真実への糸口
外は、いつの間にか白に染まりだしていた。
大地の色合いは今のところまばらだ。まだ降り始めたばかりなのだろう。だが、こうも大量の雪が舞い落ちているとなると漂白されてしまうのも時間の問題だろう。
赤羽を連れ去るように体育館から脱出した霜月は、深深と落ちてくる雪に逆らうように濁った天空を目掛けてみるみる上昇していく。
「ど、どこに行くつもりなんだ?」
「いいから黙っててください」
説明もなければ、顔すら向けようとしない。
そんななか、その胸元にある装飾品──薄いレモン色をした、雪の結晶を模した、こぶし大ほどの大きさのオーナメントが目についた。
視線に感づいたのか、霜月はチラと赤羽を見、そして再び顔を前に戻す。
「そうです、あの人の言う通りです。これもあの日、盗んだんですよ」
「じゃあ、本当にお前が、その……なんだ、雅の父さんを──」
「ええ、そうです。私が殺したんです」
清清しいほど潔く、一切の躊躇いもなくそう断言されてしまうと、それ以上何も聞けなくなってしまう。
そこでふと、霜月が4分割された校庭の南西側を見下ろしているのに気づいた。視線を追ってみると、大地がほとんど白に染まりつつあるなか、それでも特徴的な白い恰好をした人物が確認できた。その周りにはこれまた特徴的な黒い格好の人物が点在していている。
「あれは……鳴海か?」
「みたいですね。なーくんが外にいるとなると、これ以上飛ぶのはちょっと危ないかな」
霜月は左右に首を振って周囲を確認、すぐそばに見える校舎の屋上に向かって「仕方ない」と一言呟くと高度を下げていき、やがてふたりそろって西棟の屋上へと着陸した。
「悪いんですけど、この糸を焼き切ってくれませんか。あなたの力で」
「あ、ああ」
言われるがまま、赤羽は灼熱を右手に宿した。
雪が降るほどの寒さということもあって自然と手のひらから蒸気が湧きあがっている。そして雪が手のひらに迷いこんでくるたびに、命を奪うようにその存在を消化していく。
そっと、未だ霜月にまとわりついている糸の束の一部を握りしめる。すると糸は一気に黒く焦げていった。その頑丈さと柔軟さを目にしてきたが、熱という概念で責められると案外脆いようだ。
しかし今、糸は幾重にもその体に絡まっている。完全撤去をするにはさすがに時間がかかるだろう。
赤羽は手を動かしながら、何となしに口も動かした。
「聞いても、いいか」
「聞くなっていうほうが無理でしょうね。それで? 何です?」
「その……6年前にお前たちが雅の父さんを襲ったっていうのが事実だとして、でも、そもそもなんで標的にしたりしたんだ? サンタは義賊なんだろう? 悪人からしか物を盗まないんじゃないのかよ」
「ええ、おっしゃる通りです」
「ってことは、じゃあ……」
「そう。あの人の父親、つまり葛城金成は、まごうことなき悪人でした。なにせ、裏の世界を席巻していたうちのひとりですからね。そしてその相方となっていたのがあの高峰望です」
「そう……なのか。ってことは、今回のこれっていうのは、6年前の復讐になるのか?」
「さあ。そこまではわかりませんけど……あの様子からして、私にはあの人──雅さんがそれらの事実を未だに知らないように思えましたけど。あるいは、意図的に情報を与えられてこなかったのかも。こうして私たちと交戦するための駒として、利用するために」
たしかに今の話が徹頭徹尾真実であるとすれば、そういうことになるわけだが。
「でも、本当に雅の父さんで間違いなかったのか? 別の誰かと間違えたりとか──」
「それはありません。私たちも誤って無実の罪の人を襲わぬよう、多方面から入念に調べ上げて、そうしてその年の対象者を絞り込むことになっていますから。葛城金成のときは、たしか──表の顔は超心理薬の大手製薬会社の理事であり、超心理の第一人者としても有名でしたが、裏では、より強力な超心理薬を作るために世界中から孤児を金で買いあさり、そのすべての子たちに人体実験を行っていたとか。そうして多くの子供は薬物を投与されて死に、生き残った子たちも散々体を弄繰り回された挙句、各国の軍に秘密裏で売買され、そしてその金でまた新たな孤児を買う。それこそまさに負の、いえ、死の連鎖とも言える悪循環を構築していた──と、そう記憶しています」
淡々と説明する霜月からは、デタラメを捏造している素振りは見受けられない。
