表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/62

52ねこ 一歩ずつでも

「コー……ホー……」

「それ以上はいけない」


 買ったばかりのブラックアーマー一式をウキウキ顔で早速装備した明人が、助走をつけて著作権に喧嘩を売り始めた。本当にそれ以上はダメだからな。今それの版権持ってるとこ、最強法務部の一つだからな。


 ちなみに、このブラックアーマーの元ネタであろう作品に出てくる光の剣はないらしい。売っていた生産職の人いわく、システム的には造れてもおかしくないはずだが現段階では技術的に不可能、とのこと。

 早くそのレベルに達してほしいものである。


「せっかくなので見た目が赤い剣が欲しいんですが」

「【魔法剣】で我慢しとけ。あるだろ、火属性のやつ」

「そりゃありますが」


 昔懐かしい、ショボーンみたいな雰囲気醸し出しやがって……。お前がやっても可愛くもなんともないんだっつーの。


 というかその装備、声に拡声器通したときみたいなエコーがかかるのは仕様なの? なぜベストを尽くしてしまったのか……。


「……まあそんなことより、デスペナが解けたら試運転かね」


 明人の防具以外にも、刺突系の攻撃に対して耐性を得られる類のアクセサリなんかも買ったからな。

 俺もごついやつとか人間特有のものは装備できないが、腕輪の類は装備できる。その手のもので効果がありそうなものを……まあ見つかったのはないよりはマシ、程度のものではあるが、ともかく買ったからな。それでどれくらい意味があるか、実際の戦闘で試してみたい。


「ですね。レベル上げも兼ねて低層でしょうか」

「んだな。昼になったら一旦リアルに撤収ってことでいいよな?」

「ええ、そこはいつも通りで」

「あいよ、了解だ」


 今日はご主人が帰ってくるのは夕方だから、俺についてはリアルにいてもやることはほとんどないんだけどな。そこは仕方ないだろう。


「……その後はどうする?」

「……死にまくりますか」

「しかないよなぁ」


 思わずため息が出たが、これは仕方ない。装備や人をこれ以上集められないなら、今一番必要なのは敵の情報しかない。

 しかし他からこれが入ってくる期待ができない以上、自分たちでやるしかない。


 ……のだが、ろくに持ちこたえられない現状では、粘って情報を引き出すのは困難だろう。なんなら、ある程度削ってから挙動が変わるタイプの場合、困難どころじゃ済まない。

 それでも勝つには必要なことだ。これはゲームなんだし。本当に死ぬわけでもないしな。


「……まあ死にまくるのはいいとして。今のままじゃ何回挑んでも犬死にするだけだぞ。被弾したら即死なんだから」

「当たらなければどうということはないでしょう?」

「当たるんだよなぁ……というか、突撃スタイルのお前が言うな」


 回避にはそれなりに自信がある俺ですら、回避し続けられなくて死んだのだ。いわんや、回避を念頭に置いていない明人をや。


「レベルを上げて物理で殴りましょう」

「このゲームには『逃げ足は速いけど倒せれば経験値がウッハウハ』なんて敵キャラはいないんだがな……」


 あと、単純にレベル上げただけで強くなれるほど単純なシステムでもないし。

 いや、そりゃあレベルが上がればスキルポイントももらえるがよ。それだけで足りるほどレベルアップじゃもらえないんだよな。かゆいところに手が届かないんだ。この辺りのバランス調整は、なかなかうまいなって思うよ。


 そういうわけで、やはりスキルレベルのレベリングはコツコツとそれぞれのスキルを使っていくのが大事だ。そういう意味では、敵と戦うことにレベルアップ以外の意義はちゃんとあるわけだが……なんというか、目的と手段が逆転してるような気がしなくもない。


