55ねこ アカリが仲間に加わった
さてそんなこんなで、二人と二匹でダンジョンに潜ることになったわけなんだが……こう言ってはなんだが、素人と玄人の差が浮き彫りになる結果になった。
言うまでもないかもしれないが、素人は明人で玄人はご主人である。それくらい明らかな差があった。
……明らかって言うか、もうひどいって言うか……。俺、パーティで唯一の後衛だから二人の戦う様子は誰よりも見えてたんだけど、本当明人に呆れるやらご主人が誇らしいやらで、フレーメン反応が止まらなかったよ。
前にも話したことがあるように、元戦隊ヒーローのご主人は肉弾戦に関してかなりの経験を持つ。敵への攻撃一つ取っても同じことばかり繰り返すなんてことはないし、的確に急所となる部位を狙う技術もある。
あるいは敵からの攻撃に対する反応、それへの返しなんかもスムーズかつ丁寧で、淀みがない。囲まれたとしても危なげなく位置取りを変え、一つの敵にこだわることなくダメージを与えていく様は見事に尽きる。何回見ても、本当に惚れ惚れする立ち回りだった。
それに対して明人と来たら。戦いの最中に立ち止まらないのは百歩譲っていいとしても、なぜ同じ敵ばかり狙うのか。選ぶ技も見た目重視で威力が高いのはいいものの、大振りだったり反動があったり、小回りの利かないやつばかり使いやがる。
囲まれたときの対処のまずさなんて特に顕著で、退かぬ媚びぬ省みぬと言わんばかりに攻め続けるのは本当にどうかと思う。そういうのは無双できるようになってからにしろと。
ただ、明人も伊達に二十年以上突撃バカをやってきたわけではない。それだけひどい有様なのに、敵の撃破数だけはご主人に比肩するのだ。本当にどうにもならないヤバい攻撃はギリギリ回避出来ている辺り、こいつも成長はしてるんだろう。どこまでがサポートスキルの恩恵かはわからんがな。
とはいえ、リアルだろうとゲームだろうと、被害は少ないに越したことはないわけで。終わりよければすべてよしと行かないのがこの手の話の常だ。
それは同じくらいの敵を倒したあとで、ライフはもちろん装備やアイテムのストックも余裕綽々なご主人と、そのどれもが満身創痍の明人を見比べれば、よりはっきりとわかるってものだ。
なんというか、しっかりとした知識と理解を基礎に経験と技術を積み上げた人間と、自己流で何もかもやってきた人間の差の典型って感じだ……。
「なんていうか、あれですね。@さんはもうちょっと立ち回りってやつを考えたほうがいいですよ」
「はい……」
そして一通りダンジョンを巡り終わった後。正確にはご主人の提案で一旦セントラルの街に戻ってきた俺たちは、ご主人による近距離戦講座(という名のシゴキ)を受けることになった。
いや、俺は受けないんだけど。対象は明人だけなんだけど、ご主人にあいつとマンツーマンでインストラクションさせるのはなんか無性に嫌だったので、オブザーバー参加している。
なお推しの中の推しによる講座だからか、やたら明人の態度が殊勝なのにはチベスナ顔を禁じ得ない。幼馴染の俺が何十年もかけて矯正できなかったというのに……愛は偉大だな……。
「きゅきゅーい?」
「人間ってのは業の深い生き物なんだよ、みずたま……」
俺はみずたまをクッションにしてくつろぎながら、目の焦点を盛大に外していた。
ちなみにみずたまは、トレーナーがいいのだろう。その立ち回りは明らかに明人より優秀で、こいつのキルスコアも含めれば明人などご主人の足元にも及ばない。
「あ、いたいた。ナナホシさーん」
と、そこに聞き覚えのある声が後ろから飛んできた。顔だけそちらに向ければ果たして、アカリがにこにこと微笑みながらこちらに近づいてきていた。
彼女に応えるより早く、俺は彼女にふわりと持ち上げられてもふもふされる。
「よっすアカリ」
「こんばんは、ナナホシさん。お元気そうで何よりです」
「その後あいつの調子はどうだ?」
「今はすっかり元通りですよ。目標もできたからか、以前よりも励んでおられます」
どうやら湊は大丈夫そうだな。アカリの言う通りなんだろう……が、それはそれとして、アカリという同年代の友人の存在も大きいんじゃないかなとも思う。
「きゅーい!」
「あはは、くすぐったいですよみずたまさん。こんばんは!」
俺を覆うように身体を広げながら、みずたまがアカリに飛びかかった。もちろん攻撃の意思はなく、俺ごとアカリと戯れようという魂胆だろう。
