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Angel's Belief~天使たちの存在証明~  作者: 著:Roxie 原作:岳飛 様
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2話 かかりつけ医

2052年 12月20日

コロンビア軍事病院 生強兵科病棟



 鐡聖将は凄まじい力を持つが、パイロットの身体にも多大な負担を与える。

 そのため、とても生身の人間には務まらない。そこで必ず、人工強化細胞やナノマシンを用いて体を強化した【生態強化兵士】が務めることになっている。

 生態強化兵士の中でも、より厳しく多面的な訓練と重度の身体改造を施したエリートは【ASTS(上級特殊戦術兵)】と呼ばれ、目覚ましい成果をあげていた。

 ただしASTS用の身体強化手術(俗に【死神の洗礼】と呼ばれる)は安全性ガン無視の代物であり、その成功率は25%。4人に3人は術後に死亡したり、戦わずして廃兵院送りになったりと散々である。

 それ故に、貴重なエリート兵の磨耗を少しでも防ぐため、ASTSは定期的に専門の検診を受けることが、最寄りの病院に勤める生強兵科(生態強化兵士科の略)の部長(中佐クラス)によって義務づけられていた。




   †




 ──ここは軍事病院の生強兵科の専門病棟。設備も医師も、一般兵の利用する病棟とは比べ物にならない水準が揃えられている。

 ルークは診療室にて、かかりつけの女医から検診結果を聞かされているところだった。

「喜べ。あんたのコンディションはオールグリーンだ」

「そうか。なら、気分という項目をブルーだと書き直しておいてくれ」

 ルークはこの上なくげんなりした様子をそのニヒルな女医に見せた。

「ブルー? それは結構なことだろ。焼きが回ってウェルダンになったら、食えたもんじゃない」

 目前の女医が、アイルランド訛りでがケタケタ笑う。

「それとも何だ? まさか今さら、戦友の死で泣き言でもこぼすつもりじゃあないだろうな」

「そんなのは2秒で割りきれる。俺が今ブルーなのは、腹の中をかき回された直後だからと、何より目前にあんたがいるからだ」

 ルークがふてくされながら答えると、女医はその顔を歪んだ愉悦に染めた。

 ──ルークは、自ら志願して改造施術を受けたASTSの1人で、今年で23となる優秀な軍人である。

 今も左目に残る、入隊前の幼き頃にレギオンから受けた爪痕がトレードマークの、屈強な肉体とやや強面な顔つきを有する青年だ。どんなレギオン相手にも果敢に立ち向かう彼だが、苦手なものもある。

 この女医だ。

「ヒヒッ、その程度で泣きをこぼすな。私の手で改造されたASTSの癖に」

「人間だろうと強化人間だろうと、不快なことは変わりねえ。鍛えて変わるのは、それにどこまで耐えきれるのかの閾値だ」

 嘲笑うこの女医に、ルークはきっぱり言ってやった。

 せめて美人女医なら目の保養になったかもしれないが、生憎このエルシー・A・タックストン中佐はお世辞にもそんな容姿をしていない。

 焼けただれた表皮。毛髪を失った頭部。削ぎ落とされた耳殻。まぶたのないギョロギョロした目。体格も、痩せているというべきか、やつれていると表現すべきか……。

 とにかく、レギオンとは異なるベクトルで化け物じみているのだ。奇しくも誕生日は2021年4月1日、災厄の日なんだとか。

 それでも性格さえ良ければ、慰めようはいくらでもあっただろう。しかし、内面もこのザマである。ルークなど世話になっているASTSからの評判もすこぶる悪い。

 しかし、そんな醜女エルシーが院内を肩で風を切りながら歩けるのは、彼女が世界的にも数少ないASTS強化手術の資格を持つ医師だからだ。

 ASTS強化施術、俗称『DEATH(死神)の洗礼』。

 多分野に渡り非常に高度な技術を要するこの施術を行える軍医は地球上にも10人はおらず、

 この資格のおかげでエルシーは中佐という階級、生強兵科部長という役職を手に入れている。彼女の性格は劣悪だが、健康で優秀な兵士を自らの手で大量殺戮してしまう手術なんて、並みの神経の持ち主には務まらないのかもしれない。

「──それなら、弱音の閾値も少しは鍛えとけ。それとも、ついでにその口でも縫うか?」

「結構。それに今のは弱音じゃない、クレームだ」

「最初の施術前に『いかなる結果となっても執刀医は一切責任を負わないことを承諾します』という誓約書にサインしただろ。クレームは一切受け付けてない。愚痴ならおうちに帰ってママにこぼせ」

