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残り物のファントム  作者: ルイ
第三章 少年
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少年の正体

夢を見ていた。

ひどい悪夢だった。手足はびっしょりと濡れている。

起き上がると、ベッドシーツまで汗が染みているのがわかった。気持ち悪い、と顔をしかめる。

(……え、ベッド?)

少女はばっと布団をめくった。やはりベッドだ。土に倒れているわけではない。


(そっか。……私、ナコちゃんにつれられて、プール下でお話しして、それで……)


そこからの記憶はない。ということは、気絶したのか。

十中八九、ここに運んでくれたのはナコだろう。あの細腕に無茶をさせたものだ。あとで謝っておかなければ。

そう考えながら少女は室内を見渡した。なんだか見覚えがあると思ったら、保健室だ。

ナコに無理矢理引っ張ってこられた保健室。

光景がフラッシュバックする。登校、モヤモヤ、保健室、狭く暗いプールの下、一瞬だけ見えたポニーテールの女の子は、きっとナコだ。


そして、少年の拒絶。


思い返したとたんにツキンと胸が痛んだ。喉元からせり上がるような不快感が襲ってくる。なぜこんなにも胸が痛むのか分からなかった。少年が信用できないことが、なぜこんなにも辛いのか。

少年の姿を探すが、どこにも見つけることはできなかった。


「ねえ、出てきてよ、……どこにいるの?」


返事はない。少年どころか、誰の返事もない。

少し心細くなって、呼び掛けを続けた。やはり誰もいなかった。ナコも、先生も。

「出てきて」

何回か言った頃だろうか。不自然なほどの沈黙が、唐突に音を取り戻した。

足音、呼吸音、ざわりと棘ついた空気が、一気に少女を取り囲む。


カーテンが激しく揺れ、バッとひとまとめにされた。仕切りの意味をなさなくなって、オルゴールの音が鳴り響く。頭に轟音がリフレインする。

「え」

轟音。

違う。

これは轟音じゃない。


θθθθθθθθθθθθθθθθθθθθ!


「ひっ!」


耳障りな不協和音。それに被さるオルゴールの音。目の前には、黒い翼の、悪魔がいる。パサパサとした、白の混じった黒い髪。禍々しい角。左手にしっかり握られている襤褸布。右手はカーテンを握りしめている。

夢で見たものだ。電話で聞いたものだ!

少女はたまらず耳をふさいだ。だんだんと悪魔が近づいて、ふさいだ手すら意味のないものになる。


θθθθθθθ!


醜悪な音に耐えきれず、半ば転げ落ちるようにして、悪魔の側を通りすぎた。悪魔は少女を捕まえようとしてか、そのしわくちゃの手を伸ばしてくる。

(嫌、捕まりたくない!捕まるもんか!)

足を動かした。保健室の扉は、中途半端に開いたままだった。バタバタと音をさせて、少女はがむしゃらにどこかを目指す。

とにかく、逃げられれば良いと思った。あんなものに捕まりたくはない。あんなものに囚われたりしたくない。


走って走って、上履きのまま学校の外に出て、少女はどこでもない場所に来た。どこかしら見覚えはあるけれど、少なくとも今日は、ここには来ていない。周囲には四角い箱の群れ。つまりは団地なのだろうが、なぜか人はどこにもいなかった。

ずいぶんと息が切れていた。そういえば今日はよく走る日だった。体力があるほうではない少女の筋肉は、少しずつ悲鳴をあげている。


はぁ、はぁ、はぁ。


いったい、どこまで行けば良いのだろう。不安に思った少女がふと横を見ると、少年がいた。

どこか悲しそうではあったけれど、きちんと少女に並走していたらしい。いつからなんて野暮な問いを、少女はしなかった。


そこにはただ、腰が抜けてしまいそうな安心感があった。だから少女は、喘ぐような息の中で微笑んだ。



─────ほら、ね、いるよ。ちゃんと、ここに。



……悪魔は『黒いぼろ切れ』を持っていた。

少女のそばにいる少年は、ちゃんと、『黒い服』を来ている。だから私の方が正しい。少年はここにいる。悪魔が持っているあの襤褸切れが少年なんてこと、あるものか……。


少女の思考は、可笑しな脇道へそれていった。それて、それて…最終的にはもとの場所へ戻る。

少女は少年に向かって手を伸ばした。


「一緒に行こう」


少年は、頭を振った。

少女の毛がぶわりと逆立つ。足は止まった。


「どうして」


今までは、今も、ちゃんと私についてきてくれたのに。

どうして。疑いたくないのに。

少女は少年にすがるようにして、少年の黒い服を掴んだ。ぼろぼろの布。膝から力が抜けて、地面にへたり込む。


「……もう、無理なんだ」


聞いたことがない、でも聞いたことがあるような、そんな相反する感じをもたらす声がした。少女はそれがどこから発せられているものか、しばらくの間気がつかなかった。

「……あ、……?」

見上げると、少年の歪んだ口許が目に入る。青白い頬だった。その頬のラインは、とても見覚えがあるもので、少女の目元がくしゃりと曲がる。

「なん、で」

握りしめたままの服が、はらはらと崩れ出す。少年の顔を覆っていたフードが、ゆっくりゆっくり崩れていく。


「なんで!喋れないんでしょ!喋れなくていいから、やめてよ!話せなくても、手がかかっても、私は……!」


少女の慟哭がこだまする。少年の顔はもう半分ほど露になっていた。

「無理だよ。僕は一緒に行けない」

黒い服。ボロボロの布。幼い少年の声。少女の鼓膜に届く声は、とても寂しそうだった。

「嫌だよ。なんで、無理なの」

少女の嗚咽が鳴り響く。

少年の全貌が明らかになる。幼い顔。男の子の顔。キャラクターのプリントされた、フードつきの黒い服。


「もう、誤魔化せないんだよ。……お姉ちゃん」


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