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一章【三度の生は慟哭と共に<Ⅵ>】

 自らの存在に関して一応の、まだ判然としない部分はあれど一定の答えが出てから一週間、つまりヴィクター博士と出会ってから一週間、私はベッドに寝ながらオートテラーで診療所内にあった古新聞に目を通している。

 私の胸を一通り揉みしだいた後、ヴィクター博士はエドガーに命じて食事を買いに行くついでに診療所内の古新聞をかき集めるように言いつけ、ラジオに関しては診療所に使っていないラジオがあり、それを使ってもいいと貸し与えてくれた。

 それはからは毎日新聞を読み、日課で毎日欠かさず聞いていたラジオドラマを聞きながら、隣で私の様態が急変しないか見守ってくれているエドガーと他愛のない会話を楽しみながら一週間が過ぎた頃。

 時雄とジェインとの間にある差異や齟齬に関して、エドガーにゲームの内容やシナリオ、各ルートの展開を話すうちに、ある程度の把握が出来た。


 一つ目の差異は、やはりヴィクター博士が自由共和国を嫌っているという事実。

 自由共和国と言うのは、合衆国にまだ至っていない新大陸にあるアルヴィオンの従属国の一つで、気風や伝統はアメリカによく似ていて、他の植民地とその宗主国と睨み合いながらも、本国を上回る速度で発展していっている新興国の事だ。

 その国にかつてヴィクター博士は研究の拠点を置いていた。

 と、いう事だけ裏設定資料集にか書かれていたのだけど、エドガーが言うには三年程前に共同研究者達と揉めに揉めて、決裂してアルヴィオンに戻り今はとある人、エドガーはパトロンと言ってお茶を濁したけどその人の援助を受けながら魔工義肢の研究を行っている。

 あの日、駅にいたのは古い友人に会う為、つまりホーエンハイム先生と会う為に駅にいたらしい、あとキャスリンに火をつけられた人は若干軽くはないが火傷を負い、今はエァルランドで療養しているらしい。

 幸いにも命に別状はないとのこと、気になっていたから無事だと知れて私はホッとしている。言ってしまえばジェインを殺す企みにその人は巻き込まれただけなのだから、無事で本当に良かったと思う。


 二つ目、博士に共同研究者がいた事。

 裏設定資料集にはまったく触れられていなかったけど、共同で魔工義肢を研究していたらしい。ただその人は生身と同じ感覚を再現する魔工義肢は複雑で神経接合手術が失敗する要因になっていると、一方的に触覚だけを再現した機械義肢を発明、ついでに魔工義肢の基礎理論を無断で特許申請してしまう。

 それが原因で自由共和国での研究が行えなくなり、また以前からその人とは意見の食い違いから喧嘩ばかりしていて、その件をきっかけに決裂しアルヴィオンに戻って来たらしい。


 三つ目、魔工義肢と機械義肢に関して。

 名前だけで殆ど表にも裏にも書かれていなかったけど、どうやら機械義肢は再現する感覚を限定することで実用化されたらしい。ただしとても大きく重くて大きい、私みたいに両腕両脚の無い者が機械義肢を装着すれば…まあ戦隊モノの合体ロボになってしまう。

 魔工義肢は死刑囚を被験者として何度も試験を行われているが、最後までやり抜けた者は一人もおらず、今も基礎研究の段階から先へ進めていないらしい。

 だからなのか、魔工義肢を私に!とヴィクター博士に言うと、笑い袋のように笑っている最中でも、一瞬で黙り剣呑な空気を醸し出し一言低い声で『あ゛?』と睨まれる。

 エドガーが言うには、


「師匠はあんな物の言い方をしているけど、実際には子供好きなんだ。可愛がり方は癖しかないけど、誰よりも君を心配していたのは師匠なんだ。だから手術を受けたいなんて言わないでね?」


 と、エドガーからやんわりと驚愕の真実を告げられつつ断れた。

 まあ触らぬ神に祟りなし、ヴィクター博士に余計な事を執拗に言って、何か盛られたら一巻のお終いだ。気になるが気にしないように努めよう。

 という風にこの一週間は久しく味わえていなかった平穏な日常を送っている。

 ふふっ、何せ私を追い出す為に元両親と元姉と元使用人達が大忙しで、静かに眠るのも読書に耽るのも、スコーンを焼くのも出来ずにいたからね。

 穏やかに過ごせるのは正直な話、心地よい、若干の居心地の悪さはあるが。

 それと至れりつくせりをしてもらいながら図々しい物言いをするなら、食事がなー、何でかなー、私はねー、前世と前世では油の回った作り置きの揚げ物と冷えた揚げ物と、何度も使いまわした油で作った揚げ物がゴキブリの次に嫌いだった。

 それは今も同様に、だ。


 なので金曜日以外にフィッシュ&チップスはごめんこうむりたい。

 だのにエドガーもヴィクター博士も、ホーエンハイム先生ですら買ってくる食事はフィッシュ&チップス。安くて、量があって、美味しいの三拍子そろっているとは言え、好きでも何でもない料理を出されるのはいい加減に辛い。

 そういえばジョナサンはフィッシュ&チップスが好物だったっけ、ロンディニオンで会った時にあっちで昼食を食べる時は、必ずパブに行ってフィッシュ&チップスを食べていた。