赤の他人の赤羽ですら耳を疑うような内容なのだから、仮にこれを常盤に包み隠さず話したところで聞く耳を持たないだろう。むしろ逆効果、逆上させてしまう可能性のほうが強いように思える。
そうこうしているうちにすべての糸の断絶が終わった。とはいえ、糸くずと呼べるほどのものがまだいくらか付着したままだが、霜月はこれで満足らしい。
それなりの時間、継続的に力を使い続けていたところに雪がいくらか紛れ込んでいたこともあって、左手に出来上がった氷は巨大な金平糖のように不気味に刺々しくなっている。しかも無駄に重たい。
力を使うたびにいちいちこれだ。まったく面倒だなと思いつつ合掌しようとしたところで「それじゃあ、私は行きますから。あの様子だと、ゆっくりしている場合でもないでしょうし。あなた、もしばらくはここで待っていてください」と霜月が言い放つ。
見れば、今にも飛び去ろうとしているかのように屋上の縁に向かって歩いていた。
「行くってお前、まさか雅のところに戻る気か?」という疑問に、霜月は立ち止まり、「そうですけど。何か問題がありますか?」と半身を翻す。
「問題っていうか、そもそも何をしに戻るんだよ? やっぱりアレか? サンタとして、自分たちに歯向かった黒服の連中を一掃するとか、そういうことか? それで雅も?」
「まあ、だいたいそんなところですけど、理由はほかにもあります」
「どんな理由だよ」
「たとえば、指輪の回収とか」
「指輪……って、俺が失くしたアレのことか? ってことはじゃあ雅が持ってるのか?」
「ええ。あの人の胸元にあるのを見ましたし。それにしても、瑠璃さんにはしてやられましたよ。まさかここまでするなんて……」
どうしてそこで瑠璃の名前がでるのか。
毒づきの理由がまるでわからず、赤羽は首を傾げる。
「でもどうする気だ? 和解なんて無理だろ。もうどうしようもないくらいこじれているんだし」
「でしょうね。だからもう、いっそのこと、そのこじれってものを消すしかないんです。根本から」
「……それってつまり、雅を……殺す、ってことか?」
「まあ、間接的にはそういうことになりますね」
「どういうことだ?」
「つまり、殺すっていうのはあくまで雅さんの人格であって、命そのもじゃない、ってことです」
「人格?」
「…………ようは、もうサンタと関わらないようにするために、そして二度とあの日のことを思いださないように、あの人のこれまでの記憶を消して、何も知らなかった状態にする、ってことです」
「は? 記憶を消す? ……ハハハ。じょ、冗談はよせよ。何だよそれ。第一、どうやってするんだよ、そんなこと」
無理に笑っておどけてみせるが、霜月はしらけきったように無言でそれを眺めていた。しかしたちまち、自分の両目を覆うゴーグルをゆっくりと、額にまでずらし上げた。
そうして露になった素顔に埋め込まれていたふたつの奇妙な眼球に、赤羽は我が目を──いや、霜月のその目を疑った。
今まで何度か目にしてきたあの黒い大粒の真珠のような瞳が、どこにも見当たらない。その代わりに埋め込まれていたのは、今まで見たこともない双眸だった。
眼とは中央にある瞳孔とその回りの虹彩と呼ばれる二重の正円でできている。人の眼の場合、人種によって瞳の色は異なるものの、人類は誰しもが二重円構造で、瞳孔は黒と決まっている。ゆえに違うのは虹彩部分だけだ。
だが今の霜月は、瞳孔こそ何の変哲もない黒なのだが、その周りの虹彩がどういうわけか三重になっていた。内側から順に、邪悪な印象を与える濃紺、怪しく妖しい赤紫、そして透明感と鮮明さを併せ持つ翡翠色といった具合に、色とりどりになっていた。
「……ナハハッ。どう? 気持ち悪いでしょ? 」
そう言って、霜月は初めて赤羽に笑顔を向けた。
賜れたのは、今までが嘘のように柔和な表情と口調。なのに、それがどことなく物悲しく映る。
「普段はカラーコンタクトをつけて隠してるんですけどね。これが私の超心理。その名も『超邪眼』です。記憶の抹消はこれで行います」
「ばろーる? そんなもの聞いたことないぞ」
「当たり前ですよ。これ、サンタの内部で秘密裏に作られたものですから。だから私しか持ってないし」
「秘密裏に、か。……でも、人の記憶を消す超心理って、 そんなのが本当にできるのか? だいたい、何の動物から作ったっていうんだよ?」
「何だと思います?」
「だから、それを聞いてるんだろ」
「サンタです」
「サンタ? ……ん、サンタ? サンタって……ま、まさか」
