59ねこ ヨ〇シーによろしく
ドリル野郎のライフが10%を切ったところで、俺たちの快進撃は終わった。瀕死になることでステータスが上がったっぽいのに加えて、さらに激化した攻撃(背中からもう二本ドリルつきの腕が生えた)を対処することにクロとマクシミリアン氏が専念する形にシフトしたからだ。
超高レベルの彼らがわざわざ防御に専念しているおかげで、俺たちへの被弾はほぼない。
ないが、それは彼らが攻撃に参加できなくなったこととイコール。ドリル野郎とのレベル差が大きい俺たちだけでは、瀕死パワーアップをした相手に有効打を与える手段に欠ける。おかげで進捗は緩やかにならざるを得ないってわけだ。
……おっと、今も明人に直撃コースだったドリルの雨がマクシミリアン氏の【ハリケーンショット】で相殺されてるな。乱射するタイプのスキルだっていうのに、それが全部攻撃を食い止めることだけに使われてるんだから、ある意味剛毅な使い方だよ。
それに対して、明人は律儀に感謝の言葉を言いながら攻撃を続けている。と同時に明人の放った【魔法剣】のレベルは、とっくに100になっている。しばらく上がっていないことからして、どうやら【魔法剣】のレベルは100が上限かな? スキルレベルと別枠なのかどうかまではわからんが。
ともあれ、攻撃を喰らわない限りはレベルがプレイヤーのそれを超えて上がり続ける【魔法剣】の特性は、明人でなくともボス戦で活かせる機会はなかなかない。
しかしマクシミリアン氏たちが防御に専念してくれているおかげで、あの明人が被弾ゼロを達成している。【魔法剣】の強化はその結果で、今のところ一番のダメージソースはまさかの明人になっている。
っつーか、明人以外はほとんどダメージを与えられていない感じすらある。俺とアカリはしてるおかげでギリ入ってるみたいだが、これは確実に【ディペンディング】の恩恵だ。何回かの張り直しを経たが、やはりフレイムクリーチャー・オブ・クトゥグアはここの敵に効果大なのだ。
一方、そういう手段を持たないご主人とみずたまはもう攻撃を捨ててサポートに徹している。
正確に言うと、ご主人も【従魔術】でフレイムクリーチャー・オブ・クトゥグアを呼び出せるが……言うことを聞いてくれないんじゃ仕方がない。ワンチャンこの状況なら聞かなくても戦力にはなるんじゃないかとも思うが、このダンジョン内はフレンドリーファイアが有効だから……。
「みずたま、合わせてあげて!」
「きゅい!」
今も攻撃直後の明人がさらすスキを見逃さず、ご主人がみずたまに指示を出した。
みずたまはこれを受け、強力なタックルを放つ。強力な、とは言ってもスキルではないのでダメージソースにはならないが、ドリル野郎が放った明人への反撃が明後日のほうへ飛んでいったので十分な仕事だ。今はとにかく、明人に攻撃が当たらないことが最優先だからな。
「【浸透撃】!」
ここにアカリが少しだけ視界に入るように攻撃をしかければ、ドリル野郎はアカリに対処せざるを得ない。フレイムクリーチャー・オブ・クトゥグアの影響で燃え盛る身体から放たれたアカリの攻撃はほぼ無傷で受け止められたが、代わりに明人は完全にフリーになった。
いい感じだ。その特効性能もさることながら、ヘイト効果も大きい。相手の集中が乱れている。
やはりニャルラトテップの眷属としては、クトゥグアの眷属はどうあがいても無視できないんだろうな。これはもう、一種の本能みたいなもんなんだろうな。
とまあこんな感じで、さすがのマクシミリアン氏たちも完ぺきではない。たまに彼らの防御網を抜ける攻撃もあるのだが、ソロプレイをしてるわけじゃないんでね。協力プレイはMMORPGの魅力であり利点だよな。
なお、俺は近接攻撃手段に乏しい上に防御力がカスなので、相変わらず遠距離主体である。もちろん前線メンバーに向けられた攻撃やヘイトを他のみんながさばききれなくなったときの対処はするが、基本的に固定砲台だ。
たまにピンボールアタックでアトランダムな動きをしてくるからただ突っ立ってるだけってわけじゃないが、それでもほぼ動かないままスキルを次々に繰り出すポジションである。
「【ホーリーレーザー】!」
色々試したが、今の俺の手持ちで一番ダメージ効率がいいのはこのスキルだった。【ホーリーボム】や【ヘヴンレイ】は多段ヒット技だからか、大きなダメージになるのが初撃だけか、せいぜい2ヒット目くらいまでだったんだ。それなら単発でも、基礎威力が高いスキルのほうが効果が高いって寸法さ。
単発で言うなら【ホーリーショット】なんかも当てはまるんだが、【ホーリーレーザー】はそれなりにスキルレベルを上げないと覚えないスキル。その分基礎威力が高いんだよな。
ついでに言うなら、ウィズダムの称号を持つものとして連続発射や威力向上などを色々試してみたが、これについては単純に威力を上げるよりも攻撃回数を増やしたほうが効率がよかった。
なので、今はとにかく回転効率を上げて【ホーリーレーザー】を連射している。今の俺はレーザー砲塔だ。連発しすぎるとスタミナ切れ的な症状で一切身動き取れなくなるからほどほどにだが、さっきからもうずっとこれの繰り返しである。
敵からの攻撃は全部クロたちにお任せ。持つべきものは頼れる仲間だな!
