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赤い悪魔と赤い糸   作者: 八木うさぎ
第2章 捕まらない怪盗
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凍てつく心臓

 華やかな表通りから一転して、細く長く続く裏路地はとても暗く静かだった。

 ポリバケツやゴミ袋が乱雑にたむろし、それを漁ろうとしていた野良猫が、ふとこちらに注意を向けてきた。目が合う。

 と、そこで赤羽あかばねは気付いた。まさに今ここに身を投じたはずの金鵄きんしの姿が、どこを探しても見当たらないことに。


 

 この路地裏は一本道で、赤羽あかばねが今いるところから道の先までは、ゆうに50メートルはあるだろう。死角となるような場所も存在していないように見える。というよりかは、狭すぎて大きな物を置くスペースすらないというのが真相だが、いまはそんなことはでどうでもいい。


 

 まさか、ほんの一瞬でこの道を駆け抜けたとでもういうのだろうか。

 赤羽あかばねの記憶にある限り、金鵄きんしは体育の授業を一度もまともに受けていない。だから4年の付き合いがあるとはいえ、金鵄きんしの身体能力がどれほどのものかなど、まったく知らないに等しい。


 

 ただ仮に、金鵄きんし常盤ときわのように全国大会にでるほどに足が速かったとしたら、それはそれで腑に落ちないものがある。そこまで身体能力が優れているのなら、どうして体育の授業を休む必要があるのか、という疑問だ。

 気づいたら、吸い込まれるように足が動いていた。


 

 道の先に待ち構えていたのは、一方通行の細く寂れた通りで、サンタの影響もあってか、今はまるで人気がない。

 金鵄きんしも見当たらない。風だけが存在感を奏でている。

 完全に見失ったか──と思った矢先に、左方面から男の叫び声のようなものが聞こえてきた。とりあえず、迷路のような道を闇雲に突き進んでみる。


 

 少しして、今は使われていない廃墟のようなビルが群がる一帯に出くわした。

 そのすべてを取り払えばそれなりの敷地面積が確保できるだろうに、何かの理由で解体作業がままならず、結果的にずっと放置されている、といった具合で、どれも酷くみすぼらしい風体だ。使われなくなってからだいぶ経つのだろう。

 そんな寂れた場所で、ふたりの警官が地面に突っ伏していた。


 

 警察は今、キングキャッスルの警備に全力で当たっているはずだ。さっきだって人数が増えていたのは近くの警備をしていた警官がすべて招集されたからに違いない。事実、金銀蓮花ががぶたのビルから細い道に出たときには、来るときにはいた警官がひとりもいなくなっていた。

 にもかかわらず、こんな人気のないところを、それもふたりで巡回していたとなると、それなりの理由があったとしか思えない。


 

 犯人らしき人物がいないかと周囲に目配りする。すると、視界の奥に建ち並ぶビルのひとつに身を投じようとしている、黒服の後ろ姿が目についた。


 

 状況から推測すると、あの黒服がこの警官らに手を加えた可能性が高い。

 それにしても、なぜ? どんな理由があって?

 そして、どうしてこんな所に?


 

 考えたくはないが、考えれば考えるほど、これから金鵄きんしがしようとしているであろう所業に、犯罪の匂いを感じてしまう。

 当初の予想とはだいぶ当てがはずれてしまったが、この際そんなことはどうでもいい。可能であれば、友人として金鵄きんしを立ち止まらせたい。

 もはや見失う心配はない。ゆっくりと後を追いかけることにした。


 

 金鵄きんしが進入したビルの内部に足を踏み入れると、夜で明かりもないのではっきりとしたところまではわからなかったが、それでも外観と同じく非常に荒んでおり、足元には崩れかかった壁の瓦礫や窓ガラスの破片が散らかっていたのはわかった。この分ではそもそも電源など生きているはずもないだろう。


 

 物音ひとつしない。赤羽あかばねが自分で立てている足音が反響しているだけのように思える。

 そうしていくらかさまよっていると、オレンジ色の明かりが薄っすらと灯る一角が目についた。忍び足で少しずつ距離を詰めていく。


 

 そこにあったのは、地下へと続く階段だった。

 奥から伸びた光でうっすらと陰影が焼き付けられているおかげで、踏み違えることもなくそのまま進んでいって──やがて声が聞こえてきた。


 

「さすがは、悪名高きサンタクロースと──」


 

 それは中高年くらいの男性の声だった。金鵄きんしの声とは明らかに違う。


 

「いえいえ。私も──それにしても、──人気者は辛い、ってところですかね」


 

 さっきと違う声が聞こえた。だが、これも金鵄きんしのそれではない。


 

