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43ねこ ノスタルジーとバイオレンス

 意外なことに、三毛猫は静かにしてくれていた。周りの景色に興味津々な様子ではあったが、疑問とかを口にしないところを見るに一応自制してくれてるらしい。

 内心ホッとしつつ、俺も車内を改めて見てみるが……いやはや懐かしい。二年程度じゃ車両の更新はされなかったらしく、吊り広告はともかく雰囲気は記憶の中のそれとまったく変わりがない。


 いやー、よく乗ったなーこれ。バイトはもちろん、仕事でスタジオに行くときはお世話になりましたわ。地元じゃ基本チャリ通だったから、前世で一番使った公共交通機関じゃないだろうか。

 そんなことを考えながら、懐かしさに浸ること二十五分(時刻表通りなら)ほど。駅を三つ越えたら目的の駅に到着だ。


 まあその間誰にも見つからずには済まなかったけど、スマホを向けられるだけで抱き上げられることも通報もされなかったからラッキーだった。もしそういうことがあったら、車内を走り回るのも辞さないつもりだったからな……。そうなってたら最悪、途中下車も十分あり得た。

 こういう運に頼るのは嫌なんだが、なにぶんタイムリミットがある以上仕方ない。


 さて、そんなわけで前世の最寄駅。電車から降りて感じたのは、やはり何よりも懐かしさだ。電車内よりもそれは強く感じられる。

 それはホームを抜けて、駅の外に出たとき一つのピークを迎えた。


 うーん、こっちの改札出口前のコンビニ、変わらないな。時間が時間だけに客入りはまばらだけど、残ってるってことは賑わってるんだろうなぁ。


 あそこのコインパーキングは、相変わらずガラガラなんだな。代わりに隣の駐輪場はほとんど満車だけど、これも相変わらずだ。


 ……おや、あっちにあった弁当屋は違う店になってるぞ。潰れたのか勇退したのか……どっちにしてもちょっと残念だなぁ、あそこの弁当安くてうまかったのに。


『私は帰ってきた!』


 あとは、お約束も言ってみたりして。いや、言えてないんだけどさ。文字にすると「うにゃおぉん!」だったよ。


 まあそれはさておき、アパートに向かいますかね。


 前世、人間時代はこの駅とアパートの片道移動距離はチャリで十分くらいだった。徒歩なら倍くらいはかかるだろうか。

 となると、この身体だと……一時間くらい? 休憩を挟む可能性を加味すると、もうちょっと行きそうだな。

 歩く時間としては結構なものだが、これはやるしかない。ここからは使える足がないんだからな。


『よし、行くか』

『どこ行くんだよ』

『……なんでついてきてるんですかねぇ』


 歩き出した俺に並ぶ三毛猫。本当になんでこんなことになってるんだか。


『別に、なんだっていいだろ』


 これはツンデレってやつなんだろうか……。

 まあ特に邪魔してきたりとかはなさそうだし、別にいいけどさ。


『で、どこ行くんだよ』

『昔住んでた家だよ。妹が困ってるんだ』

『……ふーん。やっぱテメェ飼い猫なのか』

『まあな。そう言うお前は野良歴長いのか』

『最初からだ』

『そうか。大変だったろうな……』

『安い同情はいらねぇ』

『さいで』


 歩きながら話もあるが、そんな感じでちょっと話しては黙り込むのが続く。会話弾まないなぁ。


 もやもやしながらもとりあえず歩く。歩く、歩き続ける。

 視点はだいぶ低いが、そこはかつて通い慣れた道だ。歩いてるうちにだんだん楽しくなってくる。まさかこのなんでもない道を、楽しんで歩く日が来るとはねぇ。


 おっ、あそこの駄菓子屋まだやってるじゃないか! 前世は慢性的に金欠だったから、小学生に混じってちょくちょく買ってたっけなぁ。

 現代ではもうほとんど残ってない、ずらっと並んだ大型のプラ箱にたくさん駄菓子が入ってるような店で、それがまたノスタルジーを感じさせるんだよ。

 遠目で見る限り、それも変わってないみたいでなんだか嬉しい。変わらないことにそう思うようになるとはなぁ。


『なんかいい匂いがする』


 と思ってたら、三毛猫がそちらに吸い寄せられていく。

 そうか、個別包装オンリーじゃないもんな。猫の鼻にはわかるよなぁ。


