42ねこ キャットファイト
三毛猫が爪を振るう。それはまっすぐに俺の目に向かっていて、なんていうかこれは殺意ありまくりですね……。
当たり前だけどそれを素直に食らう道理はないので、さっと姿勢を低くしてそれを回避。と同時に、鼻先に向けてアッパーを放つ。
『いって!?』
見事に命中。三毛猫は短く悲鳴を上げると、後ろに飛び退いた。
これで少しは戦意を喪って……くれればよかったけど、そんな気配はなさそうだ。むしろやる気をさらに増してるように見える。
『やりやがったな!』
再び攻撃が飛んでくる。今度はタックルだ。顔を守りながらのショルダータックルな辺り、この三毛猫かなり戦い慣れてる感じがする。
とはいえ、その速度はSWWで最初のボスだったレッサータウロスキッズ・スレイブと比べても遅い。
最近よく戦ってるホムンクルスに比べればそりゃあ速いが、それでも直近まで拠点にしてたミスリルの街周辺には、あれくらいの速さがデフォの敵もいたからな。これくらいは簡単に回避できる。
横に少しだけずれて、その軌道から外れる。その直後に、横から頭突き! タックル中に横から食らうと効くはずだ。
予想通り、三毛猫はうめき声をあげてよろめいた。
……あれ? 俺、意外と普通に対応できてるな。なんでだ?
『こんの……!』
『おっと』
苦し紛れの爪がすぐ近くを通ろうとする。それを確認した俺は、少し身体を反らして回避した。
……攻撃が全部普通に認識できるぞ。しかもそれだけじゃなくて、ちゃんと動くまでできる。
おかしいな、俺ってこんなに動体視力よかったっけ? いやそれだけならまだしも、見てから回避できるくらい身体が動くのも不思議だ。こちとら生まれてこの方ろくに運動もしてない飼い猫なのに。
心当たりと言えば、SWWしかない。あのゲームの中では、こんな挙動を特にプレイし始めたころはよくしていた。今はヴァルゴの効果で飛んでることが多くなったけど、それでも回避のためのサポートスキルはつけっぱなしだ。いざってときに頼りになるからな。
でも、ゲームのサポートスキルとかの影響がリアルにも出るなんて、そんなことあり得るのか? 確かにあのゲームのリアリティは半端ないが、まさかそんな……。
もしそうだったとしたら、とんでもないことになりかねないぞ。凶悪な思想の持主が使って、手が付けられなくなったりしちゃうんじゃないのか?
いやまあ、そもそも俺の推測でしかないから実際どうなのかはわからないけどさ。もし現実に反映されるのが起こるんだとして、関係各所がそれを認識してない可能性もあるだろうし。
これはなんだろう、運営に連絡とかしたほうがいいんだろうか……。
『しゃあああぁぁーーっ!』
いやいや、今はこんなことを考えてる場合じゃないな! そもそもこの短時間でそんな考えるだけの余裕があるのがおかしいわけだけど!
次に来たのは爪のラッシュ攻撃だった。左右の爪が連続して俺を襲ってくる。
ただ、ここは現実だ。どこぞの空条さんの後ろに立つ白金さんのように、乱打のすべてに必殺の威力が込められたラッシュを、一定の範囲内に、延々と続けられるようにはできていない。生物にそんなことは不可能だ。
最初の数発は見事な攻撃だったが、あとはだんだん緩くなっていく。最初さえしのげば対処は容易だった。
『ここだ!』
『うぐっ!?』
攻撃と攻撃の間に付け込んで、俺は小さく跳躍。すぐ下を空振りする爪をしっかり認識しながら、ぐるりと空中で回転して三毛猫の背中に勢いよく着地した。
さらにその勢いを利用して、三毛猫をジャンプ台にする。大きく空中に舞い上がった俺は、ホームに設置されていた簡単な柵の上に無音で降り立った。
『こ……の野郎……!』
人間だったら歯ぎしりをしてる感じだろうか。顔を怒りに歪めて、三毛猫が睨んでくる。
ただここまで一発も攻撃を当てられていないからか、そんな態度のわりに攻撃をしかけてくる気配はひとまずなかった。
《まもなく、一番ホームに電車が参ります。白線の内側までお下がりください。繰り返します……》
場内アナウンスが響く中、俺はとりあえず対話を試みることにした。
一番ホーム? あ、大丈夫。俺が乗りたいのは二番ホームに来るやつだから。ケンカ始まって一分くらいだし、まだ時間には余裕あるから!
