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残り物のファントム  作者: ルイ
第一章 廃墟での目覚め
4/15

立ち入り禁止の階段

少女の頭は、パンク寸前だった。自分の名前も家も何もかも思い出せない。まさに記憶喪失と言う単語が相応しかった。


「どうして……」


せっかく立ち上がったのに、少女はまたずるずると座り込んだ。疑問だらけだ。少年は心配そうに少女を窺っている。


「そりゃあキミは忘れようとしたからさ」


唐突に声がかかった。先程かけられた声だ。少年がゆっくりそちらへ降り向くと、声の主は慌てた様子を見せた。

「だって本当のことじゃないか。忘れようとしたんだから、わざわざ外で探す謂れはないだろう」

ウサギが動かないまま弁明している。少年はウサギの方へ一歩足を踏み出した。

「分かった分かった!もう喋らないさ。ここでじっとしておけば良いんだろう?」

今度こそウサギが沈黙する。それに満足したように、少年は足を止めた。少女が少年を見上げる。


少年は扉へ指を向けた。行こう、と言うことだろうか。少女はおずおずと立ち上がる。差し出された手のひらに、自分の手のひらを重ねた。

何でも良いからすがりたかった。


「外で探せば……私の名前があるの?」


答えられるはずもないのに、少女は少年へ問う。少年は、ただ黙っていた。

キィ、と扉が開く。

重ねた手のひらがきゅっと握られ、少年少女は扉の向こうへ踏み出した。少年が少女を見返す。

「どこに行くの?」


な ま え を さ が し に。 


少年のフードが辛うじて覆っていない口許が、そんな風に動いた。……気がした。少なくとも、少女はそう思った。

少年が少女の手を引く。

(敵じゃない……よね)

少女は少し躊躇いながらも、少年の背を追うことに決めた。握られた手のひらが温かい。人形やぬいぐるみの無機質なそれではない。その事にひとまず安堵する。


少年に手を引かれて出た先は、部屋に負けず劣らず薄暗かった。

「暗い……」

ぽつりとこぼしたのが聞こえたのかどうか、少年は「あ」と言うような動きを見せた。なんだろうと思っていると、フードの下からポッと優しい明かりが漏れる。


「え」


それはランプだった。古めかしいランプ。少年は片手でひょいとそれを吊り下げ、ぺこりと頭を下げた。

「なんで頭下げるの?」

少女が戸惑っていると、少年はランプを指差す。そこだけ見える口許は、忘れてたと象った。

短い言葉なら、少女も何となく理解できる。思わず笑ってしまった。

「気にすることないのに」

ちゃんとコミュニケーションが取れると言うのはありがたい。助けてくれただけでも多大な恩があるのに、律儀なものだ。


少年はまたぺこりと頭を下げ、歩き出した。……と思うと、ふと少女の足元に目を止める。

「ん?」

しばしじっと見ていたかと思うと、少年は突然しゃがみこんだ。唐突に傍らの温もりが消える。

「な、なに?」

少年はフードの下から、何かを取り出した。……あのフードの下ってどうなっているんだろう。少女は疑問に思ったが、今言う言葉ではない気がしてそっと口を閉じる。


少年が取り出した何かは、いつも足元を守ってくれるアレと類似する形状をしていた。


「靴……」


正しくはスニーカー。少し子どもっぽいデザインだった。キラキラとラメの加工が入り、マジックテープで止められるようになっている。中学生には幼い。

少年はその靴を無言で足元に置いた。よく見ると、少年自身もその靴を履いている。

「履けってこと……?」

少年がうなずく。

(子どもっぽいけど……好き嫌いしてる場合じゃないし)

「ありがとう」


少女は靴の中に足を差し入れた。マジックテープを止めて履き終えると、床から伝わる冷たさが格段にマシになる。

ウサギに食べられそうになってから冷たさを忘れていたが、感覚が麻痺していたのだろう。

今気づいたが、靴って素晴らしい。革が一枚挟まっているだけでなんと言う暖かさ。家のなかを土足で歩く罪悪感なんて、冷たさの我慢に比べれば塵にも等しい。

大体欧米じゃこれが普通!


「ほんとにありがとう!」


嬉しさのあまり、少女は自分から少年の手を握った。少年も握り返す。

少年は少女の様子を確認し終えると、今度こそ歩き出した。


部屋の外は一本道の廊下だった。左右に部屋が配置されている。そのうちのいくつかの扉は鍵がかかっているようだ……というか、鎖がかけられている。

「封鎖されてるのかな……」

先導してくれる少年は振り返らないままだ。不気味さと物珍しさで少女はそわそわ辺りを見回す。


そして、何気なく後ろを振り返った。


「うわ!?」


そこで少女が目にしたものは─────立ち入り禁止の看板の乱立と、幾重にも張り巡らされた「keepout」の黄色、物々しい銀色の鎖、それらに埋もれそうになっている二階へと続く道……。薄暗い中でもかなりの存在感を主張しているそれはつまり、厳重に封鎖された階段だった。


「あそこって……なに!?」


少年はその問いと同時に少女を見る。歩みは止められなかった。むしろ、心なしか早められた気がする。


少年は、ふるふると首を横に振った。手が強く握られる。


「行っちゃダメなとこなんだ……?」


今度は首が縦に振られた。少女としても好き好んで行こうとは思わないが、あまりの物量感につい気をとられてしまう。

(なんか……やな感じがするし……)

尚も少女が後ろを見つめていると、少年がひときわ強く少女を引っ張った。振り返らない。怖がっているようにも見える。そのあまりの頑なさに、少女は少し怖くなる。


(何があるんだろ)


少年が三度引っ張る。

無言で力が込められた少年の小さな手は、それでもやはり男の子らしく力強かった。

「行かなきゃ良いんだよね……」

今度は独り言だったが、再度少年が首肯する。

少女はちらちらと後ろを気にしながらも、少年に従うことに決めた。


靴の音が響く。


通りすぎていくときに見る部屋は、結構多かった。

封鎖された部屋からは、階段ほどでないにせよ嫌な空気が漂っている。たまに開いたドアがあったので入ろうとしたこともあったのだが、有無を言わせぬ調子で阻害され、とうとう入ることができなかった。

もちろん阻害したのは少年だ。


ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、部屋を通りすぎる。

十分ほど経っただろうか。

少年少女はようやく、玄関らしきところにたどり着いた。

少女家から脱出成功

ウサギ「この部屋が一番安全だって言うのにねえ」

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