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四章【イーストウッド卿と滑稽な復讐者<Ⅰ>】

 家庭招待会から数日後、つまり今日この日に私はイーストウッド卿の自宅。首都ドゥブリンから郊外よりも近く、近郊に程よく近い地域の、閑静な住宅街へ足を運んでいる。

 ドゥブリンはエァルランドとアルヴィンとの貿易の一大拠点にして、エァルランドで産出されるあらゆる物産が集まる場所。都心部の住宅街は年々、飛び出す目玉の飛距離が更新し続ける高さ。

 この辺りの距離でも、車で数十分程度の距離でも小市民には手の届きようのない価格…おぇ……ダメだ、思考を別の方面に向けてもこみ上げる吐き気を抑え込むのは荒行だ。このご婦人、ブラッドレイ夫人は本当の意味での見た目詐欺だ。


「やっぱり、他人に気を遣わずにアクセルを踏み込むのは爽快な気分になるわ!買ったばかりの紅茶の缶を開けるに勝るとも劣らない!」

「フフぅ―――……フフッ、車の運転にも作法はあるだろうに…左右の未確認は横っ腹を突かれる最初の一歩だぜ?」


 スピード狂。ブラッドレイ夫人はまさにスピード狂だ。

 蒸気エンジンで疾走する車は登場して何年か?少なくとも私が生まれる以前には既に産声を上げて、生まれた辺りには富裕層と中産階級で広まり始めた自動車。今でも馬車は庶民の足だが、逐次に駆逐されて行っている。

 ならば早い段階で、近代的な道路交通法を導入する必要性に、ひっ迫していると気づくべきだ、主に私の三半規管の為に!


「あらあら、エァルランドで車を嗜む淑女は私くらいよ。殿方ならそれなりにいるけれど、この辺りでなら出会い頭なんて早々に起こらない、なら気持ちよさを優先しても問題にならないわ」

「大きく問題だよ、何時の世も、曲がり角から老若男女が飛び出すのものだぜ?のちの時代には玉遊びの子供と車の関わる展開は、悲劇喜劇の境を越えて常習だ。馬車だって人を撥ねるなら、車も免除される訳が無いだろう?」


 と、切り返せばブラッドレイ夫人はニコヤカに「あらあら」と微笑む…まな板の上で腹をくくる鯉の心地だぜ、まあ腹なんて括ってないけど、なので「フフン」と得意げな微笑みを返す刃でお返しを差し上げる。

 さてさて、ブラッドレイ夫人との言葉遊びに勤しむのもいいが、そろそろ本題へ向かおう。目の前に建つはイーストウッド家の邸宅、シルバニアとかのお家の様な、絵本の一幕のような、どこか郷愁を誘いそうな邸宅。

 ただあれほどの百貨店を経営する社長の自宅、にしては思いの外、という感想も付きそうな豪華だとか、荘厳だとか、絢爛だとか、美麗美辞とは無縁な外観でもある。

 ピーターとか似合いそうだし、ひょっこりと人参をモグモグと口にくわえた姿で、洋服を着込んだ兎が、あの名前だけなら大体の人が知っている彼が。こっちの世界にはいないけれど。

 

「さてと、そろそろ戸を叩かないとね。何時までもこんな所で、顔を青くしている暇はないのよ?大丈夫という事で、さあ戸を叩くわよ」

「ああ、かまわないよ」


 少しだけ見せた余裕、決して逃さないのがブラッドレイ夫人だ。こっちもこっちで、承知したうえで余裕を覗かせたから異論はない。あとちょっと、三分!なんて言わないし、言うつもりもないさ…本音では言いたいが。

 ブラッドレイ夫人が戸を叩くと「どなたでしょうか?」と顔を覗かせる女中(メイド)

 さっと手早く何者なのか?を伝えると、あらかじめイーストウッド夫人が言い使わせていたらしく、迂遠なく応接室へと案内される。


 そこは来客を迎える場所らしく、外の外観に比べれば多少の調度品への贅を気にしているが、目利きは自負できる様な教養は無いので、取りあえず秋津洲からの、舶来品に関してなら前前世(時雄)の記憶を頼れば分からなくもない。