『……なあ、もうやめようぜ? お前の縄張りに入っちまったことは謝るから……』
『うるせえ! 絶対にぶっ飛ばす!!』
『話聞いてくれよォ!!』
ダメだ会話が成立しない!
軽く絶望すると同時に、再び三毛猫が飛びかかってきた。お互いの立ち位置からして、それはすごくやめといたほうがいいと思う……けど、それを言っても聞いてはくれないんだろうな。
なんて考えながら、俺もジャンプして移動する。これでゲームみたいに多段ジャンプができれば一気に移動できるのに。
『おわ、えっ、あっれ!?』
なんて思ってたら、想定よりもはるかに飛距離が出た。ホームドアを飛び越えて、さらには線路二本を越えたところでやっと頂点に達して。そこから反対ホームのホームドアすら通り越してしまった。
えええ、なんだこれ!? 確かに多段ジャンプのことは考えてたけど、それだけで反対のホームまでって絶対おかしいだろ!? ここは現実だぞ!?
何がどうなってるんだ!? 俺の身体に何が起きてるって言うんだ!?
『てめえ! 待ちやがれ!』
『えええそこは諦めてよ!』
でもってお前はなんで追いかけてくるんだよ! 縄張りから出たんだし大目に……いや見れないのか、野良猫にとってはそれくらい縄張りって大事なものかも……。
……いや待て。さっきこっちのホームに電車来るってアナウンスあったよな?
「……!」
電車の音が聞こえてきた! そっちに目を向けると、間違いなく電車がこちらに向かってきていて……。
『ダメだ! こっちに来たら死ぬぞ!?』
『やかましい!』
『聞けよ!!』
声を張り上げるも、三毛猫はまったく聞く耳を持たない。なまじホームドアのドア部分が透明で俺が見えてるからか、むしろヒートアップしてるまである。
そのままあちらのホームから飛び降りると、電車が入ってくるこちらのホームに向かってきて……ホームドアに阻まれて悪戦苦闘し始めた。わずかな下の隙間からくぐろうとせずに一旦上に跳べばいいだろうにと思うが、普通の猫にそこまでは期待できないだろうか。
そこに、猫の身にはかなりのものに聞こえる音を響かせながら、電車がホームに入ってくる。速度はもちろん落としながらだが、それでも猫の小さい身体を轢殺するには十分すぎる速度がまだ残っていて……。
『危ないッ!!』
そして訪れるだろう悲惨な結末を想像して、俺は思わず前に飛び出した。そのままホームドアの隙間でじたばたしている三毛猫の頭を全力で蹴り飛ばす!
「に゛ゃッ!?」
いいところに入ったのか、結構な悲鳴と共に三毛猫の身体が吹き飛んでいく。
そしてその直後、今までそいつのいた場所に電車が滑り込んできた。本当に目と鼻の先に電車が来て、ものすごくびっくりした。思わず後ろに跳びはねて、それだけじゃ飽き足らず全力で距離まで取っちゃったよ。
「…………」
やがてホームドアと電車のドアが開き、まばらに人が降りてくる。
その様子を色んな意味で暴れる心臓の音をこらえながら見送り……電車も見送ったあとで。
反対ホームの線路の上で放心している三毛猫を見つけた俺は、深い深い安堵の息をつくことになった。
『大丈夫か?』
『…………お……おう……』
声をかけてみたら、気の抜けた声ではあるけどかろうじて返事は来た。どうやら無事なようだ。
改めて安心してため息が出る。目の前で生き物が電車に轢かれるところなんて絶対見たくないもんなぁ。
『無事でよかったよ。お前が怒ってたのは俺のせいだし、もし何かあったら寝覚めが悪いどころじゃなかったしなぁ』
『…………』
とはいえ、やっぱり今まさに死にかけたのは相当ショックだったんだろう。三毛猫は何も言わず、ぼんやりと呆けている。
でもこれは会話のチャンスだ。そう思って、俺は三毛猫の前に回り込むと視線を合わせた。
『あー……その、なんだ。とりあえず、改めて謝るよ。お前の縄張りに入って悪かった、ごめん』
『…………』
『たぶんここにも二度と来ないだろうけど、それでもここには立ち入らないようにするから。今回は見逃してくれると助かる』
『……今回だけだからな』
『ああ。ありがとう、恩に着るぜ』
よし、言質は取ったぞ!
