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残り物のファントム  作者: ルイ
第一章 廃墟での目覚め
3/15

閉じ込めようとする者

床の冷たさはやはり尋常なものではなかった。若干涙目になりつつ我慢して歩く。

「うぅ……」

木製の癖に、この冷たさはなんだろうか。少女は切実にスリッパを欲した。こんなところで履き物のありがたさを知りたくなかった。


最初に少女が床を見たときは無限に続くかに思われたが、歩いてみるとやはり終わりはある。少女がドアの前についた頃には、完全に瞳が黒に適応していた。暗闇に慣れた目は、部屋の姿を明瞭でなくとも映し出してくれる。

部屋の隅にベッド。寝心地はあまりよくない。

その隣の隅に棚。小さな棚の上には、女の子が好みそうなウサギのぬいぐるみが不安定に置かれている。ずいぶんと使い込まれているらしく、いくらかくたびれていた。


その他には何もない。だが、小さな棚には一風変わった所があった。

「鍵がかかってる」

それも見ただけでわかる頑丈な鍵だ。鍵穴があるのはもちろん、その上から何十にも鎖でぐるぐる巻きにされ、その上南京錠がかけられている。小さな棚には不似合いな大きな鎖だ。

気になりはしたが、少女には藪をつつく趣味はない。


記憶の片隅に留めることにして、ドアに向き直る。恐る恐るドアを開けようとした、その時。


「お目覚めかい?」

「ヒィッ!!?」


少女の背後から声がかかった。恐る恐る振り返ってみると、そこには前と変わらない景色が広がっている。

「ゆ、幽霊……?」

「ひどいなあ。ちゃんといるよ」

「ヒッ!」

少女の耳に再び声が届く。発生源を探してみると、そこにはあの小さな棚があった。少し視線を上にずらすと、先程見つけたウサギが笑っていた。

「笑って……」

「ようやく気づいたかい?ぼくだよ、ぼく」

「ぬいぐるみが、喋った……」

「喋るさ。ぬいぐるみだからね」

少女が呆然と呟くと、ウサギはあきれた風に首を振った。布製のぬいぐるみの可動域での話だが。   

立て続けに与えられる情報にとっさに頭がついていかず、少女は目を回す。


ウサギはやれやれと言いたげに腕を動かすと、見た目に似合わず軽やかな動きで床へ降り立った。

降り立った場所で腕を組み、いまだ驚いたままの少女に向かって首をかしげる。


「キミ、どこへ行くんだい」

「え?わからないけど……」


唐突なウサギの問いに、少女は困惑する。困惑のあまり普通に答えてしまったが、ウサギはその答えを許さなかった。


「何でここにいないんだい」


ここ、とは、この部屋のことだろうか?少女はおろおろと目をさ迷わせ、弱々しく返す。


「だって……ここ、知らないし。真っ暗で、森のなかで」

「それは今が夜だからだよ。この部屋にいなさい。いずれ朝が来る。君が望めばね」


言いながら、ウサギはゆっくりと少女に近づいてくる。赤いボタンで出来た目が少女を捉えている。

知らず、少女は一歩後ずさった。ドアに背が当たる。


「ここにいると良い。キミはここにいるべきだ」

「え……」

「大丈夫。ここにはキミを喰おうとする者はいないよ」


喰おうとする者?

少女はその響きに恐怖を覚えた。しかし、それ以上に、くたびれたウサギが恐ろしく見える。背後で必死にドアをまさぐり、何とか取っ手を掴んだ。


「そんなに震えて、可哀想に。……そうか、不安なら、ぼくのお腹の中に入ってしまう?そうすれば誰も食べられないよ」


それ既に食べられてるじゃん!

