冷たい嘘
「それは、本当に……本当?」
「何? 信じてないワケ?」
「そりゃそうだろ。急にそんなこと言われても、はいそうですか、ってならないっていうか」
「だろうね。でも実際に、お前は超心理とは異質の、不思議な力を持っている。そうでしょ? つまり、それこそがルドルフの子孫だっていう何よりの証拠なのよ」
その言葉に、赤羽は息を飲む。
かねてより謎に満ちていた超冷却が──赤羽が勝手にそう呼んでいた異能が、実は目の前にいる少女と同じ、つまりサンタが持つ特別な力だと、瑠璃は暗にそう示している。
それが衝撃でもあり、また悩みからの解放でもあったが、それにもまして、特別な力が自分にあるという認識が芽生えて、高揚感や卑しい優越感が同時に、全身をあまねいていた。心臓が、静かに、けれど力強く高鳴っている。
「でもさ、そうなると超加熱は? サンタの力とは別に、俺にアレがあるのはどうしてなんだ?」
「ん? ……ああなるほど。どうやらお前、何か勘違いしているみたいね」
「勘違い? って、何が?」
「だから、そっちもサンタの力で、超心理なんかじゃない、ってこと。ようは、そもそもお前に宿っている力はひとつだけ、ってことね」
「え? ひとつ?」
「そう。物体の熱を吸収すると同時に放出するとかって言えばいいのかな。一言で言うなら、『熱エネルギー流動』ってところじゃない?」
「ね、熱エネルギーの流動? って、それ何?」
「……ふむ。さすがに留年リーチは伊達じゃないってことみたいね」
瑠璃は心底落胆したように、今日一番の深いため息をつく。
「たとえば今、お前の両手にそれぞれ缶ジュースがあるとするよ。どっちも常温ね。そこでお前が力を発動させる。すると不思議なことに、缶ジュースはかたや凍るような超低温に、かたや火傷しそうな超高温に、それぞれの温度が両極端に変化する──と。どう、だいたい今ので理解できた?」
「い、一応はな。そうか……そういうものだったんだ」
赤羽は、なんとなく両の掌を見つめた。両手がかすかに震えている。
「でもさ、今の話だと、温めるのも冷やすもの一緒、つまり同時ってことだろ? でもそんなことはこれまでになかったし、っていうかそもそも、サンタの力だって言い切れるほどの威力にだってなったこともなかったけど?」
「そのことだけど、それは全部あの指輪のせいよ」
「指輪、って……まさかアレのこと?」
「そう。ぶっちゃけた話、アレはお前のバイオリズムにあえて悪影響を与えるためのものだったってワケ。ほら、マンガとかであるじゃん。呪われた装備とかって何とかって。ああいうもんをイメージすればわかりやすいかな」
「呪われた装備、って……おいおい、嘘だろ」
「ってなワケで、アレを身に着けていたせいっていうか、そのお陰で、今までは力を極小にまで制限されていたってワケ。だからさ、本当は温めるのも冷やすのも常に、同時に発動していたんだけど、ただその力が微々たるものだったから当のお前自身も気付かなかった、ってところね。どう? 理解できた?」
「……まあ、なんとか。でもそれじゃあさ、普段から体調がよくないのとか目の下のクマが消えないのとか、そのへんもアレのせいだったりする?」
「んー、さすがに全部とまでは断言できないけど、だいたいの不調の原因はアレのせいだろうね。……ん? ってことはもしかして、お前の頭が悪いのもアレのせいだったりするのかな?」
瑠璃は独りで悩むような素振りを見せる。かなり演技臭いが。
そのこと自体も若干癇に障ったが、なによりもまず、あの指輪がそんな代物だったことに、そして、自分にとって何の価値もないものだったことに、失意と憤りを感じていた。
「初めから知ってたの? 瑠璃さんは」
「ん、何が?」
「あの指輪が、俺の体調を崩すためだけに用意されたもので、そして──父さんと母さんの形見なんかじゃないってことをだよ」
たまらず、赤羽は瑠璃を怒鳴りつける口調になっていた。
「そりゃあもちろん。だって、その指輪を作ったの、あたしだし」
「な、瑠璃さんが? そ、そんなこともできるのかよ。っていうかそれよりも、どうしてそんなことしたんだよ?」
「どうしてってお前、それ本気で言ってるワケ?」
今まで冗談半分だった瑠璃の眼光が、ここにきて急に鋭くなった。
「逆に聞くわ。お前はその力で、学園の下にある地下室のドアを壊した、いや、溶かしたって話だったわね。そのときに思わなかったの? 『なんて危険な力なんだ』って」