「そういうこと。超邪眼は、サンタのメンバーの遺伝子を元にして、それに孔雀とかの遺伝子と掛け合わせて独自に生成した、人間の超心理ってことです。だからこの目も、孔雀の羽の模様に少し似てるでしょ?」
霜月は何でもないことのように言ってのけるが、超心理薬は犯罪防止規定により、人間の遺伝子を元とする超心理薬の生成を禁止されている。なぜなら、もしそのような代物ができてしまえば最悪、顔や指紋、声帯の複製などが容易になり、犯人の特定できない犯罪が爆発的に増えてしまう可能性を危惧しているからだ。
「この瞳の力ですけど、特殊な光を放つことができて、それを見た相手の眼球を通じて、脳へと負荷をかけ、人の脳を好き勝手に弄繰り回すことができるんです。たとえば気絶させたり、あるいは精神を破壊したり。少しくらいなら洗脳することだって。そして──記憶を消すことさえも」
「……それって、サンタのことだけを忘れるとか、そんな都合のいいものじゃないんだろ?」
「ええ。そこまで焦点を絞っての記憶操作はさすがにできません。あなたや瑠璃さんのことを初めとして、生まれてからこれまでのすべてについて忘れてしまうでしょうね」
「そう……なのか」
「一応言っておきますが、この眼によって消された記憶は二度と思い出すことはありませんし、今のところ例外もありません」
嘘だって信じたい。
なんならもう、今朝柊から常盤がいなくなったところからすべて、夢であってほしかった。
何もかも、すべてがいきなりすぎる。知らぬ間に柊を去って、今生の別れかと思ったら黒服を纏ってあっさりと目の前に現れて、そして今にも記憶を消されようとしているだなんて。
さっきの一件で少しねじれた関係になってしまったかもしれないけど、それでも記憶さえあれば、互いが存在してさえいれば、いつかは和解ができるかもしれない。記憶さえあればその可能性は残されている。あのときだって仲直りできたんだから。
でも、記憶がなければ、そうもいかなくなる。あのときのことも忘れてしまうんだ。
これきりもう、あいつに会えなくなる。
たとえ会えたとしても、それは同じ顔をしているだけの、別の誰かってことだ。
そんなことが受け入れられるか。耐えられるか。
……できないよ、そんなの。
「やめてくれよ、そんなこと。頼むからさ」
「それが無理な相談だということは、あなたもわかっていますよね」
「わかってる。わかってる、けど……嫌なんだって」
「じゃあ、他にどんな方法があるっていうんですか? 幼馴染のあなたが説得したって通じなかったんですよ?」
「それは……でも、急にそんなことを言われたって、はいそうですかって受け入れられるわけないだろ」
「でしょうね。お気持ちはわかります。でも理解してください。もうこうするしかないんです」
「わかる? 何がだよ。わかるわけないだろ。お前なんかに、今の俺の気持ちの何がわかるっていうんだ。知ったふうな口をきくなよ!」
口先ばかりの共感に、赤羽は虫唾が走り、たまらず檄を飛ばした。
別にそうしたところで霜月の意思が変わるとも思ってはいない。言うならば、ただの八つ当たりだ。
やりだまにあげられた霜月は、じっと赤羽を見つめていた。
これまでの付き合いからしてみれば、今の一言よりもさらにきつい一撃を見舞われそうな気がしたが、黙ったままだった。どうにも肩透かしを食らう。かといって委縮した様子もない。
何を考えているのかわからない。ただ、悪魔のようなその瞳は、酷く切なそうだった。
「……あなたこそ、私の何を知ってるんですか?」
「え」
「何も知らないでしょ、私のことなんか」
重い口を開いてでてきたそれは、言うならば、ぼやきのように聞こえた。
「……いえ、失言でした。今のは忘れてください。とにかく、私とあなたとでは立場が違う。そうなると見解も違ってくるのは当然ですから、議論したところでおたがい平行線を辿るだけ。不毛なだけです。別に理解や納得をしてもらおうとも思ってないですし、恨みたいならどうぞ私を恨んでもらって結構ですから。──それじゃあ、ここでおとなしく待っていてください」
胸に穴が空いた赤羽をよそに、霜月は屋上の床からふわりと浮き上がる。
そうして去っていこうとしたその腕を、反射的に掴んだ。
「っ……まだ何かあるんですか?」
「行く前に、最後にひとつだけ教えてくれ」
そうは言うものの、正直なところ、この行動は考えなしのものだった。
……何だ、何を言えばいい? どうすれば止められる?
