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残り物のファントム  作者: ルイ
第二章 異形たちの学校
14/15

【幕間】ナコ

血相を変えてナコは走っていた。

中学生の細腕で、少しだけ小柄な少女を抱え、保健室を目指す。もう授業はおわり、次時間に突入しているだろう。そろそろ騒ぎになっているかもしれない。構うものか。少女を助ける為なら、授業のひとつやふたつ犠牲にしたって構わない。


「……しっかりしてよ」


ポニーテールを揺らしてナコは走る。そう遠くない位置に保健室がある。白い扉が見えてくると、ナコは息せききって駆け込んだ。


「ねえ、アスヒが……!」


部屋内の人物は、ゆっくりとナコを振り返る。穏やかそうな顔は少し眉をしかめていた。


「感心しませんねぇ、具合の悪い生徒を連れ出すなんて~」


間延びした口調には本気の勢いが感じ取れる。しかし、ナコにとってそれはどうでもよいことだった。それより、早く。

先生に断りもなく、ナコはアスヒをベッドに寝かせた。完全に意識を失っているわけではなく、うわごとをぶつぶつと呟いている。苦しげだった。額に手を当ててみると、熱い。


「アスヒは?病気なの?」

「うーん、たぶん心因性のものだと思いますねぇー。ストレスで発熱が妥当かな~」


特に慌てた様子もなく、先生はそう言う。そう言えば騒ぎになったにしては静かだ。

きっとこの一風変わった先生が、話をあわせてくれたのだ。


……心因性。


「……私のせい……」

「違うと思いますよぉー。危うかったですからねえー」


慣れた手つきでアスヒに布団をかけながら、先生はベッド横の椅子に腰かける。座らないんですかー?と言われたが、どうも足が震えてうごかない。


「……相田さん、本当にあなたのせいじゃあないと思いますよぉ。知っているんでしょう」


知っている。もちろん。アスヒの家で起こったことは、もちろん。

幼馴染だ。家も隣。知らない方がおかしい。なのに、アスヒはまるでナコを見たことがないかのように、ナコちゃんと呼んだ。

ナコ、と呼び捨てにしていたのに。

何でと思いながらも頭になり響いた警告音に従って、それ以上は問わなかった。友達、と言ったときだって、アスヒは驚いた風だったのだ。……怯えた風だった。これ以上脅してどうする、ナコは自分が割合きつい性格だと言う自覚はあった。


下唇を噛んだ。誰が何と言おうと、きっかけを作ったのは私だ。ナコは胸の裡でそう考える。

(私のせいだ)

強引に連れ出さなければよかった。たとえ怯えていようとも、手を引いて走り出さなければよかった。ナコがモヤモヤに見えているのは、なんだったのだろう。それを言うアスヒはどんなことを思っていたのだろう。


「相田さん。だから、あなたのせいではありませんよぉ~。あなたは、正しいことをしたとも言いませんが、決して間違ったことをしたわけでもない……」


柔和な顔が、悲しそうに眉を下げる。自然と動いたのであろう視線が、ナコの方へ向けられた。


「この子のお母さんも、大分参っていたようですねぇ。無理に迎えに越させるべきではありませんでした……」

「え?」

「相田さんは知らなくてもいいことですよぉ」


そう言われたが、ナコは何となく推測できた。隣から聞こえてくる怒声が、『誰』と『誰』のものか、分からないはずはない。何せ生まれたときからの付き合いだ。 


……ナコは、あの家から逃れたいが為に、学校へ来たんだろうか。

制服だけで、鞄も持たず、まるで初めての場所のように辺りをキョロキョロするアスヒ。

半年ほど会わなかった。アスヒはその間、どんなことを思い、どんな生活をしていたのか、ナコは知らない。



「私、アスヒを助けたい……」



アスヒにどんな変化があったのか、ナコは全く分からない。ただ、あの『出来事』から逃避したい、と言うアスヒの気持ちは、痛いほど伝わってくる。

でもそれじゃ、あの『家族』もアスヒも、誰も救われない。特にあの『兄』だ。前々からいけすかないとは思っていたが、今アスヒを苦しめる要素として存在するなら、ナコはアスヒを助けなくてはならない。


「勇ましいですねぇ。……でも、君が傷ついては元も子もないですからねぇ~。それに、学生の本分は勉強ということもお忘れなく」

「よく言う。先生だって、中学時代は荒れてたんでしょ」

「さて、なんのことかな」


ゆるりと笑った保健室の先生。何はともあれ、授業は受けておくことですよと諭され、ナコは渋々と教室へ向かった。

また間が空いてすみません……

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