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赤い悪魔と赤い糸   作者: 八木うさぎ
第2章 捕まらない怪盗
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偽りのカウントダウン

 五野上ごのがみに案内されたのは当然のように窓際だったが、そこからの光景は圧巻の一言だった。


 

 キングキャッスルが目と鼻の距離で見えるのはもちろんのこと、赤羽あかばねたちが目指していた、25メートルプールにも劣らないほど大型のスクリーンが埋め込まれていたあのビルが正面に位置しているのだ。もちろんスクリーンも赤羽あかばねたちを向いている。


 

 キングキャッスルの上空を飛び回るヘリコプターも窓際から空を仰げばなんとか視認できるし、逆にキングキャッスルを包囲する警官隊の動向は斜め上からの視点のために地表にいるよりもはるかに鮮明に窺える。何より──。


 

「げえ。見てみろよ。すっごいことになってるな」

「本当ダ。ほら、あそこってさっきまで僕たちがいた場所だよネ。あんなになっちゃってるヨ」

「こんなんじゃ、せっかくサンタが現れたところで、それどころじゃなかっただろうな」

「それに比べて、ここは手を伸ばしほーだいだし、足も延ばしほーだイ。まさに天国だネ。ブーちゃんさまさまだヨ」


 

 壁際には、外を見渡せるように用意されたひとり掛けのテーブルカウンターが、弧を描く壁面に沿うようにして備えつけられている。そのなかの一角に並んで座視するふたりは、地上を見渡し、人がすし詰め状態になっている様子を垣間見て、何席か離れた位置にいる金銀蓮花ががぶたに半身を翻して、改めて謝礼した。


 

「あら、この程度のこと、わたくしにかかればどうってことないですもの。お気になさらないで。それにしても……まさかここまで混雑するとは、わたくしも予想外でしたわ。こんなことなら、クラスのみなさんもここに招待してあげればよかったわね。明日みなさんに謝らないと」


 

 そうは言う金銀蓮花ががぶただが、五野上ごのがみがどこからか用意したであろう、白を基調として金の細工が所々に成された西洋製のカップとソーサーを手に持って、注がれた飲み物を吟味することに勤しんでいるようだった。言動がちぐはぐである。

 このぶんだと、明日も今朝のように自慢話が起こるに違いない。


 

「ねえ赤羽あかばねクン、サンタが現れるまであとどのくらイ?」


 

 言われて携帯電話を取り出し、画面の隅に表示された時刻を確認する。


 

「えっと……」

「あと1分ほどでございます、みなさま」


 

 もたついてる赤羽あかばねを差し置いて、五野上ごのがみが返答した。


 

「あら。もうそんな時間ですの? それなら五野上ごのがみ、例の物を用意しなさい」

「かしこまりました、真理子まりこお嬢様」


 

 五野上ごのがみは、ここまで持参してきたアタッシュケースを開封した。

 そうして現れたのは、双眼鏡だった。

 手のひらに収まるほどのコンパクトなサイズながら、遠目に見ても謎の重厚感を醸し出している。この瞬間に金銀蓮花ががぶたが使うようなものなのだから、さぞかし高性能なものなのだろう。値段も張るに違いない。


 

 五野上ごのがみは双眼鏡を金銀蓮花ががぶたに両手で手渡すと、「間もなく予定の時間を迎えますので、室内の明かりを消灯させていただきます」と呟いた。


 

 怪訝に感じたが、明かりの灯った室内から夜景を見る場合、光の屈折が昼とは異なるため、窓ガラスがあたかも鏡かのようになってしまい、思い通りに窓から先の夜景を見ることができない、ということを経験則から思い出す。

 とはいえ、向かいのスクリーンやキングキャッスルのイルミネーション、はては天空を飛び回るヘリコプターからの光線などがあるため、この室内が完全な暗闇になることはないのだが。


 

 だんだんと高鳴る鼓動もあいまってか、赤羽あかばねはまるで映画館にでもいるような気分だった。気分が高揚したせいもあって、テーブルに両手をつきながら前のめりになり、窓ガラスにギリギリまで顔を寄せて、かのサンタがいつどこに登場してもいいようにと待ち構える。


 

 視線を上に投げたみると、空は今や深い紺色で塗りつくされ、そのなかにある一粒の真珠のような月が、赤羽あかばねから見てキングキャッスルの頭頂部付近にあった。余計な雲は一切存在していない。

 ──と、そのとき。何かが煌いたような気がした。


 

「なあ、今何かが月の前を横切らなかったか」

「あら、そうでした? わたくしはそんな物、見ませんでしたけど」


 

 適切な倍率を予め補足しておくためか、すでに双眼鏡を顔に宛がっていた金銀蓮花ががぶたが、双眼鏡ごと顔を左右に振る。


 

「ボクにも見えなかったけどナ」

「本当か?」

「ウン。多分、赤羽あかばねくんの見間違いじゃないノ?」

「そっか。リーがそう言うんなら、そうなんだろうな」


 

 リーが留学してきた初日のことだ。

 自己紹介の際に、リーは自身に『超視覚イーグル・アイ』が宿っている話をしていた。

 なんでも、日本に留学が決まった際に両親からプレゼントされたとのことだが、それが狂言ではなく、実際に驚異的な視力を有していることは赤羽あかばねもこの数か月の間で実感しているところである。

 そんなリーが目にしていないというのであれば、我が目を疑うしかない。


 

「それよりホラ、もう残り10秒前みたいだヨ」


 

 テーブルに伏せるような状態で上空をうかがう姿勢をとっていたリーが、向かいのスクリーンに誇大広告のように映る『10』を指さした。


 

 赤羽あかばねはゴクッとつばを飲み、期待と興奮でさっきから躍動し続けている胸の高鳴りを宥めながら、その瞬間までの一秒一秒を、世界と同調するように心の中で数える。


 

『……9! ……8! ……7!』


 

 野次馬の誰もが、まるで新年を迎える瞬間のように嬉々として大声で数を数えている。


 

『……6! ……5! ……4!』


 

 警官隊は沈黙のまま不審者や不穏な点を見つけようと視線を泳がせている。


 

「サン!」 


 

 地上の熱気に負けじと、リーが楽しそうに叫ぶ。


 

「にぃっ!」


 

 金銀蓮花ががぶたが双眼鏡から顔を外して、左腕の時計を見ながらみんなと一緒に叫ぶ。


 

(いち……)


 

 赤羽あかばねの心が、そう呟く。

 そして、『ゼロ!』という歓声が、辺り一帯から、そして世界中から轟いた。


 

 瞬間、糸が切れたようにあたり一帯の光が一斉に途絶え、闇が覆った。

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