 赤羽あかばねは若干頭をのぞかせてみた。

 そこは、四方のコンクリート壁に無数のロウソクが設置された、どうにも奇妙な空間だった。

 一般的な体育館ほどの広さだろうか。地上階と比べれば整然としている。定期的に人の出入りがある場所なのだろうか。

 ロウソクが灯すオレンジ色の明かり以外はこれといった装飾もほとんどない。


 

 中央には外見年齢が40代くらいの、いくらか白髪が混じったスーツ姿の男性がいた。そしてそれに対面しているのは──と視線を移したところで、ふたつの意味で息が詰まる。

 そこにいたのは、どこからどう見てもあのニット帽のサンタだったからだ。

 そして、この場にいるのはそのふたりだけではなかったからだ。


 

 スーツの男性の背後に人が群がっていた。20人近くはいるだろうか。全員が共通した、黒い服で身を包んでいる。

 そして全員揃って、その手に、口を丸くして細く突きだした鋼鉄製の小さな死神が収まっていた。


 

「どうやら偽の──はあなたのようですね。──さん」

「フフ。よくできていたろう」

「ええ、たしかに。それで? わざわざ──を惨劇の舞台に仕立て上げて、どういうおつもりです?」

「なぁに、ただサンタクロースを始末したい。ただそれだけだ」


 

 スーツの男性が軽く右腕を上げる。それに連動して、背後の黒服の連中が一斉に死神の檄を飛ばす構えを整えた。

 向き合ったふたりが声を発さないせいか、彼らも時が止まったように動かない。辺りは静寂に包まれた。


 

 張り詰めた空気の重さが傍観者の赤羽あかばねにまで伝わってくる。

 異常事態だ。それはわかる。

 わかるが、そもそもこれは何なのか。何が起きているのか。

 サンタはともかく、それ以外の奴らは誰なんだ?

 というかそもそも、ここへは金鵄きんしを探しに来たのだ。その金鵄きんしはどこへ行ったのか?


 

 ──とそこで、赤羽あかばねの左胸にある携帯電話が唐突に、豪快に、この均衡を殺す産声をあげた。全身の毛穴という毛穴ががばっと開いた感覚に襲われる。


 

 急いで泣きじゃくる携帯電話を宥めようとするも、余計な力が入って手が震える。自分の手すらもうまく制御できない。1秒でも早く息の根を止めたいのに。


 

 少しして、どうにかして音をかき消すことができたとき、こんなときに誰だと着信の相手を確認してみると──それはリーだった。


 

 頭のなかで、別れ際のリーの言葉が反芻される。

 連絡を入れるようなことをたしかに言ってはいたが、なんとタイミングの悪いことか。やつあたりのごとく、携帯電話を強く握りしめる。



 しかしそんな悠長に怒っている場合でもない。恐怖に慄きつつ、ゼンマイ式のカラクリ人形のごとく首を動かして、再び広場に目をやってみると──案の定、スーツの男性も、ニット帽のサンタも、そして黒服を着た大勢の誰もが、のこのこと顔をだした赤羽あかばねをじっと見ていたのだった。


 

「一般人だと? おい、外の見張りの連中は何をやっているんだ」


 

 スーツの男性が黒服達に向かって吼える。黒服たちは答えない。


 

「……まあいい。こうなった以上、仕方ないな。私の顔を見られてしまったからには、ここで始末するしかない。殺れ」


 

 ある意味で期待を裏切ることなく、スーツの男性は首を振って黒服に目撃者の抹殺を命じた。すぐさま3人の黒服が動きだす。

 もしかしてこうなるんじゃないかと予見していたおかげで、赤羽あかばねも必要最低限の反応はできた。瞬時に反転し、何を考えるでもなく必死に、とにかく足を動かしてその場から離れる。


 

 そんな一部始終を傍観していたニット帽サンタは、何を思ったか、さらにその3人のあとを追いかけようとする。だが、それを良しとしないスーツの男性に呼びかけられ、残った黒服らがニット帽サンタを包囲しようとする。



 たまらずニット帽サンタは歯ぎしりをして白い包を持っていないほうの左腕を床と平行にし、その手のひらを開いてみせた。

 途端、ニット帽サンタを中心としての全方位に行き渡るような突風が巻き起こった。


 

 突風が発生してから1秒と経たずして、この空間を灯していたロウソクの脆弱な明かりが根こそぎ刈り取られてしまう。よって、この場にいる互いがそれぞれどのような状況に陥っているのかが確認できない。

 実際には、残存する黒服のほとんどが強風に身構えて動けなくなっていた。なかには壁際まで押しやられる者もいたくらいだ。スーツ姿の男性など、とっくにその場で転げている。


 

 いくらかして風が凪ぎ、スーツの男性が早く明かりをつけるように怒鳴り散らした。

 しばらくして部屋に明かりが灯ったときには、くだんのニット帽サンタの姿は、それこぞ突風にでも流されたように、その場から跡形もなく消え去っていたのだった。

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