39ねこ 妹なるもの
ご主人が起きてきたこともあって、とりあえず投下された爆弾を棚に上げて朝食。
俺がいつもより大人しいからか、ご主人はなんだか心配そうだったけど寝不足でごまかしておいた。
あながち嘘ってわけでもないからな、早起きしてるわけだし。
いやしかしどうするかな……まさか妹からメッセージが来るとは思わなかった。
そう、妹だ。血を分けた我が妹である。
……もちろん猫からメッセージが届くはずもないから、この場合は前世での話だ。
ミーナ、とはハンドルネームだ。本名は黒川湊。俺の前世こと、黒川北斗とは実に十二歳も歳の離れた世界一可愛い妹である。
いやだって、干支一回りも歳が離れた妹だぞ。世間一般の兄妹って言うとそれなりに年齢が近いこともあって色々モメることもあるだろうが、十二年も差があればシンプルに可愛い以外の何物でもない。
おかげであっちも相当なブラコンになっちまったのは、さすがにちょっと反省してる。
とはいえここは現実だ。漫画みたいに兄妹間で恋愛感情があったはずもなく、あくまで仲のいい兄妹でしかなかったわけだが、それでも兄妹仲がかなりよかったのは間違いない。
だからこそ、下手な復活宣言をしたらマズイことになるんじゃないかと俺は足踏みしてた理由の何割かは、これが原因だったりする。疑われるならまだしも、兄の名を騙る詐欺師とか言われたら目も当てられないだろ。こういうときは、愛情が深ければ深いほどそれが悪い方向に行ったりするし。
しかしそんな妹からメッセージが来たってことは、あっちが状況を把握したからなのは間違いない。湊が知り得るはずがないから、誰かから教えられたんだろう。十中八九明人だろうが。
それはいい。ブラコンだった湊が俺が猫になって転生してると知ったら、そりゃ大急ぎでメッセージ出してくるだろう。
ただ、そのメッセージのあとに大量のメッセージが連続して来てるし、なんならその間隔がだんだん短くなってきてる辺り相当キてるなとも思うが。
……おかしいな、あいつがこんなに取り乱すなんて。そんなところ見たことないぞ。
いやあるにはあるけど、あれはまだあいつが小学生の頃だったから実質ノーカンだろう。今はもう十八なんだし、ここまでなるとはとても思えないんだが……。
いつも通りの文章だったら俺も返信を躊躇しないんだが、なんていうかこう……こう、ヤンデレ感のする文章へのリアクションに抵抗を覚えるのは人として仕方ないと思うんだ、俺。
これはあれか、今まで家族と連絡取るのをヘタレて躊躇ってた罰なのか? 俺が悪いのは間違いないが、かといってどうするのが正解なのか……。
「ぐにゃあん」
答えが出ない。仕方ないので俺はとりあえず明人に連絡を取ってみることにした。
なんでまた俺のことを教えたんだよもう。俺が湊への口止めしてなかったから教えたんだろうけどさ……。
『湊ちゃんに教えないとか鬼畜ですかあなたは』
そしてその明人からの返信がこれである。
それな!!
いや確かにその通りというか、完全に正論ですねごめんなさい! 今まで棚に上げてた俺が全面的に悪うございます!!
あ、また湊からメッセージが来た……どうしよう、このままだとつぶやきったーのDM欄があいつからのメッセージで埋まる。なんて返せばいいんだこれ!
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かくして悩みに悩んだ俺が取ったのは、SWWにログインすることだった。
つまり俺は逃げ出した。
いや待て、待つんだ。言い訳させてくれ。ちゃんと理由はあるんだ。
前にも何回か言ったが、このSWWの中は時間の流れが現実とは違う。ゲーム中の時間経過は現実よりかなり遅く、それはつまり考える時間を引き伸ばせるということに他ならない。
それは文章を書くとき特に有効に働くし、おまけにここなら俺も会話ができる。さすがに現実にいる人と通話はできないが、言葉に出すというのも思考する上では案外バカにならないものだ。
というわけでログインしたわけだが、平日の午前中ってことで人はまばらだ。フレンド欄を見ても、ほとんどがログアウト状態になっている。
だが今の俺にはその中の一人と連絡がつきさえすればいいから、あまり問題じゃない。
そしてその一人は、昨夜徹夜で酒盛りしてただろうに元気にレベル上げに勤しんでいた。
「おい@」
「おやナナホシじゃありませんか、早いログインですね」
「お前に言われたかねーよ。昨日かなり遅くまで飲んでたんじゃないのか?」
「学生の頃ほどじゃないですよ。みんな歳を取りましたからね……」
「悲しいこと言うのやめろよ……」
そうだよな……みんな三十になってるだろうし、さすがに月曜から徹夜で酒盛りはしなかったか。
「ええ、今日も平日ですからね。みんな結構自重してましたよ」
「お前らがそんな理性あふれる選択ができるようになったとはな……月日の流れを実感するな」
「フッ、何を言うやら。自分は常に理性の塊ですよ?」
「そう思うならそのダブルメガネやめような、マジで」
大体、ゲームに集中するために長期間有給出して電脳世界に入り浸ってるやつに理性がどうのとか言われたくないわ。理性の種でも食ってろ。
