4ねこ 【巫術】の修行 1
間違えてちやどものほうに投稿してしまった・・・お騒がせしました。
シヅエという、【巫術】の師範がいる場所は街の郊外に位置した神殿だった。視界の端に映したミニマップと、そこに出ている目的地を示す光点を追いながらここまで来たんだが、なんというか……。
「どう見ても神社ですね……」
「それな」
俺より一歩早く到着していたらしい、女性のツッコミに思わず同意してしまった。
された女性はと言えば、足元からの同意に目を丸くしてこちらを見てくる。驚きで染まった顔はなかなかの美人……いや、美少女だ。
************************
光 人間 Lv2
称号 アプレンティス
守護神 天照大御神
守護星 磨羯宮
状態 普通
************************
……うん。
どっちだ。プレイヤーか、NPCか。
チュートリアルでわかっちゃいたが、やっぱりこれだけじゃわからんな! 普通【鑑定】とかしたらそういうのわかるようになるだろうに……よくもまあここまで作り込んだな……。
ああ、装備で判断するという手も実は使えない。このゲーム、普通に勇者してるNPCがいるんだよ……。つまり、プレイヤーと同等の行動と機能を持ったNPCがいてな……。
確か、見分けるためにはリアルの話題を振るしかないんだったか。芸能人とか政治とかの、時事的な話題が通じない場合はNPCの可能性が高いらしい。
プレイヤーだとしたら、高校生ってところだろうけど……。
って、どうせ考えても無駄か。それなら俺も、どっちとも取れるように行動しておこう。
せっかくだし、少し演じようかな。一年以上稽古できていないから、ちょっと自信ないが……。
「下から失礼。君も【巫術】を習いに?」
「え……っ、え? ええーっ!?」
俺がしゃべるのを見て、彼女は声を張り上げた。周囲にいた小鳥や小動物たちが、蜘蛛の子を散らすように消えていく。
俺も思わず耳を押さえた。猫の聴覚には人間の絶叫はかなり堪えるんだよ。
しかしまあ、ようやく俺が想定していた反応を見れた気がする。この驚き方は、きっとプレイヤーじゃないか? NPCも驚いてはくれるけど、こういう……こう、有りえないものを見たような対応はしてくれなかったからな。
「あ、あああ、えー? えーっと、あの……」
「うん。すごいどもりようだけど、言いたいことは大体わかる。俺はナナホシ、よろしくな」
「は、はい、こちらこそ……」
目の前の少女は、眼を白黒させてあわあわしながらもぺこりと頭を下げて来た。混乱しながらも礼儀を忘れない姿勢には、共感が持てる。いい子じゃないか。
「お二人とも、境内ではお静かにお願いします」
俺が謎の感動に浸っていると、不意に声が聞こえてきた。顔をそちらに向ければ、どう見ても正統派な巫女装束をまとった少女が一人。
……むむ。猫である上に、リアルより能力が上がってるはずのゲームの中で、こんな近くに来るまで人に気づけないなんて。もしかしなくてもこの少女、かなりできるな?
「あ、ご、ごめんなさい……でも猫さんがしゃべったので……」
「? それのどこが不思議なのでしょう?」
「えっ?」
「え?」
俺の警戒をよそに、プレイヤー(暫定)の少女と巫女さんが見つめ合う。
……ふむ、今の会話から察するに、やはりこの世界にはしゃべる猫がいるらしいな。ウィキの情報通りだ。いいことを聞いた。
とはいえ、このままだと話が進みそうにない。少し強引だが、俺はそのまま巫女さんに続きを促すことにした。
「すいません、俺は先ほど勇者になったナナホシという者ですが、ギルドの紹介を受けてこちらを伺いました。これが紹介状で……えーと、シヅエさんはいらっしゃいますか?」
「あ、はい。シヅエは私です。そうですか、【巫術】の修行に……どれどれ。なるほど」
おっと。この巫女さんが師範なのか。なるほど、巫と言えばやはり巫女さんということか。開発者はいい趣味をしているな。
けど、見た目は高校生か、下手したら中学生くらいに見える。どれ、ここは【鑑定】の出番だな。
************************
シヅエ ??? Lv?
称号 ??? ??? ???
守護神 ???
守護星 ???
状態 友好
************************
……なるほど? 読めないってことは、確実に俺より強いですね?
紹介状を読みながらふんふんと頷いている姿は、どこから見ても少女のそれなんだけどな……。
しかしあれか。名前だけでもわかったのは、一応本人が名乗ったからかな? 普通ならこれすらわからなくて、失敗判定だったはず。
っていうか、称号が三つもあるとか、今の攻略トップ組でも勝てないんじゃないか?