ちなみにクロが呼び寄せたフレイムクリーチャー・オブ・クトゥグアは、ドリル野郎のライフが10%になった時点で放たれた大技(まき散らされた邪悪なオーラに触れると無理やり攻撃範囲に引きずり込まれ、ドリルの連続攻撃を叩き込まれる。格ゲーのハメ技みたいだった)を真正面から受けて死亡。退場している。
悲しい犠牲だった。やっぱアレだよ、猪突猛進なのはいかんよ。うん。
まあ一番近くにいたそいつだけが犠牲になったわけじゃなくって、ご主人とみずたまとアカリも巻き込まれてそこで一回死んでるんだけどさ。【使役術】で繰り出す使い魔は死んだら蘇生できないからね……。
正確に言うと別に本当に死んだわけじゃないから、一定時間経てば再使用できるんだけど……ライフが全損した使い魔が再使用できるようになるまでには、リアル時間で丸一日かかるからさ……。
今はそんなフレイムクリーチャー・オブ・クトゥグアに代わって、阿修羅みたいな使い魔がクロの周辺に控えながら俺と同じく固定砲台している。明人と初めて会ったときにちょっと見る機会があったやつだな。
「遂にメテオを使うときが来たか……自分のライフをすべて攻撃力に変換! 【サクリファイスソード】!」
「セリフの大半がウソにまみれてる!!」
そのスキルに隕石は関係ないし、変換するライフはすべてじゃないし、なんなら攻撃力に変換するわけでもない。さらに言うなら、このスキルを使うのは三回目だ。
おかげでツッコまざるを得なかったが、それはともかく。【サクリファイスソード】とは明人の言葉通り、自らのライフを消費しその量に応じて次の攻撃のダメージを増加させる【魔法剣】の特殊バフスキルだ。
実は【魔法剣】の初期習得スキルの一つなのだが、いかんせん「当たらなければどうということはない」を地で行く【魔法剣】を体現するかのようなスキルなものだから、明人は今までろくに使いこなせていなかった。
だが使いこなせれば、かなりの壊れスキルである。ウィキでは剣をメインで使うなら、【魔法剣】を使わない人でもこのスキルのためだけに【魔法剣】を覚えて損はないと言われていたからな。
そしてその意見には全面的に同意する。正直な話、いつナーフされるんだろうって思ったくらいだ。
というのもこのスキル、コストであるライフの消費量は【魔法剣】のスキルレベルに応じて1~9割で変動する(スキルレベルが高ければ消費するライフの量が増える)のだが、ここでミソなのは攻撃力の増加ではなく、スキル威力の増加でもなく、ダメージの増加であることにある。
このゲームが具体的にどういうダメージ計算を行っているか俺は知らんが、ともかく最終的に導き出されたダメージをさらに増やすという仕様らしいのだ。
これはどういうことかというと、どんなに攻撃が通りづらい相手であっても最低保証のダメージを確保できるということ。さらに言えば、今与えられるダメージの最大量という天井を突破できるということでもある。
そして、今の明人は被弾を避け続けて【魔法剣】のレベルがカンストしている。これ以上のダメージ増加は見込めない。だがそこに【サクリファイスソード】が組み合わさると……あとはもうわかるな?
