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一章【三度の生は慟哭と共に<Ⅴ>】

「おや?その反応からして当たりか、まさか一冊目から当たりとは…おい馬鹿弟子」

「師匠、分かってますけど設定が……よし出来た!」


 エドガーは一通りの操作を終え、オートテラーの楽譜を固定する位置に、『二ホン国興亡記第三巻 二ホン・ロシア大戦』を置く。すると途端に、ぶらりと垂れ下がっていた針金細工のような、六つの腕が目まぐるしく、本の厚みやページ数を確かめるように動く。

 一通りカチャカチャと音を立てて確認していたと思ったら、六つの腕は本を楽譜台から私の見える位置に1ページ目を開いて持って来た。

 あまりにも不気味にも思える動きだったから、つい悲鳴を上げそうになったのを私は必死に堪え、最初のページに書かれた謝辞に目を通し、丁度よい頃合いに次のページへと移り、また目を通した頃合いに次のページへ。


 1ページ読み終える毎に、1ページ読み進める毎に、背中に冷たいものが走った。

 多少の差異はあれど、多少の齟齬はあれど、それは間違いなく日露戦争の正確な記録だった。有名な人物の名前もほとんど一致、さらに『廣瀬中佐』の歌まである。

 どういう事だ?時雄のいた世界はジェインからしてみれば架空の世界…という事なのか?つまり私の中の時雄という存在は妄想?いや時雄の記憶は本物だ。


「イヒヒヒッ!いいねその表情!もしくはクソガキらしい表情だ。物知り顔はクソガキすると腹立たしさが倍増するからな!」

「……私は、ヴィクター博士…時雄はこの世界の未来から来た住人だった。私の前世は虚構の世界から来たという事なのか?それとも……」

「当然の説明をするなら、多元宇宙論もしくは様相実在論だ。この二つの内だと様相実在論だが、つまり架空・虚構でもその世界は現実に存在する可能性を持つのだよ、お嬢さん」

「おやおや、もう出て来たのか、もしくはもう少し焦らす方が楽しいと思うが?」


 誰?

 堅物そうな、如何にも医者という風貌の白髪交じりの老眼鏡を掛けた男は…老眼鏡で、博士の知り合い……そうか、この人は裏設定資料集に書かれていた魔工義肢開発で、ヴィクター博士に協力しているフィリップス・ヴァン・ホーエンハイム。

 ヴィクター博士と同じように、パラケルススという人物を基に設定されたキャラクターだったはず。


「大方の話は影から聞いていた、ヴィクターが虚構の登場人物としているなら当然、俺を知っているのも必然と考えるが、当たっているかなお嬢さん?」

「あ、ああ…その通りだ。ふふっ、とするなら貴方はフィリップス・ヴァン・ホーエンハイム先生で合ってるのかい?表向きは詐欺師兼錬金術師、本職は医者。賢者の石を錬成し秘匿している、であってるかな?」

「ああ当然、正解だ」


 なら…そうか、こっちから見た景色はあっちから見た景色でもある。

 この世界は【転生令嬢の成り上がり】と同質の世界であるが同一の世界ではない、あくまでよく似た異世界。当然、その逆もまた然りで時雄のいた世界は【二ホン国興亡記】によく似た異世界という訳だ。

 ……つまり私は【転生令嬢の成り上がり】によく似た異世界へ、転生した?

 なら、あの不可解な齟齬に説明が付く。

 時雄の記憶はあくまでこの世界によく似た虚構の話で、ジェインの記憶は実際にこの世界で生きた記憶なのだから。と、するならゲームの内容は、預言書のようなものなのだろうか?

 

「俺は医者という職業柄、当然のように前世の記憶を持つという者を幾度も診察して来た。まあ多くは妄想や思い込み、古代超文明を探求する神智学者による粗野な催眠療法の後遺症だが、中にはお嬢さんのように生死の境を彷徨い、根源的な存在に触れ、記憶が蘇った者もいた」

「根源的な…あの大きな力の本流か!」


 そうかだからジェインも時雄も還って来たと思ったのか。

 あそこはたぶん、魂が還る場所で同時に旅立つ場所なのだから。


「当然の説明をするなら、ここ数年。疑いようのない転生者には共通点がある。その死の間際に、世界が歪み大きな地震に見舞われたらしい」

「まさに!」


 まさにその通りだ!時雄の死の直前に世界が歪み直後の大地震が起こった!


