1話 ジャマイカ奪還作戦!
……そして今日もまた、荒廃した大地に朝日が昇った……
†
西暦2052年12月10日
旧ジャマイカ
今、人類は大きく2つに分けられる。この30年以上も続いている世界大戦が始まる以前の世界を知る少数派と、物心ついたときには戦争が始まっていた多数派だ。
今や地球に住む人類も11億人。一時期は80億まで達した人口も、今となっては減少の一途。
しかもこのうち4人に1人は明日をも知れない戦場で生きる身なのだから、ひどいものである。
数十年前までは自然の宝庫と呼ばれたこの中米も、今や核兵器の乱用で死の大地と化していた。
植物は失しなわれ、水源は干上がり、粘土質の土地には無数の亀裂が走っている。生き物の姿はどこにも見当たらない。
海も凄惨なものだ。度重なる化学兵器に汚染された海は、数えきれない種の魚介類が絶滅し、わずかに残ったものも人間の食用には適さなくなった。
──それでも人類は、まだ戦い続けていた。
奪われた大地を、奪われた矜持を、奪われようとしている未来を、取り戻すために。
かつて居住区だった荒野を行く、巨躯の隊列があった。
身長3メートル超えの鎧武者、そう表現することが相応しい彼らは、黒鉄色の装甲により人間としての皮膚は寸分も露出していない。
【鐡聖将】。それが、この鎧の名前だ。極力、専門用語を用いずに表現するとしたら【強化外骨格】といったところだろうか。
人類の英知の結晶とも呼べるその中に搭乗するのは、【生態強化兵士】と呼ばれる精鋭の兵士たち。
その1人、この隊列を指揮する将校、ルーク・D・ウィンター中尉。
「いよいよ大詰めだ。良いか、油断するなよ、どんでん返しって言うのはこういうときに来るもんだ」
部下に注意を促しながら、慎重に前へと進む。
そのとき、彼の鐡聖将に内蔵されたインターフェースがけたたましいブザー音を鳴らした。
「お出ましか」
ルークが舌打ちをしたそのとき。
モニターに映し出される外の景色がズームアップされ、はるか前方にいた異形の怪物の醜い姿が露わになった。
──2021年4月1日、後に【災厄の日】と呼ばれるその日、世界は異界と繋がった。それは異界に住まう怪物【レギオン】が、この世に侵攻してくることを意味していた。
レギオンは思うが儘に人類を虐殺し、世界各国が保有していた自衛戦力をいともたやすく蹂躙した。欧州や北米など、完全に人間が絶えた地も多い。
生き残った人類は鐡聖将などの兵器を開発し、これを駆使して、人類滅亡という最悪の事態を回避しようと苦闘していた。
なお、レギオンというのは、あくまで怪物の総称。実体は、多様な種類に分かれており、強さもピンキリ。
共通点としては、【コアと呼ばれる器官を破壊しないと死なない】【侵食という独自の生殖法で増殖する】という点がよく挙げられる。
1つ目だが、いずれのレギオンも非常識的な再生力を持ち、頭や四肢を破壊しても、いずれは再生するという厄介な性質を持つ。
唯一の弱点はコアと呼ばれる心臓的器官。以前行われた実験で、コア以外の肉体を全て失っても、時間をかければ完全再生することは確かめられている。逆にコアを失ったレギオンは、肉体を維持することができず、体を灰にしながら死に至る。
もう1つ、侵食という独自の増殖法だが、これが実に悪魔的。
レギオンは身体に【侵食器】という赤い角状の器官を有しており、これに貫かれた物は【新たなレギオン】へと作り変えられる。もちろん、生きた人間すら例外ではない。
これにより人間世界にあった優秀な技術はことごとくレギオンの物にもなった。
その生態を解明したある日系生物学者はこう評した。
「これでは、敵側だけがとった駒を打てる将棋をしているようなものだ」
──しかし、どれほど劣悪な条件であろうと、負ければ人類が滅ぶというのなら兵士は戦わねばならない。
ルークの目前に現れたのは、4メートル級の巨体を誇る2腕4足の大型レギオン、【戦車型】。
暗灰色の体躯。体表を走る深紅に輝く血管。そして胸部には、不気味な紫色に光るコア。右腕は巨砲と化している、陸棲レギオンの中堅格である。
しかも、それが2体。いずれも、既にこちらには気がついている。
「俺が排除する。おまえらは周囲に気を配れ。万が一、あれが囮だった暁には目も当てられねえ」
「はい!」
部下たちが周囲へ気を配る中、ルークは愛機【夜鷹】の主砲をレギオンへ向ける。
彼も23歳。士官学校時代を含めれば8年にわたる従軍生活。たかが群れから孤立した戦車型の2体程度など、今さらどうと言うことはない。
だがその油断こそが真の敵。気を抜いて良いのは駐屯地に帰ってからである。
狙いを定めたルークは、敵の先制攻撃を許さず、まず2体のレギオンの右腕に備わる大砲部を射撃で破壊した。
先述の通り、レギオンはコアを破壊しないと死なないのだが、大砲部に比べてコアは小さく狙いにくいし、敵も必死に防御してくることは必至。
