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45ねこ そして収束し始める

「お嬢様、見たところかなりの重傷です。もう助からないでしょう」

「そんな!」

「まだ目的地に着いてすらいないのですよ? ここで寄り道をしている場合ではないのでは?」

「そ、それは、そうかもしれませんけど……でも……! やっぱりこのまま見捨てるなんて私にはできません!」


 高級車の中から、いかにも執事みたいな外見のおじさんがわりと塩対応でアカリに言う。

 言い方はアレだが、まあ間違いでもないだろう。ただ、その言い方がアレなのが一番問題だろう。高校生くらいの人間にそんな言い方したら、逆に反発するだけじゃないか? 若さゆえの潔癖性ってのは多かれ少なかれ誰もが持ってるだろうし。


「……いいですかお嬢様。仮にその猫が助かったとして、誰が面倒を見るのですか? 見たところ野良のようですが、また野生に返すのですか? そんなことをしても、すぐに死ぬだけでしょう。お嬢様、助けるということは単に命を生き長らえさせるだけで終わりではないのですぞ。特に動物の場合は。その責任を負えますか?」


 これも正論だけど、いちいち言い方がキッツイなこのおっさん! 正論って腹立つんだぞ!

 というか、お前本当にアカリのじいやか!? ほらアカリ泣きそうじゃん! お前俺のフレンドに何好き放題言ってくれちゃってるわけ!?


「……負えます。負います! 私が責任持って育てます! だから!」

「やれやれ……仕方のないお嬢様ですね」

「ありがとうじいや!」


 アカリ……なんてまっすぐな……! あんだけボコボコに言われてそれでもやるって言えるなんて、素直に尊敬するぜ……。


「猫さん、大丈夫ですからね、もう大丈夫ですからねっ」


 そのアカリが、子猫を抱きかかえようとする。

 だがそこに、三毛猫が割り込んだ。


『テメェ人間コラァ! 何しやがる!』


 ものすごい剣幕で威嚇していて、今にも襲い掛かりそうな勢いだ。


 しかしアカリは怯まない。できるだけ優しい声で、三毛猫を説得しようとする。

 ……もちろん、それで意思が通じるわけはないのが悲しいところだ。


『おい、落ち着け。この子は大丈夫だ』

『んだとォ!?』


 だから俺が割って入る。俺は人間の言葉も猫の言葉もわかる。橋渡しは俺にしかできない。


『俺はこの子とは知り合いなんだ、だから大丈夫だ! 今だって、この猫を助けようとしてくれてる。そう言ってる! だから大丈夫だ!』

『テメェに人間の何がわかるってんだ!』

『わかるよ! 何せ俺は飼い猫だからな、少なくともお前よりはわかる!』

『ぐ……!』

『そんなに心配なら、一緒に行けばいい。俺は行くぞ、お前はどうだ?』

『……ああそうさせてもらうぜ!』


 半ば売り言葉に買い言葉だったが、三毛猫はそれでも頷きアカリを睨んで鳴く。


『人間! テメェ下手なことしたらただじゃおかねぇからな!』


 もちろんそれも、アカリには通じないのだが。とりあえず、この場は収まったようだ。

 それを見計らって、俺はするりとアカリの肩に乗る。いつも通りの、もはや習慣とも言える無意識的な行動だった。


「え……ね、猫さん……?」

『おう。行くぞアカリ、なる早で頼むわ』


 そしていつものように言おうとして、鳴き声が出たところで気づく。


 ああ、そういやここ現実だったな。思わず自嘲する。


 と、ここで俺の反対側の肩に三毛猫が乗った。


「わ、えっと、お、落ちないように気をつけてくださいね?」


 ここでそう言えるアカリは、優しい子だよなぁ……。


 と思ってたら、アカリが急に目を丸くした。


「……あれ?」


 どうしたんだい、アカリさんや。そんな驚いた顔をして。


「その首輪……」


 俺のこの首輪がどうかしたのかい。気に入ったのかい?