「それは……」
「たとえば拳銃なんかは、弾がなきゃ打てないし、それが命中するとも限らない。でもお前の力は、絶対零度でもない限り、熱量の供給ができればどこでも何度でも発動できる。そしてそれは、刃物のように使えば切れ味が悪くなるなんてこともない。つまりお前の力はさ、拳銃や刃物よりもよっぽどタチの悪い凶器なんだよ。 そんなものが暴発したり、あまつさえお前が調子に乗って乱用しようもんなら──どうなるかなんてことは、さすがにバカのお前でもわかるでしょ?」
「……そりゃ、まあ」
「ってなワケで、アレはお前の力を制御するために、必要だったから作ったのよ。両親の形見だって言ったのも、そう言っておけば肌身離さず、大事に持っていてくれると思ったからね」
赤羽は、今の瑠璃の言葉を咀嚼する。
指輪は両親の形見なんかではなく、瑠璃が作ったものだった。その事実が、ひとつの可能性を導き出していた。
「ひとつだけ聞いてもいいかな」
「んじゃ、ひとつだけよ」
「今の話からすると、前に俺が川に流されたときにアレを失くして、そのときに瑠璃さんが見つけてきたじゃん。もしかしてアレって、本当は見つけたんじゃなくて新しく作り直したってことだったりする?」
「いや、そんなことはないわ。作ったあたしが言うのもなんだけど、あんな複雑なの、そうそう簡単に複製もできやしないし」
つまり、あの指輪は一点ものということになる。その事実が、薄暗くなりつつあった気分を少しだけ晴れやかにさせた。
「そっか。でも、今更だけど、よく見つけられたよな、あんな小さなもの」
「あのときは単純に、あの指輪に内蔵させてあった発信機の信号を追っただけよ」
「は、発信機だ? そ、そんなものまでついてんの?」
「まあね。だから今お前が持ってないってこともわかってるし。たしか2日くらい前からだったっけ?」
発信器なんてものがついているなら、いくら赤羽が指輪の紛失をひた隠しにしたところで、まるで無意味だ。それどころか、帰省してからこの瞬間までに包み隠さずちゃんとその事実を打ち明けなかったことがなおさら気まずく思えてくる。
有体に言って今、赤羽は非常にまずい状況にあった。それとなく話を逸らすしかない。
「でもさ、ってことは、今回もすぐに見つかるってことだよね?」
「一応は、ね」
返答する瑠璃の表情が少しだけ険しくなったのを見逃さなかった。今のが、紛失した責任をまるで感じていないが故の発言と受け止められたのかもしれない。
「あっと、その、そういうことならさ、俺の父さんと母さんが死んでいるってアレも、もしかして嘘だったりするの?」
「いや、残念だけど、それは本当のことよ。前から言っているようにね」
「ふーん」
「……腑に落ちない、って顔してるわね」
「そう? 別にそんなことはないだけど」
そもそもが適当に考えた話題だったので腑に落ちないも何もないのだが、当初の狙い通り話は逸れてくれた。
だからこそ、このまま路線変更されないように話を膨らませようとして、勢いに任せて思いついたことを自身で咀嚼することもなく適当に口にした。
「ただ、なんていうかさ、これまでの話からすると、俺はサンタのひとりの子孫で、ってことはさ、俺の父さんか母さんかのどっちかが、もしくはその両方が、サンタだったってことだろ? 」
「そうね。たしかにお前の言う通り、凍花──つまり、お前のお母さんが昔はサンタだった。で?」
「えっと、その……サンタの力を持ってて、それなのに事故なんかで死んだりするのかな? ってちょっと不思議に思ったりして、さ」
特にこれといって明確な意図があっての疑問ではなかった。
それなのに、瑠璃の言葉がそこからブツリと途切れた。それが、どうにも不可解に思えた。
ちらと見ると、少女は少女で頭頂部を向けるほどに俯いている。
何かあるのではないか。どうにもそんな気にさせられてもしかたなかい状況だ。
「……なるほどね。たしかにお前の言うことももっともだわ。ただその前に、逆に質問させて」
「ん、またかよ。で?」
「これまでの話を聞いて、お前はさ、『なんで自分はサンタとして育ってこなかったんだろう』って思わなかったワケ? ちょうどここにいる飛鳥みたいにさ」
「え? そりゃまあ……言われてみれば、たしかに」