 あの置時計。高さは約6フィートという背の高さよりもずっと目を引くのが、軽快な歯車の音に連動して躍動する、精緻や緻密が謙遜語と同意義な仕掛け達。

 どういう理論だい?と首をかしげずにはいられない、そも作った職人の狂気すら滲み出る動き。時計の隅々にまで施された星々を題材にした仕掛けは、一つの小宇宙を体現してもいる。

 

「いらっしゃい二人共」


 などとソファーに身を任せながら、時計の目利きをしていると件のイーストウッド夫人が現れる。以前よりも目に見えて顔色が優れていない、どうやらこの数日間の間に、イーストウッド卿は快方に向かっていないみたいだ。

 ブラッドレイ夫人は立ち上がり「セリーナ、案内してくれるかしら?」と単刀直入に、本日の来訪目的に、色々とある社交辞令をすっ飛ばして本題へと話を進めた。

 古い付き合いの友人だけ会って、そんな電光石火も良く馴染んだ展開という風に、顔を顰めるとか、ちょっと面を食らうとか、そういう表情を一切出さずにイーストウッド夫人は二階へと私達を案内する。


 今日の来訪目的。

 語るべくもなくイーストウッド卿に私が面会する為だ。

 ただ疑問なのは、どこまで話したのか?だ。

 私の前世がジェイン・メイヤーであった事と、前前世と合わさって私という人格が、存在が生まれたという事。白羽の矢を立てた以上は何か言ってはいる筈だ…が、イーストウッド夫人の様子をうかがう限りでは、ミジンコ一つ分も知らないだろうね。

 今も私を訝し気に観察する眼差しを、投げかけてきているから。

 まあ、当然だろうね。

 自分の夫が大変なこの時期に、どこの馬の骨とも知れぬ、奇妙奇天烈が人の形を成したこの私が、よりにもよってこの私が面会するんだ。警戒したり、疑念を抱くのは道理という話、誰だってそうする、私だってそうするぜ?


「夫は今日も、今も私室に籠りっぱなし。おかげで扉を広くしないと出れなくなりそう」

「あらあら、まだまだ太るの彼?かつてのクリケットの名手だなんて、誰に信じられるのかしら」

「本当よ、出会った頃はカーラちゃんみたいに腰の細い、細身だけど筋肉質な、アーサーにも負けない美男子だったのに。今は気の良い小太りなおじちゃん、まあそこもあの人の魅力なのだけど」

「すぐに見た目と中身が一致しているのは良い事だけど、一年前よりもなら膝を悪くすわよ。食事面で、制限はしているの?」

「秋津洲のお料理を参考に、オトウフ?とか使ってくれてるけど、ダメ。ダメダメよ、お腹が膨れる一方」


 私室の前に到達するなり、緊張感、シリアスな空気はコメディ調へと転げ落ちてしまった。どうにもペース配分の掴み辛いお二人だ、基本が死んでも治らない生真面目な二人の要素を、色濃く受け継いだ私には、本当にこの二人のペースは掴み辛い。

 なので、


「入っても良いのかい?他人様の部屋の眼前で、姦しく立ち話をする趣味を私は持っていないんだ。話を淡々と進めて良いなら進めるぜ?」

「まあまあ!ごめんなさにね…トレント、開けるわよ?」


 強制的に次の展開へ。(スキップ)

 イーストウッド夫人が戸を叩き、中の住人へ声をかけるも返事は無い。

 就寝中かい?何て時間でもない、とするなら返事をする気力もない、という事だろうね。

 なので返事を待ちぼうけする前に、私はドアノブへ手をかける。

 この先にイーストウッド卿がいる。

 聞いた限りでは1年間、ジェインの死を悼み、私室に引き籠った挙句に自分を長とする百貨店を放り出す御仁が。

 社長の不在と競合店の仁義なき大攻勢で、経営は悪化。ならばこの機を狙って百貨店を乗っ取るという考えの思いつかない、義理人情を頑なに貫く従業員を放り出している御仁が。

 と同時にジョナサンとロベルタと出会うまで、ジェインの唯一の心の支えでもあった、クリケットおじ様が、この先にいる。

 カーラ()に何が出来るのか?分かりはしないが、出たところで勝負するしかない。

 私はドアノブを捻り、扉を開けた。

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