3話 ボクはロザリア、迷子なの
幼少期、ルーク・D・ウィンターは【スカベンジャー】として生きていた。スカベンジャーとは、レギオンの襲撃を受けて人間から放棄された市街地に出向き、捨てられた財産を探しだす、ある種のこそ泥である。
別に、こそ泥になりたかったわけではない。ただ、そうでもしなければ戦災孤児であった彼は生きていけなかった。同じような境遇の孤児も大勢いた。
何の力もない孤児なので、レギオンに会ったらおしまいである。元締めの的屋はそれが分かっているから、孤児をけしかけながら自らは安全地帯から出ようとしない。そうして子供らが集めてきた紙幣や貴金属を、圧倒的不公平なレートで食べ物に交換する。
最初の頃は千ユーロ集めてパン1つだったが、このレートもインフレの進行と共に高騰し、最終的にデノミと共に現金回収は中止となった。鉄屑はたくさん集めれば角砂糖、金や宝石は【大当たり】で干し肉がもらえた。
遺棄された小火器も回収対象だったが、これはむしろ子供たちが自衛のために保持するようになっていった。もちろん、微塵の訓練も受けていない子供がレギオンに敵うはずはなく、まさに子供だましといったところだったが。
そんな糞みたいな日の中、気づけばルークは一帯で最も長生きしているスカベンジャーになっていた。天性のセンスがあったのかただ幸運だっただけかは分からないが、先輩は皆行方不明になっていた。
しかし、そんなスカベンジャー業は唐突に終止符を打たれた。当時、【オペレーション・ピースメーカー】という人間からレギオンへの一斉反攻作戦が世界中で開始され、ルークたちが餌場としていた地域からもレギオンは駆逐された。それはスカベンジャーの廃業を意味していた。
そのとき、ルークは壮年の人類統合軍陸軍准尉に出会った。彼は、ルークがこの街で長年スカベンジャーをしていたことを知ると、開口一番
「坊主、孤児なのか。それなら、俺と来るか?」
聞けばそのオッサン、ASTSとかいう凄腕の兵士らしく、しかし子供はいないらしい。何をしたら飯をくれるのかとぶっきらぼうに訊いたら、野良犬みたいだなと大笑いされた。
「だが、野良犬にしておくには勿体ねえ。こいつは大物になるぞ」
──という根拠の分からない言葉によって、ルークは野良犬からお坊ちゃんに大出世し、【戸籍】という思ってもみなかった大宝を手に入れられた。
通わせてもらった士官学校は、右も左も上流層の子息令嬢たちばかりで息苦しくもあったが、実技なら野良犬根性のルークが常に首位だったし、座学はまともな読み書きから始めつつ周春虎のような良きライバルに助けられた。
士官学校を出た直後、養父に習ったり春虎に触発されつつで受けてみたASTS試験も、汚点は【元スカベンジャー】という薄汚い経歴だけで、実技試験は全て難なく乗りきれた。
残念ながら春虎はもういないし、養父もルークが士官学校を卒業する直前に名誉ある戦死を遂げてしまったが、ルークはすっかり立派な軍人となって、このコロンビア支部でも多少は名の通るような戦果をあげるようになっていた。
†
軍事病院の建物を出て、ルークは降り注ぐ夏の強烈な日差しに渋い顔をした。
西欧出身のルークにとって12月と言えば冬なのだが、ここコロンビアは赤道付近の都市なのでそういう仕様ではない。
駐屯地と軍事病院は、徒歩圏内とは言え微妙に離れたところにある。本来なら隣接しているべきなのだが、病院の建て替えを行った際にそこしか纏まった土地が確保できなかったのだとか。
まあ、外出許可はとってあるのだから、そう急いで帰る必要もないだろう。ルークは街の大通りを歩き出した。