 パステルブルーのイケてる首輪だろう? ご主人にもらったいいところのやつなんだぜ。


「……ナナホシさん?」

「に゛ゃ?」

「ナナホシさん、ですよね? 毛並みの色は違いますけど……びっくりしたときの顔がナナホシさんです。それにその首輪。ゲームの中でも同じものを着けていましたし……ナナホシさんですよねっ?」


 バカな、猫の顔を見分けられるだと……? これが猫好きの実力……!?

 いや俺も見分けられるが、それは猫になってから身に着いたものだ。人間だった頃はとんとわからなかったぞ。すごいな。


 というか、ゲームの中で首輪……? と思ったが、まさかこれ、あれか。明人のメガネと同じだな、さては?


 SWWで使われるアバターの基本データは、ダイブカプセル内で身体をスキャンすることで作成されるが、このときメガネなどの装身具も普通に一緒に取り込まれる。だからこそ明人はメガネ状態がデフォになってしまい、メガネ系のアクセサリーを着けるとダブルメガネになっていたわけだ。


 恐らく、これが俺にも起きていたのだろう。猫の身で首輪の着脱なんてできるはずもないから、スキャンのときは確かにそのままやってたもんな。

 そしてこの首輪、別に鈴とか音の鳴るものがついているわけではないから、俺はゲーム中存在を完全に忘れてたわけだが……なんということはない。見た目でバカだとわからなかっただけで、俺も明人と同類だったわけだな。心底悔しい。


 いやしかし、それはともかく。悔しいのはともかく、今はそれよりも、だ。


 アカリのほうから気づいてくれたのは、ラッキーだ。俺は気を取り直して居住まいを正すと、そうだと鳴きながら頷いた。


「わあやっぱり! やっぱりナナホシさんだ!」


 するとアカリは、顔を輝かせて立ち上がり、俺の身体を抱き上げて高い高いしてきた。

 突然のことに少し驚いたが、このくらいの高さならなんなく着地できる。俺はアカリに応じるように、にゃあと鳴いて見せた。


 三毛猫が嫉妬の眼でその様子を睨んでいたのは、見なかったことにしたいところだが。


「お嬢様……」


 そこに渋面全開のおっさんが割り込んでくる。


「あ、は、はい! 行きましょうじいや!」

「……ちゃんと三匹とも、お嬢様お一人で世話をするのですよ」

「はい!」


 おっさんからは何か勘違いされてそうだな、これ。


 でも俺はもう他に飼い主がいるんで、それはナシの方向でお願いします。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 さて、勢いでアカリに便乗したのはいいが、どうしたものか。まだタイムリミットにはかなり余裕があるけど、アカリの家まで連れて行かれるのはだいぶ困る。

 どこにあるかは知らないが、少なくともこの辺りじゃないだろうしかなりのタイムロスだろう。可能なら、俺の家……じゃねーや、前世の俺の家で俺だけ降ろしてもらうのが理想だ。


 ということで、アカリと話をしたい。なのでなんとか身振り手振りでスマホを貸してもらうよう頼み込み、実際に借りることに成功した。


 したのだが、問題はここからだった。あいにくと猫の手でタブレット端末はすこぶる扱いづらい。感圧式ならともかく、昨今主流の静電式タブレットは本当に肉球ではろくに操作できないのだ。

 練習自体はしていたから、まったくできないわけではないが……タブレットよりも画面が小さいスマホとなると、これがまあクソ難しい。おかげでアカリとの意思疎通は困難を極めた。


 おまけに途中途中で三毛猫がかまえと言ってきたり、やけにアカリにガラ悪く絡んだものだから、余計にやりづらく。


 どうにかこうにか俺の意思を伝えることができたときには、既に動物病院での受付が終わって子猫の緊急手術が始まっていた。


「じゃあナナホシさんは、お知り合いの様子がおかしくて、それを確認したくてあえて外出されたんですね」


 待合室の一角にて。俺が必死こいてポチポチ文字を打ち込んだ画面を秒で読み終えて、アカリが言う。

 続きの文章を打ち込みながら、俺は彼女に頷いた。


「その途中で、まさかこうしてお会いできるなんて思ってもみませんでした。こちらでナナホシさんにお会いできて嬉しいです」


 えへへとはにかむアカリにこくりと頷く。


 視界の端のほうで、三毛猫とおっさんがすごい形相でこっちを見ているし、職員のお姉さんたちもお薬か何かをキメてる人を見るような目でこっちを見ているが、あれはスルーが吉なんだろうな……。


