53ねこ ご主人が仲間に加わった 上
「勝負だドリル野郎!」
「行くぞこのヤローーッ!」
「あべし!」
「ひでぶ!」
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「バカ野郎お前俺はやるぞお前!!」
「ヘアアアァァァーーッ!」
「「ぬわーーーーっっ!!」」
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「「まそっぷ!!」」
「「グヘハァーーッ!!」」
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……繰り返し挑むこと三回。いずれも倒すことはかなわず、何度も強制送還を食らった俺たちは時計を見てどちらからともなくため息をついた。
既に時間は五時を回っている。結局、一度たりともやつを倒すことはできなかった。
できなかったが……まあ、無駄ではなかった。色々とわかったこともあった。
たとえば、【クトゥグアの種火】がいい具合に注意を逸らしてくれることとかな。あれを持ち込んで、危ないと思ったときにあさっての方向に放り投げるなどすれば、即席にして抜群の囮として機能するのだ。
おかげで二人ながら、ライフゲージを半分近くまで削ることができた。この調子なら……と思わせてくれるペースである。
ただこの種火を手に入れるには、特定の条件で分岐するイベントに関わるスキル(俺の【巫術】とか)を持っていないこと、もしくは必要レベルに達していないことが条件になる。このため数を調達しようとすると、明人一人でクリーチャーのいる部屋に入る必要があるせいで多くは集められそうにない。
あと手に入った情報としては、ライフゲージが85%と60%を切ったところで、クソみたいな特殊行動をしてくるとかがあるな。
全身からドリルを生やしてギュインギュイン言わせながら、ピンボールみたいに部屋の中を高速で跳ね回るという、かなりどうかしてる挙動をしてくる。
これがバカみたいに速い上に、俺らプレイヤーに限らず接触した部分がぽこじゃか壊れていって、フィールドがとんでもないことになった。
おかげで戦いづらいったらなかったよ……足元がおぼつかないだけであれほど動きにくくなるとは。こういうときこそ飛べればいいんだが、今回の敵に関して言えばそれはあんまり使えないしなぁ。
しかもこの攻撃、挙動が完全なランダムらしい。決まった軌道は一度としてなく、あっちこっちに跳ね回るせいで回避するのも難しいんだよな。
直前までのヘイトがどうもリセットされるっぽいのは、悪いことだけでもないんだろうが……実は最大の問題はそれじゃない。何がクソかってこの攻撃、まともに食らうと……なんと装備品が壊れるのだ。
そりゃあ? これだけリアリティを追求したゲームなんだから、アイテム破壊系の攻撃はあってもおかしくないだろう。ないだろうが……加減しろバカ、とは言いたくなる。
おかげで明人が買ったばかりのブラックアーマーが首から上を除いて使い物にならなくなり、同じものを買いに走る羽目になったんだよ。俺の財布はそろそろ死にそうだ。
明人? あいつの財布はとっくに生命活動を停止しているよ。
ああそうそう、今のところ一定ダメージを与えたら行動が激しくなるとか、そういうのは確認できていない。半分以上削れたことがないから、そこでどうなるかはわからないけど。
「……とりあえず、一旦この辺で打ち切っとくか」
「そうですね、またデスペナ食らってしまいましたし」
「時間も時間だ、夕飯だな」
「ええ。ナナホシのほうは、そろそろ飼い主さんが戻ってくるんですよね?」
「ああ。そこで手伝ってくれないか聞いてみる。行けるなら軽く情報共有までしておくつもりだ」
「助かります。受けてくれるといいですね……二人ではこれ以上は難しそうですから……」
お互いに頷き合う。これはもはや、確信として俺たちの間にある共通認識だ。
仮にこの難易度のまま、一年後に挑めるのであれば話は違ってくるだろうが……明日で終わるイベントである以上、それは無理な話なわけで。
いやその、俺が人間ならもう少しやりようはあると思うんだがな……アイテムを駆使するとか、そっち系で……。
「それじゃあまたあとで」
「ああ、夜にな」
ともあれ、お互いの認識を共有したところで俺たちはどちらからともなくログアウトした。
いくつかの簡単なシークエンスを挟んで、俺の意識がリアルへと戻ってくる。一度伸びをしてからダイブカプセルから出れば、
「あ、ナナホシ出てきたわね」
「にゃあん?」
ひょいっと持ち上げられた。
どうやらご主人は既に帰宅していたようだ。とはいえ、格好を見るに帰ってきてさほど経ってないようだが。
「またずっと遊んでたのね?」
「にゃーん」
むにむにとほっぺをもまれながらの質問に、素直に頷く俺である。
「くーっ、いいなあ、羨ましい! ていうか、また相当レベル離されたんでしょうねー……くやしー!」
それに対して、むきーとか言いながらさらに俺のほっぺをもみまくるご主人。その気持ちはわかるので、俺はされるがままに身を任せることにした。
とはいえ今日は、デスペナを何回も食らっては回復次第すぐに再出撃、を繰り返していたからレベルはほとんど上がっていない。午前中に上がって以降は、まったくだ。
まあ上がっていなくとも、蓄積している経験値という数値に開きが出ていることは間違いないだろうから、ご主人の指摘は間違いでもない。
今の俺たちのレベル差ってどれくらいだっけ……?
