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残り物のファントム  作者: ルイ
第二章 異形たちの学校
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保健室のオルゴール

保健室も教室と同じように分厚い扉が待ち構えているかと思ったが、そこは至って普通の扉に『保健室』のプレートが掛けられていた。

大分痛みも収まってきたので、おずおずと肩に回された手を外す。


「あの、ナコちゃん。ありがとう……帰ってもいいよ?」


すると、ナコは白いモヤモヤを大きくさせた。


「何言ってんの!あんた放っとけるわけないじゃん!」


大きな声が保健室の前に反響する。あまりの剣幕に少女はびくりと体を揺らす。その様子を見て、背後の少年が不穏な気配を漂わせた。

少女は気づかれないように少年に手を合わせ、ナコにはごめんと謝ると、謝る必要ないし!とさらに怒られる。


ナコがはぁ、とため息をつき、少女がますます萎縮したとき、保健室の扉がガラリと開いた。



「保健室ではぁー、お静かにー」



ナコと少女は揃って保健室の方を向く。声の主は男性だった。

……体格から判断したものの、例によって頭部は常人と違う。彼の頭は、オルゴールで出来ていた。

頭の上のオルゴールは上部の蓋が開いていて、内部の素朴な装飾を見ることができる。木材で作られたバレリーナが少女を見下ろしていた。

白衣を着ている様子から、恐らく先生だろう。


「すみません……」


ナコがばつが悪そうに頭をかいた。そこで少女はある事実に気づく。

(理解できる!)

オルゴールの先生の言葉も、少女にはすんなり理解できた。ナコと先生、生徒たちのあいだの言語に、一体どのような違いがあるのだろうか。


「わかってくれたら良いんですよぉー、それでどんなご用ですかー?」


オルゴールの先生が、絶妙に間延びした発音で尋ねかける。耳触りのよい声だ。

ナコはハッとすると、少女の体を保健室の中へ押し込み、自分も滑り込んだ。「おおっとぉー」と言いながら、オルゴールの先生が体を避ける。


少年は入ってこない。


「△)#@※※◇が、頭痛があるらしいんです!突然座り込むくらい酷いみたいなので、休ませてあげてくれませんか?」


扉の外の少年を気にしていると、ナコが声を張り上げた。

「だからお静かにねぇー」と先生が言い、少女をしげしげと眺める。あまり不躾に眺められるものだから、少女は居心地の悪さにたじろいだ。


「□◎%♪△さんは、えらいなぁー」


すると、オルゴールの先生は、少女の頭をぽんぽんと叩いた。唐突な行動に面食らった少女が顔をあげると、そこではオルゴールの中のバレリーナが優しく微笑んでいる。


「先生、早く休ませてあげて!」


ナコがモヤモヤを大きくさせる。

先生はせっかちだなーと言いながら、紙とペンを取り出した。



「そこのベッド使っていいからね。宮部さんは早く教室に戻りなよー」



小さな紙にさらさらとなにかを書き付けていく。何だろうと覗きこむが、例によって理解できない言語で書かれている。

首をかしげていると、ナコが少女の制服の端を掴んだ。


「先生、私心配だからここにいる」


オルゴールの先生はナコをちらりと見ると、机に向き直った。


「だめですよー。宮部さんはちゃんと授業を受けなさい」


意外にも、毅然とした態度でナコの発言を否定する。ナコの名字は宮部と言うらしい。

ナコは納得できないと言うように叫ぶ。


「だって!」

「伊達も正宗もないんです。#◎%◎#♪さんなら、ちゃんと見てるから」



先生は取り合わない。

ナコは渋々と少女を離した。



「もうすぐチャイムが鳴るよー。ほら、行った行った」



その隙を見逃さなかった先生が、扉までナコの背中を押す。ちょっと!と怒りながらも、最後までナコは心配げに少女を見ていた。 


「◎◎□)#♪!我慢できないってなったらすぐ言うんだよ!」


台詞を境に、扉がぴたりと閉められる。後ろ手で扉をスライドさせた先生の後ろから、ナコが駆けていく足音がした。


間もなくチャイムが鳴るのだろう。


「……ん?」


ぼんやりと突っ立っていると、オルゴールが怪訝そうに少女を見た。その視線に、初めてずっと所在無げにたたずんでいたことを自覚する。


「あ、あの……」

「ベッド使っていいんだよー?」


オルゴールがベッドの周りのカーテンを開ける。

清潔に整えられた、けれど味気ないベッドが現れた。


オルゴールの視線に促され、おずおずと上履きを脱ぐ。ベッドに腰かけると、想定よりは柔らかい感触だった。


「眠れないの?」


オルゴールが寝転ぼうとしない少女を見て首をかしげる。戸惑いつつ首肯すると、そっかーと言って自身の頭部に手を伸ばした。


「え」


オルゴールの中のゼンマイが巻かれる。

金属が擦れる音がする。

バレリーナがくるくると回っている。


やがて巻き終えたのか、先生が頭から手を離すと、辺りには柔らかい音色が溢れ出した。


少女の耳を包む優しい音だ。

耳を傾けていると、先生が近づいてきた。


「僕のお気に入りの曲なんだよねー。よく眠れそうでさ」

「そう、ですね」

「気に入らない?」


先生はぼすりと少女の隣に座る。

ふるふると首を横に振ると、わざとらしくホーッと息をついた。


「良かった。□□◎#@さんがこのよさを分からないんだったら、僕どうするかわかんなかったよー」


少女はおどけたように言われるその言葉に少し笑った。

笑って、直後硬直する。



(……今私が気に入らないって言ってたら……どうするつもりだったの?)



本当に冗談かもしれない。

ただ和ませようとしただけかも知れない。


でもいやしかし、もし本気だったら?

万が一にでも、本気だったら……?


先生を見た。

バレリーナがくるくると回っていた。


少女は背筋が寒くなった。

忘れかけていたけれど、ここは普通の人間の学校じゃない。まともな人は少女だけだ。

いつなんどき、喰われてもおかしくはない。


ウサギの言葉を思い出す。



『喰おうとするものは』




……喰おうと、する者はいる。



先生を見た。

オルゴールのバレリーナは、相変わらずにこにこと笑っていた。

オルゴールの先生登場

書き付けていたのは『クラス・出席番号・名前』

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