と考える余裕もなかった。ウサギと少女の距離は確実に詰められていくのに、ドアが開かないためだった。


「何で……!?」

「この部屋の外は危険だよ。この部屋にいると良いんだよ。大丈夫、悪さができないように、棚は閉鎖したよ」

「開いて、お願い!!」

「さあおいで。痛くしないよ。ちゃんと優しく飲み込むから」

「い、いや!!外に出して!!」


ウサギとの距離がとうとうゼロになった。小さなぬいぐるみがこれほどまで大きく見えるとは思わなかった。少女はほとんど泣きながら、木製のドアを叩く。


ウサギがぱっかりと口を大きく開く。内部は空洞だった。だが少女にそれを確認する暇は与えられない。


「全部飲み込んであげるよ?怖くないよ?」


ウサギの開いた口がだんだんと大きくなる。少女は半泣きで抵抗するが、ぬいぐるみの縫い目が破れただけだった。縫い目が破れたと言うのに、ウサギは平気そうな顔をしている。あまりの恐ろしさに腰が抜けた。


「いやだ……!」


抵抗虚しくウサギに飲み込まれようとした、その時だった。



ドアが唐突に開いた。



開いたドアの隙間から風が流れ込み、一瞬ウサギの動きが止まる。少女も同様だった。

「……」

そのドアから現れたのは、慎ましやかな背丈の、フードを被った誰か。体も顔も黒い布で覆われ何も見えないが、何となくの印象から少年であると思われた。

「……」

少年は無言で部屋の中に足を踏み入れる。

遠慮のない足取りだ。そして半泣きの少女と大きく口を開いたウサギを見つけると、ウサギの首根っこを掴んだ。

ウサギはそれまでの狂気じみた穏やかさを捨て、布製の顔を器用に歪めている。


「ここが一番安全なんですよ?だからここにいるべきではないですか?ぼくのお腹の中はもっと安全。だから、あなたが心配することはありません」


ウサギが敬語で捲し立てている。若干焦っているようだ。少女には普通の口調だったのに、少年(仮)には敬語。


「……」


少年は無言のまま、じっとウサギと向かい合う。ウサギはうぅううう、と唸ると、そのまま少年の腕の中から脱した。

「もう少しだったのに……」

帰り際、そんな言葉が少女の耳に届き、ぞっと鳥肌が立つ。ウサギは元居た棚の上にぴょんと飛び乗ると、それきり動かなくなった。


「……」


少年はまだ話さない。少女はこわごわと少年の顔を覗きこむが、フードに邪魔をされて見ることができなかった。


「あ、あの……。ありがとう」


少年はこくと頷くような動きを見せる。良いよってことかな、と勝手に解釈してほっと息をついた。   


ゆるゆると立ち上がり、少年を見返す。やはり、顔も体も見えない。低い身長だとは思っていたが、その背は少女のそれよりも小さかった。

たぶん年下、と少女は当たりをつける。


「ありがとう……。本当に助かった。あなたの名前は何て言うの?」


にっこりと笑いながら、少女は問う。少年は首をかしげた。少女は訝しげに目を細めたが、ややあって驚いた風に顔を動かした。


「……もしかして、喋れない?」


こっくりと少年は頷いた。そっか、と少女はひとつ呟く。


「じゃ、名前はあるんだね?」


こくこくと頷かれる。ちゃんと名前はあるようだ。となれば、勝手にあだ名を付けるのも気が引ける。

どうしようかと少女は悩み始めた。少年は少女のそばにたたずみ、次の言葉をじっと待っている。


「名前が呼べないって不便……」


と、そう呟いたとき、少女はあることに気づきハッと目を見開いた。


「あれ?私の名前ってなんだっけ」


分かるはずもないのに、少年の方を見た。少年は少女の方を黙って見ている。フードの向き的に恐らくそうだ。

少女の持つ疑問が次々と湧き出てくる。




「あれ?あれ?私の名前って何?……家族は?友達は?家は?……私って、誰……?」




少女は、そのすべての答えが見つからないことに気づいてしまった。

少年少女の邂逅

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