称号にもステータス補正効果あるはずだし。同時セットには色々条件はあるけど、補正効果は重複するから、数が増えればそれだけ強くなるんだよな、確か。
「そちらのお嬢さん。あなたも【巫術】の修行に?」
「え? あ、は、はい。そうなのですけど……本当にあなたが? 大変失礼かとは思うのですが、私より……」
「はい、間違いありません。見た目については、そう言う種族なのです」
「な、なるほど……これがゲーム……!」
おっとその発言、プレイヤー確定だ。NPCは、この世界のことをしてゲームとは絶対に言わない。彼らにとって、ここは現実なんだからな。
しかし、だとしたら今の発言……もしかして、ゲーム初心者か? あるいはそもそもこの手の分野に明るくないのか。見た目が幼いままの種族なんて、最近じゃ珍しくない気もするが。
ああでも、富裕層ってゲームとか漫画とかに親しんでるイメージはあんまないな。そういうことなのかもしれない。
「くすくす……勇者の皆さんは大体似たような反応をされますね」
シヅエさんがいたずらっぽく笑う。その様は少女というより、齢を重ねた女の妖艶さがにじみ出ていた。
なるほどロリババ……いや、なんでもない。
「さて、ではまず中に入りましょう。お二人ともどうぞこちらへ」
そんな彼女の案内で、俺たちは神殿(やはりどう見ても神社だ)へと足を踏み入れることになった。
「ああそうそう。そちらのお嬢さん、紹介状の方はお持ちですか?」
「あっ、そ、そうですね、忘れていました……えっと、紹介状が……はいこれです!」
「どれどれ……はい、確かに確認しました。ナナホシさんとアカリさんですね。受理いたしました」
境内で、アカリと名乗った少女から紹介状を受け取り中をあらためると、シヅエさんは俺の紹介状ともども懐にしまい込んだ。
それから居住まいをただすと、口元に拳を当てて小さくこほんと咳払いを一つ。
「さて、早速修業を始めましょう。まず、【巫術】について簡単に説明いたしましょう」
彼女がそう言うや否や、真紅の光があふれた。直後、天空から同じ色の光が彼女の身体に降り注ぐ。
思わずおお、と見ほれていると……シヅエさんの身体に変化が起こった。めきり、という音と共にその背中からさらに一対の腕が現れたのだ。
次いで彼女の胸元がはだけ……ラッキースケベかと思う間もなく、そこに眼光鋭い異形の顔がぐちゃりと現れる。
「きゃあっ!?」
「うわグロっ!?」
あまりといえばあまりの変わりように、アカリと俺が悲鳴を上げたのも無理からぬことだろう。
「……と、こんな感じで。精霊や妖精を身体に宿し、その力を借りる。これこそが【巫術】です」
「いやいやいや、これ明らかに邪悪なるものを宿してますよね!?」
どこからどう見てもダークサイドだよこの見た目!
っていうか、普通にラスボスの風格だよ! 実際こんなやついたし!
……あ、でもこれはこれで貴重ではあるか。暗黒面のかっこよさもある。スクショしとこ。
『まあ、否定はしません』
「しないんだ!? っていうかそっちもしゃべるのかよ!?」
驚愕の肯定が、胸元の二つ目の顔から放たれるというホラー!
いや、確かに全体的な雰囲気はファンタジーっぽいんだけどさ!?
「…………」
ほら見ろ、アカリなんか絶句してドン引いてるぞ! その手のことに耐性がまったくないんだろうなこの子!
「あらら。脅かそうとしていたことは事実ですけど」
『ここまで驚かれたのは久しぶりですねぇ』
ラスボスめいた格好のまま、近所のおばさんみたいな口ぶりのシヅエさん。ものすごくシュールな光景だ。
「このままだと埒があきませんし」
『まずはナナホシさんから話を始めましょうか』
「ひえっ」
今、胸元のほうの顔の目、リアルに光りましたよね?
え、ちょ……なんで近づいてくるんです? そのままでも教えられません?
いや……ま、待って、猫の身体でその姿、プレッシャー半端ないからそれ以上近づかないでほしいですよ!?