下手に防がれると手痛い反撃をもらいかねないので、まずはその反撃手段を潰してしまう。こちらは的も大きく、レギオンたちはコアの防備に気を取られている故にノーガード。
2体とも一気に弱体化させることに成功したルークは、危なげなくうち1体のコアを改めて狙い、これを主砲のレールガンで撃ち砕く。
そのとき、背後から翡翠色の雷撃がほどばしり、生き残っていたもう1体のレギオンのコアを粉砕した。
「あなただけでに良い格好はさせませんよ、ルーク」
2体のレギオンが灰となって消え行く中、振り向けばそこには天使がいた。
正確に言い表せば、いかにも天使のような白い装束に身を包んだルークの同僚、周梓燕中尉。
悪戯っぽい微笑みを浮かべてルークの乗る鐡聖将を見上げる。
──ゲートと呼ばれる異界とこの世のつなぎ目は、レギオン以外にもいくつかの産物をもたらした。
その1つが【アグニ】と呼ばれる異界の粒子。この粒子は異界からこの世へ降り注ぎ、ごく一部の若い女性に変異をもたらした。
変異を遂げた女性は総じて【歪天使】と呼ばれる。彼女らは外観や精神はそのままに、異能と呼ばれる超常現象を引き起こすことが可能となった。
異能の中身は個体差が大きいが、20歳前後(正確には肉体的能力のピーク時)で老化が止まる、超人じみた肉体を有する、自身の心象を反映した専用の戦装束に変身できる、といった共通点もある。
変異は例外なく女性限定。その変異率はおよそ0.02%(5000人に1人)とも言われているが、変異メカニズムはよく分かっておらず、事実上の運任せ。
災厄の日から間もない頃は「歪天使はレギオンに侵食された少女の末路」という流言により迫害されることもあったが、レギオンと異なりきちんと【人間の心】を有することが証明され、今では鐡聖将と肩を並べて対レギオン戦の中核を担っている。
ここにいる梓燕もまたその歪天使の1人だ。
彼女の異能【護人聖雷】は、レギオンには大ダメージを与えるが他のものには何ら作用しない特殊な電撃を放つ、というもの。
こんなあどけない顔をして、数えきれないほどのレギオンを屠ってきた敏腕兵士なのである。
その満足げなしたり顔を見て、ルークはため息をつきながら無線を手に取った。
「こちらトライデント大隊・鐡聖将中隊・第1小隊長。担当エリア内の残敵掃討完了」
「こちら前線司令部。了解した。しばしその場で待機せよ」
前線司令部からの指示に、しばらくルークと梓燕と両者の部下たちは、することもなく一応の警戒をしつつ時間を潰すことになった。
待たされること10分前後。全部隊へ通じる回線から、司令部より1つの命令が下された。
「こちら前線司令部。島内全域において残敵掃討が完了したことを確認した。現時点を以て奪還作戦は完了。引き続き防衛作戦へ移行する」
それは、このジャマイカから全てのレギオンを駆逐したということ。つまり、レギオンの手に落ちていた地を奪還できたということ。
勝利の一報に梓燕は大手を挙げて喜び、いつもは物静かなルークもコックピット内で無意識のうちに顔をほころばせていた。
†
島中のレギオンを討伐したことを確かめると、ひとまず駐留部隊を除いて撤収することになった。
これまで無理をしつつ戦い続けた負傷兵を、きちんとした軍司病院へ送らねばなるまい。
このジャマイカからなら、南米北部最大の駐屯地コロンビアを目指すのが早いし、良い治療も受けられる。そこの病院は、戦場から最も近い駐屯地ということもあり、腕の良い医者が多く集まっているのだ。
そんなわけで駐留部隊に含まれていなかったルークたちは、撤退の用意をしていた。
鐡聖将から降りたルークは、外の空気を吸いつつ撤退の準備を仲間たちと進めていた。
190cm強の長身に、肩甲骨まで伸びるダークゴールドのポニーテール。右頬に走る獣の爪にやられたような古傷。それがルークの外観的特徴だった。
見た目は少し無愛想なところもあるが、上司からも部下からも信頼される、優秀な士官である。
今も、適切に自分の小隊に属する部下たちをまとめつつ、撤退の準備を進めていた。
そのすぐ傍らでは、かつて港として整備されていた場所に停泊していた船に、まずはベースキャンプの負傷兵が乗せられていく。
同時に、若い工兵たちが【人間シュレッダー】と呼ばれる大型機械を輸送船に運びこむ。
これは死体の骨肉を焼き砕きバラバラにする装置で、こうすることで死体が人型を保ったままレギオンに侵食される(つまり歩兵を作られる)リスクを回避できる。
軍の司令部は、戦地で死んだ者の亡骸をこの機械にかけることを推奨している。しかし『戦友の遺体をシュレッダーにかける』という行為が好意的に受け止められるはずもなく、現場では常に誰がそれをやるかで押し付け合いが発生するのだった。