「よしチャージ完了……行きますよ!」
ついでに言えば、今は敵の脅威を他のメンバーが総出で押さえ込んでいる状況だ。【ホーリーファントム】も保険でかけてあるし、この状況なら明人であってもスキルのチャージに不安はない。
おまけにコストで減ったライフも俺やクロが即座に回復させることができるから、実質コストゼロも同然と来たもんだ。あとはもう、手持ちの中で最強のスキルをぶっ放してもらえばオーケーって寸法よ。
そして【サクリファイスソード】が三回目ってことは、次に放たれる最強の攻撃も三回目ということ! ここまで削れたのはこの組み合わせのおかげと言っても過言ではない!
この組み合わせを早い段階で思いついた俺を褒めてやりたいね! 我ながらナイスアイディアだった!
「【セブンスター・レベル100】!!」
スキル発動と同時に、明人は七色に輝きだした剣を構えて跳躍。リアルでは絶対にありえない、物理法則を無視した形で数回宙返りを繰り返しながら中空に舞い上がると……そこから明人の身体は、これまた物理法則を無視して空中を縦横無尽に動き回った。その勢いのまま、合計七回の攻撃がドリル野郎に順番に叩き込まれていく。
一回の攻撃は、七色ではなく一色。この色は火や水などの属性を表している。つまり【セブンスター】とは七つの属性の攻撃を別々に、一発ずつぶっ放していく連続攻撃だ。
その攻撃一つ一つの威力は、実は各種【魔法剣】スキルより低く設定されているらしい。だが、今行われている【セブンスター】はカンストしているとはいえどれも明らかに威力が高く、ドリル野郎の残り少ないライフがどんどん減っていく。
これにはカラクリがある。先ほど俺は【サクリファイスソード】の効果が及ぶのは「次の攻撃」と言ったが、実は一つ言っていなかったことがあってな。
それは仕様の話だ。「次の攻撃」が多段ヒット技だった場合、なんとすべてのヒットに効果が及ぶという仕様になってるんだよ。
今言った通り、【セブンスター】は七回ヒットの多段攻撃。なので、今まさに終わった明人の攻撃は七回すべてが底上げされていた、というわけだ。
な? いつナーフされてもおかしくないだろ?
『グオオォォ……ォ、ォォ……! オオオオオ……! バ……カ、ナ……!』
そして。
底上げされた多段攻撃が、ついにドリル野郎のライフを削り切った。ゲージが底を突き、砕け散る。同時に明人の剣も、ぽっきりと折れてしまった。どうやら限界だったらしい。
ていうかお前喋れたんだな!? 口ないけど、どこから出てるんだその声!
だがドリル野郎は、さすがボス。ライフがなくなってもなお身をよじり、腕をふるい、必死に足を地面に突き刺し倒れまいとしていた。
「……やりましたか!?」
「あっ」
「アカリはまたそーやってフラグを立てるゥ!」
「へ!?」
『カクナル、上ハ……! 全、員……! 道連レニシテヤルゥ……ッッ!!』
物騒な断末魔とともに、ドリル野郎が崩れ落ちて消滅していく。だがそこから生じた漆黒のオーラが、頭上で激しく渦巻き始めた。
これが邪悪じゃないなら何が邪悪か、って感じの見た目だ。それがまるで心臓が脈打つように時折拡大する様子を見せており……つまり臨界を超えると、爆発して周囲を飲み込むだろうということは想像に難くない。
「どうしよう!?」「どうしましょう!?」
「おおお落ち着け二人ともまだ慌てるような時間じゃ」
「どう見ても慌てる時間よね!?」
「アッハイ仰る通りです!」
どうしようねホント!?
「うろたえるな小童ども!」
だがそこにぴしゃりと鋭い一喝が響いた。マクシミリアン氏だ。渋い声である。「待たせたな!」とか言いそう。
「マクシミリアン氏、何か名案でも!?」
「うむ!」
明人の問いかけに頷いたマクシミリアン氏が、クロに目配せする。
彼女も応じる形で頷くと、なぜか俺とアカリを鋭く見据えた。
「ナナホシ! アカリ! あんたたち、【ディスディペンディング】は使えるね!? 用意しな!」
「えっ!? あ、は、はい!」
「そりゃ使えるが、この場面で何を……」
クロが言った【ディスディペンディング】とは、【ディペンディング】状態を強制的に解除するスキルである。
別にそんなことをしなくても、そのまま【ディペンディング】を再使用すれば別の妖精に切り替えることができるのだが……もちろん普通にできることをわざわざスキルにするはずはない。このスキルを使って【ディペンディング】を解除すると、直前に憑依していた妖精が去り際に何らかの特殊行動をしてくれるのだ。
内容は妖精によって異なるし、効果はランダムなのだが……ここで行われるのは、プレイヤーが使える各種スキルよりも性能がいいものがほとんどだ。
もちろん外れもあるし、デメリットとして【ディスディペンディング】で解除した妖精は再度使えるまで三十分のクールタイムがつくが、当たりを引いたときの効果は目を見張るものがある。
それをここで?
