ナコの秘密基地
「ナコちゃん……?」
モヤの女生徒で、自称少女の友達、ナコだった。
モヤモヤが大きくなっている。かなり驚いているようだ。
保健室で休んでいるはずの少女が全力疾走していたら、それはそうかもしれない。
(あれ……でも、ナコちゃんも授業中なはずだよね)
ここまでで廊下は誰もいなかった。下校時刻ではないだろうから、必然、ナコは授業を抜け出してきたことになる。
「あんた具合悪いのに、なんで抜け出してんの?」
しかしナコはそんなこと意に介さない。きつい言葉だがそれ以上に心配の念が伝わってくる。
少年はだんまりを決め込んだまま、じっとナコを見つめていた。
「えぇっと……とにかく事情があるんだよ」
苦し紛れの言い訳を放つ。ナコは納得したわけでは無さそうだが、「優等生」でもないらしい。
ふぅん、と呟くと、「見つかりたくないのね」とこぼす。察しが良くて何よりだ。見逃してくれるかと胸を撫で下ろしかけた少女だが、そうは問屋が卸さない。
「じゃ、ついてきてよ」
ナコは少女の右手をガッとつかむと、ずんずん大股で歩き出したのだ。
困惑する少女が問いかけるが、まともな答えは帰ってこなかった。
「え?どこに?」
「いいとこ!」
そう言ってナコは破顔する。文字通りである。笑ったのだろうなということは理解したが、白いモヤモヤがばっと広がるのは心臓に悪い。
ぐいぐいと引っ張られる。足がもつれそうになりながら、なんとかナコについていく。
目まぐるしく風景が変わっていった。ナコの足は早い。回りの景色の把握に脳が追い付かない。
玄関ではない扉から外に出る。山に向かい合っているため、いつか相対した木々の群れがよく見えた。
なにかを噂しているようでもあったけれど、如何せん少女はナコについていくので精一杯だ。聞き取れやしない。
少年はただ黙って隣を走っている。
どれほど歩いただろうか。と言っても、たいした距離ではない。校内の移動はそれほど時間がかからなかったのだ。
薄暗い中、少女とナコは目的地へたどり着く。
「プール……」
連れてこられた先はプールだった。たぶん。否定はされないので正解だと思っておく。広大な長方形のそばには、更衣所らしい建物がある。
しかし水は張られていない。時期ではないらしい。
「あの……ナコちゃん……?」
ナコは口らしきところに手を当て、しーっと言った。推測でしかないが、きっといたずらっ子の表情をしているのだろう。
「ほら、こっち」
三歩ほど走ったかと思うと、ナコは突然しゃがみこんだ。プールの横の、何の変哲もない場所だ。
しきりにそこを指差しているが、不審なことこの上ない。
助けを求めるように少年の姿を探す。当たり前のように少年はそこにいた。相変わらず顔が見えない。動こうともしない。
「なに突っ立ってんの。見つかりたくないんでしょ?」
ナコが腕を引っ張る。何故だかざわざわと不安な気持ちになる。だがナコの腕の力は案外強かった。
「あの、でも」
「いいからいいから。ほらここ、良い隠れ場所なんだよ」
ナコがプールの横を指差す。見るとプールと地面の間に隙間があった。子どもならかがめば入れる高さである。
言うまでもなく、ナコも少女も子どもの範疇にある。
「え、ここにはいるの」
「そうだよ。大丈夫、広いから」
そういう問題ではないと思う……。
少女は言う暇もなく、ナコに連れられてプールの下へ入っていった。
「ほんとだ、結構広い……」
「でしょ」
進んでいくなかで、若干声が反響する。ナコの言った通り、そこはかなり広かった。奥へ奥へと入っていくと、天井が高くなる。謎空間だ。
そこには、テーブルと椅子が完備してあった。
「ここなら簡単には見つからないよ」
ナコが得意げに胸を張る。制服は汚れに汚れているが、それは少女も同様だ。
少女は物珍しげに辺りを見回す。広い空間、簡素だがしっかりした造りの椅子。ちょっとした部屋のようでもある。ベッドと棚を置けば、よほど寒さ暑さがない限り生活できてしまうかも知れない。
モヤモヤのお陰で少女は割と内部の様子がわかるけれど、ナコはそうでもなかったようである。
「暗いなぁ。たしかこの辺に懐中電灯おいといた……」と探し回っていた。
やがて見つけたらしく、辺りがパッと明るくなる。明るくなったことでさらに気が大きくなったのか、ナコは胸をそらした。
「ようこそ、あたしの秘密基地その4へ!%##も知らなかったでしょ?」
またもや得意気に言われる。知らなかったし、その4ということはあと二つあるのか。
どうぞ座ってと丸椅子を勧められ、おとなしく腰かける。
「さぁーて」
正面にはナコが、丸椅子その2にどっかりと座った。女子(仮)なはずだが、それは豪快ながに股座りだった。
なんだか男勝りな子だなあと考えていると、突然、モヤがゆらゆらと激しく揺れた。
「洗いざらい話してもらうよ?場所代としてね」
……男勝りどころか、制服を着たヤクザなのかもしれない。ガッチリと掴まれた腕をほどけるはずもなく、少女は冷や汗を垂らしてうなずいたのだった。
そろそろ種明かしはじまっていきます