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一章【三度の生は慟哭と共に<Ⅷ>】

 床に散乱するラジオの部品達はきっとジェインの心なのだと、思わず私は投影してしまった。あの日、自らを裏切り陥れさらに記憶障害を患っているなら都合が良いと、平然と謀られた時雄の心にも思えた。

 まあ……冷静に判断すれば必然とも言える。

 ゲームではジョナサンとロベルタはジェインの立場が悪くなると平然と手のひらを返した。今だってそうさ、きっと勘当され婚約を破棄された直後に自殺となれば、自分達が責め立てられるのは、火を見るよりも明らかで、ならば死人に弁明する口が無いのは幸いと、いくらでも作り話をでっちあげられる。

 一部のジェインと交流のある者達がそれは違うと声を上げて来たのなら、財力を使い国営放送で宣伝すれば、誰もそれ以上の口を開く事はない。言い返す当人が死人なら尚更やりやすかろう、だ。

 ああ、まあ、うん、きっとその程度の事でその程度の事でしかなかったのだ。


「ジェイン……」

「おいクソガキ、言っておくが私はあの妄言を微塵も信じていない。もしくは実際にそうならその包帯の下の虐待の証に説明がつかない。だから……」

「ふふっ、問題はないよ。大方は予想できていた。そもそも警察が意識を取り戻した私へ、事情聴取に来ていない時点で、既に世間でジェインという少女は死人。ついでに悪魔のように語れているのは目に見えていた」

 

 ああぁ…本当にゲームの通りとまではいかないが、それ以上の展開に少し呆気に取られているのさ。せめてジェインの死を悼んでくれると思っていたからね

 結果はご覧の通りだが。

 もう感動物さ!だってそうだろう?ジェインが駅のホームから突き飛ばされたのが一週間半前だ、それから打ち合わせをしてあの演技とくれば名俳優と言える……いや、きっと打ち合わせは随分と前からしていたのだろう。

 どこから始めるかはキャスリン次第だと思うが、大筋の台本は書きあがっていて二人はその日に備えてきっと、馬鹿みたいに笑う私の隣で毎日練習していたに違いない。題名は『ジェイン・メイヤーの滑稽な一生』という所かな?

 本当に、笑えて来るよ!!


「ふふっ、あははは、アッハハハハ!!」

「ジェイン!?師匠!」

「ホーエンハイム、鎮静剤を!」

「すぐに用意する!」


 滑稽だ!実に滑稽だ!

 真面目に、誠実に、主の教えを信じ他者を妬まず恨まず、騙すことも欺くこともせず、日々懸命に明日へ希望を託して生きて来た馬鹿な女は!見事に!他者に人生を弄ばれた!

 同じように馬鹿な生き方をした男も同じように無様に死んだ!

 何ともまあ滑稽の末路だ、二度の人生を滑稽な末路で締めくくった!

 これぞまさに喜劇!いや、それとも悲劇か?違うな、悲劇というのはもっと違うだろう、何故なら悲劇にはコメディーは似合わないのだから!だが私のこの様はなんだ?あまりの滑稽さに腹がよじれる程に笑えてくるじゃーないかっ!

「フフッ、ならば時雄()ジェイン(あたし)の人生はまさに喜劇。想い、焦がれ、慕い、愛を育んだ先で捨てられた!起承転結のはっきりとした非の打ち所の無い喜劇!アッハハハハ!ならば私はこの喜劇を演じきったプリマドンナ!|嘲笑の!喝采は!会場を埋め尽くす嘲声(ちょうせい)は、万雷の如くか!アッハハハハ!」


 そして何とも素晴らしい演出か!

 これならば!ジェインの人生がいかに滑稽で取るに足らない、道端の砂利以下なのか、骨の髄まで思い知らせられる! 

 それも、たった一週間と数日の期間で!良く用意できたものだ!?

