序章【彼と彼女の終わりの物語<Ⅱ>】
「おーい、目覚めなよ優等生」
「……あれ?浅岡さん??」
「浅岡さん?じゃないよ、まったくもう!何ボーとしてるのさ」
「ごめん…ふわぁ~~俺、どれくらい寝てた?」
「5限目の初めから、終わった今まで、どうしたの?寝不足?」
「そんな感じ……」
さっきの夢は一体……何というか実際に体験したように生々しくて、これから体験するというような、本当に変な感覚だ。
それと…ふふっ、クラスメイトでマドンナ的な存在の浅岡さんに起こしてもらえるのは席が隣同士という俺の特権だな。怪我の功名か、昨日は夜遅くまで柄にもなくゲームに熱中してふわぁ~~まだ眠い。
教師は…よし、近くにはいないな。
俺はスマホを取り出して、小ざっぱりしているアプリの一覧から、目当てのアプリをタップして起動させる。すると無数に噛み合う歯車と、激しく蒸気を上げるタイトル画面が現れる。
タイトルはスマートフォン向けスチームパンク恋愛シミュレーションゲーム【転生令嬢の成り上がり】。
あ、言っておくが俺は腐男子というのではない。
男のシャワーシーンなんて即スキップだ。
それなのに何故?
浅岡さんに勧められたからだ。
ああ、そうだ。
俺、青山時雄は浅岡花楓に好意を寄せている。
そんな相手に勧められたら、男子高校生としては金銭的に余裕が一切無くてもプレイしないわけにはいかない。
「どうしたの、行き詰った?それなら聞きいて!何せ勧めたのは私!そして一番プレイしているのも私、なら聞くべきだと私は思う」
「ふふん、俺だって何時までも初心者って訳じゃないよ。実は俺が授業中に居眠りしたのはこれが原因だ!」
「なになに?えっ!?これは!!」
ふふん、そうさ俺も何時までも素人ではない。
まだ玄人と言えるほどじゃないが、それでも素人からは脱している。
いや、それどころか伝説に到達した。
そう幻と言われた伝説の友情エンドに俺は到達したのだ!
……気になって調べてみたけど、普通の恋愛ゲームだと友情エンドは隠しエンディングではならいしい。まあこのゲームは色々とぶっ飛んでいる要素が多いからそのせいなのだと思う。
というのも、このゲームは昨今流行の悪役令嬢モノを基にスチームパンク要素を加えて作られたんだけど、主人公のキャスリン・メイヤーは婚約の決まった双子の妹のジェインに嫉妬してあろう事か、8歳のある冬の日に冷水を浴びせかけようとする。
が、転んで自分がバケツに溜めた冷水を浴び高熱を出して、三日三晩生死の境を彷徨い、前世の記憶が蘇り、自分は恋愛ゲーム【スチームサーカス・ロマンシア】の世界に転生した事を知る。
そしてこのままだと破滅的な最期を迎える事に気づく。
さらに何もしなくても両親が馬鹿をやらかして破滅へ至る。
ここまで来たら普通の悪役令嬢モノだと未来を回避しようとしたり、出奔したりするらしんだけど、どういう事かキャスリンは破滅的な未来を回避する為に、あらゆる悪辣な手段を用いて妹から婚約者を寝取り、妹を追放。
さらに主人公であるロベルタを懐柔し、舞台であるカムラン学園では、4人にいる攻略対象を手中に収める為に、その婚約者や恋人を、あらゆる手段で追い落とし成り上がるという物語なのだ。
だからエンディングは、グッドかバッドの二択しかない。
「おお!本当に存在していたのか友情エンド!もしかしてあれも本当にあったの?裏設定資料集!メインルート全攻略で開放される設定資料集と対をなす、本編に登場させられなかった色んな設定が盛り込まれているという噂の!」
「ふふん、これの事かい?」
「それ!」
あったともさ。
条件はシナリオ達成率100パーセント+友情エンドで開放される裏設定資料集。
本編にはまったく書かれていない、設定だけはされている無数のキャラクターと用語、例えばスチームパンクで定番の機械義肢、それと魔法とかそういうのを組み合わせ魔工義肢、あとは実は細かく設定されたいたカントリーとか。
アルヴィオン連合帝国の成り立ちとか、四つのカントリーの名前とか、本編や設定資料集には書かれていなかった事が山ほど書かれていた。
「すごーい!見せ…――て、もうすぐ次の授業か…今日の放課後!お願い!」
「いいよ、空き教室の方だね?」
「そう!それと――――」
「おーい、今日は少し早めに授業を始めるぞ」
「浅岡ガード!今のうちに時雄君!」
うわ!何で今日に限って遅刻もせずに多田が!
