二章【転生令嬢に至る為には<Ⅸ>】
午前中の座学の授業を終えたら、食堂へ移動する。
ああそうとも、昼食のお時間と相成った訳だ…が、消耗品をあそこまで節約しているのなら、食事もそれなりに節約がなされているのではないか?と、私は警戒をしていたのだけど幸いにも、食事に関しては日頃からマナーを心掛ける為に露骨な節約は行われていなかった。
なので昼食はコテージパイだ。
パイとは言っているがミートパイのようにパイ生地を使っている訳じゃない、牛や羊のひき肉と刻んだ玉ねぎや人参を、パイディッシュに入れてから上にマッシュポテトを被せて、オーブンで焼いた料理で日本人の感覚だと『え?』となってしまう。
ただしアルヴィオン人もエァルランド人も特に気しない、パイと言いながらパイ生地を使わないのは、まあまあよくある話。そば粉を使っていないのに沖縄そばという料理があるのだから、別段角を立てて気に留める話ではないのだ。
などと結論付けて、私はコテージパイではなく添えられているガーデンビーンズから一口、良い塩梅のバターと砂糖の加減だ!次は隣の茹でた輪切りの人参、塩をパラっとかけて…おや?これバターで和えてる、実に美味しい。
さてさて次はコテージパイ…ううん!これも実に美味しい、ただちょっと塩気が足りないからお塩を少々~ああ、実に美味しい。
私は昼食に舌鼓を打ちながら、しかして決して忘れてはいけない食卓での礼節を心掛け、同時に授業の時のように、カトラリーを破損させないように細心の注意を払って……視線が少し目障りだね。
まあ、こんな仮組みの手足で食事の席に着かれていると、気が散って食事に集中できないのかな?でもジロジロ見るのは、女性に対するマナー違反この上ない。料金でも徴収してやろうか?この先、どうしてもお金が入用だから。
クリケットおじ様が丁寧に写真に解説文を添えて、私へ手紙を通して伝授してくれた上流階級の礼儀作法、決して安くはないぜ?
もしくは……監督する者がいない所為かな?妙に不躾が目立つ、があれこれ推測は後回し、今は美味しい昼食を優先しよう。
こうして食事を済ませたら、僅かな休憩を終わらせて午後の実技の授業なのだが、普通の小学校などではまず習わない、もしくは上流階級の嗜み程度に習う場合もあるフェンシングの、アルヴィオンで最も盛んで陸海軍の士官の嗜みである、サーブルの授業が始まる。
場所は一等広いダンスホールの様な大部屋。
成績の上下関係なく30名の養子候補が、一堂に会して防具を身にまとい、数名の教師の指導を受けながら、サーブルの修練に励んでいる姿を私だけが隅で見学をしている。
初日だから?右も左も分からないから?それとも女だから?いいやいいや、そんな気の利いた理由ではないのが、面倒で困ったところだ。
休憩が終わりさあ午後の授業だと、意気揚々にしていると講師の一人が基本の動作をやって見せ、今度は私にも見様見真似でやってみろと言うから、やってみて当然のように足を絡ませて、すってんころりんとおにぎりを追いかけるおじいさんのように…こけた。
すると『それではとても混ざってやらせるわけにはいきません、なので隅で見学をしてください。防具類に関しては触らないように、壊されると困るので』と見学を命じられたのだ。
ブラッドレイ夫人か、他の午前を担当する教師が気を利かせて、私が羽ペンを何本も折った事を伝えていたらしく、道具類への接触までも一切禁じられての見学。ついでに動きを真似するのも禁止、困り果てる事に完全に見学限定だ。
「次!イーサンとヒューバート!始め!!」
だからと言って腐る私ではない、見学しか出来ないのなら全身全霊、赤裸々にする勢いで、見学すればいいだけだ。
例えば基礎の動きをしているグループを延々と観察し、時には現在進行形で行われている筆頭を自負するイーサンと、たぶんそれなりの実力者と思われるヒューバートの試合を見て観察する。
この場で出来なくとも、脳髄に焼きつければ後で自習が出来るというもの。
そして…やはり筆頭を自負するだけあって、まあ私自身はフェンシングを見るのは初めてだから、どれ程の実力なのか推し量れはしない…が、それでもイーサンの実力は確かな事だけは理解する事は出来る。
