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三章【這い上がり乙女<Ⅳ>】

 さて、協力者を思わぬ方向から得る事に成功した訳で、それもサーブルの腕が達人級の協力者。アシュトン中尉、いやトリスタンは早速私が身に付けている間違い過ぎた構え方や癖、見様見真似の悲惨な応用などを全否定する形で矯正。

 そこからとんとん拍子で月日は過ぎて行き、物思いに耽る6月のある頃合い。

 日夜繰り広げる修練の結果は、まあ必然としてこうなる訳だけども……、


「あらあらカーラさん、義肢に油は差した?部品の交換は?その結果の喧しさなら減点してもいいかしら?」


 義肢がもうね!ギシギシと!!…いやジョークじゃないぜ?現実問題として本当に駆動音がああ!悲惨。

 映画のワンシーン、クソ硬い装置とか無理くり動かすあのギギィ…という歯軋りみたいな音。錆びて回らない回す装置を無理やり回す金切り声。そういった方面の音の合わせ技でもう、煩いのなんの……あとここ数日で悪化して、日頃から動かし辛い義肢がさらに動かし辛くもなった。


 部品は定期的にダメになった順に交換しているし、油?みたいな?5〇6みたいな?そういうのを差してもいるんだけど、二、三日も持ってくれずにそぐに…だ。

 今月はもう終わるし来月は進級が出来るか?否か?の査定が始まるというのに、現状はどこぞのスターなウォーズの金色のポンコツ担当ロボだ。ん?あれってポンコツ担当だったよね?なにせロードのショーで見たっきりだからうろ覚えだ。


「フフッ、それならブラッドレイ夫人から言ってくれるかい?私だって心底迷惑をしているんだ、いや極めている。昨日だって糖蜜パイ(トリークルタルト)を楽しめなかったんだぜ?」


 本当にさ!本当に迷惑しているのはこっちの話だ。

 そっちは騒音被害、こっちは楽しい嬉しいおやつ時でおやつがさようなら宙を舞う!?

 レモン果汁強めのレモンキャンデーのような味わいで、すり下ろしたパンが多め過ぎるのが難だけど美味しいトリークルタルトが……ヴィクター博士に小一時間は文句を言いたい事案が発生したんだ。

 恨めしいのはそっちだけの話じゃないという視線を送ると、ブラッドレイ夫人もそこを減点対象にするには、権限の乱用だと知っているので渋々とも、苦々しくともとれる視線を送り、チョークを握り直して授業を再開し、酷い駆動音を部屋中に響かせた後、座学は滞りなく終わる。

 

 さあ座学を終えたのならお愉しみの昼食だ。

 今日は何かな?

 昨日はフィッシュパイと蒸し野菜。

 ああ、言っておくがパイだがパイ生地じゃなくてマッシュポテトを上に被せてから、オーブンでじっくりと焼いたパイだ。魚の旨味が滲み出るクリームソースとマッシュポテトの相性は良好!

 フフッ、そうさ。

 アルヴィオン人は大のジャガイモ好き!そしてアレマラント人を侮蔑する際は『ジャガイモ野郎!』ではなく『キャベツ野郎!』だ。アレマラント人の肉体を構成する成分には、酸っぱいキャベツ(ザワークラウト)が含まれているからね。

 さあ、楽しい楽しい昼食の……はぁ~若干の不愉快を内包する昼食の時間だ。

 というのもだ、ここで暮らして分かったがどうやら私以外の面々は、テーブルマナーと言うのは異国情緒漂う、千夜一夜物語(アラビアンなナイト)と同じ類だと思っているらしい。まるで餌皿に噛り付く、品性が低俗な野趣あふれる野犬の食卓!

 それがこの『選定の家』での食事風景だ。

 まあいいさ、外野席に追いやり気にはなるが気には留めないように努力すれば何とかなる。何よりだ、あの座学と礼儀作法の実技で完全に私に追い抜かれた自称筆頭に、面倒な忌々しい赤毛に難癖をつけられる前に食堂に向かおう…向かおう……フフン…壊れたね、右足が!?


「ええい!何たることか……」


 右足が…廊下に出た辺りで、動かない!ここで、このタイミングで、何ともまあ知らせ合わせたように!

 この義肢…悪い方向で良く空気を読んでるぜ。

 階下の医務室まで左足単品で行くしかないね…フフッ、歩くのにも神経を擦り減らすというのに、片足ケンケンか。やれたなら拍手喝采だ。

 それでは重心を左側に―――、


「この筆頭が手伝ってやる!」

「のわっ!?!?」


 床板が眼前に!?