雅と飛鳥の話をよく思い出せ。覚えている限り、全部。
きっと何かあるはずだ。お互いの主張の食い違いとか違和感が。
何でもいい、思い出せ。何とかして思い出せ。
……ん? 思い出す?
「なあ。さっき雅が言ってたよな。ぐちゃぐちゃになったお父さんのそばにお前がいた、って」
「ええ。それが何か?」
「不思議だよな。どうして雅は、それがお前だってわかったんだ?」
「……え?」
「だってそう思わないか。サンタが人前に出るときは、いつだって顔を隠してるはずじゃないか。だったら雅がお前の顔を知ってる道理なんてない。だろ? でも実際は違った。それはどうしてなんだ?」
「そ、そんなことを急に言われても、あのとき顔を隠していたかどうかなんて、はっきりとは覚えていませんよ。もうだいぶ前のことだし。第一、それが何だって言うんですか。今は関係ないでしょ」
関係ないと言われてしまえばそのとおりだが、反して過敏かつ過剰な霜月の反応こそが、赤羽の猜疑心を強めることとなった。何か裏があると思えてきてしまう。
「そういえば、雅はお前の顔は覚えていたけど、その眼のことは何も言ってなかったよな。6年前にはまだ普通の眼だった、ってことか?」
「それは……その」
「ああ、でもそうだとしたらしっくりくるよな。お前がそのときよりも前にその超心理を持ってたんだとしたら、顔を見られたとき、雅の記憶を消せばよかったわけだし。……ん?」
途中から独白に近くなっていたが、ふと見れば、霜月の顔から血の気が失せているのに気づいた。
けして寒さのせいではないだろうし、体育館で激闘を繰り広げていたときですらもこんな表情にはなっていなかったはずだ。
それはまるで、自分が犯した重大な過ちに気づいて思考ごと氷漬けにあったかのような、そんな様子。いったい何が霜月をそうさせたのか。
「ひょっとして、何か思い出したのか?」
「ち、違います! そんなことよりも、いい加減、手を放してください!」
その眼を露にしたときと打って変わっての明確な拒絶。あからさまな豹変。
理由はわからない。でも、何か裏がある。それはわかる。赤羽の手を振りほどこうとしている力の強さが、その予想が正しいことを物語っている。
だからこそ赤羽はその手を離さない。絶対に。
真実を闇のなかへと葬らせないためにも。
そして、常盤の記憶を葬らせないためにも。
「変に勘繰るのは辞めてください! さっきから言っているでしょ、私が葛城金成を殺して、その瞬間をあの人に見られた、って! それが真実なんだってば! どうして信じてくれないの!」
「だからそうじゃないって! 信じてないんじゃない、信じてるんだって、お前のことを!」
売り言葉に買い言葉のように、赤羽も激白した。
「たしかにお前のことはほとんど知らない。それでも、お前が人殺しをするような奴じゃないってことくらいちゃんとわかる」
「そう思いたければ、勝手に思っていればいい!」
そう言って、霜月はついに強硬手段にでた。
柊でしてみせたように、赤羽を窒息状態にさせたのだ。
たちまち全身が衰弱していき、拘束しておくだけの力が失われる。そうして霜月は今度こそ赤羽の手を振り払った。
酷くむせ、目に涙が浮かんですらいたが、それでも赤羽はまだ諦めない。
ここで逃がしてはいけない。
まだ常態に戻らぬうちに、赤羽は「絶対にお前じゃないっ!」と渾身の一声を張り上げた。
颯爽と飛び出した霜月の動きが、宙で止まる。
「お前は俺にすごくあたりが強いけど、本当はとっても優しい奴なんだってこと、俺は知ってるから」
「……やめ、て」
