二章【転生令嬢に至る為には<Ⅲ>】
活動報告でもお知らせしましたが、前回つまり二章【転生令嬢に至る為には<Ⅱ>】の中の『黒鉄色に近い銀色の鉄線』を『白金色の鉄線』に変更しました。
「おいクソモルモット!何で絶望的な表情をしない!もしくは強度不足を疑う目線を送る!」
「師匠、当然ですよ。前にもブラ…―――パトロンから、強度面で大丈夫なのかと、再三聞かれたじゃないですか。まるでブリキのジョウロか玩具だって」
「ブリキじゃない廉価魔法銀だ!質感は似ているが別物だ!もしくはおいクソモルモット!お前の接合部を覆っているのと同じ材質だ!中の精密部品は魔法合銀だがな!」
私の疑いの眼差しとエドガーの適切な指摘が相当に癇に障ったらしく、ヴィクター博士は『プンプン!』という擬音を鳴らしながら工房の奥へ、そして数分後に壁に飾られている物よりもずっと小振りな魔工義肢を持って、今度は『ニヤニヤ』の似合う笑みを浮かべて戻って来た。
どうやらあれが今日から私の新しい手足のようだが、やはり壁に掛けられている物達と同じ程度の品物のようだ。
まあそれでもまだ壁に、昆虫標本のように張り付けられている物よりも幾分かマシだ。
幸いにも中身をほじり終えたブリキ細工の穴あき甲殻類には見えない、それなりに丁寧に型から抜き取った板金を、それなりに見えるティープレスのように加工した、頼りの無いブリキ細工。
隠しきれずに隠れもしない、白金色の鉄線を、機織り機のように歯車とその他の部品で、一応はまとめてみたという、本当にその程度の品物だった。
「イヒヒヒッ!ようやくそれらしい表情になったな、ええ?クソモルモット」
「そりゃあね、仮組みだと聞いていたけど手に持っている程度だとは…いやもっと以下の可能性があったから、幸いにも、と言うべきところかな?取りあえずはそれ、ブリキの玩具かい?」
「廉価魔法合銀だ!クソモルモット!!間違えるな、それと強度は車の車体に使われている板金など足元にも及ばん、もしくは最新鋭の試作飛行艇の骨組みに使えないかと、検討中の特別な二級品だ!」
廉価、と口で言っている割には余程の信頼を寄せているらしい。重要な部品には使えない、という付け足しもあるが。ただヴィクター博士のように自らの技術を誇る人が、大丈夫だと言っている場合は、間違えようのない誤りを起こしているか、本当に大丈夫の二択。
この二択の内のどれか?と聞かれたなら、必然として信用出来るね。
「おい馬鹿弟子、さっさとクソモルモットを台の上に乗せろ、さっさと取り付けるぞ」
「師匠、一応採寸は行ってますがその義肢で大丈夫なんですか?」
「問題ない。もしくはリチャードが既に計算して現在の最適な大きさを算出している、つまりこれだ」
リチャード…以前にも口にしていた名前だけど、さて誰なのか?
ヴィクター博士の魔工義肢開発の協力者はホーエンハイム先生の他に…裏設定資料集には名前は書かれていなかったが、存在については言及されていた。人数だけだけど、ホーエンハイム先生を含めると5人。
リチャードと言う人物はその内の一人なのだろう。仔細に関しては追々だね。
私は台に寝転がされ、二人はガチャガチャと物音を立てながら取り付けの準備を進める。
「カーラ、接続する際に電気が走るような痛みがあるから我慢してね?直接神経に触れるのと同じことを今からするんだ。それじゃあ1,2、の…」
「「3!」」
「みぎゃっ!?」
――――ッッッ、ビリっとした!?
ビリビリとした!?もう髪がコメディー映画のワンシーンみたいに逆立った感覚が走った!手術で散々味わった痛みだけど、これは、これだけは一生慣れないと断言できる、もう本当にビリっとした、以外の表現をしようがない!
そして私が目を丸くしたのが痛快だったのか、ヴィクター博士はお腹を抱えて『イヒヒヒッ!』という、耳をつんざくけたたましい笑い声を上げている。実に腹立たしい!
「すまないすまない、もしくはいやーイヒヒヒッ!」
「師匠、笑うのは勝手ですが手を動かしてください。僕に出来ない、または任せられない工程が幾つもあるんですよ」
「イヒヒヒッ!ああ、すぐに終わらせる。もしくはおいクソモルモット、序盤から音を上げるなよ?」
うわぁ~何度も見慣れているがあの笑み、間違いなく頭を取り換えるアンパンのヒーローのようには行かなさそうだ。覚悟はしていたが、していた覚悟を改める必要があるね、ヴィクター博士の笑顔から察するに。
嫌な予感を抱きつつ三十分か、それよりも後にようやく全ての取り付け作業は終わる。
「おいクソモルモット、取り付けた魔工義肢はあくまで仮組み。再現するのは触覚と圧覚。つまり日常生活を送る上で、必要最低限の感覚しか再現されていない。イヒヒヒッ!それでもないよりはマシだろ?もしくはっ!?」
カキーンッ!という金属音が響く。ヴィクター博士が持っている工具で私に取り付けられた義肢の掌を軽くたた―――な!?感覚がある!痛みとかないけど、そう工具で叩かれたという感覚がある!