「そこに、さっきのお前の質問が繋がってくるワケよ。凍花が──お前のお母さんが亡くなった事故の件がね。すべては繋がってんのよ。で、どこから話せばいいやら……」
そうして瑠璃が再び湯飲みを口元に運ぶ。なんだか話が長くなりそうな雰囲気だ。
瑠璃がまだすすっているその最中に「母さんは、俺とは違って普通にサンタのメンバーだったんだよね?」と確認をとってみた。
対して瑠璃は、湯呑みを置くと一言、「そうね。そして凍花は……先代のサンタのなかでももっとも異能の力が秀でていたわ。それこそ圧倒的に、ね」と優しく語った。
「母さんが?」
「あくまで当時の話だけどね。今じゃ色々あって、もうそのあたりもすっかり様変わりしちゃってるけど。でも、仮に凍花がまだ生きていたとしても……そうね、未だに3本の指には入ってたんじゃないかな」
ここで、今まで押し黙っていた少女がそっと闖入してくる。
「やっぱりもう、今は『ひーちゃん』が断トツですか?」
「ん? んー、まあそんなところかな?」
ひーちゃんって誰だ? と思ったが、話の流れからして、現在のサンタのメンバーのひとりなのは理解できたし、今はどうでもいいことなので、それについては口を挟まなかった。
そんなことよりも、母から自分へと受け継がれた力がそこまで強力なものだったのかという事実に意識が奪われていた。あの地下室で起こったことが脳内で鮮明に蘇り、思わず左右の手のひらを見つめてしまう。
「たしかに、金属だって簡単に溶かすことができちゃうくらいだもんな……」
「あ。ごめん、今まで言うのを忘れてたけど、凍花にはそんな力、なかったわよ」
「……え? どういうこと?」
「だって、初代のルドルフから凍花にまで代々継承されてきた力ってのは、物を凍らせる『氷結』の力なんだもん。だからお前は突然変異ってやつね。いわゆる」
「なんかサラッと言ってるけど、そういうことって結構あるの?」
「いや、滅多にない。記録にあるだけでも、そんな事例は両手で数えられるくらいしか残ってなかったと思うけど。最近だとお前くらいかな」
「ふーん……母さんは、冷やすだけの力だったのか」
そこで瑠璃が口元を緩めた。
「な、なんだよ」
「『冷やすだけの力』とか、あの子がよりにもよって自分の息子にそんなこと言われてると思うとおかしくて。ついね」
「それの何がおかしいんだよ」
「実はさ、その昔、まんま同じことを当時のあるメンバーが言ったことがあったのよ。んでその結果、次の瞬間には全身が氷漬けにされてた。たしかアレは、凍花がまだ紬くらいの歳だったときのことかな」
「……マジで?」
「マジで。でもそれだって多分、半分の半分も力を出してなかったんじゃないかな。っていうか、凍花の本気なんて、改めてこうして振り返ってみても一度も目にしたことがなかった気がするわ。ようは、それくらい別次元の強さだった、ってことね」
「別次元、か。でも、具体的に何がそんなにすごかったの?」
「んー、バカのお前に言ってもちゃんと伝わるかわからないけど……何よりもすごかったのは、凍花が、吸収した熱エネルギーを自分の活動エネルギーに還元できたりもした、ってことかな」
「それは……えっと」
「ようは、冷やすのと同時に自分自身の体力も回復できた、ってこと。熱エネルギーなんてものは世界中のどこにだってあるから、事実上の疲れ知らず──食事や睡眠なんかしなくても無尽蔵に活動し続けることができたってワケ」
「……ま、マジで?」
「マジで。そんなんだから凍花はさ、自分の力を、盗賊であるサンタってことと掛け合わせて、『熱泥棒』なんて皮肉って呼んでたりして……あ。違うわ。初めにそう呼んだのはあたしだった」
「なんかもう、話を聞いている限りだと、雪女か何かみたいだな、俺の母さん」
「それも禁句のひとつだったわよ」
赤羽は苦笑いを浮かべざるをえなかった。
瑠璃は茶をすすろうとして湯呑みを手に持ったが、なかを見てすぐに置いた。
どうやら湯呑みが空だったらしい。もののついでにほかのふたりの湯呑みも確認して、順に茶を注いでいく。
少女は「ありがとうございます」と言ったが、赤羽は瑠璃の言葉を嚥下するのに精一杯で、注がれようとしていることにすら気づいていなかった。
目で見てそれと気づくと、瑠璃は「どう? あんたのお母さんが桁外れだったってことが少しはわかった?」とつぶやきながら赤羽の湯呑みに茶を注いだ。
