表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/101

三章【這い上がり乙女<Ⅰ>】

 5月も中頃を過ぎたある穏やかな昼下がり。

 トリスタン・アシュトンは軍服を身に纏い、上官のブラッドレイに頼まれた私事(わたくしごと)の一つを済ませる為、試作品の段階に持ち込めない魔工義肢や、奇妙奇天烈に駆動する機械、様々な形に加工された部品が、騒々しくひしめき合う工房へ訪れていた。

 目的としている人物は、扉を開けて少し奥へと進んだあたりにいた。

 ヴィクターは椅子に座り、黙々と駆動し続ける機械を凝視している。

 その機械は中心にはドラム缶のような容器が据えられ、周囲を取り囲むようにオートテラー、無数の機械仕掛けの腕が設置されていた。

 腕達の内の何本かが、白金色の、蜂蜜のような粘度を持つ液体が充填された容器に手を突っ込み、摘まみ上げるように掬い上げると、それは不思議な硬さを現す。

 その後は蚕から糸を取り出す熟練の女工のような手動きで、摘まみ上げた白金色の物体を、無数の腕が細い鉄線のように加工していき、今度は細い鉄線を縒り太い鉄線へと仕上げる。


 一連の動きは全て自動化され、ヴィクターはただそれを監督しているだけだが、実際には脳裏で無数の計算を繰り返していた。前回との温度や湿度の差、出来上がりまでの時間差など、その微々たる差がどれだけの違いを生むのか?

 わずかな差が、看過する事の出来ない品質の違いを生むか?

 生んだとしたら、次回はどういう段取りでするべきか?


 後ろにいるトリスタンに気づいてはいるが、何よりもの優先事項が目の前にあるので、彼から話しかけられるまでヴィクターは、黙々と計算する事を優先する。

 エドガーを通じて面識程度には親交のあるトリスタンは、出来る副官だけあり、機械達が動作に一段落を付けるのを待って「こんにちわヴィクター博士、順調か確認しに来ました」と声をかけた。

 ヴィクターはゆっくりと振り返り、不敵な笑みを浮かべる。


「イヒヒヒッ!見れば分かるだろ?順調も順調だ!クソ傍観者は廉価魔法合銀(ブリキル)を送りつけて来た、が!!しっかりと軟性白金合金(オリハルコン)に加工した、褒めろ!」

「博士、軟性白金合金(オリハルコン)とは?浅学の小官には、何が凄いのか、皆目見当がつきません」

「本来は白金(プラチナ)を主原料に、ホーエンハイムの賢者の石の一節、魔法合銀(ミスリル)を含むその他の金属、卑金属、法的に灰色な原料を混ぜ合わせて作る、繊維状に加工可能な軟性合金、もしくは魔工義肢の駆動に必要な金属の筋線維や神経の材料だ」

「カーラさんの魔工義肢の中身、白金色のあれですか?小官の所見だと、駆動に関しては歯車などの動きを用いていた、という印象ですが?」

「……筋収縮を完全に再現できたのか昨日だ、もしくはあのクソモルモットに使われている技術の大半は、古いが実績のある不向きな既存の技術ばかりだ。軟性白金合金(オリハルコン)を介して送られる、電気信号に反応して歯車で駆動しているに過ぎない」


 その説明を聞いて、トリスタンは納得する。

 というのも、カーラ自身が『こう!』と頭で思い動いても、実際の義肢の動きに時間差があり、それによる些細なズレは多くの支障を生んでいた。

 羽ペンを折る、動きを真似すればこける。

 頭の中と実際の動き、僅かで大きな時間差を頭に入れて動く、口で言うのも容易いが、日常の全てに頭を終始回転させないといけない。それは口で言う以上に困難な苦行で、一日の終わりのカーラは、常に精神も肉体も満身創痍だった。

 とある事情からカーラとの交流を持ったトリスタンは、疑問に持っていたことが氷解すると同時に、彼女の今後は完全にヴィクター次第だと確信する。


「それでカーラさんの義肢は何時頃新調できますか?エドガーの報告だと、部品の摩耗が激しく廃品直前だだと、チェルシー先生やシスター・ヴェロニカからも酷い駆動音だと苦情が来ていますが」

「ちっ、その事か…来月には実用性のある試作品第一号だ。関節関係を人体や重機の構造を参考にしたのが迂遠だった。義肢だからと、人体と同一である必要は無い、もしくは固定観念に振り回された」

「はあ……?」


 部屋中に散乱する図面を指さしながらヴィクターはそう言う。

 ただトリスタンは『来月?何とも悠長な……』と呆れていた。

 このままだとカーラの首が冗談を抜きにして、本当にぽ~んと飛ぶという現実があるというのに、しかしヴィクター自身も内心で酷く焦っているというのはトリスタンも感じ取れたので、口には出さず心の中で思うだけに留める。

