二章【転生令嬢に至る為には<Ⅴ>】
あまりの脈絡もない結末にヴィクター博士は、
「イヒヒヒッ!理由は説明してもらえるんだろうな?もしくは、ようやくここまで漕ぎつけたんだぞ!」
と、怒りを露にした。
それに対してブラッドレイ卿は完全に興味を失い、失望した眼差しをこちらへ向けてきている。私という成果を見た途端に、だ。
さて落ち着いて状況を整理するなら……普通に考えれば長年の援助の結果が、
「ふむ、こちらへ戻って来て3年、その前を含めると5年も援助して来た。そして今日提示した成果は、その様だ。既に自由共和国では軍へ機械義肢が納入された中でのその様だ。悪いがなヴィクター、貴様にとっての成果は私にとっては落胆なのだよ。いまだにその様でしかない、というな」
「っ……」
さすがのヴィクター博士も言い返せないか、フフッ、当然と言えば当然だが。
5年間、決して安くない。それどころか、高額の援助を受けながら魔工義肢はまだ仮組みの段階、試作品の一歩手前で材料が届けば試作品を作る予定なのだが、遠く自由共和国ではもう軍に納入されている。
今後とも結果の見えぬ援助を続けるか?それとも実績を積み重ね始めた方に切り替えるか?合理の申し子たる軍人的な思考から判断するなら、前者は切り捨て。
妥当な判断だね。
「だがなブラッドレイ!もう少しだ、もう少しであの忌々しいクソ発明家の作る、お粗末な義肢を超えられるのだ!見ろカーラを、こいつのお陰でここまで来たのだ!だから!」
「ふむ、だながヴィクター、金持ちの懐は有限だ。援助は君だけではないのだよ、方々に行っている。ブラッドレイ家とて限界あるのだ、不本意であってもエディソンの軍門に下るのも必要ではないのか?」
「だが……」
「彼とて鬼畜であっても悪魔ではないぞ、今後を考えれば、そこのカーラを考えればな」
おやおや、私の今後を指摘されたら途端にヴィクター博士が、借りて来た子猫のように大人しくなった。魔工義肢が開発中止になったら、私の手足は機械義肢に置き換わると、でその為に恨みのある相手に頭を下げろと、私の為に……何を寝ぼけた言い分で、おとなしくなっているんだヴィクター博士は?
さてさて、もうヴィクター博士では覆しようは無いか。
フフッ、なら私の番だ。ちょっとした大博打をしよう。
なあに問題はない、失敗すれば私の人生が終わるだけだ。
我が人生これ常に背水の陣、さ。
「フフッ、アハハ、アッハハハハ!」
「おいどうしたクソモルモット!?」
私は腕組をしながら大声で笑って見せた。
何時ものなら憚られる笑いだが、こういう時には役に立つ。
ほら見ろ!ブラッドレイ卿、一発で不機嫌になったぜ!
「ふむ…子供には分からぬだろうが真面目な話をしている最中なのだよ?あまり大きな声で笑うのは感心しないな」
「いやー申し訳ない、まさか戦術と戦略の玄人たるブラッドレイ卿には、投資家の真似事程度が限界だって事実に笑えて来てね。アッハハハハ!!」
「イ…ヒ…ヒヒ……」
おやおや、普段ならもう少し愉快そうに笑うヴィクター博士が、引き攣った笑いで顔面蒼白だ。まるで絵文字だね、エドガーに至ってはもう完全に…魂抜けていないかい?まあ良いか。今は目の前の笑顔だけど目が笑っていないブラッドレイ卿の相手だ。
とっても愉快なお話が出来そうだ。
「ふむ、私とヴィクターの会話を聞いていなかった訳ではあるまい?以前は銀行家の娘だったのなら、物事の見極めは大事だと自然に教わるはずだが?」
「フフッ、ああ勿論しっかりと間抜けなディランの醜態で学んだよ。回収の目算も立てぬ内に取り決めてさ、結局378ポンド21シリング8ペンスの損失だったよ。あれは傑作だったね!総裁が激怒して家に乗り込んできて、アッハハハハ!」
ディランの醜態傑作選トップ3に入る大失態だったね、確か…7歳の時だったかな?
「ふむ、では…遠方で実用化され、こちらではいまだに君の手足程度。これ以上の援助に何の価値を見出せばいいのかな?」
「おいおい、程度はあんまりだろ?私だって機械義肢は新聞で読んだよ。まるで身の丈に合わない板金鎧!一方で見ろこの大きさ軽さ精巧さ!試作品以前の仮組みでこれだぜ?」
出来るだけ滑らかに指を動かす。
片腕だけで平均的な小学生の体重と同程度、おまけに背中に大きな蒸気機関を背負う。蒸気迸らせての日常生活、コメディーなら大うけだろうね。でも日常生活には不要だ。軍隊でもそんな物を引っさげた仲間は遠慮したい筈だ。
「落胆だよ~、懐事情が寂しいからって途中で尻尾を巻くなんて、はあぁ~戦術と戦略の玄人も所詮は軍事にしか生かせないのか、と私は落胆する。まあ仕方が無いよね、軍人には投資家のごっこ遊びが精ぜ――――」
「……」
ひゅっと言う音がして、首筋に冷たい感触。
何時の間に?抜いたんだろう??
