7話 戦勝祝賀会!
「それじゃあ諸君、レギオンの逆転勝利にカンパーイ!」
上半身と下半身をくっつけてステージ上に登ったロザリアが、嬉々として乾杯の挨拶を述べた。
答える者は誰もいない。人間たちは1人を除いて既に皆が息絶えた。羽虫たちは人間の遺体を貪るのに夢中。
それでもロザリアは気にすることなくステージを降りると、滅茶苦茶になった料理の中から、まだ食べられそうなものを物色し始める。
結局、床に落ちてしまったものの、奇跡的に誰にも踏まれることのなかったカルパッチョを見つけて、砂埃を払いのけてパクリ。
「あ~ッ! 頑張って良かった! 人生サイコー!」
と、高らかにガッツポーズを掲げる。
それからも物色はしばらく続いた。割れていないワイングラスを2つ見つけ、未開封のワインボトルを探し出し、それを抱えてホールの端へ。
「これ、ボクの誕生年のワインなんだ」
なんて言いながら、床へ2つのグラスを置き、そこにワインを注ぐ。
「だから、お兄さんも乾杯に付き合って」
そこにいたのは、もはや満身創痍となったルーク。手を切り落とされ、下半身は不随。生きてはいるが、戦場なら見捨てられても文句は言えない損傷度合いだ。
だがこれでも彼は幸いだった。彼以外の人間は残らず既に息を引き取り、死体食らいの羽虫の餌となっていたのだから。
「さ、お兄さん。ボクの勝利に、かんぱ~い」
すっかり上機嫌のロザリアだが、ルークは鬼のような剣幕のまま彼女を睨むだけだった。
情けない話だが、今やもうこれくらいしか抵抗の手段がなかったのである。
「……お兄さん、せっかくなんだから付き合ってよ」
これにはロザリアも流石に不満そうだった。
「あ、じゃあこうしよう。ただの人間であるお兄さんがボクにここまで本気を出させたのは本当にすごいことだし、そういう意味ではお兄さんの勝ち。でもボクも自分の仕事を無事に果たせたから、ボクも勝ち。win-winってことで、2人の勝利にかんぱ~い」
当然、ルークは付きあわない。
顔を横へそらすと、羽虫にたかられ貪られる梓燕の頭部が目に入った。肉は既に半分くらい剥ぎ取られ、骨も見え隠れしている。無念の死だっただろう。
そのとき、ロザリアの柔らかい両手がルークの頬をはさみ、顔を正面へ戻させた。
「もう、お兄さんってば! ボクを子供扱いした癖に、大人げないんだから。いったい何が不満なの?」
すっかり不貞腐れていたロザリア。
「確かにお兄さんはボクに負けちゃったけど、でもお兄さんだってレギオンをいじめたはずだよ! だから、これでおあいこ。恨みっこなしさ。過ぎたことは、過ぎたことにしよう。……それとも、ひょっとして、お腹すいてる?」
「……てめえの狙いは何だ。最初から、俺を利用する腹で近づいてきたのか」
ルークはすごい剣幕でロザリアを見据えた。
もう四肢が動かない以上、できる抵抗はこれくらいしかなかった。
「まあ、うーん……。ジャマイカではそうだったんだけど、街でお兄さんに助けられちゃったのは予定外だったかなあ」
と、ロザリアはケロッとした顔で釈明する。
「そうだなあ。お兄さんにはお世話になった節もあるし……。よし、特別にお兄さんにだけ、お礼の意味もかねて教えてあげよう! でもちょっと待ってね、ティラミスだけ取ってくるから」
──向こうへ駆けていくロザリア。
そのときルークは、もたれかかっている壁の向こうで人が動く気配を感じた。それも、こちらへ徐々に集まってきているようだ。
もう緊急コードは出されているのだから、いくら要人の避難や迎撃の用意に混乱しているとは言え、そろそろ増援が来ないと手際が悪い。
こうなったら、意地でもロザリアを逃がすまいとルークは決めた。