スカベンジャー時代に餌場としていた街に比べれば、ここはとてつもなく良い街だ。活気も物資も劣悪というほどでもない。もちろん死体なんか転がっていない。
軍需工場はどこもフル稼働で、至るところに必勝ラッパのプロパガンダポスターが並び、託児所では(出産奨励政策によりやたら多い)無垢な幼児たちが玩具の銃剣を持ち鐡聖将ごっこで遊んでいる。
そんないつもの光景を傍目に、ルークは最寄りの露天商の前で足を止めた。
ひとまずルークは、無事にエルシーから解放されたことを祝い、瓶ソーダを1本購入。とにかく嗜好品の値上がりが著しい現代において、このようにソーダを愛好する若者は結構多いのである。
心地よい炭酸で喉を癒していると、通信がかかってきた。見れば、梓燕中尉からで、出てみると
「ルーク。今、大丈夫ですか?」
「ああ。何かあったのか?」
「実はですね、連隊長がジャマイカ奪還作戦の祝勝会を開くことにしたようでして。出欠を昨日までに知らせてくれ、と」
「なんで昨日の話を今日するんだよ」
「私を責めないでください。話を止めたのはヴィクトル大隊長と、その副官のあなたです」
初耳である。
ヴィクトル・カルカーニ少佐は、戦場では大活躍する敏腕指揮官だが、ひとたび駐屯地へ帰れば【絶対仕事溜め込むマン】に早変わりする。副官のルークにすら話が伝達しないことも珍しくない。
「俺だって何も聞かされてないんだが」
「ええい、それでも副官か! 無能!」
受話器ごしに梓燕はルークへ噛みついた。
エルシーほど粘着質ではないが、言うときは言う女なのである。
しかしそのとき、路地を歩いていたルークの目に、とても見逃せない光景がとまった。思わず足を止めてしまう。
「まあ、良いでしょう。まるでダメな男たちに代わって、この梓燕中尉が──」
「梓燕。悪い、すぐかけ直す」
「え? ちょ、ルーク! お駄賃! お駄賃として甘いものを──」
と慌て気味に喋る梓燕を遮って、ルークは通信を切った。
綺麗なだけがこの街ではない。
光あるところには必ず影があるものである。
スラムの方へ伸びる細まった路地の方で
「うぅーッ、んむーッ!」
「おい、しっかり持てよ!」
「クソッ、こいつ暴れやがって!」
2人のチンピラが、1人の少女を担ぎ上げていた。
片方が少女の口を塞ぎながら胴を担ぎ、もう片方がジタバタと暴れる脚を束ねながら持ち上げようとしている。
「んうーッ、んむむーッ」
少女は必死に抵抗しようとしているが、相手は体格の良い男が2人がかりである。まるで歯が立っていない。
まさに絶体絶命となった、そのとき。
「おい」
ルークはその薄汚い男どもに声をかけた。
そのドスの効いた呼びかけに、チンピラどもの顔色が面白いくらい急に変わる。
どん底とは言え平穏な日を過ごすゴロツキと、多くの死線をくぐり抜けてきたエリート兵では、迫力からして違うのだ。
まして今日のルークは、Dr. エルシーにいじめられて少々機嫌が悪い。
「俺の妹に手を出したってことは、覚悟できてるんだろうな」
別にルークの妹というわけではないのだが、こんな時はもっともな言いがかりがあった方が良い威嚇になる。事実、このハッタリはゴロツキどもに効果覿面。にわかに慌てふためきながら、
「や、やべっ!」
「おい、ずらかるぞ!」
と、犬もしないような尻尾の巻き方をして、少女を地面に投げ出すと一目散に逃げて行った。
「……しょうもねえ奴らだ」
ルークはため息をつく。
深追いしなかったのは、ゴロツキにはゴロツキなりの事情があると元スカベンジャーのルークには分かるからだ。
絶えない戦死者、物価高騰に伴う貧困、早急な出産奨励政策。それらは、児童養護施設のキャパシティをはるかに上回る孤児を数の街へ放り出していた。