 遺言書?死ぬ気もない奴が書くか!!暴力をふるった!ふざけるな!お前が叩き割った壺を私が割ったと庇ったじゃない!ええ?ロベルタ!?

 何が心から愛しているだ、お前の愛は随分と軽く、移ろいやすいのだなジョナサン!?

 私は、私は何時だってお前たちを思っていた。

 捨てられたと分かった時でも思った、思い続けた。

 どう都合の良い考えをしてもあの両親が私の生存を望んでいるとは思えない、なら死んだことにするのは目に見えていた。だからこそ、せめてジェインの死にお前達だけは悼んでくれると信じた!私が馬鹿だった!!

 何時からだ?

 何時から私を裏切っていた!?

 ジョナサン!ロベルタ!


 いや……最初からか。

 そもそもの出会い方から違う。ならば、何時から?最初から計画された出会いだったのかもしれない。キャスリンが何時から糸を引いていたのかは知らないが、もしもその死を悼む気があるのなら!ここまで私を辱める筈はないのだからな!

 ゲームでもジョナサンは早々にジェインを見限っていた、ロベルタは最初から疎ましく感じていた。なら分かり切った事だ、ジェインの見て来たジョナサンはただの思い違い。時雄の知るジョナサンこそが真実。

 女と紙ナプキンの違いも分からない男だったというだけの話だ。

 世間知らずの馬鹿な女が、初めて恋した相手を盲目的に信じて何も見ようとしていなかっただけだ。そうさ、何故ならジョナサンは私が笑うと嫌そうな顔をしていた。

 ロベルタもそうだ、出会い頭からそうだった!

 より多く金をくれる奴の方が好きだものな!お前は!ええ?ロベルタ!!


「ふざけるな!何であたしばっかりがこんな目に合わないといけないのよ!何で俺が幸せになっちゃいけないんだよ!どいつもこいつも、好き勝手に自分勝手に!やりがって、ふざけるな!!」


 これだこの感情、この感情がずっと私に欠けていたんだ。

 ジェインも時雄も、ずっとそうだった。

 人を憎み、恨み、怒り、そして報復することが苦手だった。

 そんな事をしてしまえば社会から孤立させられると思っていた、だから何もできずやられっぱなしだった、泣き寝入りばっかりだった!

 そうか、だから私が生まれたのか。

 二人は私に託したのか、この怒り!


「ジェイン……」


 心配そうな顔をするエドガーのコッツウォルズの羊のように呑気な顔が、この時ばかりは心底忌々しく思えた。私は正常だ、壊れてもいない。それどころか晴れ晴れしているとも。

 ずっと不明瞭だった感覚がはっきりとしている。

 そう、私は憎悪する。

 そう、私は憤慨する。

 そう、私は、


「復讐だ!応報だ!私を欺き謀り陥れた者全てに復讐をする!そして、お前の中に誰が入っていようが関係ない、キャスリン!お前だけは必ず地獄へ叩き落す!」


 復讐だ、私は私を利用し陥れた全てに応報する。

 だが私はキャスリンのように残酷主義じゃない、そもそも私は奪われたとは思っていない。奪われるというのは自らに持っていたモノにだけ使える言葉だ、だが!私は最初から何もなかった!あったと思い違いをしていた。

 故に私は奪う!お前達の大切な物を全て奪い!愛でる事無く無残に捨ててやる!

 殺しはしない、殺してはそこで終わりだ。

 屈辱と、汚辱と、どん底で這う溝蛙(どぶがえる)のように生かし、その様を同情と嘲りの眼差しで傍観してやる!