そして不意打ちでこっち見んな。笑うだろ。
それでもなお明人を攻撃しようとしてたホムンクルスをノックバックさせた俺は偉いと思う。
「ふう。助太刀感謝です」
「どってこたねーよ。それより@、ちょっと付き合ってくれ」
「また勘違いされそうなことを言いますね。高校時代、腐女子たちから騒がれた頃からまるで成長していない……」
「うるせー、どうせ今俺らしかいないんだからいいだろ」
あと、声優になってからそういう扱いされるのにそこまで抵抗なくなったしな。そうでもしないと仕事来なかったからね、仕方ないね。たとえ内容がBL系だろうとそれも立派なお仕事ですから……。
いやそれはともかく、一旦ダンジョンから街に戻る。人に聞かせる話でもないから、宿屋にイン。
「で。湊ちゃんのことだと思いますけど、その認識であってます?」
「大当たりだよ。いやー、マジでどうしたもんかと思ってなぁ」
はー、と大きなため息が口をついて出た。
「どうもこうも、湊ちゃんにはちゃんと言うべきでしょう。もちろんご両親にもですけど」
「必ずしもそうとは限らんだろ。普通信じないってこんな話。仮に信じてくれたとしてもゲームの中でしか話せないし、それするにもかなり金がいるし」
そう言ったところ、明人は深いため息をつきながら首を振った。
あからさまに「ダメだこいつ、早くなんとかしないと」って雰囲気だ。
「なんだその反応は」
「いや……相変わらずヘタレだなぁと。生まれ変わってもその慎重な性格は変わらなかったんですね」
「……お互い様だよちくしょうめ」
ここで俺たちは視線を合わせて、同時に笑った。
うん、まあ、なんだな。こういう話するのも久しぶりだ。
明人は突撃しか頭にない突撃バカだけど、それは裏を返せばどんなときでも前に進めるやつってことなんだよな。
逆に俺は、状況判断ができるサポーターではあるが、要はそれは石橋を叩いて渡る(場合によっては石橋を叩きすぎて壊して渡らない)ビビリ屋ってことでもあるわけで。
だからこそ、俺と明人は一緒にいたと言ってもいい。ゲームでも、なんでも。お互いの短所を、お互いの長所で補って。
「三十路になってもやってることはガキの頃から変わらないとはなぁ」
「懐かしいですね、先輩に告白するかどうかで二時間も恋愛相談がループしたりとかありました」
「テメェ明人それは忘れろくださいマジで」
なお明人のほうはすぐ告白してダメなら即次の人ってやってたせいで、誰彼構わず手を出すやべーやつ扱いされてた模様。どっちもどっちである。
「……あれか。やっぱ明人は、細かいことは気にしないでちゃんと連絡取れってスタンスなんだな」
「そりゃもう。昨日も言いましたけど、葬式のときの湊ちゃんすごかったんですからね」
「……これを見てもそう思うか?」
言わんとしてることはすごくわかるんだが、あの小刻みに届くメッセージがそれを躊躇させるんだ。
果たして、明人もこれは予想外だったのか珍しく硬直した。
「……ヤンデレの妹に死ぬほど愛されて眠れない案件ですかね?」
「な? これはさすがにためらうだろ」
「確かに……。いや、まさかここまでとは」
明人ですら引くってよっぽどだぞ。マジでどうしちゃったんだうちの妹は。
「これはうっかりリアルを教えたら家まで押しかけてくるまでありますね……」
「怖いこと言うのやめろよ、昔のネ友でそれやられたやついるんだからな」
「いやその……それももちろんそうなんですけど、それよりもアレなのがですね……湊ちゃんなんですけど、今東京在住なんですよね……」
「……は?」
いきなりぶん投げられたそのセリフに、俺はフリーズする。
そんな俺から視線をぶつけられた明人は、肩をすくめながら追い爆弾発言をしやがった。
「しかもですね、自分の記憶が正しければ湊ちゃん、北斗の住んでたアパートに住んでるはずなんですよ」
「……はあっ!?」
激しいフレーメン反応を起こす俺。
待て待て待て、ちょっと……いやだいぶ待ってくれ。
「俺の住んでたアパートって……それ、前世のだよな?」
「他に何があるんですか。死ぬ直前まで北斗が住んでいたあのアパートですよ」
「おい……それって」
それってつまり、わりとご近所なのでは?
ご主人宅の住所を俺は正確には把握していないが、それでも都内であることは間違いない。都心からは多少離れてるが、それは俺が昔住んでいたアパートもそうだった。
主に家賃の関係で都心から離れていた俺のアパートと、ご主人の住むこのマンションは明らかに方向性が違うから多少の距離はあるだろうが……。
「はい、住所が割れると乗り込まれる可能性は高いでしょう」
「どうすんだよ! どうすんだよマジで!!」
「どうって……どうしましょうねぇ?」
どこぞの探偵みたいに顎に手を当てた明人だが、こいつから名案が出てくる可能性が極めて低いことはわかってる。
つまり俺が解決策を出すしかないと……これはそういうことか?
勘弁してくれ……かなり勘弁してくれ!
ただの猫に何をどうしろって言うんだ!
ここまで読んでいただきありがとうございます。
念のため言っておくと、作者はヤンデレが大好きです(真顔