うまく手に職をつけられれば良いのだが、そうでないと今の連中のように昼間から盗賊まがいのことを繰り返すか、またはスカベンジャーとして地方へ追いやられるか、その辺だろう。かつてのルークがそうだったように。
行政にとってそうしたストリートチルドレンの存在は不愉快で、不定期で【清掃作戦】が実施され、彼らはどこかへ連れ去られる。一説にはDr. エルシーのような、人の命を何とも思わない学者連中の所へ実験台として回されるのだとか。
その点、ルークは本当に幸運だった。もし良い里親に会えなかったら、今の連中と大差ないことになっていただろう。
そんな同情にも似た心境からルークは彼らを見逃してやったが、それはそうと、ルークは解放された少女の方に目を向けた。
少女は、たった今まで悪漢に襲われていた割には、泣きも怯えもせずあっけらかんとしていた。鈍いのか肝が太いのかは分からないが、その顔を見てルークは「やっぱりそうか」と内心つぶやく。
「おい、チビ。確かこのまえ、ジャマイカで救出された奴だろ」
「え? ああ、うん」
と、ロザリアとかいう名前らしい少女はうなずく。
あの後、このコロンビアに輸送されていたとは知らなかったが、撤収した部隊はみんなコロンビア駐屯地へ帰還したのだから、考えてみれば妥当な話だろう。この子の家族がどこにいるかは知らないが。
すると、
「……ねえ、君はボクのお兄さんなの?」
と、ロザリアは唐突にルークへ問いかけた。
歳は16くらいだろうか。透き通るくらい白くて綺麗なショートヘアーの小娘は、クリッとした愛嬌のある無邪気な目でルークを見つめている。
「そんなわけねえだろ」
「でも、ボクのこと、俺の妹だって……」
「方便だ、方便。自分の家族の顔くらい覚えとけ」
思いがけない返事に、ルークは呆気に取られてしまった。
「なんだ、そっか。──てへへ。ボク、本当の家族のことは何も知らなくてさ。ボクを育ててくれたママも、血は繋がってないし」
と、少女は困り笑い。
なんだかルークと似た境遇である。彼も実の家族のことは何ひとつ知らない。育ててくれたのは血のつながりのない養父だ。
ついでに言えば、民間人である少女が既に遺棄されたジャマイカにいたことも、見方を変えればスカベンジャーのようなものである。
「でも、助けてくれてありがとう」
少女は笑いながら礼を述べた。色気はまるでないが、微笑むとそこそこ可愛い娘である。
ルークは放っておけなくなって
「既に遺棄された島にいたり、チンピラに絡まれたり、危なっかしい奴だな。俺も昔は似たようなことをしていたが、おまえもこの辺でやめとけ。死んだらつまんねえぞ」
と言ってやった。
「へえ。お兄さんってば、軍人さんなのに優しいんだね」
少女は妙なことに驚いている。
誤解だ。軍人は優しい奴の方が多い。大体厳つい顔をしているので、遠目には分かりにくいだろうが。
そう言おうとしたルークだったが、ロザリアは矢継ぎ早にとんでもないことを言い出した。
「そうだ。ボク、お兄さんの妹になるよ。だからお兄さん、名前教えて」
このダイナマイト数トン分ものトンデモ発言に、ルークは内心戸惑いながらも得意のポーカーフェースで
「やめとけ。覚えるだけ損だぞ」
「どうして?」
「いつまで生きてるか分かんねえ人間の名前なんて、覚えるだけ損だろ。そんなこと覚える余裕があるなら今後の生活のことでも考えろ、チビ」
「チビじゃないよ。ボクにはロザリア・バタリオンっていう、ママがつけてくれた立派な名前があるんだ」
と小娘ロザリアは、薄くて平らで色気のない胸を誇らしげに張って言った。相当、自分の名前を気に入っているらしい。
「バタリオン(大隊)か。チビの癖に、物騒なファミリーネームだな」