……いや、そういえばフレイムクリーチャー・オブ・クトゥグアの【ディスディペンディング】効果はまだほとんどわかっていなかったな。もしやこの状況を打開する何かが?
「カナと言ったね。あんたはテイマーだろう? フレイムクリーチャー・オブ・クトゥグアとは仮契約してないのかい?」
「し、してますが、その、あたしのスキルレベルが足らないせいか言うことを聞いてくれなくて……」
「聞いてくれなくても、いるなら十分さね! 私が合図したら呼ぶんだよ! ナナホシたちもいいね!」
「わ、わかったわ!」
「サー、イエッサー!」
「かしこまりました!」
よくわからんが、クロの言うことだ。たまにふざけて意味のないことも言うが、こういう場面で無意味なことは言わないやつだ。何か意味があってのことだろう。
だからアカリとご主人が急いでスキルをチャージし始めた。俺もスキルを準備する。
そうこうしているうちに邪悪なオーラはどんどん大きくなっており、いよいよ爆発寸前と言った感じである――
「――今だよ!」
「「【ディスディペンディング】!!」」
「【コールサーヴァント】、【フレイムクリーチャー・オブ・クトゥグア】!」
爆発するようにオーラがこちらに迫ってくる中、俺とアカリの身体からフレイムクリーチャー・オブ・クトゥグアが出ていく。俺たちが向いているほう……つまり迫りくるオーラに向けてだ。そういう仕様である。
同時に、ご主人の前にもフレイムクリーチャー・オブ・クトゥグアが現れる。足元に出現した魔法陣から、せり出る形でだ。これもそういう仕様で……。
……前に?
待って。
クロちゃん先輩? もしかしてだけど、これって。
『グワアアアアア!? おのれ人間どもォォォォ!!』
「やっぱり肉の壁だーッ!?」
なんとマクシミリアン氏およびクロの案とは、フレイムクリーチャー・オブ・クトゥグアを盾にすることだったらしい。
もちろん彼らもタダでやられているわけではなくて、全力で攻撃に抗っている。抗いきれずに、身体が端のほうから消え始めてるけど。それも含めて、後ろにいる俺たちを守る形になってるようだ。
その光景に、アカリが口元を押さえて息を呑んでいる。ご主人とみずたまはぽかんと口を開けて揃ってドン引きだ。明人はクイっとダブルメガネを押し上げているが、その口元は少しヒクついていた。
……いやうん、わかるよ。納得ではあるんだ。合理的なやり方ってことは、一応わかるんだ。
だってフレイムクリーチャー・オブ・クトゥグアって、このイベントダンジョン内のギミックを解除したり、敵の特殊技を無効化したり、そういう扱いだったし。じゃあドリル野郎のファイナルアタックに対しても、何らかの対策になるだろうってことはわかる。
つーかそもそもの話、ゲーム内効果から忘れられがちだけど、連中は俺たちの味方じゃない。彼らの主であるクトゥグアは別に善なる神でもなんでもなく、普通に敵だからな。クトゥグアだって邪神なのだ。
そう。今の状況は、敵の敵は味方理論で一時的に共闘しているにすぎないのである。要するに、ニャルラトテップの眷属であるドリル野郎と一緒に死んでくれたらそれはもう万々歳ってことで……。
……ああ、認めるしかない。完璧な作戦だぜ二人とも。
思いっきり使い捨てるようなやり方に、良心が痛む以外はよォォーー!!
来たる10月5日、拙作のコミカライズ版が物理書籍で発売になります。
配信された分に加えて、章間にちょっとしたおまけがあったりします。
既に予約も受け付け開始しております。バイナウ!
・BKブックスさんの告知ポストURL
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