「その現象に関して、俺もそしてヴィクターも心当たりがある、というよりも当然の奴が原因としか思えん。リチャードも解析機関を用いた計算で、奴が原因だと断定した」

「おいおい、リチャードが奴だと断定したのか?もしくはあの憶測による断定を公式を無視した計算と唾棄するあの堅物にしては珍しい、まあ私もあの天才ならついにやらかしたと納得するがね」

「師匠、それに先生、奴ってもしかしなくても彼ですか?よく社長と喧嘩してた」

「ああ、当然彼の話だ」


 おや?何やら三人で納得したみたいだが、私はさっぱりだ。

 一体全体誰の話をしているんだ?


「まあ奴の話は当然、おいおいだ。言えることは奴の所為で二つの世界を分かつ境界が緩み、時雄はこちらでジェインに生まれ変わり、その後は生死の境を彷徨う過程で根源に近づき過去と出会ったのだろう。あそこは過去・現在・未来が集まる界の界の特異点(アカシックポイント)だと、ブラヴァーツゥカヤ夫人は言っていた」

「過去と現在……そうかあの境界はそういった意味があったのか」


 そして二人は境界を越えて混ざり合い私へと至ったというわけだ。

 同時に齟齬があるのは必然だ、あくまで時雄が見て来たのは虚構のジェインで、実在のジェインではない。

 まあ、言っている私自身はまるで分からないのだが。

 勢いで納得したふりをしているだけだ、ただ言えるのはあそこは大きな力の本流だった、そう筆舌し難い大きな存在だった。


「当然の補足だが、お嬢さんのように過去と現在が乖離(かいり)も侵食もなく、そして崩壊もせず統合し新しい存在になるのは稀有な例だ。大方は過去に侵食され人格が上書きされる、時には多重人格として過去と現在が乖離し、同居する場合もあるが、おおむね上書きだ」

「成程、つまり私は時雄とジェインが転生した存在、という考えで正解なのだな。ああ、やっと疑問に答えが出た。分かってはいたけど、論理的に説明が出来なくてね、ありがとうホーエンハイム先生」

「何、当然の話をしたまでだよお嬢さん。それと服を調達して来た、駅員が律儀に保管していてな、受け取って来た」


 ホーエンハイム先生が手に持つ紙袋から取り出したのは、ジェインの、私の服だった。

 銀行家の娘が着ていたにしてはあまりにも古ぼけた、流行など以前に酷く草臥(くたび)れた服で、それは汽車に撥ねられ旅行鞄から散乱したからではない。私に買い与える服は、新品である必要は無いという理由だ。

 ふふん、下手に流行を追いかけ回した物よりも実用一辺倒に(あつら)えた、何度も使い込まれ仕立て直された服の方が、見た目はさておけば逆に良い物だと私は思っている。


「さて、着替えに関しては当然の話だがヴィクターに任せる。女物に関してはどうしようもないのでね」

「まあ仕方ない、もしくは母親でも姉でもないのに熟知している方が問題だ。おいクソガキ、着替えさせるから暴れるな、それと服以外に欲しい物があれば都合によるが用立てるぞ」

「欲しい物か…そうだね、ふふっ、ここは元銀行家の娘として、わがままの一つくらい言った方が可愛げがあるというものか」


 欲しい物と言えば私の生活に欠かせないあれと、あれの二択しかないな。

 日々の日課で習慣、その為に幾つかの技能も身に付けたわけだから、無駄にするのは今まで浪費した時間と労力を無駄にするというものだ、なので、


「古いのでいいから、色を問わずに新聞、それとラジオかな」

「………おいクソガキ、そーゆーのはなー…」


 ん?何でヴィクター博士は腕を振り上げているんだ?もしや少々わがままを言い過ぎたのかな。だけどラジオに関して自由共和国からの輸入品は、低所得者でも出し合えば買える程度の価格だったと思う、性能に関しては二の次だけど。

 確か価格は…工場労働者の月給より少し安い程度だったかな?

 いやその前に、

「だからなんで私の胸を掴む!?」

「わがままとは言わないんだよ!もしくは本物のクソ忌々しい我儘令嬢はもっと鬱陶しさを極めた物言いをするわ!!」


 女同士だから合法という論理は通じないぞこのつか…っ―――揉み方!?

 何でまさぐるというか、こう…揉み方がいかがわしい!

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