手足は一昨年に…まああの時のは仮組みだから、試作品のこれを取り付けたのは今年の話だが、まあ一昨年、汽車に撥ねられて手足を失ったんだ」


 おおと、どうやらしかめっ面にしてしまったらしい、禁句やNGワードの類に含まれたらしいね、前世の名前は、とはいえ口にしなければ話を進められないんだ。


「冗談、狂言、妄言の分類じゃないぜ?フフッ、こういう手足になってしまう程の事故は…まあ孤児貧民流民難民の類なら紙面の飾りにもならないが、これでも体はジェイン、両手足が、顔が、体中がこんな様になる事故は一昨年は限られているだろう?」

「……ジェーンは…死んだんだ。墓も参った、それにな、自分の娘が生きているのに死んでいるという親がどこにいるんだというのだね?」

「実際に、いるじゃないか?ディラン・メイヤーは自分の娘を杖で滅多打ちにして、半殺しの一歩先に追い込んだ前科者だ。それにクリケットおじ様、あたしはこんなこと、一度も書いてなかったけど、毎日手を上げられていたのよ?お腹の所のこの痣は、お父様に蹴られて出来たの」


 説得力を醸し出す為に、最後辺りに思わずジェインの猿真似をしてしまい、思わずみすぼらしい地肌を晒してしまった。基本的に私の地肌は見るに堪えない、新しい傷から古い痕まで、世の皆様はお目を汚して申し訳ない、と晒せば謝らねばならない。

 ほら見ろ、あまりの汚さにクリケットおじ様が目をみひ――――。


「ジェーン!」

「ちょっと!おい!?重……」


 いくらなんでも軍用を志す義肢でも…この巨体は……お、折れる!義肢がギシギシと、いや冗談ではなく、過る言葉に気を付けない次元で重い!


「すまないジェーン!私は、私はあの場にいたのに、助けられなかった。助けてあげれなかった!!」

「いいいいい、今はそれより…重い……折れる、もう一回足が千切れる……」


 急に泣き出したイーストウッド卿は、私を抱きしめてワンワンと泣き出してしまったが、零れ落ちる涙の勢いと同等の重量で抱きしめられ、体重を掛けれるものだから、義足の馬力を超えて…ヤバい音が足元から響いてきている……。

 折れる、千切れる、もげる!と必死に訴え念じていれば、ようやく気が付いたイーストウッド卿は、一歩後ずさって私を解放する。


「す、すまないジェーン……」

「思わずでまた足が千切れるのはシュールだよ、その巨体で衝動的なのは、相手の身に危険が及ぶから大概にしてくれよ?私じゃなかったら、一大事が起こってるぜ……」


 夫人や女中のか細さが絶えれる道理なんて、早々にないんだ。

 取りあえず、私はイーストウッド卿を落ち着かせてもう一度安楽椅子に身を委ねてもらう。そこから気を取り直す必要はあったが、どうにかこうにか、今日までの日々を語った聞かせる段取りをつける。

 ではでは、語って聞かせてしんぜよう。

 去年のバース駅で誰が何をしたのか。

 カーラ()という存在は何なのか?

 ジェインの前世である時雄という少年は、何者でどうして死んだのか?そしてこの世界をどういう風に捉えていたのか?

 そこから生まれた私は、今日までどう生きて来たのか、を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