48ねこ 兄妹の約束
湊がMYUと会話してるのを後ろに聞きながら、俺はパソコンでMYUについて検索していた。真っ先に出てくるのはネットじゃ知らない人がいないだろう、ネット百科事典。
そこで見る限り、どうやら彼女の所属事務所は俺が死ぬ前と変わっていないらしい。
であればとその事務所名で再度検索をかけ、所属声優の一覧を斜めに読んでいったのだが……あった。湊の名前――芸名だが――と写真が載っている。
間違いない、MYUと湊は同じ事務所の先輩後輩だ。
「……世界って、本当に狭いですね……」
「にゃー……」
それを後ろから眺めていたアカリが思わずとばかりにつぶやき、俺は大きく頷いて全面的に同意する。
こんなことってある? 声優になった妹の事務所が、最近ゲーム内で知り合ったネ友と同じところって、どんな確率だよ?
『おっけー、そんじゃまた明日事務所でねー!』
「はい、わかりました!」
……おっと、話が終わったらしい。ブラウザを落として、アカリと一緒にそちらに顔を向ける。
と同時に、通話を終えた湊がスマホを置き、やけに明るい表情でこっちに振り返った。
「わりと大きなお仕事がいただけそうです!」
「にゃあん?」
「まあ、本当ですか?」
わりと大きな……ってことは、アイドル系の作品かニチアサキッズタイム的な作品ってところだろうか。ここ二十年近く、中長期的に続く作品はどんどん減ってるからそれくらいしか浮かばない。
男女で関われる範囲が違うから一概には言えないと思うが、さほど間違っていないだろう。
元声優としては、素直に声の演技であってほしいなと思うのだが、それはそれとして我が妹はとてもかわいいので、声優本人が前面に出る機会も多いアイドル系の仕事もありだろう。
どちらにしてもなかなかに忙しいと聞くし、身体には気をつけてほしいところだが。
「はい! 日曜朝の魔法しょう……」
「にゃあん! にゃんにゃんにゃんにゃん!!」
しかし湊がポロリしそうになったのを見て、俺はあれこれ考えていたのを中止して彼女に飛びかかった。そのまま彼女の顔近くに取りつき、大声を上げながら口を塞ぎにかかる。
「わぷっ!?」
「ど、どうされたんですかナナホシさん!?」
そりゃまあいきなりこんなことすれば驚くのはわかるが、それはそれとして今の湊は迂闊だ。
「にゃあ!」
「あ……あ、う、うん、そう、だよね……ごめんお兄ちゃん、浮かれてた……」
ビシッと前脚で指差せば(?)、湊は察したようでしゅんとうなだれた。
それを首を傾げながら見ていたのはアカリである。
「えーと……?」
「あ、うん……えっと、まだ確定じゃないんですよ」
「?」
湊の説明にまだ首を傾げているので、補足するためキーボードの前に戻る。
『確定してない仕事を他人に言うのは基本NGなんだよ。アニメは複数の企業が複雑に関係するから、下手なこと言うとものすごい迷惑がかかる。そして仕事がもらえそう、って表現はつまりまだ決まってないってことだろう』
「あ、あー、守秘義務ということですか」
「はい……それは家族も例外じゃないので、お嬢さまももちろんそうで……」
「なるほど、よくわかります。お父さんも、そんなようなことで迷惑をかけられたようなことを言ってたような覚えがありますし」
『でかい仕事を持ちかけられて嬉しいのはわかるが、もう少し落ち着け』
「はぁい……」
俺の改めての指摘に、やはり再度しゅんとなる湊。
反省はしているようだが、この子大丈夫かな。中退とはいえ元従仕科なんだから、その辺の心構えはできてるはずだろうに。
「……これでお金が入るから、カプセル買えると思ったんだけどな……」
「にゃあん……」
「ああ、そういう……」
そんなにか、湊……。
というか、俺が絡むとこの子こんなにポンコツだったのか。今までは隠そうとしてたのか、それとも俺の死後にこうなったのかはわからんが、ちょっとどうかと思う。
ただのブラコンだと思っていたが、ここまで行くともはや依存の域だろう。頼られるのは嫌じゃないが、かといって頼りきりというのはな。
