60ねこ まったりリザルトタイム
それから少しして。
『かんぱーい!!』
クロたち助っ人への誠意を見せた俺たちは、プレイヤー印の食事処で打ち上げをしていた。さすがに酒はないが、それぞれの好物を好きなように食べる。その様子は、さながらファンタジーものの冒険者のごとしである。
「いやー、一時はどうなることかと思いましたが、加奈子氏のおかげで万事丸く収まりましたね。ヨッ、世界一のヒーロー!」
「それほどでも……あるけどね!! やっぱり切り札は切るべきときに切らないとね!」
「でもさすがに最後のアレはどうかと思います……」
「それは言わない約束だぜ……」
どうやらクトゥルフ神話に関して何も知らないらしいアカリは、今もだいぶ気にしている様子。気持ちはわからなくはないのだが、これについては本当に気にしないほうがいいだろう。
何せ今後のイベントで、今度はクトゥグア関連の連中が敵に回る可能性はそれなりにある。あのシリーズの邪神連中ってのはそういうやつらなのだ。
俺としては、【ディスディペンディング】で憑依を解いた妖精に攻撃が当たるってことのほうが気になるぜ。今回のような状況に陥った場合、何でもいいからとにかく前方に盾を配置できるというのは戦術としてはナシではないと思うんだよな。
まあ、それをやると妖精からの好感度はダダ下がりしそうな気がするから俺はやらないけど。一番最初の修行という名のチュートリアルで、シヅエさんに釘を刺されてるしな。
でもそうじゃない可能性もあるから、一応掲示板には書き込んでおこう。善意の情報提供だ。うん、善意善意。
「ナナホシー! ちょっと静かすぎるわよー!? もっとハメ外してもいいんだからねー!」
「……呑んでもないのに酔ったようなテンションになってんぞ。いや、覚えてるうちに他のプレイヤーと情報を共有しときたくてな」
「妙なところでマメよね、ナナホシ……」
「そういうところも昔のままですねぇ」
「? @さん、何か言いました?」
「いえ、なんでもないです」
明人が俺の前世に触れかけたせいで危うくご主人に俺の中身がバレるかもしれない状況になりかけたので、ぎろりとにらんで軌道修正を強要する。明人もさすがに自覚はあったらしく、小声だったからごまかせたわけだが、本当にそういうのは気をつけてほしい。
「あ……ごめんなさい、ちょっとうちのメイド……お友達からメールが」
そんな風に盛り上がっている途中、アカリにメールが来たらしい。言い方からして、差出人は湊だろう。
「わわ、湊さんってば相変わらず返事がお早いです……!」
……リアルより早く時間が流れているSWW内とのメールのやりとりを、リアルタイムでこなせる湊やべーな。どんな打ち込み速度してるんだ。
とはいえ、内容は悪いことではないらしいことは横目に見ていてわかる。アカリの表情が嬉しそうだからだ。
湊もSWWを始められそうとか、そんな感じかな? その場合、どこから資金を調達したのか兄として非常に気になるが。あとで確認しておくかな……。
「ところでナナホシ、手に入れたキューブの使い道はもう決めましたか?」
「んぉ? いや、まだちょいと悩んでんだよな。まさか余るとは思ってなかったからよぉ」
「それはそう」
「あたしはやっぱり例の卵が欲しいわね。テイムモンスターが手に入るんでしょ? そろそろテイムモンスター増やしたいなって思ってたところなのよね」
「あれも1万だったっけか。残りはどうすんだ?」
「テイムモンスター用の育成素材が交換制限緩いから、それで使い切ろうと思ってるわ。詳しい話はわからないけど、卵からいきなり育ちきったのが産まれるとは思えないし」
「なるほどなー。俺はどうっすっかなー、マジでなー」
一方で、俺たちの話題は報酬をどうするかに移っていた。
というのも、あのドリル野郎を倒すことで獲得したキューブは、実に1万5千個だったのである。俺が当初からほしかった報酬の対価が1万なので、余裕で余る計算になる。
とりあえず、最初から狙っていた【巫術】に向いた報酬である【かんなぎの勾玉】は俺的にマストなので即交換したんだが、残りの5千を何に充てるべきか。答えはまだ出ない。
ご主人みたいに、交換限度が緩い消耗品に欲しいのがあればよかったんだが。あるいはアカリのように、【巫術】向けの装備品けで使いきれればいいんだが……俺に人間向けの装備品は使えないんだよなぁ。毎度のことだけど参ったもんだよ本当に。
「自分も装備品中心ですかね。いい感じの武器防具一式がありますので、これでちょうど使い切れる計算です」
明人もアカリと同じような使い方だ。こいつの場合、ドリル野郎との戦いで結構な数の装備品をロストしてるからそうせざるを得ないと言ったほうが正しいかもしれんが。
……あ、装備品と言えば。
「結局アレ使わなかったな」
「ああ、あの暗黒卿装備。……まあ、そんなこともあるでしょう。自分としては、カッコいいのでOKです」
MYUの【錬金術】でバチクソ強化してもらおうという目論見だったんだが、当のMYUが間に合わなかったからなぁ。
別にロストしたわけじゃないから次の機会に使えばいい話ではあるものの、拍子抜け感はどうしてもある。このイベントのラスボスと定めてた相手を撃破できちゃったわけだし。
「あ」
と、そんなとき。ご主人が何やらウィンドウを開いてぽつりとこぼした。なんだどうした。
「……MYUちゃん仕事早く片付いたから、今ログインしたって……」
「「Oh...」」
その返答に、俺と明人は同時に天井を仰いだ。なるべく考えないようにしていたことが、現実のやつは予定よりも早く襲って来たようだ。さすが現実容赦がない。