「はいはい、俺が悪うございました」

 ルークも軽口を返してやる。

 ──片やルーク中尉、片やエルシー中佐。本来ならこんな口を利いて良いような相手ではないのだが、エルシーは気を悪くするどころか、そうしたルークの反応1つ1つを楽しんでいる様子すらあった。

 実はルークへ『DEATH(死神)の洗礼』を行ったのもエルシーであり、それと同時にルークはやたらエルシーから気に入られている。そのため、彼が検診に出向くと必ずこの焼けただれた顔の暴言女医が出てくるのである。

 いわく

『あんたへの施術は最高にスリリングで、これまでの誰よりも達成感があった』

 とのことらしい。

 おかげで可哀想なルークは、他のどのASTSよりも検査入院が嫌いになってしまった。

 ──そんなとき。

「失礼します」

 ドアがノックされる音がした。急にエルシーが苦虫を噛み潰したような顔になる。

 それに気づくはずもなく、医師が扉を開けて中へ入ってきた。

 もう見るからに知性のにじみでる初老の医師で、エルシーよりよほど【名医】という肩書きが似合いそうに見えるのだが、エルシーに言わせれば、彼は単なる副官に過ぎないらしい。

「部長。間もなく、次の施術のブリーフィングを行います。第23会議室です」

「オーケー。すぐ行く」

 エルシーは追い払うように手を振った。

 そして、呼びに来た職員が部屋を去った後、内心に渦巻く不機嫌の念を隠さずルークの方に向き直り、

「ちっ。いくらでも替えの利く虫けらの分際で、この私へ偉そうに指図しやがって。──おい、ポーン」

「ルークだ、ドクター」

「そんなことは聞いてない。タバコ、一本くらい持ってるだろ。シガーでもシガレットでも良いから、よこしな」

「悪いなドクター。俺は非喫煙者だ」

「ああ゛!? なかったらすぐ買ってくるだろ、普通。あんた、士官学校で何学んだんだよ」

 エルシーは深く溜め息をついて、

「まあ、いい。あんたを買いに行かせている間に、私の昼休みが先に終わりそうだ」

 などとボヤきながら、懐より自前の葉巻を取り出した。

 たいそう金を持っているのだろう、それはルークの給金では易々と買えない高級品のようだったが、エルシーはそれに火をつけるどころか恵方巻の如くガブリ。

 素人でも分かる。それは燻して吸うから嗜好品になるのであって、食べればただの毒である。

「ドクター」

「あ?」

「あんまり、自棄、起こすなよ」

「ハッ、医者が患者に気遣われるのか。私も堕ちたもんだな」

 と自嘲めいた言葉とは裏腹に、露骨に蔑むような笑みを浮かべるエルシー。

 ニコチン中毒もここまで悪化したら終わりだな、とルークは思った。

 エルシーは躊躇なく煙草の葉を咀嚼しながら

「そもそもさ、今、私、本当は昼休み中なんだよ。なのに、狙ったかのようにあんたの検診結果がポンと出てきてさ。あんた、私の休み時間を現在進行形で割いているって自覚ある?」

「オールグリーンの診断書を渡すなんて雑務、部長のあんたがわざわざやるまでもないだろ。それこそ『いくらでも替えが利く』職員にやらせても──」

「当科の全てを把握している私の采配だ。それはあんたが口出しして良いことじゃない」

 それを言われると、ルークとしては反論の糸口がない。

 エルシーは煙草のはをゴクンと飲みこんで

「……まあ、いい。オールグリーンである以上、あんたの検診はこれで終わりだ。貴重なオフなんだろ、後は好きに使いな」

「ああ、そりゃどうも」

「ちなみに今私は2徹しているんだが、次の仮眠予定まであと2日ある。これからオフだって奴とか、控えめに言って、死ねば良いのにって思うよ」

「そうか。間違ってもストレスで次のオペで患者を殺すなよ」

 とルークは席を立つ。

 するとエルシー、待ってましたと言わんばかりに白い歯をギラつかせて笑い、

「殺す? ヒヒッ、人聞きの悪いことを言うなよ。志望者が自ら私のところへ来て、自ら死んでいく。それだけだ」

 と、医者の風上に置けない暴言を残して、診療室をあとにしてしまった。

 言わなきゃ良かった、とルークの胸中に軽い後悔の念が浮かぶ。


 

