秘密基地の秘密話
「へぇえー」
圧に負け、少女はこれまでの現象をナコに話してしまった。これはさすがに、と思ったところはかいつまんであるけれど。
ナコはじっと聞いていたのだが、「ナコはモヤモヤしてて驚いた」と言うと、すっとんきょうな声をあげた。
正直なところ、少女だって驚いた。まさかナコがここで反応すると思っていなかったのだ。
「どんな風に見えてるの、私?」
好奇心半分、驚き半分といった調子の質問に正直に答えると、ナコのモヤモヤは大きくなった。
「へぇえ~」
しきりに感心しているようだ。
自分の顔、と言うかモヤモヤに手を当てている。
「私には分かんないけど、面白いな」
「面白い?」
「うん、ちょっと見てみたい」
鏡で見ればいいのでは……?と思ったが、もしかしてナコは鏡に映らないのかもしれない。何せ異形だ、吸血鬼などは鏡に映らないとも聞いたことがある。
そう言うと、ナコはぷんぷんと怒り出した。「吸血鬼じゃないし!せめて魔女が良い!」……どっちも同じだと思うのだが。
「でも、モヤモヤかぁ。なんで私がモヤモヤに見えるんだろう」
呆れたようにナコに視線を送っていると、ナコは出し抜けに首をかしげた。唐突な疑問。
「だって私モヤモヤじゃないし。可愛い女の子だし」
ナコがひたと少女を見据えた。目はないのに、眼力がある。じいっと訴えかけるそれから、疑問を感じ取ってしまった。
少女は、母音を発することしかできなかった。
だって、ナコは会ったときからモヤモヤだったのだ。
答えのかわりに疑問ができた。胸のうちでこしらえられたそれを、恐る恐る差し出す。
「……ナコちゃんって、モヤモヤしてないの?」
「そう言われたのは初だよ。結構美少女なんだから、私!」
えへん、と胸を張る姿は、どう頑張ってもモヤモヤしているようにしか思えなかった。しかしナコはそうではないと否定する。訳がわからなかった。
「……周りも、モヤモヤしてるの?」
「ううん……モヤモヤしてるのはナコちゃんだけ……オルゴールだったり、猫だったり、色々……」
そう言うと、ナコのモヤモヤが変化した。体の動きから、たぶん考え込んでいるんだろう。そういえばずいぶんとここにいる気がする。
抜け出してきたから、今ごろ探しているかもしれない。帰らなければ。……だが、そのときにあの『悪魔』が来てしまったら?少年は?
「……@○□○◎♪、保健室にいたのに、逃げ出してきたのはなんで?」
一人かすかに怯えていると、思案から戻ったナコが問いかけを寄越してきた。なぜ、モヤモヤの話題から、その話になるのだろう。黙りを決め込むつもりだったが、ナコのモヤモヤが次第に黒くなるのを見てあっさり決意を翻した。
「怖かったから」
「先生が?」
「ううん……」
ふるふると首を左右に動かした。あのとき見た悪夢や、悪魔の声を話す気にはなれなかった。ウサギから守ってくれた少年のことも、今はまだ口から紡がれそうにない。
「……そう。仕方ないね。あんたんとこ、大変だもんね……」
「え?」
あんたんとこ、大変だもんね?
ナコの口からポロリと飛び出たそれに、少女は思わず聞き返してしまった。何が大変なのだろう。まさか、ナコは知っている?ウサギや、悪魔や、鬼のことを……?
ナコを見つめれば、慌てた様子で口元に手を当てていた。ごめん!無神経だった、と言っているが、なにが、無神経だと言うのだろう。
今度は、少女がナコを見つめる番だった。だがナコは、少女と違い、圧に負ける性格ではなかったらしい。
忘れて忘れて!と両手を振っている。
そして少女は、追及を続けられない性質であるらしかった。
「そろそろ出ないと、ヤバイかも」といたずらっぽく舌を出したナコに手を引かれ、戸惑いながら歩き出す。あきらかに話題をそらしている。ここの天井が低いことを一瞬忘れたらしいナコは、がん!と頭をぶつけ悲鳴をあげていた。
プールの下から出ると、少しだけ明るくなっていた。どれほど時間はたったのだろうか?夜ではよくわからない。
ちらりとナコを見る。ちょーっと長居しすぎたかな……?と言う台詞から察するに、短くはないようだ。
プールの傍には少年が佇んでいた。存在は忘れていなかったが、まさかまだ居るとは思わなかった。相変わらず黒いフードだ。
どこか、悲しそうな雰囲気だった。なぜ?と思ってみるも、その表情は黒いフードに邪魔をされて見えない。
少女は気まぐれに、少年の方へ手を伸ばしてみた。勝手に取ってくれるものと思っていた。
……ぶんぶんと、頭が横に振られる。紛れもなく拒否だ。
「……え」
少女はひそかに衝撃を受ける。ふいと避けられた腕は所在なさげに宙をさ迷った。
待たせ過ぎたから?なにか気にさわるようなことを?……そこまで考えて少女は思い出す。そういえば、少年は、─────信用に足るのだったっけ。
否。
疑えと、そう思っていた。
私は何をしていたのだっけ。何を信用すればいいのだったっけ。ナコは信用してよかったっけ。誰に、誰を、どうして、なにを、いつ、わたしは。
─────あのとき
─────わたしは
─────誰の言葉にしたがった?
足が、震え出した。頭ががんがんと痛くなる。無理だ。無理だ。
ナコのモヤモヤが遠い。
モヤモヤが……モヤモヤ?
「……あれ」
ポニーテールの、女の子が。
お久しぶりです……。長い期間放っておいてすみません。