恵まれた体格を活かした勢いのある攻め、逆に攻められても動じない守り、攻守で対戦相手であるヒューバートを圧倒している。先程から一方的な試合展開で…終わったか、イーサンの完全試合だったな。
しかしだ、実にしかしだが……。
奇妙な疑問を口にするなら、食事の席での礼節に関して、イーサンまでもが、まるでなってなかったのは何故だ?養子候補の筆頭なのは、サーブルの腕前を見れば納得、学問でも優秀、だのに上流階級の嗜みに関しては『お世辞にも』という修飾語も使えない程度。
昼食の席で、私が視線を集めたのは両手足の奇妙さや顔中の傷でもなく、手慣れた動きでカトラリーと触れ合っていたから、多くの養子候補は幼児に産毛が生えた程度で、上流階級との会食などとてもとても…だから疑問なのだ。
サーブルとマナー教育の時間は曜日別で交互に行われている、と私は説明を受けているが昼食の席で見た彼等の熟達度合いは、あのディランとキャロルにも劣る有様。つまりナイフとフォークを持った瞬間に、追い出される次元だという事だ。
「おいカーラ、どうだった?俺の実力は?」
それと何かと耳に響くのは、午前の時もそうだったが、砂糖菓子よりも甘ったるく教師に媚売る声。慕っています、尊敬しています、敬愛しています、と耳障りな声色で上げる養子候補達、それはイーサンも同じだった。
いや、むしろイーサンが最も積極的に、胸やけを起こしそうだ。
これはつまり……それならばアシュトン中尉の次が続かなかったのにも、納得ができる。
「無視するな!こっちを見ろ!」
目的に対する手段、私は基本的に最初に努力で次もまた努力。努力は誰にもできる事であり、それを厭うのなら人生終了さようなら。しかして努力する姿を誇らしげに風呂敷広げて『さあ見て行って寄って行って!』などとはしない。
水鳥の如く涼しい顔で風雅に天才を装う。
しかしてこいつ等は?食堂での風景から察するに、大風呂敷を広げるのが大好きで、視線が無ければまあ凄惨!てな訳だ。不適切な怠け癖は、こういう選果場と同意義の場では、即座に痛み物として弾かれる。
基準にそぐわない果物は、ブランド価値を保つ為に必要と割り切って、だ。
不思議な事に今も陳列されたままだけど。
「おい!この俺を無視するとはどういう了見だ!?ぶち殺すぞ!」
「次イーサンだぞ!何をしている?」
「もっ、申し訳ありません!」
私が少しでもイーサンのように媚を売り同列に加われば…まあブラッドレイ夫人は喜び勇んで『カーラ、斬首!』と、ブラッドレイ卿へ報告するだろうね。フフッ…ああ恐ろしい、確信が持てるよ。人間を頭数で見れる夫婦を敵に回すのは、最善の選択とは言えないね。
仲良くするのも最良と言い難いが……さてと、さてさて、これで当面の目標は定まった。
一に、ペンを折らずに授業を受けれるようになる。
二に、サーブルの基本の動作を徹底して履修する。
三に、媚び諂うは禁足事項。
四に、ブラッドレイ夫人とは適度に会話を楽しむ事。
まあ、この四つだね。
最終的には良家へ養子に、キャスリンに警戒されない為にイーストウッド家以外へ養子に出してもらう。
私は夕食を含む全ての日程を終えて、自室へ戻りながらそう結論付ける。
そして部屋に戻り今日一日の授業の内容を僅かばかり書き留めたノートを開き、事前にヴィクター博士から貰っていた丈夫なつけペンで、脳髄に焼き付けた残りの大半を書いて復習をしようとした時に気が付く。
持って来て机の引き出しに閉まった筆記用具や、ホーエンハイム先生がバース駅から持って帰ってくれていた、ジェインの私物でクリケットおじ様からの手紙と、解説文が添えられた写真をまとめている、切り抜き帳が無くなっている事に!
代わりに引き出しにはブラッドレイ夫人からの手紙が入っていて、内容は、
『支給している羽ペン以外のペンはペンではありません、あと至れり尽くせりの知恵の詰まった物も不法な備品なので没収しました。エドガーに渡しているので、二度と持ち込まないように、あと減点です』
と、書かれていた。
「はあぁ~……ブラッドレイ夫人は相当に律儀な人、という訳か、宣言通りの徹底ぶりには脱帽だぜ」
本当に初日からのたうち回る羽目になった。