ああでも、俺はともかく明人とのレベル差はさほどでもないだろうから、ダンジョンに挑むに当たっての支障はないと思うけど。
「あたしも負けてられないわね! やることやったらあたしもログインするから、待っててねナナホシ!」
「にゃん!」
そしてご主人は、俺を開放すると同時にズビシと指差してきた。
否やはないのでイエスと答えたのだが、それが嬉しかったのか満足げに笑うご主人であった。
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「超強いボスに挑むんでしょ? 明日は一日空いてるから、あたしも混ぜなさい!」
一通り家事が片付いたあと、ご主人は笑いながらそう言った。文字にするとキツイ感じだが、言い方や表情はそういう方向とはむしろ真逆だった。
その様子からは、この人もゲームを楽しんでるんだなって感じが伝わってくるので、俺としてはほっこりする。
同時にありがたいとも思う。同居人と趣味が合うって、大事だよね。まあ、場合によっては解釈違いで戦争にもなりかねない諸刃の剣だとも思うが。
ともかくそういうわけで、ご主人は俺たちのドリルリベンジに付き合うと請け負ってくれた。まずは一人確保である。ありがてぇ。
そんなご主人に、現時点でわかっていることを共有する。もちろんリアルの俺は口がきけないので、パソコンの文章読み上げソフトを使ってだ。
ただ、どうせ文章に起こすなら一度整理したかったので、それも兼ねて掲示板にあれこれと書き込んでからにした。ご主人にはその間に、MYUに手伝ってもらえないか打診してもらうことにしてだ。
まあそれだけで情報を整理して書き込む時間を潰せないのは当然で、彼女にはその間食事と風呂を済ませてもらうことにもなったが。
そうこうしているうちに、アカリからも連絡が来た。
『午前中なら参加できます!』
とのこと。時限つきではあるが、これで二人目は確保完了と見ていいだろう。アカリは火力と継戦能力が高い。重要なポジションになるだろう。
「……なるほど、それなりに硬い装備で固めた前衛が、数発攻撃食らうだけで溶けるのね……それは相当強い相手ね」
で。
まとめた情報を説明し終わったところで、画面に表示されたドリル・スペシャル・ハイパーの情報に目を通していたご主人は顎に手を当てた。
表示されているのはそれだけではなく、ネットブラウザとは別窓でSWWから引っ張ってきた録画データも再生されているのだが……。
……その、あの戦闘をこうして俯瞰して思ったんだが、あのドリル野郎、アホみたいな強さよりも絵面のほうが圧倒的にヤバいな? スーパーロボット系のアニメに出てきそうなドリルで、ごりごり腹をえぐられてる様子は……控えめに言ってグロ映像なのでは……?
そりゃ血とか肉片とか、そういうのは出ないけどさ……ご主人なんて軽くキレてたぞ……。過激派の動物愛護団体とかから訴えられてもおかしくない気がする……。
「みずたまは……あんまり前に出さないほうがよさそうね。あの子、打撃系には強いけど刺突系にはそこまで強くないし」
おっと。
それはともかく、だな。
「にゃあーぅ」
「まあライフは多くなるように育ててるし、一発二発くらいなら大丈夫だと思うけど。それでも外野から牽制に回ってもらうほうがいいかもしれないわね。【スライムボール】みたいに足止めになるスキルもあるし」
デバッファーということだな。そっち系は【ホーリーチェーン】くらいしか手持ちがないから、正直助かる。
まあ、あのハイパーアーマー持ちのボスにデバフがどれくらい効くのか、という疑問は残るが……そこは試してみるしかない。効くことを祈ろう。
「お……なんてやってる間に、ミュウちゃんからだわ」
「うにゃ」
お、来たか!
どうだろう、MYUは来てくれるだろうか?
「あ……うーん、これは……」
「にゃー?」
なぜか難しい顔をしたご主人である。
なんだ、ダメだったのか?
「ダメってわけじゃないんだけど……来れるのはお昼からだって。朝に撮影があるみたい」
「うに!?」
それは……つまりあれか。アカリとギリギリで噛み合わないってことか。パーティ枠一杯のフルメンバーで挑める時間はない、と。
うむむ、残念だな……どうせならどちらとも一緒にクリアしたかったんだが。
「……まあでもあれよ、絶対じゃないから諦めないでおきましょ? 撮影が順調に進めばその分早く来れるはずだからさ」
でもそれ、つまり撮影が難航したら遅くなるわけでもあるじゃない? 大丈夫かなぁ、正直な話、MYUがいるかいないかでだいぶ難易度変わると思ってるから、そこら辺気になっちゃうぞ。
……って、いやいや。必ずしもそうなるとは限らないか。最初にそっちに想定が向くあたり、俺の後ろ向きも大概だな。
明人なら躊躇なく、MYUが午前中から来れるくらいに考えるだろう。それが悪い場合もあるが、今回に関してはあいつくらいのポジティブシンキングしておいたほうがいいんだろうな。
「期待してる、って返しとくわね」
なので、ウィンクしてくるご主人に、俺は大きく頷いたのだった。
「さーて、それじゃあそろそろログインしちゃおうか? まずはナナホシのパーティメンバーを紹介してもらわないとね!」
「にゃむん!」
続いての問いにも大きく頷いて、俺たちは再び電子の世界へと潜っていく。
時間的に、全滅を繰り返しても三回くらいはドリル野郎に挑めるはずだ。まずは明人と合流して、三人でどこまでできるかテストだな!
ここまで読んでいただきありがとうございます。
書いといてなんですけど、こんなボスが出てきたらボクだったらたぶんコントローラー投げますね!w
いや一応、このイベントにおけるエンドコンテンツなので、現状で鬼のように強いのは当たり前ではあるんですけどもね?