俺も俺で今までかなり甘やかしてきた自覚があるし、今も気にするなと言ってやりたいが……考えてみれば、この子はまだ二十歳にもなっていないんだよな。俺との世界だけで人生を完結させるのは、いくらなんでも問題だ。
ここは心を鬼にして、ビシッと言ってやらねばなるまい。
『湊。お前がそこまで俺のことを好いていてくれるのは嬉しいよ。俺もせっかく前世の記憶があるんだから、お前と一緒に遊びたい気持ちはある。だけどな、俺と一緒にいたいってだけで他の何もかもを疎かにするのはダメだ。自分から世界を狭めるな』
「…………」
画面に表示される俺の言葉に、湊は神妙な顔で頷く。
隣ではアカリも頷いているが、こっちは俺への同意だろう。
『俺にも俺なりに、第二の人生ってものがある。だからもうお前のことを常に気にしてやれるわけでもないんだ。わかるな?俺とお前は確かに兄妹だが、他人でもあるんだ、今はもう』
そしてあえて突き放してみせる。
少々荒療治かもしれないが、これはきっとこの子には必要なことだろうから。
「や……やだ……っ! イヤだ! イヤだよお兄ちゃん……! もう置いてかないで、みなとを一人にしないでぇ……!」
案の定、湊は泣きながら俺を抱きかかえようとする。同時に吐露された心境が、余計悲痛なものにしている。
しかしそれを、俺はあえて避けた。野良猫とのキャットファイトを、回避のみで勝てるのが今の俺だ。動揺している人間の動きをかわすことは簡単だ。
そんな俺に、湊の絶望的な視線が刺さる。
くっ、そんな顔をしないでくれ。すぐにでも飛びつきたくなる……!
そのまま俺たちは沈黙し、奇妙な対峙を続ける……。
「それは違います!」
……ことはなかった。アカリが言葉と共に間へ割り込んだのだ。
「湊さんは一人なんかじゃありませんよ! 私がいるじゃないですか! 私、湊さんのこと、お友達だと思ってます! それじゃダメなんですか!」
アカリにしてはものすごく、大きな声だった。いつもわりとお嬢様然としていて、穏やか(戦闘中は除く)な彼女らしからぬ声だ。
「…………」
対して湊は、何か言おうと口を動かしたものの何も言わず……いや、言えず、か。口をつぐんで、気まずそうに視線を逸らした。
……俺にはわかる。あの態度は、アカリの言葉を肯定しそうになって、しかし理性が働いて押しとどめたものだ。
それはつまり、湊は心の底ではアカリのことを、まだ……。
「……っ」
アカリは聡い子だ。俺と同じ答えをすぐに出した……出せてしまったのだろう。ものすごく悲しそうな顔をして、身体を引いてしまった。
「……ねえ湊さん、お辛いのは想像できます。私だって、家族を突然失ったらきっとすごく悲しい。それが生き返ったら、嬉しすぎてどうにかなりそうだってこともわかります」
しかし彼女は、すぐに持ち直した。まっすぐ湊に視線を向けて、感情を抑えた静かな声で語りかける。
……すごい。素直にそう思う。今まで抱いていた気持ちを言外でとはいえ正面から否定されたのに、これだけのことをやるなんて俺にはたぶんできない。
SWWで一緒にプレイしていて、物怖じしないタフな子だとはわかっていたが、ここまでとは……。
「でも湊さん……だからって、お兄さん……ナナホシさんのことだけ見るの、やめてくださいよ。ナナホシさんを見るなってことじゃないんです。少しでいいんです、私のことだって見てほしいんです。
そりゃ、私じゃナナホシさんの代わりになれないことはわかってますけど……でも、だからって……無視するなんてひどいですよ……。お友達だと思っていたのは、私だけなんですか……」
最後のほうは、今にも消え入りそうな声だった。実際言い終わったとき、アカリの顔はとても悲しそうに歪んでいた。
しかしそれでもなお、湊は言葉を発することなく……けれど、同じような表情を浮かべて、口をパクパクさせていて。
これまたその態度の意味を察した俺は、小さくため息をつくとキーボードを叩く。叩いて……湊に「にゃーん」と呼びかける。
すると湊は、地獄で仏を見つけた亡者のようなホッとした顔をこちらに向けて……神妙な顔になった。
『遠慮しなくていい。アカリに言われて思ったことを言ってみろ』
