44ねこ ネコVSカラス
突然の闖入者に、カラスたちは一斉に四方に散った……ものの、一羽が逃げ遅れて三毛猫にマウントを取られた。そのままそいつを組み敷いた三毛猫は、首根っこに勢いよくかみつく。
だけど順調だったのはそこまでだ。何せ相手は複数。おまけに三毛猫は自分から動きを封じてるも同然の状態。ここを切り抜けられる手段はほぼないだろう。
だから俺も飛び出す。回避してのち、三毛猫を襲おうとしていたカラスたちの不意を突く形で、横からのタックルを食らわせる!
これによって吹き飛んだカラスが仲間のカラスを巻き込んで、一緒になってさらに吹っ飛んでいく。
一羽だけそれを逃れたやつもいたが、そいつは三毛猫が組み敷いていたカラスを肉の盾にしたことで動きを止めていた。
その膠着状態を後ろから蹴り飛ばしながら三毛猫に合流しつつ、声をかける。
『お前もう少し考えて行動しない!?』
返事はない。だって三毛猫、カラスくわえてるし。
だけど目は口程に物を言うとはよく言ったもので、呆れてるようなわかってたような、何とも言えない視線が俺に突き刺さった。
それに対してやれやれと小さく肩をすくめて、俺は改めてカラスたちに向き直る。
ここでさっきタックルしたカラスたちも復帰して、数の上では二対三。だけどこっちは三毛猫が実質動けない上に、襲われていた子猫をなんとかしたいこともあって俺も動くに動けない。
そんな状況を理解しているのか、なんだかカラスたちがにやにやと笑ってるように見える。一気にこないでじりじりと近寄ってくるのは、単に警戒しているからなのか、それともどう料理してやろうか考えてるからなのか……。
たぶん後者なんだろうなぁ……カラスって、自分たちより弱い生き物をいじめたりすることあるらしいし……。
さて、この多勢に無勢の状況でどうするかね。SWWなら即座に魔法の準備をするところだが……あいにくとここは現実。そんなものは存在しない。
そして人間なら、武器を取るという方法が取れるのだが……猫だからなぁ……。
いやいや、現実逃避したって仕方がない。ひとまず、どこまで効果があるかはわからないが威嚇をして……。
と思ってたら、後ろから激しい打撃音が聞こえてきた。次いで……なんかこう、何かを強引に引きちぎるような音。
目の前のカラスどもから目を背けるわけにもいかないから俺は振り返れないんだが、そのカラスたちが妙にドン引いてるのはなんとなくわかるぞ。
そして俺も振り返りたくない。だって今俺が挙げた音の他に、カラスのものすごくデカい悲鳴も上がったからな! マジで断末魔って感じのやつ!!
『よし』
そうこうしてるうちに、三毛猫がやけに満足そうに一声上げた。そしてそいつが、悠々と俺の隣に並ぶ。
おかげで思わずそっちに視線を向けてしまった。だから見えちゃったよ。見ちまったよ! 毛色を四色に増やした三毛猫がな!
『おう、残った連中をぶっ潰すぞ』
『ええ……』
……あの、その四色目の赤って、もしかしなくても返り血ですよね?
とここで、俺はようやく後ろにちらりと目を向けた。そんなつもりはなかったんだが、思わずってやつだ。三毛猫が来たし少しなら、と考えてしまったのも否定しないが……。
『ひえっ』
そこにあったのはスプラッターだった。あわれカラスは……まだ死んでないみたいで悲鳴を上げながらのたうち回っている。私見だが、あれだけの怪我を負ってしまった野生動物は、まず助からないだろう。むしろ即死しなかっただけ、よりえげつない最期が待っているんじゃないだろうか。
そしてその光景に、俺はなるべく突っ込まないようにして即、前に向き直った。人間だったら、間違いなく顔が真っ青になってたね!
『……あの、随分と派手になさいましたね……』
『一回取っ組み合いになったら負けたことはないぜ』
ええと、ということは何か? さっき駅でのあれ、もし俺が回避に専念してなかったら後ろのカラスみたいになってた可能性が?
…………。
……うん! 深く考えないようにしよう! そうしよう!