「そうかなぁ。ボクは結構気に入ってるんだけど」
否定されて、ロザリアは釈然としない顔になった。
年相応の子供らしさというか、考えていることがそのまま顔に出るタイプのようである。
「あ。結局、お兄さんの名前なんだっけ」
「お兄さんはやめろ。馴れ馴れしい」
流石のルークも顔をしかめてしまったが、ロザリアは構わず
「いいでしょ。ボクのことを妹って言い出したのはお兄さんなんだから。あ、名前を教えてくれたらそっちで呼んであげるよ」
「拒否する」
「え~。良いでしょ、減るものじゃないし」
「減る。俺の何かが磨り減る」
とルークが露骨に嫌そうな顔をすると、
「むー、お兄さんのケチ」
ロザリアは不満そうに頬をぷーっと膨らませた。
笑うと可愛いが、怒ると鼠の頬袋みたいで面白い顔である。
「そうだな。……おまえが軍の士官学校を卒業して、俺と同じ部署に配属されたら教えてやる」
「あ、ずるーい!」
小さな癇癪を起こすロザリアに背を向けて、ルークは適当に手をヒラつかせながら歩き出した。
別に、ロザリアを同僚として抱えたかったわけではない。ただこの手のチビは、絶対に無理な条件付きで承諾すれば、相手は自分から引き下がりやすいものなのだ。
あんな学も体力もなさそうなチビでは、『実は即戦力級の歪天使でしたー』みたいなオチでもない限り、まず入隊はないだろう。そもそもそんな大型人材なら、チンケなチンピラ2人を相手に困るはずもない。
「──ま、うまくやれよ」
聞こえないような距離になってはじめて、ルークは、似た者同士としてロザリアに応援の言葉をつぶやいた。
この都市は軍のお膝元として回っている。軍需工場はどこも優良な働き手を探しているし、軍人やその関係者を相手に商売している者も多い。ロザリアくらい若くて元気そうな子なら、怠け癖でもない限り食いっぱぐれることはないはずである。
そのとき、ルークに再び通信が入る。出るや否や
「ルーク。手間賃はカップケーキが良いです。4つあればひとまず許しますが、機嫌が完全に直るにはその倍必要です」
と、梓燕の不機嫌な声。
エルシーと言いロザリアと言い、なんで俺の周囲にいる女はこうなんだ、とルークは大通りのど真ん中で大きくため息をついたのだった。
※スカベンジャー
レギオンの侵攻により放棄された地で、細々と遺棄された財産回収にあたる者たち。
ある種の火事場泥棒であり、身寄りも戸籍もない戦災孤児が生きるために従事していることが多い。
本来、こういった層を救うには福祉の充実が不可欠なのだが、今の政府にそんな予算的余裕はない。
また、誰が物不足で苦しむこのご時世、彼らが集めてくる資材は意外と馬鹿にできたものではない。
※ソーダ
暑い日に飲むと美味いアレ。気分爽快。
加糖タイプもありますが、ルーク君は専ら無糖派です。
※ストリートギャング
街の路地裏に住む無法者たち。
ただし彼らも趣味や若気の至りでそんなことをしているわけではなく、食っていくための生業である。
活動場所が違うだけで本質的にはスカベンジャーと大差なく、ルーク君がこうなっていても何ら不思議ではなかった。
こういう奴らは得てして無戸籍なので、軍としても徴兵・徴用できないのが現実であり、たびたび憲兵隊に【清掃】させるしかない。
※薄くて平らで色気のない胸
「ボクの成長期はこれからだ」
ロザリアちゃんの伸び代にダメ元でご期待ください。
●周梓燕
歪天使。小隊長を勤める中尉。5男2女の周兄弟の次女。
ルークの同僚であり、今は亡き旧友・春虎の妹。
何かとルークにマウントを取りたがるが、今までに何度も共に窮地を乗り越えてきた仲なので、なんだかんだで信頼しあっている。
小さい女の子が大好きで、妹を溺愛しているという噂だ。