 その為には、


「ヴィクター博士!」

「黙ってろクソガキ、おいホーエンハイム早くしろ!興奮しすぎて傷口が開く!」

「ここに都合の良い実験動物(モルモット)がいるぞ。両腕両脚を失い、無様に地を這う事すら出来ない都合の良いモルモットがな」

「おいクソガキ、自分が何を言っているのか分かってるのか?もしくは、死ぬぞ?多くは施術中に死ぬ、痛みでな」


 ああ知ってるとも。

 裏設定資料集には『神経接合手術は激痛を伴い、半分以上は耐えられずに死に、さらに術後に死に、さらにリハビリに耐えられずに死を願う』と、魔工義肢が実験段階の最大の理由はそれだ。

 誰もすべてに耐えられないからだ。

 だが、


「フフン、所詮、自らの意思で真っ当に生きられなかった死刑囚共だ。恩赦を目的とした負け犬以下のクソどもだ。そいつらに耐えられる道理などない!だがここに転がっている私は、それに耐えられる。地獄の底で嘲り笑って生きて来た私にならな!」

「クソガキ、もう一度聞くぞ?この近々の結果は、十人中六人が術中に死んだ。残り四人のうち三人は術後に容態が急変して死んだ。残り一人はリハビリに耐えられずに執行を願った。つまり半分以上の確率で死ぬ、もしくは結局は死ぬぞ」

「フフッ、上等だ。私をモルモットにして魔工義肢の研究を進めてくれ」

「……イヒヒヒッ!いいよ、分かった。クソガキ、いやクソモルモット。お前は今日から私が弄り尽くしてやる。だが今以上の地獄だぞ?」


 地獄?

 アッハハハハ!地獄か地獄と言うか、この私に?


「それは素敵だヴィクター博士、フフッ、今以上の地獄があるのなら後学の為に是非!だが私は地獄に関して一家言あると自負している、生半可な地獄だと欠伸が出ちまうぜ?」

「イヒヒヒッ!これは素敵なクソモルモットだ、もしくは死刑囚も裸足で逃げ出すクソモルモットぶりだ、いいぞ?その調子で耐えてくれよ?一回目の施術で発狂死したらクソ以下モルモットと墓石に刻んでやるからな?」

「ああ良いとも!」

「待った!師匠!それにジェインも!」


 良い気分だったのに…呑気な羊面も本当にこういう時には、水を差すから見せないで欲しいのだが。ただ何か言わないと気が済まないみたいだ、なら言いたいように言わせるか。

 さて何を言う気だ?


「師匠、はっきり言って神経接合手術はまだ未完成なんですよ?しかもそれを4回!八歳の少女に、それも重傷を負った少女に耐えれる筈がありません!」

「まあ、道理だな馬鹿弟子」

「それにジェインも!君は今、感情的になり過ぎている。気持ちは…とても分かるとは言えない、だけど!復讐なんて良くない。生きていればきっと…きっと……」


 その先は言えないか。

 まあ当然だ、生きていれば幸せになれると信じた様が目の前で芋虫以下の状態な私なのだから、その先を口走れる浅はかさをエドガーは持っていなかった。まあ言われたら私はさらに激昂するがね。

 ああ、それにしても不快極まりないな。ジェインと呼ばれるのがここまで不快とは…私はジェインではないからね。


「言いたい事はそれで終わりか馬鹿弟子?じゃあ話を戻すがおいクソモルモット、今の状態で手術をすれば死ぬ。3日で体力を戻したら手術を始める。その間に接合部の部品を製造する。当面、下室に籠るから経過観察を頼むぞホーエンハイム」

「……当然、手伝いはするが本気かヴィクター?そもそも義肢自体がまだ仮組の段階なんだぞ?」

「だからこそこのクソモルモットだ。こいつが口先だけで終わるならそれまでだが、口先のさらに先まで行けたのなら、研究は飛躍的に進む。もう私自身、くだらぬ言い訳をして目を逸らすのは止めだ、私らしく倫理と道徳を二の次にする」


 そう言い切ったヴィクター博士の瞳は、初めて見る本物の狂気を宿した瞳だった。

 だから気に入った!

 今から人生を復讐の為に消費すると決めた乙女心には、これくらいの狂気が相応しい!

 実に楽しみだ。

 三日後が待ち遠しい。

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