「まあ、レベリングに関しては挑むまでの道中でそれなりに進むでしょうよ」

「それもそうか。やっぱまずは、ドリル戦でできるだけ長く生き残れるようにしないとだよな。ついでに、道中の最適解も探しがてら」


 頷く明人に頷き返し、脳裏でドリル野郎の挙動を思い返す。


「……録画機能はフル活用待ったなしだな」

「ですね。ですが何はともあれ、次はまず間違い無く捨て回でしょう」

「んだな」


 映像からわかることは多いからな。できるだけ粘りつつ、敵のカードを多く見せてもらう。まずはこいつで決まりだ。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 一通り検証を済ませたところで、ちょうど昼時となった。食事休憩のためリアルに戻った明人同様、俺もログアウトする。

 そして食事他、必要なことをさらりと済ませて、すぐにログイン。


 いやその、やれることがリアルよりゲーム内のほうが多いものでな。人間だったら、飯を食いながらパソコンを触るとかできるんだが、どうにもね。


 というわけでゲーム内に戻ったら、明人が戻ってくるまで再度、簡単にだが情報収集。掲示板や、SNSなども巡回してみるが……うむ、やはりいまだ情報なし、と。


 ただ、どうやらこのイベントダンジョンで手に入るキーアイテムの一つ、【クトゥグアの種火】にはヘイトを稼ぎやすくなる効果があるらしい、という情報は得られた。これはわりと重要だろう。

 これ以外だと、パーティメンバーの打診を送った面々からの返信も当然のようになく、仕方なく【巫術】の経験稼ぎに【ディペンディング】をエンドレスして明人を待つことしばし。


「お待たせしました」


 と明人が戻ってくる頃には、既に俺たちにかかっていたデスペナは解除されていた。


「よし……そんじゃ行くか」


 というわけで改めて、古の邪神殿へ再アタック。


 まずは、情報が正しいことを確かめるために【クトゥグアの種火】を手に入れに低レベル帯に向かう。そこでクリーチャーを倒して、種火をゲットだ。これについては一度倒したことがあるし、比較的さくっと撃破して入手。

 その後はドリルの野郎がいる部屋までの道中を、ひーこら言いながら駆け抜けていく。


 ただし、前回と同じルートはなるべく通らない。迷路状になっているこのダンジョンだから、もしかしたら少しでも時短できるルートがあるんじゃないかと思ってな。


 というか、あってほしい。というのも前回通ったルート、途中に中ボス部屋的なのがあったからさ……。


「出てきた敵を全部倒すまで出られない類のギミック部屋は遠慮願いたいものですね」

「ほんとそれな」


 というわけである。可能であれば、ショートカットできる隠し通路とかがあってほしい。

 そんなことを考えながらの再アタックは当然のようにあまりスムーズとはいかなかったし、結局ほとんど成果もなかったが……まあ、レベルは上がったからよしとしよう。


 で、数時間ぶりにやってきたドリル野郎の部屋だが。


 いつも通り、明人がなんの躊躇もなく先陣を切っていく。今までであれば、ドリル野郎の初手は広範囲に対するドリル状弾丸(?)の乱射だった。一回目はそれを見ただけで全滅し、二回目も全滅こそしなかったが瀕死近くまで追い込まれた。

 しかし今回は……。


「ビンゴだ! 明人、耐え切れよ!」

「もちろんです、ともッ!」


 完全な無差別の乱射ではなく、最初から明人と俺に向けて殺到してきている。これは俺が【巫術】で宿している【フレイムクリーチャー・オブ・クトゥグア】と、明人が持つ【クトゥグアの種火】によるヘイトの影響だろう。開戦する前からヘイトを稼いでいる状態だからこそ、と言える。


 そして普通なら、攻撃が殺到するのは困るのだが……広範囲に乱射されるよりは、いっそ最初からこちらを狙ってくれたほうが回避はしやすいのだ。ランダムだと、下手に避けた先に攻撃があったりするからな……乱数死すべし慈悲はない。


 まあともかく、だ。

 ありがとう、掲示板の名無しのみんな。おかげで俺は問題なく反撃に移ることができたぞ!