例え総攻撃の巻き添えを食らって死のうと、ロザリアを道連れにできるのなら本望だ。
そう思っているうちに、ロザリアが帰って来た。右手にティラミスの乗ったお皿、左の肩には小さなクーラーボックスをかけている。援軍の接近にはさっぱり気づいていないようだ。
「お待たせー。お兄さんは、好きなものは最初に食べる派? 最後までとっておく派? ボクは、1番好きなものは、ついつい最後までとっておいちゃうんだよね」
全く関係のない話に、当然ながらルークは何も答えなかった。
ロザリアは肩をすくめて
「もー、すぐ不機嫌になるんだから。はいはい、ボクがここに来た理由のはなしだったよね。それはズバリ! じゃじゃーん!」
やたら勿体ぶりながら、クーラーボックスのふたを開けた。
中に入っていたのは、最初の犠牲者となったワッハーブ准将の頭部。キッチンから強奪した、防腐用の保冷剤も詰められている。
「このおじさんね、【こ~じゅん(光楯)】っていうこわーい兵器の開発に関わっててさ。それが完成すると、レギオンのみんなが困っちゃうんだって」
光楯。それは天羽々斬プロジェクトにより建造される次世代鐡聖将の名前。
詳細は非公開だったが、人類を勝利へ導く決戦兵器として広く広報はされていた。
「でもこの辺ってレギオンは立ち入り禁止でしょ? そこでママの頼みを受けて、一応は【人間】であるボクが懲らしめに来たわけさ。ボクの家は北米にあるんだけど、ママは怪しまれることはするなって言ってたから、まずは陥落したてのジャマイカまで飛んで、あとは難民になりきってここまで運んでもらったわけ。このおじさんが今日ここに来ることは、ママの調べで分かってたからね。あとは【こ~じゅん】の情報がいっぱい詰まった、このおじさんの頭を持って帰れば、おしまい」
ワッハーブ准将の頭をクーラーボックスへしまう。
ほぼほぼ計算通りだったというわけか。
気づけばルークは歯ぎしりをしていた。
「何が【人間】だ。おまえは、誰がどう見たってレギオンだろうが」
「うーん。確かに、ママにちょぴっと全身カスタムしてもらったから、体はレギオンっぽくなれたんだけどさ。ここだけの話、まだ【心】が人間のままなんだよね」
とロザリア、頭部をカパッと左右に開いてみせる。
それだけでも恐ろしい光景だったが、ルークを真に恐怖させたのは、頭を閉じたロザリアが嬉しそうに言い放った次の一言だった。
「でもね、この世界からボク以外の人間がいなくなったら、ママはボクを純粋なレギオンに侵食してくれるって約束してくれたんだ」
──狂ってる──
嬉々として侵食されることを夢見るロザリアに、ルークはえもいわれぬ嫌悪感を抱いた。
今まで、生きながら侵食されていく人間を何人も見てきた。
皆が皆、絶望への恐怖の言葉を唱えながら変わり果てていった。
そのうちの何人かは、ルークへ助けを求めながら、果てていった。
しかし結局、そうした犠牲者の中にルークが助けられた人物は誰もいない。侵食が1度始まれば、止められる手立てはないのだから。
だからこそ理解できなかった。死より恐ろしい悪魔の侵食は、決して熱望されて良いものではない。
「ふざけんな」
ルークは反射的にそう述べていた。
「どんな体をしていようと、例えセンサーに感知されなくても……。人間ってのは、人を殺した直後にそんな顔ができる生き物じゃねえんだよ。体が人間がレギオンかなんて関係ねえ。おまえの【心】は、もう、人間じゃない」
それを聞いた途端、ロザリアはしばしきょとんとしていたが、次の行動はルークが予期したものとは全く異なった。ふいに頬をほのかな桃色に染めて
「……うっわ。すっごい不意討ち」
と、どぎまぎしながら照れるの図。
まるで話が通じていないことは明白だった。
