57ねこ 切り札を切る
超久々の更新で恐縮です・・・ええその、本当に・・・本当に申し訳なく。
ですが後書きに告知がありますので・・・ので・・・。
ライフがゼロになるとプレイヤーの身体は倒れて動かなくなり、その真上に幽霊的な感じの半透明なプレイヤーの姿が出現。さらにその頭上に、死に戻るまでの残り時間が表示されるという形で表現される。
ただ、それは傍から見た場合。これが自分の主観だと、その場から移動こそできないものの、問題なく前後左右上下の三百六十度を観察出来る状態となる。だいぶ不思議な感覚だが、地縛霊ってのはこういう感覚なのかもしれない。
それはともかく、無事にライフゲージが吹っ飛んだ俺だが、猫特有の広い視野を持つ俺は見た。【ドリルチャージ】なる突進技を俺にぶち当てたドリル野郎は、俺を吹き飛ばした勢いそのままに壁――正確には入り口だった扉――に激突したのである。激しい音と共に部屋全体が揺れ、壁にも無数のヒビが走った。どうやら勢いがつきすぎて、自分の意志ではとまれなかったらしい。
この隙に、なんとか立て直してほしいところ。アカリは既に明人の蘇生に着手しているので、俺のところに来るのはご主人だ。
「ナナホシ、しっかりして! すぐ回復するからね!」
ライフゼロの状態だと会話もできないので、これに応じることはできないのだが……大袈裟だなぁご主人。ゲームなんだから、別に死にやしないんだぜ。
なんてことを思いつつも、ドリル野郎の観察は怠っていなかったのだが……なんとドリル野郎、壁に突き刺さったドリルを抜こうと四苦八苦している。その背中に、みずたまが一人猛然と攻撃を敢行していた。
……マジ? ここに来て、そんなアクションゲームにありがちな王道の挙動する?
いやでも、これくらいの隙はあってくれないと倒すに倒せないか。つまりこいつ攻略の糸口は、ここにありそうだな。なんとかして【ドリルチャージ】を出させて、身動きを取れないように誘導するってところか。
と、言ったところでご主人が俺に使った蘇生アイテムの効果が発動し、視界が元通りになる。その視界の端では、明人もまた立ち上がって武器を構えていた。
「すまんご主人、助かった!」
「自分も復帰です!」
「まだ行けるわよね!?」
「「おう!!」」
そしてご主人の声に応じつつ、改めて【ディペンディング】を使う前に全体に回復魔法をかけようとしたところで、ドリル野郎が復帰した。ドリルが抜けた勢いで尻餅をついたが、すぐに立ち上がって構え直す辺りはやはりボスである。
ただ、そうしている間にもやつの視線は俺に釘付けになっている……気がする。のっぺらぼうだから断言はできないんだが……なんか、そんな雰囲気がする。
これはもう、完全にウィズダムによる特殊強化の影響だろうな。優先順位の選定が機械的じゃない。チャージなしでバフや回復、攻撃など様々にこなす上に、【フレイムクリーチャー・オブ・クトゥグア】を扱える俺を、一番の危険要因だと認識しているのだろう。
厄介だ……厄介だが、俺を一番優先するとわかっているのであれば、やりようはある。
「みんな! よくわからんがやつは今俺が一番目障りらしい。だから俺は囮に専念するぜ!」
初心に帰って、回避盾である。
ゆえに、俺が【ディペンディング】で降ろしたのも最初のパートナー、【ヴァルゴ】だ。俺の身体を白い光が包み込み、背中から白い翼が生じてふわりと身体が浮く。
ご主人はこれになんとも言いたげな顔をしたが、それが現状における一番マシな選択であるとは理解できているのだろう。何も言わずに自分にバフを張り直していた。
かくして第二ラウンドは始まった。俺は部屋の中を縦横無尽に飛び回り、とにかくドリル野郎の注意を引き付けつつ攻撃を受けないように立ち回る。そして【ドリルチャージ】を誘発させて壁に突っ込ませ、その隙に攻撃を叩き込むのだ。