 明人は……まあ、回避盾なんて器用なことができるやつではないので、かなり喰らってたが……それでも来るとわかっていた攻撃だ。いつもよりは回避できていた。防具を更新したことも大きいだろう。


 彼はそのままなんとか攻撃をくぐりぬけ、


「【フレイムタン・レベル3】!」


 ドリル野郎に斬りかかった。炎のエフェクトに包まれた剣が勢いよく相手の身体を薙ぎ払い、そこにやはり炎のエフェクトが尾を引いて続く。

 もちろん、これで大ダメージが与えられるほど敵はぬるくない。ひるむことすらなく、すぐさまドリルの切っ先が明人に向かうが……。


「【ホーリーボム】!」


 そうはさせねぇよ!

 俺が放った魔法が敵のドリルに着弾。と同時に、爆発が連続して多段ヒットしていく。あとのほうの爆発になればなるほどエフェクトの規模もダメージ量も減っていくわけだが、そこは【フレイムクリーチャー・オブ・クトゥグア】を宿したことでなかなかの威力が出たようだ。今まででと違って、少しでもちゃんとライフゲージが減っているのが見える。


 とはいえ、この攻撃の本命はひるませて明人に攻撃が行かないようにすることだったのだが……そこはハイパーアーマー持ちのドリル・スペシャル・ハイパー。一切ひるむことなく攻撃を続けてきやがった。物理法則自体は働いているようで、衝撃が多少勢いを削いだが……それでもとまることはまったくなく、明人にドリルが迫る。


 しかしこれは想定済みだ。まったくひるまない理不尽さは、前回でよーく見せてもらったからな!


「【ホーリーファントム】!」


 二重で詠唱していた魔法、その二つ目を発動させる。

 すると明人の身体が一瞬だけ、七色に煌めいた。と同時にドリルが明人の身体ど真ん中に盛大に突き刺さるが……彼の姿はその場に残して、するりと敵の横へとすり抜けていく。


 これぞ【神聖魔術】のスキルレベル20で習得できる【ホーリーファントム】。前回は使う暇もなくやられたが、今度は違うぞ!


 こいつの効果は見ての通り、一度だけ攻撃を無効化するというものだ。正確に言うと、「幻影を身にまとった状態になり、その幻影が攻撃を肩代わりする」というものだが……細かいことは気にしなくていいだろう。

 事前にかけておけば時間経過で効果が切れるまでは続くので、ボス戦と言わず狭いダンジョンとかでも便利な代物だ。どんな高威力の攻撃でも、当たらなければどうということはない、というわけだな。


 まあ、無効化できるのは物理攻撃に限るから、敵によっては何の意味も持たないんだけどさ。魔法を受けると効果自体もはがれてしまうから、相手は選ばないといけない。


 あと、使う側としては結構消耗が激しいし、使うまでに時間もかかる。乱戦となると使うだけでも一苦労だろうな。

 今のも多くを明人が引き付けたとはいえ、攻撃を回避しながら二重詠唱していたこともあって、間に合わないかもとちょっと焦ったぞ。ちゃんと間に合ったようで何よりだけどな。


「【ライトブリンガー・レベル7】」


 それはともかく、攻撃を無効化した明人がすり抜けながら横薙ぎに剣を振るっていた。光の軌跡が一直線に浮かび上がり、敵の身体を切り裂く。レベルが上がったことも相まって、しっかりダメージとしてライフゲージに刻まれる。


 出だしは順調だ。ここまではいい。ここまでは。


 だが問題はここからだ。俺が戦闘前から準備していたスキルはこれで打ち止め。次からは戦闘に並行して用意していかなければならず、これほど間髪を入れずの発動は難しい。

 それはつまり、明人の援護に少しだが隙間ができるということだ。そして援護ゼロの状態で明人が回避盾などできるはずもなく、もう数秒もすれば明人は【魔法剣】のレベルをリセットされるだろう。