 ……これ、串イカの駄菓子の匂いだな。あとカステラ系の匂いと……これはカレー系かな? 色々混ざってるけど、特にわかりやすいのはその辺か。


『寄るのはいいけど、置いてくぞ?』

『なんだよ、少しくらいいいだろ』

『よくはないんだよなぁ……』


 やれやれとため息をつく。

 それでも三毛猫は駄菓子屋に向かい続ける。まあ、別に初対面の相手だ。このまま置いてくかと思ったところで、


「あらあら、かわいいお客さんだねぇ」


 店主のおばあさんが中からひょっこり現れた。おお、いつものおばあさんだ。懐かしい、ご健勝で何よりだ。


 なお三毛猫のほうは、匂いに気を取られていたからか接近に気づかなかったらしい。ちょっとびっくりして動きを止めて、いつでも逃げ出せるように姿勢を低くした。


「何か食べてくかい? ……あらら、逃げられちゃったわ」


 まったく無警戒に近づいてきたおばあさんは、警戒心全開で俺の後ろに隠れた三毛猫に悲しそうな顔をした。


 あー、そういえばこの人、こういう人だったなぁ。野良猫とかに駄菓子あげちゃうんだよな。生態系とかそっちの観点に立つと決して褒められた行為ではないんだが、この辺の野生生物にとっては楽園だろうな。


『大丈夫だよ。あの人はここら辺じゃ有名な篤志家で、色々恵んでくれるんだ』

『……嘘だったら今度こそ殺すからな』

『はいはい』


 一度俺をぎろりとにらんでから、三毛猫はなおも警戒しつつおばあさんに近づいていく。

 それを見たおばあさんは、嬉しそうに笑った。


「いらっしゃい、猫さん。よかったらどうぞ?」


 そして容器から串イカの駄菓子を取り出すと、三毛猫の前に置いた。

 三毛猫のほうはというと、最初は警戒していたものの、目の前に置かれたイカの匂いに我慢できなくなったんだろう。思わずといった様子で口をつけ、味を理解してからはガッつき始めた。


 うーん、こうして野生生物は餌付けされていくのだな。

 やっていいのかどうかはさておき。クマとかでもないし、いいんだろうか?


 その辺のことはよくわからないが、三毛猫の様子を嬉しそうに見守っているおばあさんに水を差すことは俺にはできない。物理的にも。

 それにこれ以上ここで時間を使いたくないので……そろそろ先に進むとしよう。


 三毛猫は……まあ、ずっと野良だったなら一人でもなんとかやっていけるだろう。どちらにせよ、俺たちはただ偶然顔を合わせただけの縁だしな。


「あら、そちらの毛並みのいい猫さんはいらないの?」


 その背中に声がかかるが、


「にゃあーん」


 気持ちだけ受け取っておくよ。

 そんなつもりでひと声鳴いて、俺はくるりと踵を返した。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 さて一人で歩みを再開した俺だが、この駄菓子屋を通過してしばらく行くと小学校にぶち当たる。時間帯的にそろそろ下校が始まるだろうことを考えると、なるべく人通りの少ないところを通ったほうがいいかもしれない。何せ子供は無邪気に攻撃性を発揮することがあるし、理屈じゃないところもあるしな……。

 となると、ふむ。この辺りの地理は一通り覚えてるから、候補はいくつか浮かぶが……せっかく猫になったんだ。猫にしかできないショートカットをしよう。


 視線を少し上げる。ご主人の家周辺とは異なり、少々古い街並みだ。

 けれど古いからこそ、猫が入り込む余地がある。たとえば、並んでいる家を囲むコンクリート塀とかな。


 ひょいっとジャンプし、近場の塀に上がる。高くなった視線で周囲を見渡して場所を確認して、目指す場所へ進む。

 ときには木の上だったり、平屋の屋根の上を伝っての移動は正直ちょっと楽しかった。子供の頃アスレチックでこんなようなことをした覚えがあるが、そんな感じなんだよな。


 そしてそうやってて改めて思う。やっぱり俺の身体、めっちゃ動けるぞ、と。


 最初はいっそ石橋を叩いて壊すレベルでこわごわとやってたんだけど、バランス感覚がやたら鋭いうえに思った通りに身体が動くものだから、びっくりするくらいスムーズに移動できてしまった。それが続くんだから、さすがに楽しくもなる。スポーツができる人間の心境ってのはこういうものかって思ったね。

