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残り物のファントム  作者: ルイ
第一章 廃墟での目覚め
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木々のお喋り

玄関は、これまでとは対照的に至って普通の玄関だった。鎖が巻かれてもいなければ、喋るぬいぐるみもいない。ただ木製の扉と、靴箱がある。

逆にそれが不気味と言えば不気味だったが、そんなことを言い出してはキリがない。


「鍵、かかってないよね」


少女は手を握ったままの少年に、不安げに問いかける。ついさっき、ドアを開けようとしても開けられなかったことを思い出したのだ。

すると少年は、少女の手をそのまま扉の取っ手へと導いた。導くと言うより、クレーンのように持ち上げて乗せたと言う方が正しいかもしれない。


「開けろってこと……?」


少年はなにも言わない。

(……自分で開ければいいのに)

しかし拒むようなことでもない。されるがままにひんやりと冷たい取っ手に手をかけ、外側へ押し出した。


一歩、外に出る。

とたんに、家の中の狭苦しさが際立った。暗い暗い森の中。開放感と同時に、底知れない恐ろしさがふつふつと沸き上がる。

木々がざわめいている。月明かりは見えない。背後から漏れるかすかなランプの明かりだけが、光源となっていた。


「本当に、ここってどこなんだろうね?」


振り返らずに呟く。少年に言ったところで、答えなどないのは分かりきっている。

「……」

バタンと扉が閉まる音がした。少年は少しの間、扉を開けたままにしていたようだ。もしかすると、なにかを見張っていたのかもしれない。


少年が少女の前へ回り込んだ。

その口許だけが見える。何だろうと思っていると、少年の口許がゆっくり動いた。



き を つ け て



「気を付けて?」


少年がくるりと背を向ける。有無を言わせない調子だった。何に気を付けるのか理解できず、少女は焦って質問を重ねる。


「ねえ!何に気を付けるの?」

「……」

「どうやって気を付けるの?」

「……」

「ねえ!」


中途半端に情報を与えられるのが一番怖い。

少年がなにも言わないことに苛立ってしまい、少女はつい声を荒げた。


「教えてよ!喋れないんだったら……文字でも何でも使えばいいじゃん!無視しないで!」


少年が肩を揺らす。

振り返った少年の口は、ぐっと引き結ばれてへの字を描いていた。悲しそうにかぶりを振り、その口をぱくぱく開閉する。


か け な い


「え」


かけない。書けない?少年は話すことだけでなく、書くことさえもできないのか。男の子らしい、けれど幼い手。少女を握るこの手は確かにあると言うのに、その両手は文字を書くことも能わないのか。

どんな事情が、この少年にのし掛かっていると言うのだろう。


少女はいたたまれなさでそっと目を伏せる。


(……可哀想な子なのかな)


改めて少年を見る。今見るとフードはボロボロだ。あちこちすりきれ、今にも破けそうになっていると言うのに、不思議とその奥の肌は見えない。


「……ごめん」


い い よ


そう言ったきり、少年はまた少女に背を向ける。

結局何に気を付けるのか分からないままだが、格段に聞きづらくなってしまった。


……またチャンスがあれば聞き出そう。


今はとりあえず、引かれた手を頼りに進むことにした。肌を撫でていく風は冷たい。スニーカー越しに伝わる枯れ葉の感触が妙にリアルだった。



森の中は暗く、寒く、ひっきりなしに何かの声が聞こえていた。しんと静まり返っていた家の中とは大違いだ。自然を感じるけれど、だからこそ野性的な怖さがある。

少年がいることでいくらかマシになっているが、いなくなってしまったらと思うとゾッとする。


繋いだ手に力が込められたのが分かったのか、握り返してくれる感触が伝わった。無言でひたすら歩く。ちょっと険しい。長い道のりに、少女はこっそりため息を吐いた。どこに向かっているのか……せめてそこだけでも教えてくれたら。

少年の後ろ姿を見つめるが、少女の思念は届きそうになかった。


ざわざわとさざめく木々。少女に届く声なんてそのくらいだ。自棄になったような心地で、何気なく傍らを見上げた。


「!?」


見上げて、少女は目を驚愕に染める。なぜなら「目」が合ったからだ。たくさんの木々。意思が宿らないはずのそれは、様々な表情を湛えて少年少女を見守っている。


「おやおや、気づいた?」

「気づいた?」

「出たんだね」

「出たんだ」

「あそこが一番だと思うけど」

「でも」

「出たんだね」


複数の声が一気に少女の耳へ届く。物言わぬ木々の葉擦れの音と思っていたものは、正しく木々のざわめきだった。


「うそ……」


少年に目を向ける。意外にも、少年は立ち止まって上を見上げていた。かなり急な角度なのにフードはずれない。


少年の様子に名前をつけるとしたら、「やれやれ」だった。


「木……だよね……?」


少女は少年へ確認を求める。こくんと少年が首肯する。イエスノーがはっきりわかるのはありがたいが、贅沢を言うならもう少し詳細な説明がほしかった。


木はおかしそうにおしゃべりを続けている。


「しばらく来ないと思うけど」

「いいの?」

「いいの?」

「また来ちゃうよ」

「だから」

「あの部屋に」

「あそこにいれば良かったのに」

「まあここにいるのなら」

「ここにいるのならなんでもいいけどさ」


おしゃべりの内容はてんでわからなかったが、何となく「あの部屋にいれば良かったのに」と言われていることは分かった。

……ウサギのいる部屋。

正直なところ、頼まれても戻りたくない。


「……あんな部屋やだよ」


反感のまま呟くと、木々にいっそう大きなざわめきが起こった。


「そうなの」

「そうなんだ」

「まあずっといたからね」

「嫌になるかもね」

「ウサギの腹の中」

「狭いし」「狭い」

「苦しい」「苦しい」

「静か」「静か」「しずか」

「じゃあ次はいったいどこに向かう?」

「どこでも」

「君の好きな逃げ場を」

「あの音から、あのことから、逃げる道を」


少年が少女の手を振りほどき、一本の木を掴んだ。フードの下から銀色の何かが現れる。

(え、ナイフ?)

ざわざわとうるさかった木が、一斉におとなしくなった。


「…………その、ナイフって……」


少女が少年へ一歩近づく。少年は手で制した。

その事に少しムッとする。


「ナイフ振り回すのって、危ないんだよ」


木々をかばうように立つと、味方が現れたと見てか木々が色めき立った。


「そうだ」

「そうだ」

「そうだ」



少年はちらりと少女を一瞥すると、構わず銀色の刃をひらめかせる。


「ちょっと!!」


少女が肩を怒らせた。少年のナイフを奪おうと右手を伸ばしたときだった。


ヒューーッ!


突然、激しい突風が吹く。突風は木々と少女と少年を揺さぶり、砂塵を巻き上げる。


「なに……!?」


ふと視界に入った木々は、恐怖の表情を浮かべていた。風の合間合間に、断片的に言葉が聞こえる。


「壊す……を……」

「また……を壊しにき……」

「……が来る」

「……来て……しまう」


「何か来る……?」


少女は呆然と空を見上げる。なにか嫌なものが「来る」。




ゴォオオオァオオオオオオオァオオオオッッッッ!!!




「……ッ!」

この知らない世界で初めに聞いた音。びりびりと鼓膜を殴る重低音。


少女が耳をふさいでもなお聞こえる音。


「怒ってるよ……」



……それは、怒りの咆哮だった。




木々はお喋りなので、色々と重要情報を漏らします。

少年の正体のヒントも少し。

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