とはいえ、許しを得たのは先の縄張り侵犯についてだ。もう一度踏み込むのはそれこそ自殺行為だろう。
あの陽だまりは魅力的だが、また騒動になるのは困る。ここは同じホームの端でも反対側の端に行こう。
そう思って改めてホームに上がり、てちてちと移動をしたのだが……。
『……お前なんでこっちにいんの? それともこっちもお前の縄張りなのか?』
『別にいいだろ、なんでも』
さっきの三毛猫がついてきた。そのままホームの端まで来ると、腰を下ろして座った俺の隣に同じく座り込んでくる。
『その言い方は、ここは別に縄張りでもないってことだよな……?』
『うるさいぞ』
『ええ……』
会話を拒否された。どうしろっていうんだ。
これで邪見にするわけでもなくただ近くに座り続けていて。どういう状況だこれ。
しかも会話がない。無言の圧迫がとても気まずいんですけど。
かといって、ここ以外で待つのはちょっと……。小さい駅とはいえ、猫の小さい身体ではそれなりに広く感じる。駆け込み乗車はわりと冗談抜きで命にかかわりそうだし……。
結局答えらしい答えは出せないまま、俺は無言でしかもほぼ不動で電車を待つ羽目になった。
《まもなく、二番ホームに電車が参ります。白線の内側までお下がりください。繰り返します……》
来た! メイン電車来た! これで勝つる!
アナウンスにいそいそと立ち上がり、人を避けながらドアの位置近くまで移動する。
『……えぇ?』
『なんだよ』
『いや……いや、うん……まあいいや……』
そこにも三毛猫がついてきた。普通に並ばれる。
まさか見送りでもしてくれるのか? それならそうと言ってくれればいいのに……。
……あ? いや待てよ、まさかとは思うが、これってそういうことなのか? 確か三毛猫って九割以上がメスだったような。
でもまさかそんな。相手は猫だぞ。いや俺が人間って言いたいんじゃなくって、吊り橋効果的なやつが働くのかどうかって意味で……。
あと、仮にもしそうだとしたらものすごく申し訳ない。何せ俺、既に去勢済みなので……そういう感情がわかなくてですね……?
とそこに、電車がやってきた。つい先ほどこれで死にかけた三毛猫はものすごくびっくりしてたけど。
電車のドアとホームドアが連動して開き、人が乗り降りして……ふむ、意外とここ人がいるな。最前列車両だからだろうか。ここはより人の少ない場所を選んで……。
ドアがそろそろ閉まる、というタイミングを見計らって電車にするりと乗り込んだ。
『よし、成功』
幸い乗り込んだドア付近には、人がいなかった。
まあ平日の昼間で、学生もまだ学校にいる時間だしな。都心近辺ならともかく、この辺りはこんなものだろう。
人がいないわけではないし、地元の同じ時間帯の電車と比べたら多く乗ってると思うけど、場所によって車内の人口比率に偏りが生じるくらいには人の少ない時間帯ってことだろうな。
『へー、ここって中こうなってたのか』
『なんでお前がここにいるんだ……』
そして今まで気にしないようにしてたけど、普通に三毛猫がついてきてる件。
人の目につかないように端っこで小さくなってるのに、話しかけるなよ車掌さんにバレちゃうだろ!
『別にいいだろ、あたいがどうしようが』
『そりゃそうかもしれんが……人間にバレると追い出されかねないから、静かにしててくれよな……』
『それは知らん』
『マジで勘弁してくれよな……』
本当に知らん顔をしている三毛猫に、俺はさっきとは違う意味のため息をつくことしかできなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
おおむね主人公の推測通りだったりします。詳しくはEXを読んでいただければ、SWWとダイブカプセルがどういう目的のものかおわかりいただけるかと。
それはそれとして、本日ちょっとご報告があります。
よろしければ割烹をご覧になっていただければなと。