ただ、あまり高い所にいるとドリル野郎は【ダークボム】や【ドリルレイン】のような遠距離かつ当たり判定の広い範囲攻撃で仕留めようとして来るので、基本的にはドリルの一突きで届くくらいの高さをキープして。
これがまあなんともしんどいが、そんな状況でも誰かが【クトゥグアの種火】を使おうと取り出すと、ドリル野郎の注意が一瞬だけ逸れる。やはりどれだけ俺を目の敵にしていても、天敵の気配は無視できないらしい。
なのでこの習性をうまく使い、どうにかこうにか攻撃を他のメンバーに回さないように三回【ドリルチャージ】を使わせることに成功。やっこさんのライフをいよいよ35%以下にまで減らすことができた。
まあ、その間に俺は五回死んだわけだが。それでも俺一人が大半の攻撃を引き受けていたこともあって、リカバリーは比較的難しくなかった。
ちなみに死亡の内三回は、【ドリルチャージ】を避けそこなったせいである。つまりあの技は一回も回避できていない。
いや、速すぎんだよ……ほとんど瞬間移動で突撃なんてするんじゃねぇっつーの。ただでさえ俺の防御力は紙だってのに。
おまけにこのドリル野郎、やっぱり挙動が特殊だ。壁に激突したあとの、ドリルが刺さって抜けないでいる時間がどんどん短くなっている。さらに抜けた直後の尻餅も二回目からなくなっており、確実に学習を進めていることがうかがえる。
そもそもその【ドリルチャージ】自体も、明らかに使うタイミングを気にしている。こちらが誘発しようとしても、使ってこないで例のピンボールアタックされて一気に状況が半壊したこともあった。どうしろと。
おまけに、ここからが本当の意味で正念場だ。なぜなら、
「ごめんなさいナナホシさん、蘇生アイテムがなくなりました!」
「アカリちゃんも!? ってことは」
「これで蘇生アイテムはゼロですね……! ナナホシの【神聖魔術】以外ではもうリカバリーできません!」
そういうことである。
そして蘇生系のスキルはコストが重い上に発動に手間がかかるから、この激戦の中でホイホイと気軽に使えるものではない。おまけにこの手のスキルは、準備するだけでも敵のヘイトを集めがちである。
つまり、どうやら今回の挑戦はここまでということだな。だがただでは全滅してやらねぇかんな!
「仕方ない、ここからは情報収集に専念だ!」
「はい、わかりました!」
「癪ですが、そうしましょう……ですがかくなる上は死なば諸共ですね!」
「……待って! あたしに考えがあるわ!」
「それは本当に大丈夫なやつですか!?」「それはマジに大丈夫なやつか!?」
明人のせいでそのセリフにはいい思い出がないんだがな!
「大丈夫なはずよ! 何せあたし、【コールクリスタル】持ってるから!」
「「なん……だと……!?」」
「え、本当ですかカナさん!?」
「あ、待てみんな来るぞ逃げ……アッー!?」
会話をぶっ壊す勢いで、【ドリルレイン】が降り注ぐ。
そりゃそうだ。暢気にボスの前で話してたらそうなるに決まってる。仕方がないので逃げるしかない。
逃げながらでアレだが、説明しよう! 【コールクリスタル】とは!
特定の条件を満たすことで、パーティ外の人物を味方として一時的に戦闘の場に召喚することができるアイテムである!
アイテム自体の入手難度がそこそこ高い(場合によっては財布にダイレクトアタックもされる)上に、使用条件もかなり厳しいという制約だらけのアイテムだが、その効果は絶大だ。
何せこのアイテムで呼ぶことのできる「パーティ外の人物」は、フレンドに登録してある人物なら誰でもいい上に(当たり前だがログインしていないプレイヤーは呼べない)、最大六人まで同時に呼び寄せることができるからな!