『……よし、敵は俺が引き付ける! 一匹ずつ頼んだ!』
『任せろ!』
『行くぞ!』
『おう!』
ということで、俺と三毛猫は同時に駆け出した。
速度は三毛猫に合わせて。しかしどちらも自然と弧を描くように走り、緩やかだがカラスたちを挟み撃ちにする形になる。
カラスたちはまだ少し怯えた様子を見せていたが、俺たちの動きに合わせて一斉に空中に飛びあがった。
そりゃそうだ。ヒクイドリでもない鳥が他の生き物と地べたで戦うはずがない。そうでなくとも、肉弾戦をする上で空中で位置取りができるというのは大きな優位だもんな。
だが、その動きは完全に見えていた。予想もできていた。とくれば!
『とうっ!』
「ガッ!?」
素直に飛ばせはしないぜ! 勢いよくジャンプして、浮上の途中だったカラスの背中に着地!
と同時に、他のカラスの背中を次々と跳び移っていく。次々に、と言っても三羽しかいないわけだから自転車操業みたいなものだし、成猫とはいえたかが家猫一匹の体重では完全には押しとどめられない。
それでも、鳥たちにとって軽いということは飛ぶうえでは非常に重要だ。重しを乗せられるのはたまったものではないだろう。実際、無理に飛ぼうとしていることもあってかまったく浮き上がらない。
個人的には義経の八艘跳びの気分だが、ただ……カラスたちを踏んづけて跳ぶときの感覚が……その……ものすごく……SWW内の多段ジャンプですねこれ……。
まさかゲームの中でしかできないはずの挙動を現実で、しかもよりにもよってこんな形で体感するなんて……とは思うものの、素直に喜べない。
『もらった!』
と、そうこうしているうちに、完全にバランスを崩して落ちかけたカラスの喉元に三毛猫が勢いよく食いついた。
なんていうか、文字通り「食いついた」って感じだった。そのまま三毛猫は前脚も使ってカラスを一気に押さえにかかり、勢いそのままに地面に組み伏せる。
このタイミングで、俺は残った二羽をできる限り全力で踏みつけて、そこらへんのコンクリの壁に飛び移る。
この体重プラス踏みつけを受けて、さすがにもう一羽が墜落。残る一羽はギリギリで体勢を立て直して空中に上がり、怒り心頭と言った様子で俺に飛びついてきた。
『あらよっと』
だが、そんな冷静さの欠片もない突撃が俺に当たると思うなよ。ジャンプしてカラスを飛び越えると、再度飛行を試みようと翼を広げた墜落したカラスをもう一度踏みつけ。
そしてその勢いのままに、ピクリとも動かない子猫の前に着地した。
『……どうした? お前らその程度か?』
まだ子猫に息があることを横目に確認してから、かばう形で身構えてカラスたちに呼びかける。
まあ、猫の言葉がカラスにわかるとは思わないが、それでも態度でなんとなく伝わるだろう。
実際、俺にかわされたカラスが大声を上げて翼を大きく広げて、こっちに……。
『よし、仕留めた』
向かおうとしたタイミングで、三毛猫が静かに声を上げた。
見ればそいつは、何かこう、アメリカの野球選手みたいにもぐもぐと咀嚼をしていて……その足元には、びくんびくと痙攣するカラスが一羽。
ええと、そのカラス、俺とは反対の方向を向いた状態で死にかけてるっぽいけど、今そのもぐもぐしてる口の中には一体何があるんですかね……。
おまけにそれでにたりと笑うさまは……あの、なんていうか、ほぼ妖怪では?