 ……今となっては昔のことだが、士官学校時代、ルークには特に気の知れた親友がいた。

 名前は周春虎。

 今の同僚、周梓燕の実兄(出産奨励政策により今時珍しくもない五男二女の7人兄弟、春虎は長男、梓燕は次女に当たる)である。

 春虎は文武両道を地で行く優秀な少年だった。実技はトップクラスでも座学はカラッキシだったルークはえらく世話になったものだ。

 士官学校卒業後、共に優良な戦績をあげていた2人は、同時期にASTS過程へ志願した。総通過率1%にも満たないという厳しい数々の訓練をどうにかパスした2人。

 いよいよ最後の試練である強化施術、通称『DEATH(死神)の洗礼』にまで漕ぎ着けた。が、こればかりは力量や根性でどうにかなるものではない。

 生存率は25%の運任せ。恐れたくもなる話だが、そもそもそれを承知でこの過程に挑んだのだ。今さら退けない。

 こうして挑んだ最後の試練。狂気の身体改造医、Dr. エルシーに身を委ねた2人だったが、蓋を開けてみれば、生き残ったのはルークだけだった。春虎は術中に命を落としたという。

 葬儀らしい葬儀もなく。梓燕の涙をルークが見たのは、後にも先にもこの日くらいのものだった。

 ──春虎は、エルシーの手によって死んだ。しかし、それを責めることは誰にもできない。

 エルシーは醜悪な心身をしているが、勤務態度だけは真面目で、施術中において手を抜くことなどあり得ない。むしろエルシーは【タックストンの提案】とも呼ばれるASTS施術改良法を提唱し、当時20%だった成功率を今の数字まで高めた、若くして医学史に名を刻んだ偉人ですらある。

 少しでも手を抜けば【成功率25%】という数字を維持できないということくらい、素人のルークにも分かる。ベストを尽くした結果がこれなら、恨むのは筋違いだ。

 そう分かっているからこそ、ルークはエルシーが苦手なのだ。

「ちっ。最後の最後で、ブルーどころかブラックにしていきやがって」

 最悪の表情でルークは椅子から立ち上がった。返却された検診表を手に部屋を出て、エレベーターに乗り込む。

 しかし、仕方のないことだ。今までもそうしてきたように、何度も自分に言い聞かせる。

 『Dr. Elsie Ann THaxton(DEATH)の洗礼』を受けておきながら、苦難なき生などありえないのだから。


※生態強化兵士

鐡聖将を操縦するために、専用の人体改造を受けた兵士たち。

強化手術の成功率は95%程度。


※ASTS

上級強化兵士。【人類最強の兵士】とも呼ばれる。

厳格な書類選考→ハードな実技試験→安全性ガン無視の強化手術の3段階で選考される。

特に第3段階の強化手術は上級強化手術と呼ばれる罪な代物で、詳しくは別項目で。


※ASTS用上級強化手術

ASTS課程をパスしてきた優秀な強者の前に立ちはだかる最後の壁。

人体をゴッソリ人工物に置き換え、バイオサイボーグ化させる非倫理的手術。

エリザベス・ブラック生物学博士により考案され、Dr. エルシーなど生態強化施術の少数精鋭たちが何人もの政治犯や死刑囚をモルモットにしながらノウハウを確立させた。

ただし現在も成功率はたったの25%であり、多くの優秀な兵士の卵を戦わせずして墓場へ送ってきた。

また、要求される技量の高さと異様に低い成功率は施術する医師にも体力的・精神的に多大な負担をかけるため、施術資格を持つ医師は極めて少なく、志願者の大半も実習中に辞退していく。

ただし、これを乗り越えて誕生する兵士の凄さは先述の通り。


※葉巻

恵方巻の一種、ではない。



●エルシー・A・タックストン

本作の問題児その1。中佐。

とてつもなく貴重な上級強化手術のプロフェッショナル。

執刀医としての腕前は人類統合軍でも指折りだが、そもそも闇の深い上級強化手術の執刀医ということもあり、人格は破綻している。

おかげで兵士からの評判はすこぶる悪く、Dr. Elsie Ann THaxtonの文字りで【死神先生】と呼ばれ恐れられている。


●周春虎

ルークの旧友。故人。

エルシーの手で上級強化手術を施されたが、そのまま帰らぬ人となった。

周家の長男であり、弟が4人、妹が2人(うち片方が次女の梓燕)いる。

余談だが、このような出産奨励政策に基づく大兄弟は昨今、全く珍しくない。


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