アカリもそれは承知していて、楽しそうに笑ってみずたまを受け止める。
そうしてしばらく三人でわちゃわちゃしてる間に、話が進んだらしい。何やらご主人と明人が模擬戦を始めたようだ。
「カナさんは……稽古をつけてあげているんですか? あちらの方は……?」
「あー、あいつは俺の昔の馴染みだ。ここでばったり再会してな……湊……ミーナとはその流れで繋がり直したんだよ」
「ナナホシさんの昔のってことは……あ、なるほど」
「ただ重度の突撃バカでな……被弾がすごいんだよ。で、ご主人が見かねたんだろう。探索を打ち切って今に至るわけだ」
「あはは……よくわかりました」
「明日の最終日に向けて、アイテムの調達なんかもしたいところではあるんだけどな。ああいうのも必要な準備だろうさ」
「そうですね、アイテムは使えばなくなりますけど、技術はなくなりませんもんね」
小刻みに頷きながら、戦う様子を眺めるアカリの目は楽しそうだ。お嬢様ながら、最前線で暴れるプレイスタイルのアカリである。何かしら思うところがあるのだろう。
なお、決戦に向けての準備は先ほどの探索である程度できている。とっさの回避用のクトゥグアの種火を、六個ほど確保しているのだ。もう少し欲しいところではあるが、俺やみずたまは使えないし、ありすぎても恐らくヘイト管理に支障をきたしそうなので、これくらいでもいいんじゃないかとも思う俺である。
「グヘハァーー!」
あ、明人がぶっ飛ばされた。不用意に斬りかかったところを、手甲で覆われた裏拳で剣の腹を弾いて軽く受け流し、身体が流れたところに置いていたもう片方の拳をぶち込んだようだ。本当、よくさらっとできるな……手甲を着けてるとはいえ、素手で武器持ったやつを相手取るって簡単なことじゃなかったはずだけどな。
そしてぶっ飛ばされた勢いで俺のほうまで転がってくる明人である。最終的に仰向けになったところで転がりは止まり、はずみで兜が外れてやつは俺の眼下にそのダブルメガネをさらした。
「おかえり。で、感想は?」
「世界を救った勇者はやはり違うなと……」
「それもう結構前に俺が言ったやつだわ」
「なん……だと……?」
愕然とする明人を軽く鼻で笑ってやる。まあ、モノローグでだが……それは言わなくてもいいだろう。決してこいつと同じ発想をしていることに思うところがあったわけではない。決して。
そんな俺たちをよそに、構えを解いたご主人が近寄ってきた。
「あらアカリちゃん、なんだか久しぶりね」
「こんばんは、カナさん。そうですね、ここ数日はなんだかんだでタイミングがかみ合いませんでしたから……」
彼女はそうして二、三アカリとあいさつを交わしたあと、その間に身体を起こしてあぐらをかいていた明人の前にしゃがみこんだ。
それから先ほどの手合わせの間に見つけた明人のミスや欠点を、一つ一つ指摘していく。俺は格闘技の経験は皆無なので細かいことはよくわからないが、まあ、終盤のアクションシーンはほぼスタントマン不使用だったオンミョウジャーの一人が言ってるんだ。さほど間違いはないだろう。
対する明人も真面目に聞いているので、どうやら推しの存在は強力な薬になるらしい。そのうちガンにも効くようになるに違いない。
「……あたしから言えるのはこれくらいかしら。これ以上はそれこそプロに聞くか、実践の中で少しずつ改善していくか……いっそもう、サポートスキルにポイントを全部投入するかしかないと思います」
「オス! 勉強になりました!」
「いーのいーの。撮影で覚えた技ですけど、役に立てる機会があるのは結構嬉しいし楽しいので!」
そしてご主人はそう締めくくると、照れくさそうに笑った。
「あの……あの、カナさん、それ、私も参加してもいいでしょうか?」
と、そこにアカリがひょっこり顔を出してきた。話が一段落するのを待っていたのだろう、どことなくそわそわした雰囲気である。
「お、アカリちゃんもやる?」
言われた側のご主人は、気にした風もなくにっと笑った。同時に手甲で覆われた拳を握って掲げながらだ。
するとアカリは、キラキラした表情を浮かべるや否や、元気よく頷いた。
「はい! ぜひ、よろしくお願いします!」
「よーし、それじゃあやりましょ! アカリちゃん相手なら手加減なしで行くわよー!」
かくして肩を回しながら立ち上がったご主人と、ふんすふんす言いながら錫杖を取り出したアカリは、俺たちから離れていく。
俺は彼女たちに「どっちもがんばれー」と手を振って見送ったが、これどうなるんだろう?