 このままでは顔面からこんにちわ、だ!


「がはっ……」


 咄嗟に突き出した右腕が…予想以上に馬力が出たみたいだ。

 勢いから180度くらい回転して、背中からこんばんわ。おまけ、右腕が完璧に壊れた。

 そして起き上がれない上に、感覚から衝撃で無事だった左足も壊れた。

 何より犯人の、赤毛のあん畜生は事の重大さに恐れおののいて逃げている!まったく自分のしでかした事の顛末を、見届ける気概を持てないなら最初からするな、という説法をしてやりたい。

 

「あらあらカーラさん、こんな所でお昼寝?それとも…やっぱりお昼寝かしら?」


 ここに来てさらに私を見下ろすブラッドレイ夫人か。

 今日は厄日だ…いやこれくらいなら平常か?

 

「フフン、唐突な即興の喜劇、いや突飛な珍事に見舞われただけさ、後は起き上がるだけの事だからお気になさらずに」

「そう………………」

 

 ん?どうしたんだ?日頃通りならここからさらに二、三小言や皮肉を言うというのに、黙って見下ろすばかりだ。何も言わないのなら面倒に見舞われなくて良いのだけど、さて起き上がると言ったが……無理だね。

 まず両脚が動かない、ついで右腕は…おやまあ、肘から先が2ヤードの彼方。

 残るは左腕のみだから……芋虫ごっこと洒落込むか。


「あらあら、何をしているのかしら?」

「何って?羽化する前の芋虫の気持ちになり切っているだけさ。これはこれで乙だぜ?」


 フフッ、若干自棄だね。

 取りあえず動ける左腕を駆使してお天道様を見上げる体勢から、お腹と胸を地面に密着させる体勢に切り替え。後は左腕一本だけの気長な匍匐前進…鈍牛より遅く蝸牛と徒競走すれば勝てる程度の速度で。

 階下まではそこそこに距離は離れているが、声を上げれば届く辺りまで芋虫ごっこを……おや?急に体が宙に……これは、小脇に抱えられている??


「どういう策略だい?かのブラッドレイ夫人が、この私を運ぶとか。何を請求する予定なのか確認しても良いかい?」

「あらあら見えないのかしら?貴女が這ったせいで床が傷物になったわ。貴女に請求するのは減点、ヴィクターへは恫喝かしら?まあ詰めは階下の医務室へ着いてから」

「フフッ、それはそれは……」


 ヴィクター博士…良き様!トリークルタルトの恨み、こんなにも早く返せるとか!嬉しいね~楽しいね~。


「それはそうと、今回の仕出かし。逃げたのは確認しておくけど何時もの相手で良いかしら?」

「いやいや、そこまで気を使って頂かなく結構だぜ?私が転んで私が倒れていた、で結論づけてもらえると幸いなんだけど」

「……それは、一種の庇いかしら?」

「アッハハハハ!私が?あいつを?庇う?寝てないのに冗談なんて口にしないさ…やり返すのは自分でするから愉悦、なんだぜブラッドレイ夫人?」

「まあ!それは同感できるわ。私も気に入らない親兄弟に利息込みでやり返した時はとっっっても…愉悦だったわ」


 ゾッとするくらい、冷たくて嗜虐的で、絵物語の悪い魔女も腰を抜かして命乞いに身命を賭しそうな笑顔だ。ああ~確かに、この笑顔を向けられると苦手意識の十や百は抱くね。

 トリスタンの話だと、一人息子のウィル・ブラッドレイは母親の笑顔を乳飲み子の頃から触れ合い。今では滅多な事があっても絶対に実家に帰ろうとしないらしい。最後に帰省したのは5年も前だというのだから筋金が入っている。

 しかしあれだね、ブラッドレイ夫人。細身の割に腕っぷしがよろしい事で。

 この同年代の男子よりも背が高い事に定評のある私を、小脇に抱えるとか。人狼だからなのか?


「あらあら、カーラさん。女はペンよりも重い物を持てなくて許容されるけれど、妻は夫よりも華奢では務まらないのよ?外で働く事だけが取り柄の夫に代わって家を守り、家を統べるのが妻。子供を小脇に抱えるのは妻の嗜みよ」

「……」


 これは驚きだ。

 ディランの腰巾着、かつてのジェインの実母であるキャロルは、全知全能が顔に集約されていたから、あんなのでも務まると思っていたジェインと私が実に浅はかだったと、痛感する事態だ。

 キャロルは子供を小脇に抱えただけで粉砕骨折をしそうな華奢っぷりだったからね!

 と、私が感心しつつ目から鱗の滝を放流している間に医務室に到着する。

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