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残り物のファントム  作者: ルイ
第一章 廃墟での目覚め
6/15

鬼の咆哮

少女は両手で体を抱いてひたすら耐える。


(……こわい)


涙がポロポロとこぼれてくる。頬を伝い地面に落ちて、小さなシミを作る。

轟音がいっそう激しくなった。


ゴォオオオオオオオオオオオオオオオァオッッッッッ!!


どこからこの音が来るかはわからないけれど、近くにあることだけは分かった。気配が、嫌な気配がまとわりつく。

耳をふさいでも聞こえてしまう。

恨み辛みのこもった怒った声。   


「やめて……怒らないで……」


制服の裾を握りしめる。すべてを揺らす音に、目の前が霞んで見えた。


ゴォオゥオオオオオオオオァオオオオオァオオッ!


この嵐の終わりはどこなのだろう。

ひっきりなしに続く轟音。少女の涙腺は壊れっぱなしで、慰めるものもない。

それでも、願わずにはいられなかった。少女の小さな心は、一人でそれを耐えるには脆すぎた。


(誰か……誰か!助けて!)



呼応するものはない。


……と思われた。


「え?」



少女の右手に、暖かなものが重なる。それは少年の手だった。

木々にナイフをひらめかせていたはずの、少年の左手。


ゴォオオッ!!


「っ……」

頭上を轟音が通りすぎる。これは分かった。─────すぐ上から、この音は聞こえている。


だが、この音には少女は体を震わせなかった。

(一人じゃない)

少年の存在が、少なからず少女に安心を与えていたためだ。


少女はおっかなびっくりと顔をあげる。轟音は長く短くを繰り返しながら、少女の頭上へ居座っている。



少女が頭を上げた先。

そこには醜悪な何かが、今にも少女を飲み込もうと大きく口を開けていた。


「ッ!」


恐怖のあまり、思わず息を飲み込む。

暗闇でも分かる真っ赤な顔、つり上がった眉に意地悪げな口、二メートルはありそうな巨躯……憤怒の形相をした轟音の持ち主は、その額に二本の短い角を備えていた。


「お、鬼……!」


ゴォオオオオオァオオオオオオオオァオオオッ!


鬼が怒鳴る。怒鳴った拍子に生臭い唾が撒き散らされる。

少女は短く悲鳴を上げた。鬼の血管の浮いた腕が、少女を掴もうとしてか勢いよく伸ばされた。


少年が引っ張るが、少女は震えて動けない。



ゴオッ!



鬼の手が、とうとう少女の腕を掴んだ。


「……!」


少年が焦りの挙動を見せる。

鬼が迫る。

少女の軽い体が鬼へと引っ張られる。





……そして少女が見たものは、鬼の手に銀色のナイフが突きつけられる瞬間だった。





ゴォオオァオオ!!



鬼の顔が一段と濃く怒りへと染まる。痛みに顔を歪める鬼を尻目に、少年が少女を抱き上げた。


「え」


突如抱き上げられた少女は目を白黒させた。少年は少女を抱き上げると、鬼に背を向けて走り出す。


小さな体に似合わず、少年はかなりの力持ちのようだ。その証拠に、少年は自分より大きい少女を軽々と抱き上げて走ることができている。

それも、険しい山道を。 


鬼の声が背後から聞こえるが、その声にはどこか痛みをこらえているような響きがにじんでいた。


少年は少女を抱き上げて走る。息切れしないのかと少女は思ったが、息を乱している様子はない。


「こ、これ、どこに向かってるの?」


少女は途切れ途切れに言葉を発する。あまりに全力疾走なので、下手に言うと舌を噛んでしまいそうだった。


少年は答えず走る。

どうやら山を降りているようだというのは少女にも分かるが、この先どこに向かっていると言うのか。



鬼の声はもうずいぶん遠くなった。



長い時間移動していると、どうやら山を降りているらしいことは少女にも分かった。傾斜があるのだ。

道とも言えないような道を、少年は迷うことなく進んでいく。


木々のざわめきが少しずつ復活してきていた。



「おや」

「おやおや」

「鬼から逃げた」



笑い声のようにも聞こえる。少女は周囲をじろりと睨み、自身を抱き上げている少年の肩に手を回す。

少しは安定感が増すだろう。

少年は驚いたように薄く口を開けると、その口を穏やかに持ち上げた。



「名前探し」

「名前探しに行くんだね」

「山を降りる」

「気を付けて」



木々がくすくすと笑っている。見上げればきっと、色々な顔が少女を見つめているのだろう。

敵意は感じない。

森の中の表情が、最初よりもよく見えた。


……そう言えば、夜が浅くなってきている気がする。

少年のランプに頼らずとも、少しだけ風景が見える。


……ランプは?

ランプはどうなっているだろう?


疑問を込めて少年を見るが、微笑み返されただけだった。ついでに少女を持ち上げる力も強くなる。



ナイフも、ランプも、少年の手にはなかった。



(気にするようなことでもないか)



少女は体の力を抜いた。今まで変に力が入っていたようで、どっと疲労が襲ってくる。


(鬼……追ってこないよね)


一抹の不安を感じつつも、少年に掴まることで誤魔化した。いずれ夜は明ける。夜が明ければ、きっと鬼は出てこられない。


それはあのウサギも言ったことだ。


『いずれ朝が来る』


(朝になれば、きっと大丈夫)


今はただ、少年に身を預けるだけ。



轟音の正体は鬼でした。

では鬼の正体は?


このお話の中では、ウサギも木々も少年も、みんな少女の味方です。ただ守り方が違うだけ。

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