一章【三度の生は慟哭と共に<Ⅶ>】
『本日はチャド・ペントリーが司会でお送ります。さて、先週のある昼下がりに一人の少女が駅のホームから身を投げて自殺しました。当時は他殺も疑われましたが警察の迅速な捜査と、関係者への聞き込みから自殺であったことは間違いはなく、何よりその少女の本性が一般に知られる内に、どれ程少女によって家族が苦しめられていたか!誰もが知る事になりました』
『しかし当時は情報が錯綜し、一部の品性に難のある大衆紙による悪質な、憶測で憶測を塗り固め、真実とは程遠い話を事実として流布されてしまい、それにより何の罪もない善良で模範的な父親と、良き家庭の母親は悪魔のように語れました。とても嘆かわしい事です』
『本日は出演を予定されていたディラン・メイヤー氏がかねてからの持病が悪化し、それに伴い夫人も看病の為に本放送は中止の予定でした…しかし、父と母を守りたいという一心でジェインの双子の姉、キャスリン・メイヤー嬢が両親の名代として本日、起こしてくださいました』
『ご紹介に預かりました、キャスリン・メイヤーです。この度はわたし達に弁明の場を設けていただいたロンディニオン国営放送の方々に父と母に代わり心より感謝を申し上げます』
『いえ、それよりもメイヤー氏のご容態は?勤め先であるロンディニオン銀行で倒れられたとか』
『ご心配ありがとうございます。父の病状は幸いにも命には関わりません、ただ長年の無理が祟り今は…いえ失礼を、今は安静に、療養をすれば問題はないとお医者様が言われ、今も自宅で休んでおられます』
『そうですか、それは良かった。さて、本日はキャスリン嬢と共に自殺したジェインの元婚約者のジョナサン・ウィン=リーさんと、彼女をよく知る女中のロベルタ・イスパノさんにも起こしていただいております。二人共、キャスリン嬢を心配し出演を決心してくれました』
心臓を鷲掴みにされたような、分かっていたし覚悟もしていた。ゲームとの差異や齟齬があっても大筋の流れが一緒なのだというなら、二人がそこにいるのは何の変哲もない至極当たり前の事だと。
分かり切った結末なのだと。
『ご心配ありがとうございます。ディランさんは快方に向かっていますが、ジェインの所為で心無い人達から酷く責め立てられていたので、貴方のように心配してくださる方がいる事に俺は、大変うれしく思います』
『いえ、それより君も辛いのでは?婚約の破棄に至って経緯を誰も報道しないせいで、一方的に君は悪者に仕立て上げられていると聞きましたが』
『俺は平気です。それよりキャスリンが心配だ。あれからどこへ行っても根も葉もない噂に踊らされた人々に、汚い言葉を浴びせかけられている。俺はキャスリンの方が心配だ』
『その通りなんですよ。キャスリン様は何も悪くないのに、ジェインの所為で……』
『それはどういう事ですロベルタさん?ジェインの所為とは?』
『実は…ジェインは意図してキャスリン様を陥れる為に悪い噂を流していたんです。時には私のような女中を立場を利用してキャスリン様への嫌がらせに加担させて……本当に申し訳ないことを……』
『ロベルタ、貴女は何も悪くないわ。それより今日は全ての真実を知っていただく為にここへ来ました。身内の恥を晒すことになりますが、これ以上父と母が責められるのを私は黙って見過ごすことが出来ません』
二人に寄り添われて、まるで多くの困難を前にしても、その歩みを止めなかった聖女のような物言いで、キャスリンは意を決して語り始めた。
『全てはジェインの悪事が原因です。きっかけはウィン=リー百貨店でブルーダイヤのペンダントが盗まれる事件が起こった日に遡ります。関係者への聞き取りから、ジェインが婚約者の立場を利用して以前から、ウィン=リー百貨店で盗みや従業員への恐喝を行っていることが判明し、それを知った父が内々に調査を進めジェインの悪事が白日の下に晒されました』
『数々の悪事、今言った以外にもまだ?』
『はい…当家に使える使用人へ立場を利用し、横暴な、傍若無人な振る舞いを繰り返し時には……』
キャスリンはそこから先を言おうとして妹の数々の悪行に、姉として身内として良心の呵責に耐えられなくなり、言葉を詰まらせた……そう心から信じてしまう、とても迫真の、鬼気迫る声だった。
きっと聴いている人達はキャスリンに同情を始めているのだろう。
『申し訳ない。キャスリンはまだ、ジェインの事を割り切れていない、だから続きは俺が代わりに』
『その…お辛いなら……』
『お気持ちはありがたいのですが、言うべきことは言うべきだと俺は思うので、言わせてもらいます。ジェインは、確かに外では心の優しい女の子を演じていました、実際に俺も初めて会ったときはそうなのだと思い、すぐに裏切られました。彼女は人の目の届かないところで、立場の低い者を虐げ傍若無人の限りを尽くしていた、ロベルタも何度も暴力を振るわれていた』
『はいそうです、ジェインは、自分で壊した物を全て使用人が壊したと言って、罪を擦りつけて、折檻と称して暴力をふるって来ました。学校でもいつも不正をし、気に入らない子は取り巻きを使って虐めていたんですよ』
ジョナサンとロベルタの声には、はっきりと私への敵愾心が籠っていた。
今まで耐え忍んできた思いを打ち明け、ジェインへの憎悪を吐き捨てるように。
『それは本当なんですか?いくらなんでも……』
『本当の…事なのです。妹は、本当にそれ以上の悪事を働いていました、その証拠も、それと実は妹の部屋に遺言書があって、二人にも確認してもらったのだけど本人の字で間違いないと……わたしは妹の為に出来ることは何でもやって来ました、お父様に今までの罪を問われた時も必死に庇ったのに……』
ついにキャスリンは泣き崩れ、ラジオから無機質に何かを受け取る音が響く。
『確認をさせていただきます………これは酷い!まるで反省してない!自殺するの他人の所為に!内容も逆恨みばかり!それに……酷いですね。これを読んだ所為でご両親は?』
『はい、父も母も、酷く心を痛めて、うぅ……』
『キャスリン!?すまない、これ以上は言わなくても良い……』
『キャスリン様……』
ついに泣き崩れたキャスリンを二人は気遣う、心から親愛する相手を気遣うように……。
ならきっと、次の言葉を私は知っている。
それを知れば、きっと私は…この感情が何なのかはっきりと分かる。
『さて、ではここで重要なお知らせがあります』
『はい、実はわたしはあの日からずっとジョナサンに励まされて来ました。辛い時も悲しい時も傍でずっと支えてくれていました。ですから、今日この日にこの場をお借りしてお伝えさせていただきます』
『ああ、俺とキャスリンは正式に婚約を結んだ。ジェインとは両親同士の口約束だったが、俺はキャスリンを……』
ああ、言わないで欲しい。
せめてジョナサン、その先は……、
『心から愛するキャスリンと婚約を結び、共に人生を歩みたいと思う』
『それは!ええ!それは素晴らしい事です、長年ジェインによって苦しめられてきたメイヤー家の方々にも朗報だと!それと明日発刊予定のロンディニオンタイムズに、今回の事件に関する警察の証言も含めた真実が掲載される予定です。それを読めばこの放送をお聞きしているみ―――――』
「クソが!ええいクソが!もしくは五臓六腑の腐りきったクソ共が!」
私よりも先にヴィクター博士の方が限界に来たようだった。
ラジオは目障りなゴキブリを叩き潰すように、地面へと落とされて、ばらばらに壊れたラジオから、真空管が床に散乱した。