 彼の行きつけのパブで提供されるのは、私でも食べられる美味しさだったな。


「おいクソガキ、連日フィッシュ&チップスに辟易しているだろうから、近くのパブで用立てて貰ってやったぞ」

「当然だが、内容はエッグサンドイッチとチップバディ、それとリンゴだ」

「師匠、先生、お茶入れてきますのでジェインを見ていてあげください」

「承知した、当然、ヴィクターを見張っておく」

「おいなんで私を見張る?もしくは私は危険人物扱いか?」

「幼い少女の胸をまさぐる者は、同性であっても用心し警戒するのが当然の話だ」


 そう、ヴィクター博士は何かと私の胸を揉む。

 どうやら祖父の代にエァルランド系の血が入っていたらしく、双子で母親に似て小柄で人形のようなキャスリンとは違い、私は体の成長が早くその所為もあってか、同世代よりも胸が大きいのは自覚している。

 だからと言って揉むのは……。


 ヴィクター博士はホーエンハイム先生の視線に、口をとがらせながら空いているベッドに腰を下ろして、ぶっきらぼうに買ってきたサンドウイッチを食べ始め、お茶を持って戻って来たエドガーに私はサンドイッチを食べさせてもらう。

 定番のエッグサンドイッチに、チップバディ。

 チップバディは元両親、特に元母親の方が貴族の令嬢だったこともあって品がない!と酷く嫌って、ジョナサンに会う為にロンディニオンへ赴いた時だけ食べられる一種のご馳走だったから、こういう精神的に強がっているだけの時は素直に嬉しい。

 バターを塗ったパンでカリカリのチップス、つまりフライドポテトを挟みブラウンソースをかけて挟んだだけという、豪快でジャンクっぽい内容がシンプルを極めてとても美味しい。


「おいクソガキ、そろそろだろう?もしくは毎日飽きることなく良く聴けるものだ」

「ふふん、好きなんだから良いじゃないか?女の子だって冒険小説を好むんだぜ?まあ前世の前世は男だったのもあるかもしれないけどね」

「当然、男女で趣向を限定するのは良いとは言えんな。それにヴィクター、ラジオドラマというのも馬鹿に出来んぞ?特にこの『冒険少年ピム』シリーズは話者が熟達で、よく引き込まれる」

「別に否定したいわけじゃない。もしくはまあ、面白いというのは認める、何時もの憎まれ口、本気で思っている訳じゃないよ」


 そう言いつつヴィクター博士は自分から立ち上がってラジオの電源を入れる。

 実は私と同じで毎日楽しみにしているんじゃないだろうか?

 好奇心旺盛な少年ピムが毎回、その好奇心に身を任せた行動がきっかけで様々な問題に巻き込まれ、小さな冒険から大きな冒険を繰り広げる、三部構成のラジオドラマだ。

 そして今日は私が生死の境を彷徨っている時に放送された話の再放送だ。


『紳士淑女がお茶を飲むこの時間に放送します。帝国放送協会ロンディニオン支局がお送りする大人気ラジオドラマ、冒険少年ピムの時間です!今日は先週放送し大人気を得た、悪夢の大洞窟で繰り広げられる宝探し…の再放送する予定でしたが、急遽放送内容を変更してお送りすることになりました』

「「ええぇ!?」」


 そんな!せっかく楽しみにしていたのに!それとヴィクター博士もやはり楽しみにしていたみたいだ。私と同じように声を上げ、ホーエンハイム先生とエドガーに凝視され顔を赤くして目を背けている。

 しかし一体何で放送の予定が変わったんだ?何か事件があればエドガーが教えてくれるけど、特に何も聞いてない…と、するなら放送局側の都合なのかな?


『さて皆さん、先週バース駅で起こった投身自殺事件に関してどのような噂をお聞きしているでしょうか?僅か八歳の少女が身投げをするという痛ましい事件、しかしそれを面白がって品性の悪い新聞各紙が様々な噂を流しています』


 投身…自殺事件?

 先週は……私がキャスリンに駅のホームから突き飛ばされた日だ。そしてバース駅は私が汽車を待っていた駅だ、そして八歳の少女とは……ジェインの事か?


「今すぐラジオを切れ馬鹿弟子!!」

「はい師匠!」

「聞かせてくれ」


 ラジオの電源を切れと命じたヴィクター博士と、命じられた通りに電源を切ろうとしたエドガーを私は制する。薄々は分かっていたさ、私が生きている事と死んでいる事、どちらが具合の良い話なのか。

 それに生死の境を彷徨っている時に二人は聞いていた、なので当然私も把握している。

 何より知らないといけない、ジョナサンとロベルタが何故私を陥れる企みに加担したのか?それを知らないと、この心の(うろ)で煮え滾る感情が何なのか分からない、そして前へと進めない。


「クソガキ、これ以上はダメだと思ったら、もしくは聞くに耐えれなくなったら言え、すぐに電源を切る」

「師匠!?」

「馬鹿弟子、遅かれ早かれ、黙っていても、いくら隠してもいずれは露見する。なら本人に覚悟があるのなら知らせるべきだ、自分が世間でどのように言われているのかを、だ」


 エドガーは納得できないという表情だったが、ヴィクター博士は私に覚悟があるのだと察して、静かに傍観する構えを見せホーエンハイム先生も同じ様子だったので、渋々という感じに私を膝の上に乗せなおして座る。

 さあ、知ろう。

 きっと何よりも残酷な真実を。

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