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9ねこ ご主人の同僚、現る

「シナリオ『巨大マンイーター討伐』のパーティ募集してまーす! どなたかいらっしゃいませんかー!」


 ギルドに入ってすぐ、そんな声が聞こえてきた。


「お、やってるな」

「賑やかですね」

「んだな。ま、とりあえずは受付に行こう」


 複数聞こえる同じ呼びかけをひとまずスルーして、カウンターへ。ここでクエストを受注しないと、問題の場所へ向かってもイベントが発生しないのだ。


 ちなみに事前の調べによると、このシナリオに参加できるパーティは最大六つまで。それ以上となると、別のユニオンに入ることになる。そしてユニオンごとに別の団体と認識されるから、同時に該当場所に入っても一緒に戦うことにはならない。

 この辺りはいかにもゲームっぽい。最初のダンジョンもそうだったが、それぞれ独立した空間を進むことになるわけだ。


「しっかし人が多いな。さすがは祝日か」

「仕方ないですね。それだけ人気なんだと思います」


 クエストを受注するまでに結構かかった。先客がそれなりにいたからだが、彼らのうちどれくらいがプレイヤーなのかははっきりとはわからない。

 ただ、人より優れた猫の聴覚には、リアルの話題やゲーム用語が相当数届いている。かなりの人間がプレイヤーということは間違いないだろう。SWWの人気がうかがえる。まあ、その中に俺の前世の知り合いはいないわけだが。

 値段が高い上に、供給が追いついていないというダブルパンチなので仕方ないのはわかっているんだが。早く末端までダイブカプセルが行き渡ってほしいものだ。


 さてそれはともかく、問題はここからである。


「どのユニオンに入るかだが……」

「いつもならあんまり示し合わさないで、行きずりで結成することがほとんどですよね。これだけ大勢の方が同時に募集してると、目移りしちゃいそう……」

「目安は色々あるが……SWWに限っては守護星の相性こそ特に気にすべきだからなぁ」


 キャラメイク時に説明されたが、守護星相性はダメージのみならず、技の成功率にも影響する。これは敵味方、どちらを対象にしても一緒なのだ。付け加えるならば、回復技の回復量にも影響する。

 そしてその影響も、ダメージと同じく双方向。だからこのゲームにおいては、敵だけでなく味方とも守護星の相性はいいほうが有利なのだ。フレンドリーファイアもシステムから除外されているしな。


 ただこのゲーム、他人のレベルや守護星は見ただけではわからない。普段なら相手にいちいち確認を取る必要があるが……ここで役立つのが【鑑定】だ。

 もちろん戦闘でも大活躍するわけだが、こういう地味なところでも活躍してくれる【鑑定】は有能である。やはり多少無理をしてでも最初に取得したのは正解だろう。


 そんなわけで、大勢居並ぶ人々を【鑑定】していく。

 プレイヤーであれば明らかにシナリオしかクリアしていないだろうレベル帯の人とか、パーティ全員がNPC(と思われる)のグループとか、まあ色んな人がいる。その中から、条件に合致する団体に目星を付ける。


「あそこのユニオンがいい感じだと思う。俺たちとは守護星の相性がいい人数が多いし、レベルも近い」

「わかりました。それでは参りましょう」


 俺の言葉に頷くと、アカリは俺が示したユニオンへまっすぐ歩み寄っていった。


「皆さん初めまして、お話よろしいでしょうか?」

「はい、なんでしょうか?」

「『巨大マンイーター討伐』の件で声をかけさせていただきました。私たちも参加させていただきたいのですが……」


 傍目には頼りない印象を受けるアカリだが、それは知識量が不足しているだけであって、実は彼女の人間としての能力……特に社交スキルは非常に高い。やっぱり育ちがいいんだろう。そう言ったやり取りはそつがない。

 加えて俺がすごいと思うのは、初対面の人間だろうとまったく気後れせず面と向かって会話できるところだ。しかもこれが度胸とかではなく、単純に性善説レベルで人を疑っていないだけだから恐れ入る。

 とてもじゃないが俺にはできないので、いつの間にか交渉役は全部彼女に任せるスタイルが定着してしまった。


 まあ俺は疑う担当というか、彼女に害が及びそうなときに相手を叩き出す役みたいなものだ。人によってはうっとうしいと思われるかもしれないが、この純粋すぎる少女にはこのまま無垢であってほしいというか。


「私はアカリと申します。称号はシャーマンで、主に前衛をやっています。守護星は磨羯宮、レベルは33です。それからこちらが……」

「ナナホシです。同じく称号はシャーマンですが、見た目通り肉弾戦はできません。その代わり後衛としてはそれなりにできるかと思います。あ、それと【鑑定】もできます。守護星は処女宮です」


 あえてNPCっぽく自己紹介を済ませて、アカリ伝いにユニオン申請を済ませる。こういうシステム的なことに俺が関わらないように、パーティを組む際のリーダーはアカリに設定してあるのだ。