飲むために注いだはずなのに、瑠璃は急須を置くと湯呑みにても触れずにそのまま、「それじゃあここで改めて、『どうしてお前がサンタにならなかったのか』って話に戻るわよ」と話を続けた。
「サンタのメンバーの血を引く者ってのは、受け継いだ力のコントロールと盗賊として必要な身体能力を備えるために、物心ついた頃から厳しい訓練を受けて育っていくのね。凍花だってそうだったし、もちろんここにいる飛鳥だって例外じゃない」
瑠璃は、握りこぶしから親指だけを立てた状態の左手をひねって、少女を指さした。それにつられて赤羽は少女をちらと見たが、相変わらず視線を下に向けたままでいる。さっきからずっとそうだ。
「でもお前はそうはならなかった」
「そこだよそこ。どうして俺だけ、その訓練とかを受けてこなかたんだ?」
「それは──凍花が生まれたばかりのお前を連れて、そのまま失踪したからよ」
「失踪? なんで?」
「もっとも異能に長けていた凍花は、そのことで当然ながらサンタの最高戦力として中枢に位置していた。来る日も来る日もずっとサンタとしての生活をしていたってことね。それがあるときお前を身籠ったことで、心変わりが起きた。これからは母親として、お前を育てるためだけに生きていきたいと思うようになってたのよ。けれど自分の子どもである以上、いずれはサンタのメンバーになるその宿命を背負っている。凍花はね、それが嫌だったみたい。きっとあの子自身がそんなことを思ってたんだろうね」
瑠璃は当時のことを思い出しているかのように、遠くを見つめていた。
母のことを『凍花』ではなく『あの子』と呼ぶときの瑠璃は、いつもよりも少しだけか弱い存在に感じられた。
「だから自分と違って、自分の子供にはやりたいことをやらせてあげたいと考えていた。でもそれを正直に言ったところで許可なんかおりるはずもない。まあ当然っちゃ当然なんだけどさ。そうなるともう、凍花にしてみたら、みんなに黙って蒸発するしか残された手段なんてないでしょ? そういった理由で、ある日突然、サンタのメンバーから凍花がいなくなったのよ」
「それじゃあ、俺がサンタじゃないのは、俺を連れて母さんが逃げ出したから、ってこと?」
「そう。お前の父親と一緒にね。当然ながら、サンタはあの手この手を使って凍花を探した。けれど、さっきも言ったように凍花は組織の中枢にいたから、サンタってモンを何から何まで熟知していたこともあって、そう簡単には見つけられなかった。もちろん接触にまで至ったことも何度かあったんだけど、なんといっても相手は当時の最高戦力だからね。力ずくで連れ戻すなんてことはもはや誰にもできなかった。……本当、情けない話よね。世間じゃ特別な力を持ってるとか絶対に捕まらないとかって豪語されているサンタが、仲間のひとりを捕まえることができないっていうんだからさ。とにかく、そんなふうに凍花との鬼ごっこが何年にも渡って続いたのね。そして、ある日──あたしはついに凍花との再会をはたした。もっとも、そのときにはすでに息を引き取ったあとだったわけだけど」
「……それが、例の交通事故ってわけか」
赤羽の独白に、瑠璃がうなずく。そして瑠璃は目を瞑った。
「あの日、久しぶりに情報が手に入ってきて、サンタはその足取りを追跡していた。そして緻密にことを進め、凍花を包囲し、あとは捕まえるだけってときに凍花に気づかれた、そこから追いかけっこが始まって、徐々に力も交えての過激な応酬になっていって、結果的に事故が起こってしまった。急いでサンタの息が掛かってる病院に搬送したけど、もう手遅れだった。ただその事故には唯一の生き残りがいた。それが──涼、お前よ。それから後のことはもう、お前自身も知ってのとおりよ」
ここで、瑠璃の両の瞳が赤羽に据えられる。
「今この場で話してきたことをこれまでお前に離さないでいたのは、死んだ凍花の思いを尊重しようってことで、先代のサンタで決めたからよ。とはいえ、お前にルドルフの力が受け継がれているのは変えようもない事実。だからこそお前には、力を抑制するための指輪を常時持たせるようにした、ってワケ。自分に特別な力があるってことをそもそも気付かせないようにするためにね。ただそれでも、力の暴発は起こり得るかもしれないから、監視の意味も含めて、それでサンタの息がかかってるこの柊で生活させてた、と。どう? これで頭のもやが晴れたんじゃない?