言葉は通じる。しかし、前提となる基本的な価値感すら共有できていない。したがって、会話が成立しないのである。
「ね、ね、お兄さん。せっかくだし、お兄さんもレギオンにならない? そして、本当にボクのお兄さんになってよ。何なら、1番格好良いレギオンに侵食してもらえるよう、ボクからママに頼んであげ──」
ロザリアが興奮気味にルークの肩をつかんだ、そのとき。
──大規模な地震がホールを揺すった。
天災ではない。いよいよ何重にもわたる包囲網を形成し終わったコロンビア支部の精鋭たちが、ロザリアたちがいるホールへの総攻撃を開始したのだ。
地政学的に重要な拠点でもあるこの駐屯地で、何十万もの人間が暮らすこの都市で、レギオンを逃がすわけにはいかない。
その重大な意義が、そのまま作戦の慎重さや兵装の厚さに反映されていた。
待ちわびた援軍の到来に、ルークはようやく安堵の息を吐く。
「ハッ、やっと来てくれたか」
「え? これ、人間側の攻撃? お兄さんがまだ中で生きてるのに?」
「俺を生かしときゃ人質になるとでも思ってたか? ザマァ見ろ、おまえを道連れにできれば本望だ」
砲撃に耐えかねた建物が崩落を始める。その中でルークは最後の意地で吐き捨てた。一方、ロザリアは青ざめて
「あわわわわわっ、そんな殺生な! ……もうッ、これだから人間は嫌いなんだ!」
ロザリアは慌てふためきながら、背中より大きなハエ状の羽を現出させつつ号令を叫ぶ。
「カモン! バタリオン!」
死体をむさぼっていた羽虫たちが即座に集まり始める。
あまりに大量の羽虫を身にまとったロザリア。その姿はまるで、黒く巨大な球体型の暗雲のようだ。
天井が崩れ、大きな瓦礫がいくつも床へ落ちる。食いかけの死体が潰されていくなか、唐突にルークはロザリアに手をつかまれ、そのまま最寄りのテーブルの下に投げこまれた。
後はどうなったのか、もはや自力では動けないルークには分からなかった
ただ、間髪おかず、無数の機関銃が唸りだす音だけはルークの耳に届いた。
その間にもホールの崩落は止まらない。もう攻撃されなくても自壊してしまうくらい、建物としての強度を失ったのだ。
──本当の本当に、これまでか。
大したことも考えられないまま、ルークは崩壊のなかへ飲み込まれていった……。
†
後に【第一次ヌエ事件】と呼ばれることになるこの日の出来事は、当然ながら地球連邦政府を大きく揺るがした。
セレモニーホール内にいた将兵および職員はほとんどが死に絶え、発見された生存者はただ1人のみ。包囲網を形成した兵士たちにも被害は及んだ。
死者731人。その中にはワッハーブ准将やスネルマン大佐といった要人も含まれており、これが混乱を拡大させた。
駐屯地を襲った【正体不明のレギオン】は、北米へ向かって逃亡。追手の戦闘機や鐡聖将を複数撃墜しながら、最終的にカリブの海中へと姿を消した。
数少ない救いは、駐屯地外にいた民間人への被害は確認できていないことと、南米からこのレギオンが去ったことだろう。
しかし言うまでもなく、人類統合陸軍コロンビア支部の重鎮たちは対応に追われた。まずは、この未知のレギオンの正体を知らねば話にならない。
そういった経緯から、惨劇の舞台となったセレモニーホールより、意識不明の重体ながら生還したルーク・D・ウィンター中尉の治療が至上命題とされた。治療には対ASTS治療における最上のエキスパート、Dr. エルシーがあてられたのだった……。
※こ~じゅん
現在建造中の最新型鐡聖将。
量産性をガン無視した人類最高傑作となる予定だが、どんな最強兵器でも完成前に叩けば鉄くず、という発想のもと今回ロザリアはやってきた。
どこで作られているかは一級機密。