 その後すぐにアカリは男性陣から、俺は女性陣から声をかけられることになった。無理もない。俺はお猫様だし、アカリもかわいいからな。

 しばらくそんな感じで会話が盛り上がったものの、1時間くらいしたところで募集が打ち切られることになった。


「現在三パーティでユニオン組んでますが、これ以上待っているとモンスターの顔ぶれが変わってしまいますので、出発しちゃいましょう!」

『おー!』


 ユニオンで一番レベルが高い人(まず間違いなくプレイヤー)の発言を受けて、ユニオン参加者全員が声を上げる。

 どうやら彼がこのユニオンの音頭を取るようだ。決して若くはない見た目だが、いまだ高級品のSWWでは珍しくない。ひとまずリーダーと呼ぼう。


 というわけでギルドを出ようとした俺たちの耳に、突然「うわっ」というような大きなざわめきが入ってきた。

 何事かとそちらに目を向けると、どうやら今しがたギルドに入ってきた人物に視線が集中しているようだ。


「あ……あれって……!?」


 同じくその人物を見たリーダーが、絞り出すように言った。他のメンバーも、大なり小なり似たような反応だ。それは彼らだけでなく、俺も同様だった。


「お、おい……あれってまさか」

「間違いない、MYUミュウだ!」

「MYUよ! こんなところで会えるなんて!」


 そのままざわざわとギルド内が一気に騒がしくなる。さっきまでも大概だったが、今度はもっとひどい。まるでアイドルを前にした群衆のようだった。

 だが今の表現は、あながち間違いではない。何せ、俺たちの前に現れたのは、本職の芸能人だったのだから。


 その人物は俺たちの様子に気づくと、顔を向けながらウィンクを飛ばしてきた。そこにはかわいらしい笑顔があって、アイドルと呼ぶにふさわしい。

 ……いや、事務所の意向としても、本人の意向としても、アイドルではないんだが。若くてかわいいから、そこは仕方ないのだろう。


「あのう……彼女はどなたでしょう……? 芸能人の方のように見受けられますが……」


 ただ、アカリだけが周りのヒートアップについていけず、ぽかんとしていた。

 ……彼女以外にも呆気に取られている人がちらほらいるが、彼ら彼女らは芸能ネタに疎いプレイヤーなのかNPCなのか、どっちなんだろうな。


「え、お前知らないのか。芸能人としては結構有名なはずだが」

「す、すいません……テレビなどはほとんど見ないもので……」

「そういえばそんなことも言ってたっけか」


 おまけにネットなどにも通じていないとなれば、芸能界の情報はなかなか入ってこないか。


 ならば、あまり気は進まないが紹介しておくか。さすがにそれだけにMYUに突撃するほどミーハーな子ではない……よな?


「彼女はMYU。アクション俳優、兼スーツアクトレス、兼声優だ」

「ず、随分とマルチな方なんですね……すごい……」

「だろう。改めて説明した俺もホントかよって思った」


 が、すべて事実なのだから恐ろしい。芸能界の無茶振りに応え続けた結果らしいが、普通それだけでそこまで兼ねられるような力はつかないと思う。天は二物を与えずと言うが、彼女は別格だ。


「それでいて仕事には真摯で熱心、おまけに何をさせても上手いのに謙虚なんだよなぁ。明るくて元気で人当たりもいいから、妬むに妬めないって言うか……」


 言いながら、前世で一回だけ彼女と一緒になった声の仕事を思い出す。

 そのときも俺は端役で、対するMYUは最初のアニメで主役に大抜擢と、当時の俺の心にダイレクトアタックをしてくれたっけか。


 それでも……いや、だからこそか。周りへの気配りはもちろん、貪欲にベテランから学び取ろうと言う姿勢、演技にかける熱意……どれを取っても他の誰よりも抜きん出ていた。

 最初はふざけんなって思ってたんだけどな。その仕事が終わる頃には、腐っている場合じゃないなって思ったんだっけなあ。懐かしい、あれがもう四年は前になるだろうか……。


「……あの方とはお知り合いなのですか?」

「え? あ、いや……そんな大した関係じゃないよ。一回だけ一緒に仕事をしたことがあるだけだ」

「そういえば、ナナホシさんは以前芸能界にいたんでしたっけ」

「まあな。夢破れてなんとやらだけどよ。あっちは……まあ覚えてくれてないだろうなぁ」

「ここだと猫さんですしねぇ……」


 はあ、とため息をつくアカリと俺。


 ただし、その意味は二人で違うだろう。俺がついたため息の意味は、こうである。


『ヤバい……下手するとバレる……』


 なぜって?

 それはな……ズバリ、何を隠そうこのMYUこそが、ご主人にダイブカプセルをプレゼントした張本人なのだ。

 そして最大の問題は、二人が親友であるということ。確かMYUのデビュー作で共演して以来の仲だったか。そして仲のいい二人は、当然のように時間が合えば一緒にプレイしているわけで。

 要するに、彼女は俺の本来の姿と名前を知っている可能性がある上に、気兼ねなくご主人に会って話ができる人間なのだ。


 一つしかないダイブカプセルを秘密で共有している以上俺がゲーム中にご主人と出くわすことはないが、MYUと出くわす可能性はあった。それは覚悟していたが……そりゃあ、こうも連日ログインしていれば遭遇もするよな。

 MYU伝いにご主人に伝わる可能性がある以上、彼女にだけはプレイ中に会いたくなかったんだがなー……。


 まあ、人生ってそんなもんか。そんなもんじゃなかったら、俺はまだ黒川北斗として生きていただろう。


「……まあ、なんだな。いつまでも続くってもんでもないだろうし、落ち着くまで待ちだな」

「ですねぇ……」


 なんかいつの間にやら握手会が始まっているが、そこに飛び込む理由がない俺たちは、その喧騒をぼんやりと眺めることしかできない。


 ……この調子だとアタック予定のマップに出るモンスターの配置が変わる時間を超えそうだし、ウィキで夜帯の予習しておくか。

 ああアカリさんや、悪いがネットを起動しておくれ……。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


同僚と書いて刺客と読む、みたいな。

MYUってのは当然芸名なんですが、隠す意味もないってことでプレイヤーネームもそのままMYUだったりして。

なお読みは、ルビにもある通り「ミュウ」です。ボクと付き合いの長い方はピンと来るかもわかりませんね。

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