俺の助言はそれだけだ。
何せ、言いたいことはあるのに、直前の自分の行動からして虫がいいように感じられて、言いたくても言えないみたいな顔だった。これ以外に言うべきことはないだろう。
そんなこと気にしなくていいのにな。俺を相手にするときはできるのに、どうしてアカリにはできないんだ。
それとも、これも俺が甘やかしすぎたせいなんだろうか。子育てって難しいなぁ。俺の子供じゃないけどさ。
「……ごめんなさい、ごめん、わたし、わたし……ひどいこと言った……! ごめんなさい……!」
湊がアカリの身体に抱きついた。
……いや、これはどちらかというと、すがりついた、って感じか。その姿は、なんだかわらをつかもうとする溺れた人を想起させた。
「違うの……お嬢さまのこと、わたしだって友達だって思ってる……思ってるぅ……! なのに、なのにわたしっ」
「……はい……わかってます。きっと、気持ちが荒ぶっていて、うまく頭が働かなかっただけですよね……私、ちゃんとわかってますから」
一方のアカリはと言えば、微笑みを浮かべて、湊を優しく抱きとめている。そっと……あやすように頭をなでる姿は、さながら聖母のよう。
そんな二人を眺めながら、俺は思った。
とりあえず、一件落着かな……と。
…………。
……………………。
……落着してないっ!
いや全然落着してねーわ。肝心の話がまったく進んでねーよ!
しかし時間があまりないのも事実。早めに帰ろうかと切り出してて正解だった。まだ行けるやろってもうちょっと先延ばししてたら、取り返しのつかないことになってた気がする。
だけどここからどうやって帰るって話に持っていけばいい? いきなりそれをぶち込めるほど俺の神経は図太くないぞ。
と、とりあえず、まずこの話を完全に終わらせるところからか。
『俺だって何も今後一切縁を切るなんて言わないよ。つぶやきったーとかで声かけてくれればちゃんと反応するからさ』
「本当に……? もう無視しない……?」
『そこは大丈夫だ。……なんていうか、ヘタレでごめんな……』
「…………」
ジト目で様子を見られた。
うん。
気持ちはわかるけど、そのハイライトの消えた顔はやめようか我が妹よ。怖い。
「……うん……わかった……今日はこれで我慢する……」
よかった、俺の心の訴えは通じたようだ。
いや、本当によかった。
「わたしも、たくさんDM送っちゃってたし……おあいこだよね。ね、お兄ちゃん」
「……にゃあーご」
まだちょっとうすら怖い笑顔だけど、これは手打ちにしようという合図だな。うん、そうに違いない。そうに決まった!
「よかった、これでナナホシさんとも仲直りですね!」
そして見た目通りに受け取るアカリの素直さよ。この子のこういうところ、本当にすごいと思うわ……。
ともあれこうして、俺の突然の外出劇は終わることになる。
「お兄ちゃん……あのね、わたしがんばるから……がんばってお金貯めるから、だから、そのときは……一緒にゲーム、しようねっ」
最後、車に乗り込むアカリに名残惜しそうに俺を差し出しながら、湊は静かにそう言った。
それに対する答えは、最初から決まってる。
「にゃーん!」
精一杯、元気に鳴いて頷いた俺は、できないとわかっているサムズアップをしようとして前脚を掲げてみせた。
そんな俺に返された湊の笑顔は……記憶にある、幼い頃のそれと寸分違わぬまぶしいものだった。
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ちなみに。
俺が帰宅したのはご主人が帰ってくる十分ほど前だった、ってことは付け加えておこうと思う。
マジで危なかった……!
ここまで読んでいただきありがとうございます。
兄妹、というよりアカリと、って感じになったような気がしなくもない・・・。
でも書いてて彼女が割り込んできたから、展開はこうなるのが正しいんだろうなって。
MYUはボクのキャラの中でも勝手に動く率が高いんですけど、アカリがやってくるとは思わなかった。一人のキャラとして完成したってことかなぁ。