時計を見れば、まだ正午にもなっていない。午後からなら行けるって言ってたから、マジでだいぶ早いログインだ。ありがたい限りである。マジで。
でもな……うん……。目的だったドリル野郎は、倒せてしまったんだよな……。
「……どうしましょ?」
「……まあ素直に話すしかないだろ……?」
「やっぱそうよね……」
ここで同時にため息をつく俺たち主従。
そして直後、いつものようにMYUが気配なく現れた。
「どしたのみんな、なんか暗めだねー?」
「……ごめんMYUちゃん……」
「なになに、そんなに強いボスなの? でも大丈夫だよ! なぜって? ウチが来たからね! 任せといて!」
どんと胸を叩いて宣言する姿は実に頼もしい。まさに世界を救ったことのあるヒーローの貫禄である。
だが俺たちがテンションを下げていたのは、ドリル野郎を倒せなかったからではないんだよな……。
おまけにそのドロップが想定以上だったこともあって、もはや稼ぎをする必要性も薄いという。ヒーローは遅れて来るとは言うが、これはちょっとかわいそうだ。
「いやその、実はかくかくしかじかでね?」
「」
あ、MYUがぽかんと口を開いてフリーズしてしまった。さすがのMYUもこの知らせはショックだったらしい。
「ウソでしょ……じゃあウチの出番は……!?」
「今日はもう……あまり……」
「あァァァんまりだァァァァ!!」
そのまま彼女はご主人に抱き着きながら泣き始めてしまった。
いやウソ泣きだけど。演技だけど。発言も漫画ネタだし。
それでも、演技力はさすがと言うほかない。元ネタは渋い声の方が演じていたが、MYUの女性ボイスでもきちんと元ネタのキャラっぽく聞こえる。うーん、やっぱ勝てねぇな……。
なお、演技力がありすぎるせいでアカリはびっくりしておろおろしまくっている模様。
「尊い……」
そして明人は一人召されそうになっていた。勝手に死んでろこの百合豚め。
しかしどうしたもんかな。ヘルプをかけたのはこっちだし、このままお払い箱ってのはいくらなんでも気が引ける。MYUの稼ぎに付き合うくらいは最低でもしたほうがいいよなぁ。
「ん……お知らせ……?」
そのとき、俺たちに一斉にメッセージが届いた。運営からだ。周りを見てみればどうも俺たちだけじゃないらしく、ウィンドウを操作しているプレイヤーたちの姿が何人も見て取れる。
『本イベントにおいて、イベントボスモンスターの撃破数が規定数を超えました。このため、本日正午よりイベントレイドボスモンスターの配信を開始します』
なんとまあ、捨てる神あれば拾う神ありってところか。この内容を受けて、俺たちの視線はすべてMYUに注がれた。
彼女はこれに応えるようにゆっくりと顔を上げる。そこにあったのは、一番くじでラストワン賞だけが残ってる状況に出くわしたときのオタクのような顔だった。
色んな心境がそこにはあるんだと思う。だが端的に述べるとしたら、それはきっと「逃すものかお前だけは」だろう。
「……テンション上がって来たぁーーーーっっ!!」
復ッッ活ッッ!!
MYU、復ッッ活ッッ!!
「まったくもう、現金なんだから。……まあでも、これで色々と無駄にならずに済みそうね」
「やはりレイドイベントか……いつ出発する? 自分も同行する」
「@院」
「いや冗談抜きで、暗黒卿装備の強化をお願いしたく」
なんて茶番も少し挟みつつ。
とりあえず、午後からもゲームは普通に続けるということで合意した。今日の正午からってことは、実質半日しか使えないイベント。これを逃す手はあるまいて。
「うー、残念ですが私はここまでですね……お土産話、期待しています」
唯一の例外は、午後から用事があるアカリだな。先ほどまでのMYUとはちょうど逆である。
とはいえアカリ自身の目的はおおむね達成できていることもあって、彼女に大袈裟な悲壮感はない。一緒にプレイできないという残念さはあるが、MYUのように嘆くほどではないということなのだろう。
常識的なリアクションで俺はホッとしてる。普通の人ってこういうものだよな。
「それじゃ、お昼まではこのまままったりしてるってことで?」
「はーい、ウチはそれでおっけー!」
「異議なし」
「自分も同じく」
「はい、私もです」
そして、そういうことになり。
アカリと入れ替わりでMYUを加えてイベントレイドボスとやらに挑んだ俺たちだったが、一定ダメージを与えると別の場所にテレポートするのを追いかけていくというスタイルだったこともあって、イベントダンジョンの中を駆けずり回る羽目になったのだった。
テレポートするたびに経験値やドロップが手に入ったから決してまずいイベントではなかったけど、ちょっと面倒だなとは正直思ったぜ。
物語的には居合わせたすべての勇者全員で一体のボスと戦うという正統派な決着だったし、総評としては高評価寄りってのも正直なところだけどな。
プレイヤー、NPCの別なく一丸となったのはやっぱり楽しかったのさ。クロやマクシミリアン氏を筆頭に、色んな動物型NPC勇者たちとも肩を並べて一緒に戦えたしな。
……最後の一撃を、遅れてやって来たクジラのNPC勇者にかっさらわれたのはしばらく語り草だろうなとも思うが。誰だよあの人呼んだやつ。
なおそれ以外では、出番を失ったことに対する鬱憤を晴らすかのようにMYUが大暴れしてめちゃんこ目立っていたのだが、そこはご愛嬌ってやつだろう。
それを見たいつぞやのマンイーターシナリオでユニオンを組んでた人が、オタ芸を披露する勢いでテンション爆上げしてたのには笑うしかなかったけどな……!
次回、最終回。