浅岡さんが多田に見えないようにしてくれている内に消音モードにして、電源を落として、カバンに入れて…よし!
「浅岡さん、早く席に座りなさい」
「はいはーい!……時雄君?」
「OK!」
「お騒がせしました!それにしても今日は早いですね多田先生?」
「ちょっと配布物があるからだ、それと抜き打ちだ」
ああぁ…つまり、朝のHRで配布しとかないといけない物を配布し忘れていたな。
この担任、陸上部の顧問である悪名高い多田は配布物の配布忘れ、クラブの私物化、あげくに好き嫌いで生徒の内申を決める悪辣さに定評のある先生だ。前にも配布物を配布し忘れて、学級委員に責任を押し付けた前科がある。
まあその被害を受けた学級委員ていうのが去年の俺なんだけど。
そして俺を庇って抗議してくれたのが浅岡さんだ。
あの時の浅岡さんは本当に凛々しくてカッコよかった……いや、気のせいだ。
なんでか、その事を思い出すたびに胸に何か引っかかる感覚に襲われるのはきっと、俺の気のせいだ。
「今日の放課後までにこのアンケート用紙に記入して提出するように」
「「「ええ!?」」」
「急に決まったんだ、それと授業中に書くのは禁止だ」
「「「はあ!?」」
またやらかしたのか……今は六限目、つまり七限目が始まる前に書ききらないといけいないわけか。
その事実にクラス中から抗議の声が上がり、不機嫌になった多田はイライラしながら始業のチャイムが鳴ると同時に、静かにしないと内申に書くぞと俺達を脅して、静かになるのを確認すると授業を始める。
まったく…一応、ここは県立の商業高校だよな?
ふふっ、笑えないぜ。
名門と言われているのに実態はこんな教師が教鞭を振るっている。
何だかな……いや、これは千載一遇のチャンスでは?
いや、多田ではなく浅岡さんの事。
ついに!来た!
そうさ、空き教室、浅岡さんと、二人っきり!
チャンス到来!
やったぜ、待ちに待ったチャンス到来だぜ!
それにこれって、やっぱ脈あり?脈ありあり?
浅岡さんにジェイン・メイヤーというキャラクターが俺によく似ていると言われて、勧められて始めた【転生令嬢の成り上がり】で、ジェインを筆頭に悪役令嬢達が不幸になるのが嫌で、全員が幸せになるルートを探していたら偶然見つけた友情エンド。
それをきっかけについに!
よし!
今日の放課後、俺は勝負に出るぜ!!
さあ早く終われ6限目!
そして休憩時間の間に無駄に解答欄の量が多いアンケートを埋め尽くして、無難に7限目を潜り抜けて空き教室だ!
さあ、終わりを告げるチャイムが鳴ったぞ、即回答!
「青山君、アンケート用紙を集めて放課後持ってくるように」
チクショー!!
♦♦♦♦
結局、7限目を過ぎてからアンケート用紙に記入する奴がクラスの半分はいた所為で、俺は約束の時間から大幅に遅れてしまった。質問欄の多さを考えれば五分やそこからで終わらないのは、目に見えていたはずだというのに……。
おまけに用紙を集めて持って来いと言った本人が不在、副担に渡して待ち合わせ場所に行こうと思ったのに、副担から『直接、多田先生に渡してください』と言われて、グランドまで出向いて、そしたら多田から職員室の机に置いておけと言われた。
無人の廊下を歩きながら俺は散々な思いをした事にため息を吐く。
だけど、
「ふふっ、ついに、ついに俺にも春が!季節は秋だけども春来た!」
いやいや、まだ決まったわけじゃないぜ?青山時雄。
ここで気を緩めればすべてが台無しだ。
気合を入れて、いざ空き教室へ!