「イヒヒヒッ!驚いたか?もしくは感涙か?さてまずは握れ、よし、次は開け」
うご…いて、る。動いてる!指の感覚、思い通りには動かせないけどでも、ある。
無くなったはずの感覚がそこに確かに、確実!
「よしよしよし、良い子だ、良いクソモルモットだ。次は、おい馬鹿弟子、介助してやれ」
「カーラ、今から抱き起すよ。それと一応、子供程度にしか力を出せないようにしているけど、万が一は僕の体が潰れちゃうから握ったり掴まったりしないでね?」
「フフッ、それぐらい分かっているさ、安心してくれ。倒れる時は身をゆだねるからよろしく頼むぜ?」
さて、いよいよだ。
エドガーは私の両脇を持ち抱き起し、台の上から座らせる。
私はそのまま足を床へ。
ッ!?驚いた、本当にある。自分の足だという感覚がある!
部分的にだだが確かに自分の足で立っている!が、エドガーが手を離すと倒れる自信がある。足の指に思ったように力を入れられないのだ。どうしても入れすぎるか、足りないか。
思うように自立出来ない、足も上げようとしているのにちゃんと上がらない!
「カーラ、いったん台の上に寝かせるよ」
「いや、まだいける――――」
ッッッッ!?!?何だこれは!?
痛い!何故だ!?
この、神経の真上でフォークダンスを絶え間なく踊られるような激痛は!
脳髄の最深部まで響き渡る激痛!激痛、それ以上の表現はない、そう激痛だ!
全身の手足が激痛だ!
「おっと始まったか。おいクソモルモット、これが魔工義肢でリハビリを諦め、刑の執行を願った死刑囚の気持ちだ。理由は不明だが、おおよそは神経が興奮している所為と思われる以外は不明。言えるのはない筈の部分に激痛を感じる、つまり理由不明の幻肢痛に似た症状だ。一応、幻肢痛ではない…筈」
「師匠!冷静に言ってないで先生から渡されている鎮静剤!」
「分かってる、おいクソモルモットの為の鎮静剤だ。沈痛ではなく鎮静だがな、もしくはホーエンハイムの配慮で甘~くしてあるから喜べ」
そう言いながら私の口の中に錠菓のような鎮静剤が押し込まれる。下の上で溶け口の中に甘みが広がるも、痛みは…軽くなったが痛い!何というかズン!ズン!!という痛みだ。言っている私自身訳が分からない。
「さてクソモルモット、今後の予定だが一年だ。一年以内に歩けるようになってもらうぞ?それと幻肢痛に関してだが痛みに耐えきった者はいないので、何時治まるのかは不明だ。リハビリはそうだな…二、三週間は様子見だ」
「おこと…わりだぜ、ヴィクター博士……」
「……クソモルモット、どうしたもう根を上げるのか?」
「違う…違うぜヴィクター博士……パトロンは、そんな…悠長に、待ってくれるのかい?ただあるッ!?歩くだけに、一年…待ってくれる気分なのか?と私は聞いているんだ」
この魔工義肢に使われている素材、魔法合銀と廉価魔法合銀はバカでも、バカげた金額だというのは予想できる。その上でまともに結果を出せていないのに、ようやく結果が出せそうが一年後、待ってくれないと私は断言する。
「…イヒヒヒッ!お利口なクソモルモットだ…ああ、待たない。まあ来年はテムズ川の底だと言い切れるぞ?私と馬鹿弟子がな」
「……一か月内だ」
「カーラ!?」
よく驚くエドガーだ。
フフン、理性的に考えれば、首を長くし過ぎてろくろ首になっているパトロンに、もっと持ってくれ!と言うのなら、一か月内に結果を出さないと皆仲良く生コンクリートだというのは、考えなくても分かる事だ。
一か月以内、そう一か月以内だ。
早ければ半月内に、最低限、介助が無くてもある程度まで歩けるようにならないといけな―――ッ!?虫歯の痛みだってもう少しお淑やかだぞ!
「今すぐにでもリハビリだ。呑気に痛みに苦しんでいる余裕なん―――ッ!?私にも、ヴィクター博士にもないぜ。さあ始めよう、エドガー!」
「カーラ……分かった、けどそこまで言うのなら僕は、泣いてもやめないからね?」
「フフッ、泣き喚いてしまうくらいやってくれよ?手心を加えられたらせっかくの地獄が台無しだからね」
返答を聞いたエドガーは今更になって、決意を固めた瞳で私を真っすぐに見る。
それでいい。何時もの呑気なコッツウォルズの羊のような顔で見られたら、私はきっと縋る。もう誰かに縋るのは嫌だ。
個人的な思い出ですが過去に二回、髄液検査を受けた事があります。
一時間以上も猫鍋みたいに丸まって、腰に注射針を刺される。
無駄に体が大きいので、注射針の長さが足りずにグリグリと無理くり…神経に針が当たった時の痛みはまさに『電気が体に走る』『激痛』以外の表現のしようがありませんでした。
もうビリビリ!という感じ、んで終わったら今度は一時間近く体を起こしてはいけない。
しかしその体験が思わぬ形で生かされたのが、今回のお話でございます。
以上、そんな思い出でした。