 その後幾つかの確認事項を聞き終えた頃、揚げ物の匂いを漂わせる紙袋を持ったエドガーが、工房の扉を開けて現れる。


「あれトリスタン、来てたの?」

「来てたの?じゃないぞエドガー、何で常駐医のお前がこっちにいる。お前が定時報告を閣下にあげないから俺の仕事が増えた、過労で俺を殺す算段でもつけたのか?」

「そんなつもりはないよ、だって博士のお世話をする人が必要だから、夫人にもシスターにも許可は貰ってる、それに僕一人だけなのは先週まで、今週から一人加わったんだ。あ、そうそう『選定の家』に行くなら頼みごとがあるんだけど」

「よし、古い付き合いだ表へ出ろ。一度その羊毛を全て刈り取りたかった」


 コッツウォルズの羊のような呑気な、というカーラのエドガーに対する印象は、トリスタンも同じように抱いていた。同時にその呑気な性格は、トリスタンと見事に不一致を引き起こしていて、この二人は地味に仲が悪い。

 主に節制と自制で丁寧な物腰の好青年を演じるトリスタンの本質的な部分が、呑気なエドガーに苛立ちを覚えさせる。なので最初はトリスタンから喧嘩腰で話して次に、


「いくら何でもそこまでやられる筋合いはないぞ!君こそその猫かぶりはどうにかしろ、人狼なのに猫被ってどうなのさ!?」

「俺は別に猫を被っていない、軍人としてのあるべき佇まいなだけだ!軍人は野蛮の集団ではないのだからな!」


 エドガーが言葉を返すように怒る。


「おいそこのクソ若人、喧嘩なら外でしろ。もしくは、高温の軟性白金合金(オリハルコン)を頭から被りたいならそこに並べ」

「「……」」


 

 瞳にだけでなく、表情全てに殺意を宿したヴィクターの睨みに、二人はスッと言い合いをするのを止める。



♦♦♦♦



「この時間なら…裏の林だな」


 工房を後にしたトリスタンは、エドガーに頼まれた事を終えてから、最近では日課となっている、ある事の為に『選定の家』の裏手にある、鬱蒼とした雑木林へと足を運んでいた。

 林は殆ど手入れもされず放置されてはいるが、一角だけ最近になって使われ始め、意図せずにして、林を荒らす雑草や陽の光を遮る余分な枝が落とされ、鬱蒼とした外周の風景もあってか、秘密基地のようになっていてカーラはそこにいた。

 

「……」


 適当な太さと長さの枝を手に、羽ペンの代わりとして地面へ文字を、座学で習いノートに書き写せなかった内容を、黙々とそれ以外のことなど一切考えず、鬼気迫る表情で書いていた。

 トリスタンは静かに近づいてから気軽に話しかける。


「こんにちわ、どうですか?調子は」

「やあトリスタン。フフッ、そうだね義肢の騒音は一時的に治まっているよ、明日には再開だろうけど、で今日は何時もの時間より早いじゃないか?」

「優先事項が順調に終わりましたので」

「エドガーの羊毛刈りもかい?」

「それに関しては、また、次回に持ち越しです。10年以上も、機会を逃しているので残念至極」


 立ち上がり、親し気にトリスタンと言葉を返すカーラの内心は、エドガーもトリスタンも顔を合わせる度に見直しても、どう見直しても目の前の年若い好青年の実年齢は、今年で三十路であるという真実を受け止めきれず、表情には出さないが驚愕して動揺していた。

 あと言い方次第では少し老け顔の十代と言っても違和感がなさそうなので、年齢を詐称していると、今日も疑っていた。


「それでは…」


 トリスタンは短く呟き、隅に積み重ねられて置かれている、サーブルと丁度よく同じ太さで長さの棒を手に取り、構える。カーラも答えるように棒を手に取って構える。

 お互いに一定の距離を保ち、まずはカーラが拙くナメクジよりは速いであろうゆっくりとした動きで、辞書を指でなぞるように重心の移動を行い、それでも『鋭い』と思える突きをトリスタンへ。

 トリスタンはカーラの突きを優しく払ってから、カーラが守る時の基本の動作を確認できるように、丁寧に加減をして突く。カーラは払い、今度は斬る。


 動作こそ遅く、緩やかではあったがカーラの身のこなしは最初の、動きを真似してみろと言われ転倒した頃と比べると、格段の上達を見せていた。

 時たま体勢を崩したり、そのまま転倒こそすれど、もっと聞き分けの良い手足があれば、目を見張る動きをする。それが確信をもって言えるほどの上達を、カーラは見せている。


 だがしかし、一つ疑問が浮かんでしまう。

 そもそも話なのだが、カーラに対して上官のブラッドレイやその妻のチェルシーと同じように、初対面の折に苦手意識を抱いていた筈のトリスタンが何故、こうも友好的にカーラにフェンシングの指導をしているのか?

 その始まりは一月の頃にまで遡る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