以前に説明したように、SWWのパーティ人数は六人が限度。それ以上の人数で攻略をするには、敵が強くなることを受け入れてユニオンを組むしかない。
だが【コールクリスタル】で呼び出された人間はその制限に引っ掛からないので、使うことができさえすれば、たとえ相手がボスであっても難易度がかなり下がるという代物だ。
その使用条件は、基本二つ。戦闘に参加しているメンバーが半分以上戦闘不能になっていることと、生存しているメンバーが全員ライフ半分以下であること。ボス戦はここに、さらにボスのライフが半分以下であることが追加され三つとなるが……。
なるほど、言われてみれば確かに蘇生手段を失った現状、これらの条件を満たすことはそこまで難しくない。
重要なのは、ブツを持ってるご主人をとにかく生存させること。そのうえでご主人には、アイテムを使う余裕と効果が完全に発揮されるまで耐える余力を残していてもらわなければならない。
ついでに言えば、【コールクリスタル】が条件にしている「戦闘不能」はあくまで戦闘不能という状態異常が対象なので、死に戻りによって戦闘から離れているものはここに含まれない。戦闘不能は時間経過で死に戻りに繋がって強制送還に至るから、使用のタイミングがクッソシビアだ。
これはだいぶしんどい条件だが……使えば逆転の目は十分にある。これは賭けてみてもいいだろう。
ただ、一つだけ確認しておきたい。
「まだ次のチャンスはあるぞ? ここでそんな貴重なアイテムを使ってもいいのか?」
これに尽きる。別に、絶対に今回の戦闘で勝利しなければならないってわけじゃないんだ。オンラインゲームの特性として今後どんどんインフレしていくだろうから、もっと厳しいピンチはこれからもあるはずなんだ。
だから戦闘を続けながらそう尋ねたのだが……。
「だってここまでやっといてここで負けるなんて! 超! 悔しいじゃない!?」
「せやな!!」
というわけで、使うことになったぜ!!
視界の端で、明人がものすごい勢いで頷きまくってたのが印象的だ。まさかご主人が明人と同じく、貴重品を容赦なく使うタイプの人だったとはな……!
まあそれはともかく、改めての戦闘だが……これから誘発を狙うのは今までとは一転して、広範囲を狙った攻撃だ。
なにせご主人を除いた四人(正確には二人と二匹だが)のうち、三人が戦闘不能にならないと【コールクリスタル】は使えない。さらに死に戻りを起こすわけにもいかないので、戦闘不能はなるべく全員同時にならないといけない。
だから俺は、あえてボス戦開始直後くらいの感覚で安全マージンを取るように行動する。先にも述べた通り、こうすることで俺に向けて範囲攻撃が飛んできやすくなるからな。あとはそれを、二人ほど巻き添えにしながら喰らえばいい。
問題は、誰を巻き添えにするかだが……明人は巻き込むことに一切良心の呵責を覚えないので、ノータイムで巻き添え決定だ。残る一人だが……アカリはさすがに気が引ける。
つまり、選択肢は実質みずたましかないわけだが……。
「みずたま、いいか?」
「きゅい!」
彼は覚悟を決めた顔で、俺の問いに即頷いた。フッ、漢だよ、お前は……。
だがありがとう、だ。お前の覚悟は無駄にしない!
『【ダークボム】』
来た、範囲攻撃だ!
対象は俺。俺を中心に、複数回に渡る黒い爆発が連続する。普段なら回避を試みるが、今回はナシだ。これに応じて、明人とみずたまも飛び込んでくる。
爆心地の俺のライフは凄まじい勢いで減っていき、あっという間に砕けた。わざと爆心地に飛び込んだ二人も似たようなものだ。
さあ、これで条件は整ったぜ! ドリル野郎がまるで手のひらを返すようにご主人に向き直るが、そうはさせないとアカリが間に割って入る。
当然、一人でボス相手にどうにかなるはずはない。けれど、時間を稼ぐくらいはできる。
そして今は、それだけあれば十分だった。
「お願い、助けて!」
ご主人が、青い結晶を天高く掲げた。二つのピラミッドを底面同士でくっつけたような、そんな形のクリスタルだ。
そいつが輝き、カッと一際強い青い光を放った。起動完了だ。
と同時に、アカリも戦闘不能になった。十分だ。いい仕事をしてくれた。
それを示すかのように、天井を無視して同じ色の光がオーロラのように降り注いでくる。光の中には複数の人影が浮かんでいる。
……人影?
違うな。全然違うわ。どこからどう見ても四つ足の動物たちだったわ。
そんな光景を見た俺と明人は、幽霊みたいな状態のまま半ば唖然としながらも顔を見合わせた。
――もしかして?
――でしょうね。
そんな会話を、視線だけで交わす。
緊張の糸が、プッツリと途切れる音が聞こえた気がした。