だがその態度は、カラスたちを恐怖させるには十分だったらしい。あるいは、勝ち目がないと悟ったか。
今のところ無事なカラス二羽は一歩、二歩とあとずさり、それから飛び上がって……俺たちとは逆方向へと飛び去って行ったのだ。
『……行った、か?』
『はっ、雑魚が』
約一名、暴れ足りないと言いたげな態度だったが、下手な追い打ちはしないほうがいいだろう。人間もそうだが、もうあとがないときこそ一番ヤバいって言うしな。
っていうか、俺よくこいつに勝てたな。避けに徹してたとはいえ、マジでギリギリの綱渡りだったんだな……怖……逆らわんとこ……。
ともあれ、なんとかこの場はしのげたらしい。俺は深いため息をつくと、緊張の糸が切れてその場に座り込んだ。
やれやれ、一時はどうなることかと。
『ありがとな』
『テメェのためじゃねーよ』
あらま、そっけないお返事で。
でもまあ、そうか。実際こいつも、襲われていた子猫を放っておけなかったんだろう。縄張りを侵されたときは悪鬼羅刹もかくやなキレっぷりだったが……猫も子供には同情なりなんなりの感情を抱くんだろうか。
『……とはいえ、ここからこの子が助かるかって言うと、なぁ……』
『……まーな』
三毛猫と一緒に、改めて見直した子猫はやはりひどい状態だ。
息はしているし、心臓も止まっていないが、あちこちに傷がある上に、そのいくつかはたぶんくちばしによるんだろう、えぐられている。見た感じでは恐らく、目もろくに見えていないのではないだろうか。
そんな子供を前にして、俺たちにできることと言えば……せいぜいが傷口をなめてあげるくらい。それかいっそ、楽にしてやるか……。
野生の世界って、本当にシビアだよなと改めて思う。
人から猫に転生した俺ではあるが、それでもブリーダーの下に生まれペットショップを経てご主人に買われたのはまったく運がよかったとしか言いようがないな。野良猫として生まれていたら……生きていけたかどうか。
『……どうする?』
『最期まで近くにいてやるさ』
『そういう考え方もあるか』
俺が一人で納得しているのをよそに、三毛猫はその身体を子猫に寄せた。まるで母親が子供を抱きかかえるかのように。
さっきまでの激しい態度とはまったく逆だが、動物にも性格にはいろんな面があるってことかな。
やれやれ、そんなの見せられたらほっとけないじゃないか。
まだ多少時間には余裕があるはずだし、俺も付き合うとするか……。
いや待てよ、その前にこのカラスたちを片付けたほうがいいのか。先にやったほうはもう動かないし、あとにやったほうもそう長くはないだろう。不幸な行き違いはあったが、誰だって死ねば仏だ。せめて埋めてやるかな……。
なんて思ったとき。彼方から車のエンジン音が聞こえてきた。
『……おい、車が来た。ここにいると轢かれるから少しわきに移ろう』
『車ァ?』
『人間が乗ってるクソバカでかくてクソ固い、んでもってうるさいやつだよ』
『……あああれか……そりゃ確かにちょっと勝てねーな……チッ』
これがある程度広いところだったらもうちょっとやりようはあったのかもしれないが。ここは狭い生活道路だ。車がすれ違うほどのスペースはなく、一台でも入ってきたらそれでいっぱいになるだろう。
人間ですら車の力には勝てないんだ。猫が勝てるわけがない。
ということで、三毛猫と一緒に仕方なく子猫を道路のわきへと移す。口でくわえるしかないからそうしたけど、そうしても子猫が反応しないのがものすごく切ない。
そうこうしているうちに、音の主である車が見えた。……って。
『おいおい、よりによってこんな狭い道に高級車だと? しかもあれ、皇室の御料車にも使われてるハイエンドモデルじゃないか』
曲がり間違ってもこんな下道の、狭い路地裏を通るような車じゃないぞ……。誰が乗ってるか知らないが、何を思ってこんなところに来たんだよ。
前世は貧乏だったからなー、免許は持ってたが車は持ってなかったんだよなぁ。いいなぁ、あれ運転してみたかったなー。
もう車の運転なんて望めない身体だが、せめてヒッチハイクとかそんなのでいいから乗ってみたいなぁ……。
なんて思ってたのがよかったのか、それとも悪かったのか。
その高級車が、なんと俺たちの目の前で停まった。
え、何事? そう思うと同時に、後部座席のドアが開いて高校生くらいの女の子が降りてきた。というか、セーラー服だし高校生だろう。
「じいや! 大変です、こんなところで猫さんが!」
その女の子は血相を変えて俺たちに駆け寄ると、悲痛な声を上げて、車の中に呼びかけた。
それはまさに、天の助けと言っていいだろう。人間の手にかかれば、普通では助からない怪我や病気も治せる可能性がある。人類が何万年もかけて積み上げてきた叡智は伊達ではない。
……のだが。
正直、そんなことより俺はもっと他のことに気を取られて、硬直していた。
いやだって、しょうがないだろ。
だって今目の前にいるこの女の子――どこからどう見ても、
『アカリィ!?』
なんだもんなぁ!?
ここまで読んでいただきありがとうございます。
久々に登場、アカリちゃん。
しばらく出番がなかったですが最初に登場したキャラですからね、彼女はちゃんとキーキャラなのです。
ところでちやどもでも書きましたけど、新作始めました。
小学生の女の子たちの友情をテーマにした、ボクとしては珍しい色の作品です。よろしければご覧ください。
URLはこちらです(https://ncode.syosetu.com/n8807fz/)