「【サンダーブレード・レベル……チッ!」


 ほらな。明人がドリルに貫かれて派手に吹っ飛んだ。それにコンマ数秒遅れて、俺の放った【ホーリーレーザー】がドリル野郎を貫いたが……コンマであっても遅いものは遅い。


「あーもう、せめてノックバックだけでもしてくれればいいのに!」


 明人を吹っ飛ばしたことであっちへのヘイトが一時的に下がったのか、次の攻撃は俺に飛んできた。ドリル状のエネルギー弾が一直線に向かってくる。

 それをかろうじてのところで回避した俺は、お返しとばかりにレーザーと並行して二重詠唱していた【ホーリーボム】を放つ。


 だがさっきとは違い、当たった爆発は少なかった。さすがボスの肩書を与えられているだけのことはあるようで、雑魚とは比べ物にならない正確な挙動で、攻撃を受けながらもその範囲から離脱したのだ。


「【ライトブリンガー・レベル3】!」


 そのスキをついて明人がドリル野郎を背後から斬りつけるが、レベルが下がったことでダメージ量は少ない。


 こうなればあとはジリ貧である。ハイパーアーマーでまったくひるまないこのドリル野郎はやられる前にやるしかないというのに、攻撃が途切れるなどあってはならないのに。

 やはりこの戦い、少人数で挑むべきではないのだろう。最低でも、パーティメンバーを最大まで埋めることが前提なのだろう。二人で、というのは無謀がすぎるわけだ。


 だが、俺たちも犬死にしにきたわけではない。たとえカップ麺が出来上がるよりも早く全滅が目の前までやってきたとしても、この戦いを無駄にはしない。


 回復技を使ったことで、一時的にヘイトを多大に稼いでしまった俺にドリル野郎が肉薄してきた。恐らくは何かのスキルを使っているのだろう、スケートか何かのように床の上を滑ってである。

 さらに、滑りながらも突き出す二本のドリルは一時的に巨大化しており、俺が食らったら即死することはもはや疑う余地もない。


 だから俺は死を受け入れ、最後に自爆のつもりで今できる最大威力の技をぶっ放そうとしたのだが……。


「――!」


 ドリル野郎は突然鋭角に方向転換すると、あさっての方向へ攻撃をぶちかました。

 九死に一生を得た俺は、ふうと息を吐き出しながらも詠唱を続ける。そんな俺の視線の先には、やつの攻撃の矛先には、空中を横切る【クトゥグアの種火】があった。


 横切る、と言ってもそれ自体が意思を持って自ら動いているわけではない。ただ慣性に従っているだけ……つまり放り投げられただけだ。


 じゃあ誰がそれをやったのか、と言えば答えは一つ。今、この部屋の中でものを投げるなんていう高度な行動が取れるのは両手を過不足なく扱える明人だけだ。

 俺の視線を受けて、明人はサムズアップを返してくる。どうやら事前に打ち合わせた検証作戦は成功らしい。


 そう、俺たちは考えたのだ。持っているだけでヘイトを稼ぐ【クトゥグアの種火】を、アイテムとしてドリル野郎の前で使って見せたらどうなるんだ? と。


 答えは今、目の前にある。

 答えは――一気にヘイトがそこに集中し、ドリル野郎は投げられた種火に一直線。まるで親の仇かのごとく攻撃をぶちかまして破壊する。


 見た感じ、一、二発で種火は壊れてしまうようだが……それでも十分だ。ボス戦で敵の注意を逸らせることが、どれほどありがたいことか!


「一歩前進ですね」

「おうともよ」


 そして俺たちは笑い合い……。


「【ライトブリンガー・レベル10】!」

「【ヘヴンレイ】!」


 油断なく放ったはずの攻撃を、かき分けて戻ってきたドリル野郎に、相次いで大層風通しのいい身体にされて全滅した。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


攻略wikiとか読んでると、最前線の人たちは色々と試行錯誤したんだろうなぁって苦労は少し見えるのですが、ボクにはとてもできない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[一言] これ種火をキャッチボールすれば、それだけで右往左往する案山子の完成なのでは? 常時ハイパーアーマーとかいう禁じ手に解法の一つも用意されていないとは思えないですし。
[一言] いまや、ネットで調べたらある程度の攻略法が分かるありがたい時代ですが。どんなものであれ、先駆者というものはすごいんだなあーて思いますよ。ホント。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