「だから絶対にお前は犯人じゃない。雅がそうだと信じても、俺はお前を信じてる。だからきっと、お前は誰かを庇ってるんだ。その優しさで。そうなんだろ?」
「……やめてよ、もう」
霜月は、さっきまでの激高から一転、両手で耳を覆って萎れている。
よく見れば、全身が微かに震えているようだし、掠れた声には暗涙を匂わせるものがあった。
それでもかまわず続ける。畳みかける。
「でも、雅の気持ちにもなってみろよ。あいつはこれまでずっとお前を恨んで、憎んで、それで今、こうしてお前と戦ってるんだぞ? 銃なんか使えるようになってまでいたりしてさ。これでお前が犯人じゃないってなら、あいつがバカみたいじゃないか」
「……もう、やめて、ってば」
「お前は贖罪か何かのつもりであいつの相手をしていたのかもしれない。けどな、そういうのは冒涜っていうんだよ。だからこそ、お前──」
「やめてって言ってるでしょっ!」
お前がそんなふうに犯人を演じる必要なんかないんだ──と、赤羽はそう言おうとしたのだが、激高した霜月の咆哮がそれを遮った。
「あ、飛鳥?」
「もう何も言わないで、それ以上……お願い、だから」
依然として青白い顔をしたままでいる霜月の、その色彩豊かな瞳の両方からは、涙が滴り落ちていた。突然のことに今度は赤羽がうろたえてしまう。
何が霜月をこうさせたのか。激しく詰問し過ぎたのだろうか。
急に湧いてきた罪悪感に蝕まれているなか、霜月は、泣きながら、微笑んでいた。
「……ダメだね、もう。どうしようもないや。あーあ、これで全部がパーになっちゃった。……きっと怒られるんだろうなぁ、すっごく」
赤羽は、喜怒哀楽が激しく移り変わっていく霜月についていけないでいる。
「でも、もとはといえば、私が口を滑らせたせいだもんね。本当、あれだけ瑠璃さんにも気をつけろって言われてたのに……つくづく私ってダメだなぁ。ねえ、そう思うでしょ、おにーちゃん?」
「お、おにーちゃん? それって俺のことか?」
「え? ああ、ごめん。今のは気にしないで。つい勢いでそう言っちゃっただけだから。反省反省」
流した涙を拭いながら、少し恥じらいながらそう弁解してくる。
最中、「どうしても知りたいんだよね?」と問いかけられる。
「あ、ああ。もちろん」
「最初に言っとくけど、絶対に後悔するよ。それでも知りたいの?」
「構わない。教えてくれ」
赤羽の返答と同時に霜月は腕を下ろした。
その顔にはもう、涙はなかった。
これまでのように凛々しい目つきで、それでいて今しがたのように刺々しさはない。
「……わかった。いいよ。あの日、本当は何があったのか、説明するよりも先に見せてあげる」
「見せる?」
「うん。この眼の力を使って、私の記憶をあなたの目から脳へと直接送り込むの」
瞬間、霜月の右の瞳にピンクサファイアのように美しく魅惑的な色の威光が灯った。
赤羽は思い出す。そういえばクリスマスの日に、空から落ちそうになった後にも色こそ違うがこれと似たようなものを見たな、と。なんとなく生唾を飲みこむ。
対する霜月は片目を光らせたままで、どうしてか深呼吸をしていた。
「……もしかして、これをするのが初めてとか言わないよな?」
「ナハハ、そう見えた? 大丈夫、そんなことないから。ただちょっと、ね」
意味深な発言に不安が掻き立てられていると、霜月が「あ、でももう隠さなくてもいっか」と勝手に納得した。
「そのね、トラウマなんだ」
「トラウマ?」
「うん。それについても、コレを見ればわかると思うよ。きっとね。……それじゃあ、いくよ?」
その言葉を皮切りに、瞳から妖艶な光が溢れだし、赤羽を飲み干した。