「まあ、それなりには」
「じゃあお前がちゃんと理解しているか確認するわよ。……サンタは、どうして今まで秘密にしてきた話を改めてお前に話すことにしたのでしょーか?」
「それは……俺が、あの指輪を失くしたから?」
「ふむ。その理由は?」
「俺にサンタの力使わせないために」
あの指輪がなければ、サンタの力が解放されたままだ。つまり今もその状態にある。
もしも今ここで長々としてきた説明が一切なかったとしたら、どうなっていたか。
春香たちに見られてしまったりしたかもしれない。
でも、それならばまだマシなほうだ。意図せずに力を暴発させてしまい、もしもそれが春香たちに向かおうものなら──取り返しの付かない危害を加えていたかもしれない。
絶対にそんなことはない、と言い切れる自信など赤羽にはなかった。
「お。どうやらちゃんと理解してるみたいね。あんまり期待していなかったけど」
「おい。……でもさ、アレには発信器がついてるってさっき言ってたじゃん。それならもう見つかってるはずなんじゃないの?」
「それが、いろいろあってどうやら難航してるみたいなのよね。それで急遽、話の場を設けたってワケ。この話だってあらかじめ、お前が柊からいなくなるときには話すことにもなっていたし。でもさ、飛鳥がひとりで来てこんな話を急にしたところで、信じやしないでしょ? かといってあたしが話しだすのもやっぱり変だし。だからってことで、あたしと飛鳥のふたりで、こうして説明することになったのよ」
「はー、なるほど。で? 結局俺は何をどうすればいいの?」
「サンタがあの指輪を取り返すまで、力を使おうとしないこと。絶対にね。そして感情的にならないこと。サンタの力は感情のたかぶりによって、時に制御できなくなる可能性がある。なかでも、怒りの感情には特に気をつけなさい」
「うん、わかった。……あれ? 今『指輪を取り返す』って言わなかった? 誰かが持ってるってこと?」
「あー、その説明はしてなかったわね。んー、割愛ってことで省いちゃダメかな? あたしもう話し疲れちゃったわ」
瑠璃はもはや面倒くさそうに髪を撫でながら少女に尋ねた。
「……じゃあ、それについては私が説明します」
そう言った手前、少女は赤羽に正面を向けるが、その目は相変わらず赤羽を見ていない。
「さきほど瑠璃さんから説明があったように、あの指輪には発信器が埋め込まれています。そして、その発信器から送られてくる信号が、不規則に位置を変えていることがわかりました」
「ってことは、やっぱり誰かがあの指輪を持ち去ったってことか」
「断定はできませんけど、その可能性が非常に大きいと思われます。なので、その前提で進めますけど、持ち去られた指輪の信号を辿ると、持ち去った者は、ある場所に頻繁に出入りしていることが判明しました。それがあのキングキャッスルです」
「じゃあ、もしかしてあの高峰望とかいう奴が持っているのかな?」
「あるいは、その手下の誰かかもしれません。とりあえず、今日これから、私たちサンタは、今一度キングキャッスルに潜り込む手はずになっています。もちろん、おとといと違って隠密にですけど。なので、無事奪還できたら明日、もう一度この時間にここに──」
「ふたりとも、静かに」
突如として瑠璃が声を荒げた。
様子からして、この部屋に向かってこようとしている者の存在をその耳が感知したらしい。