なお、死体を駐屯地に持ち帰るのは原則禁止。輸送コストがかかるくせに旨味がなく、何より死体にレギオンが潜伏されると目も当てられない。
船に積みこまれた人間シュレッダー。ルークも、今まで部下の死体をいくつも噛み砕いてきたこの機械は大嫌いで、それをしばらくは見なくて済むと思うと軽い安堵の念が心に浮かんだ。
そんなとき。
ルークは、初めて【彼女】の存在に気づいた。
「おい。なんだ、あいつ」
ルークの視線の先には、輸送船に乗りこんでいく1人の小さな民間人の姿があった。見た感じ、10代半ばくらいの若い少女だ。北欧系と見えるが、頭髪の色はアルビノがかっている。
もうこの島は人類に遺棄され、民間人は住んでいないと事前に説明を受けていたルークは、思わず首をかしげた。
「ああ、あの子か」
一緒に作業していたルークの上司、ヴィクトル・カルカーニ大隊長がルークの独り言を拾う形で答える。
「知ってるんですか?」
「ロザリアちゃんって言うんだとさ。さっき、司令部で話があった。なんでも元はこの地の住民で、避難時に持ち出せなかった物を回収するためイカダを作って上陸したら、そのまま帰れなくなっていたんだとよ」
「……まさか、潜伏型レギオンってことはないんでしょうね」
「それなら、レギオンセンサーがそろって沈黙していることが説明できねえな」
とヴィクトルが言う。
レギオンセンサーとは、レギオンのコアが放つ特殊な放射線を感知する装置である。
レギオンの中には、人間に擬態して防衛線を素通りする者(これを【潜伏型】という)がおり、かつては結構な被害をもたらした。
そこで開発されたのがレギオンセンサーである。これにかかれば、潜伏型も即座に看破可能。
しかも最近は技術の発達により、レギオンセンサーは小型かつ安価になり、燃費も分解能も向上。索敵用に全ての歩兵用パワードスーツや戦車や鐡聖将が積んでいると思って間違いない。
「最近は便利な時代になったな。俺がガキの頃は、難民と潜伏型を見分けるのに莫大な手間を投じた挙げ句、そのため難民の救助が禁止されたりと大変だったもんだ。そういう意味では、大したラッキーガールだぜ」
「確かに、よくレギオンだらけだったこの島で生き残れましたね」
ルークは少女の様子に目をつけながら述べた。
少女は命には別状はなさそうだが、遠目に見ても分かるくらい憔悴しているようだった。
「聞けば、兵士たちの死体の山に紛れて震えていたんだとさ。非力な民間人の割には、可愛い顔してなかなか度胸あるぜ」
ヴィクトルが、感心の目をこの気の毒な少女へ向ける。
そのとき
「ルーク!」
梓燕が、その小柄な体でなんとか荷物を抱えながらルークを呼んだ。
「そこでぼんやりしてないで、こっちも手伝ってくださいよ! その大きな図体は飾りですか!」
「分かった分かった。おまえ、言い方ってものがあるだろうよ」
渋面を作りながらルークは部隊へ戻る。
しかし、これが2人にとって運命を大きく変えるファーストコンタクトになるとは、救護された少女ロザリアも、そしてルーク自身もまた、寸分も気づくことはなかった……。
後書きのスペースでは、各話ごとに用語や登場人物の解説をしていきたいと思います。
※レギオン
異界から地球へやって来た、はた迷惑な侵略生命体。
ありとあらゆる物を同胞へと作り替える【侵食】によって増加する。
能力や外観は個体差が大きい。
※歪天使(Distorted Angel)
異界から到来した粒子に適合し、【異能】と呼ばれる超能力に目覚めた少女たち。
異能は個体差が大きいが、超人的身体能力を持ち、肉体が老化しない、といった共通点がある。
誤解されやすいが、レギオンに侵食された人間の末路ではない。きちんと人間としての自我や心を持つ。
※鐡聖将
強化外骨格。早い話が一人乗りの人型アーマー。
異界から到来した粒子を凝集して得られた【清石】を動力として動く。
パイロットに凄まじい肉体的負荷がかかるため、専用の身体改造された兵士が専ら操縦する。
この身体改造については次話にでも。
※ジャマイカ
カリブ海に位置する島国。
みんなもおいでよ、常夏の楽園。
※階級
人類統合軍における上下関係は以下の順
□等兵〈伍長〈◇等軍曹〈曹長〈◯尉〈◯佐〈◯将〈元帥
□には二、一、上。
◇には三、二、一。
◯には准、少、中、大が入る。(ただし准佐のみ存在しない)
士官学校を出た者は少尉から、そうでなければ二等兵から階級が始まる。
実在する軍隊ならどうだとか、その手の小難しい話は割愛。
●ルーク・D・ウィンター
本作の主人公の1人。中尉。23歳。
鐡聖将パイロットであり、多少素っ気ないところもあるが優秀な男性兵士。
外観の最大の特徴はダークゴールド色のポニーテールで、後ろ姿を探した方が分かりやすいという珍しい人。
非喫煙者。煙草に金を割くくらいなら良いシャンプーを買う。