私の首筋にはサーベルがそっと触れている、刃の部分が、後ちょびっと力を籠めれば皮膚を切り裂ける位置に!
「ふむ、自分の今後を左右する話し合いの最中によくも囀る…これ程の侮辱を受けるのは、新兵だった頃に味わって以来だな。さて自らの分を弁えない大口を開いた代償は、どう取らせるべきかな?」
殺気立っている。
余裕の笑みも消え失せている。
当然だね、自分の半分も生きていない見るも滑稽な小娘に、ここまでコケにされたのだから。首の皮手前で刃を止めているだけでも十二分な温情だ、これ以上口を開くと確実に死ぬから黙っておこう……何て出来る性分じゃないんだよね私は!
努めて平静に、首筋に当てられたサーベルの刃を指先で掴んで、ブラッドレイ卿を見据える。
「フフッ、だがねブラッドレイ卿。物事はある一定の線を越えれば急激に伸びるものだよ。研究開発とは常に鈍牛の歩み、されど一定の線を越えれば、きっかけがあれば駿馬の駆けりに変わる。見ろ私というきっかけを、誰も立てなかった所に私は立っている。ならばヴィクター博士の歩みが駿馬となるのは、風が吹けば風見鶏が回るのと同じように明らかだ」
フフン、目の色が変わった。
どうやら気づいたみたいだ。
分を弁えずに鬱陶しく囀る小娘がその実、もう話は終わりだと追い返すはずだった話を盛大に蒸し返し、『ブラッドレイ卿は投資家ごっこしか出来ないwww』と小娘にコケにされたまま、反論も出来ずに追い返した。
と、いう状況に持ち込もうとして、そして持ち込まれ再検討の席につかされたことに。
同時に魔工義肢には投資する価値はまだ、一粒の麦以上にはあると、失せた興味が再び目に戻って来たようだ。
さすがは軍人。合理主義の申し子達、切り替えが早い。
次はどうする、再検討を始めるかな?それとも上手く切り返されてご破算かな?
「ふむ、確かに機械義肢は欠陥と欠点から目を逸らして軍に納入された、という見過ごせない側面もある。言ってしまえばまだまだ未完成、それを勘定に入れれば可能性はある、か。良いだろう、引き続き援助をしよう」
フフッ…フフッ?何でこうもあっさりと、もう少し陰湿な駆け引きを楽しみにしていたのに……いやあの目、嗜虐的な目。ああ、きっと愉快で痛快な交換条件が来るね。
「その代わり、今以上の結果を出せ、そうだなまずは1年以内にだ」
「フフッ、1年以内に?良いとも!」
「ふむ、出来なければそっ首切り落とすが、良いかね?」
「アッハハハハ!とっっっても素敵な提案だ!ときめきを覚える素敵な提案だよ!良いぜ、その時は是非ともこの首切り落としてくれ、ただし一刀でお願いするよ?切れるまでやたらめったらは御免だ」
「私の腕前なら、痛みを感じる暇もなく落とせると、保証しよう」
フフン、引き続きの援助確定だ。やったね私!
「ちょっと待て!もしくは何を考えているんだお前達は!?特にクソモルモット、責任の所在に関してなら、切り落とす首は私だろうが!」
何を言ってるのやら、と言うより意外にもヴィクター博士が割って入って来た。
こういう時は愉快そうに笑うのがヴィクター博士だと思っていたけど、私は。
「ヴィクター、魔工義肢機開発はこの先、失敗しても次はある。しかし彼女は次はない。ならどっちの首を落とすか一考する必要も無い」
「ヴィクター博士、私は常に次は無い。ここから先へ行くか、ここで終わるかの二択。貴女は次があるんだ、私を糧にした先が。ではブラッドレイ卿、約束破ったら承知しないよ?」
「ふむ、報酬は前払いだ。資金はいつもの口座に振り込む、それともしも約束を私が破ったなら、この首をやろう」
「アッハハハハ!なんと気前のいい素敵な御仁!思わず惚れちゃいそうだぜ!」
結果は上々だ。
そう、私は常に背水の陣。次は無い。
先に行けるか、ここで終わるか、の二択だけ。
ならば私は前へと、這ってでも進むだけだ。