 もちろんそういうところに他の動物が縄張りを持ってる可能性はあるから、なるべく音を立てないように、そしてすぐに立ち去るように心がけたぞ。あの三毛猫みたいに問答無用で襲われるのはもうごめんだしな。


 そうやって移動をして、どれくらい経ったか。目的地近くの人気のない路地に降りた俺は、遠くから聞こえ始めた子供の声に混じるカラスのダミ声を聞いて、足を止めた。

 子供の声と違って、カラスの鳴き声は近くから聞こえてくる。それも複数で、しかもかなり興奮した様子だ。

 そしてその声は、俺が行きたい方向から聞こえてくる。


 ……やだなぁ。正直言って関わり合いにはなりたくないんだけど。


 そう思いながらも、進行方向だしとりあえず様子だけ見ようと思ったのがいけなかったんだろうか。

 壁の陰からひょいと顔だけ出した俺が見たものは、何かに群がるカラスの群れだった。


 それだけならまだよかったんだが。


 その群がられている何かが問題だった。隙間から垣間見えたそれは。ボロボロで、血を滴らせるそれは。


 ……子猫だった。


 瞬間、俺はフリーズした。目の前で起きていることがあまりにも衝撃的で、考えることを無意識に拒否したような感覚だ。

 しかしすぐに我に帰る。と同時に、強烈な嫌悪感と怒りが内側から湧いてくるのを感じて、身体が動きそうになった……が、その衝動に困惑する自分もいて。そのせめぎ合いの結果、考えなしに飛び出さずに済んだ。


 なんだ? 俺はどうしてこんなにも怒ってる?

 だって、野生の動物が他の動物に襲われるなんて別に珍しいことじゃないはずだ。特にカラスなんて雑食の生き物だし、知能も高いから数羽で連携くらいするだろう。空腹なら猫だって襲うはずだし。

 そこにあるのは生きるか死ぬかの弱肉強食の論理で、俺の抱いた感情ははた迷惑な外野のヤジでしかないはずなのに……。


 なのに俺は今、ひどく子猫に同情していて、この状況に憤慨している。これが生粋の猫派なご主人や明人ならまだわからんでもないが、俺はそこまで猫に思い入れは、……いや、そうか。そういうことなのか?


 俺は今、猫だ。人間じゃない。そして今、襲われているのは子猫だ。同じ生き物だ。

 人間に当てはめれば、理不尽に子供が襲われている構図になるだろうか。なるほど、それならこの感情の動きも理解できる。


 そしてなんとなく思う。そうか、俺はもう猫なんだな、と。心は人間のつもりだが、身体が猫である以上その影響からは逃れられないのかもしれない。

 あるいは相互に影響を与え合ってるのかもしれないが、そんなオカルトじみた話はこの際どうでもいい。


 俺は今、目の前の出来事に怒っている。本来の目的を果たすのであればこれを気にするべきじゃないし、スルーが一番賢いんだろうが。どうにもそれはできそうにない。


 とはいえ、無策であそこに飛び込むのは無謀すぎるだろう。四羽もいるんだ、死角から奇襲するくらいはしないと返り討ちに遭うのが関の山だろう。

 ならばそれに向いたところは……と考えて周囲に目を向けた、そのとき。


 カラスの群れの横合いから、影が一つためらうことなく飛び出していくのが見えた。

 俺と同じか、下手したら上回る怒りをにじませるそれの正体は、


『テメェら何やってやがるッ!!』


 あの三毛猫だった。


 ……えっ、あいつ何やってるの!?


ここまで読んでいただきありがとうございます。


まさかのリアルファイト二回目。

巡り合わせが悪いと人間も普通に襲うカラスですが、下手なことするとその知能で顔を覚えて復讐しにくるので気をつけましょう。自分から攻撃するなんてもちろんしちゃダメですよ。


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[良い点] ナナホシつくづく不運がつづく…… [気になる点] いきなりリアルで仲間ゲットとかすご。 [一言] 受験勉強大変……けどがんばる!! 家のねこが逃げたー!!
[気になる点] 猫にイカはあきまへんで!
[気になる点] 猫がイカ食べて平気?
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