「私はですね、昨夜急病にかかってしまった我が家のメイドさんのお見舞いに行く途中だったんですよ。この辺りにお住まいでして……」


 ああ、なんか急に泣き叫んで取り乱したとかって言う。

 一使用人のために見舞いに行く雇用主というのはちょっと俺には考えづらいんだが、そこは勝手なイメージか。もちろん、アカリが底抜けに優しいだけって可能性もあるだろうが。


 ……と、よし、次の文章ができた。


『便乗しておいてなんだが、俺の目的地まで運んでくれないだろうか。ご主人が帰宅するまでに済ませたいんだが、何せこの身体だとちょっとの距離も遠くて』

「もちろん構いませんよ」


 その文章を見せたら、アカリはにっこり笑って即答してくれた。

 ええ子や……払えるものがないのがとても心苦しい……。


 一方で、すごい顔してたおっさんがさらに顔を渋くしたのには少しイラっとする。いや、お付きの人からしたらある意味当然ではあるとは思うけどさ。

 彼は役目に忠実なだけだろうから、俺の苛立ちは的外れなものだと理解はしている。ただ、俺はそこまで達観できていないというだけで。


「あの、じいや? 実はかくかくしかじかで……」


 そしてそんなおっさんに、正面から意見しに行くアカリすげえなって。SWWでもそうだけど、本当に物怖じしないお嬢様だよな。

 でもまあ、ああいう人と日常的に接してたら、すごく臆病になるかすごく大胆になるかのどっちかなのかもしれない。


 なんて考えながら文字を打ち込んでいると、アカリがにこにこ顔で戻ってきた。


「ナナホシさん、オッケーですって!」


 それは君が押し通したのでは……いや、要請した俺がとやかく言うことではないな。

 ここは素直に感謝すべきところだろう。俺はそう思ってアカリと、それからおっさんにも深々と頭を下げる。


 そして目的地を告げるべく、借りていたスマホの画面をアカリに見せた。


「あ、行き先ですね。えーと……あれ?」


 するとアカリは、素っ頓狂な顔をしてスマホを少し遠ざけた。

 そのまま少しの間、文章を読み返していたようだが、やがておずおずとこちらに顔を向けてくる。


「あの、ナナホシさん。これ、本当にナナホシさんの目的地ですか?」

「? にゃん」


 彼女の意図がわからず、俺は首を傾げる。


 打ち込んだ目的地の住所は、俺が前世で長年すごしたアパートのものだ。色んな書類で何度も書いてきたから、一年二年で忘れるはずもない。

 だからすぐに、間違いないと断言するように頷いたのだが……。


「本当ですか。だとしたら、私たちの目的地は同じということになるんですけど……」

「う゛!?」


 それは、ちょっと想定の範囲外ですね!?


 いや、え? え、マジで?

 そんなまさかだろ!?


 俺は震える手で、スマホを触る。


『黒川湊?』

「そうです!」


 やはり震える手で画面を見せれば……果たして、アカリは驚き半分喜び半分と言った様子で頷いた。


 ……マジか。


 マジかぁ!?

ここまで読んでいただきありがとうございます。


この展開、数話前の段階で思い至っている方が既にいたようで素直にすごいなと思ってます。

ちょっと伏線が露骨だったかな・・・とはいえ、下手に隠しすぎてもアレですからねこういうのは。

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― 新着の感想 ―
[一言] スマホを打てる猫………居たらいいなぁ。。。
[一言] スマホを操作する猫、垂涎ものです。 ありがとうございます。
[一言] 割と好き。 あと、本人気づいてないだけで、やったらリアル魔法攻撃とか普通に打てそうっすね。
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