もちろんSWWはあのホムンクルスのコピースキル以外ではプレイヤー同士の殺し合いはできないから、死に戻るような事態にはならないはずだが……。
「ナナホシ……」
「なんだよ」
「今ので回避系のサポートスキルが軒並みレベル上がったんですけど、そんなことあります?」
「ポイント使わなくてもスキルの習得はできるみたいだし、できなくはないんじゃねーかな」
「ですか」
確か、ご主人がMYU伝いに【プロミネンス】覚えたとか言ってたもんな。細かいカテゴリは違っても大分類としては同じだろうし、俺は驚かない。
だとしても、決して長くはない時間のシゴキを受けただけで上がるとか、今までよほどうまく使いこなせてなかったってことか? どんだけだお前。
「……で、彼女は強いんですか?」
「アカリか? どうだろう……杖術なんてアニメとかでも見る機会あんまりないからなぁ、よくわかんねーんだわ。アカリ自身は攻略サイトに載るくらいには有名なプレイヤーだが……なんでそうなったかって見た目とバトルスタイルが理由の大半だろうし、戦力としてもあの子の半分くらいは【巫術】によるものだし」
「しかしスキルだけで名が売れることもないでしょうし、自分よりは動けるんでしょうね」
「それは間違いないと思う」
うん、と真顔で大きく頷く俺である。
「ちなみに彼女は何と呼ばれているんです?」
「鉄腕お嬢」
「……とても親近感がわく名前ですね」
「お察しの通りバトルスタイルも正直近い」
実のところ、本当に最初の頃はアカリもそれなりにピンチに陥ったものである。
ただ、根が真面目なんだろう。協力して遊ぶゲームだからこそ一緒にパーティを組んでいる人間に迷惑はかけたくないからと、そのたびに色々と確認していたし、どうすれば改善するかをしっかり考える子だったからな。
さらに言えば、地頭もいいんだろう。かなりのスピードで上達して、最近は危なげなく立ち回ってくれるほどになった。
この辺が多分、明人とは違うんだろうな。子供の頃はあいつもあいつなりに改善しようとしていたみたいなんだが……いかんせん省みるのが下手みたいでなぁ。その分深いことを考えない反復練習なんかはめっちゃやれるやつなんだが。
「……本当だ、めちゃくちゃ前に出ますね。見た目すごく清楚な子なのに」
「引き際はわきまえてるけど、基本攻めて攻めて攻めまくるんだよ……本当なんでああなったのか」
そうこうしているうちに、ご主人とアカリが戦い始めた。
うん、明人と違って稽古をつけられている、みたいな感じがしない。あれは一定以上の実力があるもの同士の戦いだろう。
とはいえ、互角には見えない。わずかではあるがご主人が押しているようで、攻撃を当てる数はご主人のほうが多いのだ。
そしてその見立ては正しかったようで、程なくしてご主人の拳がアカリの錫杖を弾き飛ばし、手刀が喉の寸前まで入ったところで幕となった。
互いにスキルまで使い出したらまた違う結果になっていたのかもしれないが……少なくとも、ただの肉弾戦としてはご主人のほうが上ということかな。
やがて二人は感想戦をしながらこちらに戻ってきたのだが、その中のとあるセリフを聞いて、明人が素っ頓狂な声をあげた。
「え? 加奈子氏サポートスキル使ってないんです?」
「そうですね。でもその分他のバフ系のサポートスキルとか、多段ジャンプとかを入れてるから厳密に言うと実力だけで二人に勝てたわけじゃないんですよ?」
「oh……」
明人はそのまま絶句してしまった。
「あはは……でも気持ちはわかります。サポートスキルなしでこれだけ動けるってことは、現実でも同じことができるってことですしね」
言葉を継いだアカリも苦笑している。
俺も似たようなものだ。俺は武器の装備を諦めている分、サポートスキルの選択肢が代わりにあるわけだが、一切使ってないわけではないからなぁ。
「あたしなんてまだまだよ」
しかしご主人はこう言うので、苦笑に苦笑を重ねる俺たちであった。俺とアカリに関しては、ご主人が言及しなかったご主人の上位互換をこの目で見ているため、なおさらだ。
まあそんなこともあったが、次第に話はドリル野郎のことへと移っていく。その過程で、まだ互いに紹介していなかったアカリと明人が改めて挨拶したり、明人も猫派であることが発覚して俺以外の三人に妙な団結が生まれたりもしたが、それはそれである。
最終的には今日は最後に一度このメンバーで挑んでみようということになったので、俺たちは一路ダンジョンへと向かうのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
オンミョウジャーの5分の2は後半になると変身後、つまりスーツアクターも普通にやっていたらしいっすよ。
なおオンミョウジャーの最大メンバー数は10人の模様(陰陽つまり表と裏で5人ずついる)。