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
驚くほど怖いのが見た目だけの授業は、三十分も経たずにつつがなく終わった。
どうせならあのよくわからない【巫術】は解除してほしかったが、あれはあれで何か意味があるんだろう。
たぶん。そうだと信じたい。信じさせてくれ。
「うーむ……どうしよう……」
そして今俺は、仕上げとして神社の地下に広がるダンジョンに放り込まれていた。奥にたどり着き、妖精と契約するのがクリア条件らしい。当然一人だ。
その入り口で立ち尽くして、ひとりごちる。
いや、まさかこんなに早くダンジョンに潜ることになるとは思ってなかったぞ。
ネタバレが嫌でシナリオについては調べてないんだが、これやばいんじゃないかな? 今モンスターが出てこられたら、逃げるしか方法がない。先行投資のつもりで最初に【鑑定】スキルを取ったのは間違いだった感が半端ないんですけど。
「ま……まあ、言っても始まらないか。とりあえず進めるだけ進んでみよう」
幸いこの身体は、ほぼ無音で歩くことができる。姿を見られなければ、気づかれずに進める! ……と思う。これで遮蔽物があれば完璧だが……。
「しめた、梁があるな。あれを使おう」
天井を見上げてみると、一定間隔で梁が並んでいた。あれをうまく使えば、敵と接触せずに進めるはずだ。
正確に言えば梁同士は密着してないから、接敵したら梁に登ってやり過ごす、だな。あと【空中ジャンプ1】を使えば、うまいこと梁だけを伝って戦闘せずに移動できるかもしれない。そうと思えば少しは気が楽になった。
それでもできるだけ音は殺して歩き始める。石橋は叩いて渡るのが俺のプレイスタイルだ。
まあでも、RPGで最初から逃げに徹するのも面白くない。戦えそうなら挑んでみて、ダメだったら逃げればいいか。
「ギーッ! ギーッ!」
「悪いなとっつぁん、あばよー!」
とか思っていたのは最初だけで、早々に俺は絶対戦闘逃げるマンになっていた。
ゴブリンよりも小さい身体の人型モンスター(【鑑定】によると、プチファイターと言うらしい)を都度やり過ごし、うっかり接敵してしまったら梁を登って【空中ジャンプ1】で通路の先へ逃げる。それを繰り返している。
いや、勝てないわけじゃないよ? チュートリアルのゴブリンと一緒で、攻撃は全部止まって見えるレベルだったし。
でもな? 一体倒すのに五分近くかかってな?
うん……コスパが悪すぎると判断して逃げに徹してる……。
というよりコスパが悪いならまだマシで、戦闘中に他のモンスターがつられてやってきて多勢に無勢になる可能性がある。っていうか、なった。そうなったらもう勝ち目なんてなくて……。
いくつか道に分岐があったり、宝箱が見えたりもしたが……そんなプレイスタイルなのでおちおち精査していられなくて、全スルー。泣きたい。でも仕方ない。他に方法がないんだからな。
やはり最初に【鑑定】を取ったのは失敗だったようだ。あれば絶対便利と思ったんだけどなぁ。あれがなければ、攻撃可能な魔法スキルなんかを取れてたはずで……。
いやいや、前にも言ったがスキルは取得数が増えれば増えるほど、次に取得に必要なスキルポイントが増えるからあとあと効いてくるはず……。
「おや?」
必死に自己弁護しながら歩いていると、前方に明かりが見えた。ゲームらしく、ダンジョン内は謎の明かりが確保されているんだが、前方に見える光はかがり火だ。
どうやらゴールは近いかな? と思って駆け足で寄ってみれば果たして、かがり火で挟まれた扉が鎮座していた。
その手前は広場になっていて、いかにも何か起こりますって感じがする。嫌な予感しかしない。
でもここまでの道中、他に目立ったものはなかったから、たぶんこの先に何かがあるはずだ。
……スルーした分かれ道が正解じゃない限りは、だけど。
「……あれ、待てよ。どうやったら開くかなこれ」
いかにも古代ファンタジーっぽい、かっこよさげな扉を見上げて首を傾げる。とてもじゃないが、猫の手で開けられるようには見えない。
「自動ドア……ってわけじゃなさそうだなぁ」
近づいても、特に反応はなし。
「お? お、お、なーんだ、触るだけで開くタイプか」
一縷の望みをかけて扉に触れてみたら、何やら扉の真ん中辺りに青い光がぽわんと宿った。よかったよかった。
ゆっくりと開いていく扉の向こうが気になるので、さっさと猫の身体を生かして隙間からするっと中へ。
さーて、何があるのかな?
『挑戦者を確認。守護星の照合開始……「処女宮」と確認。試練を開始します』
……あー、うん……。
************************
試練 レッサータウロスキッズ・スレイブ Lv1
称号 ボスモンスター
守護神 ゼウス
守護星 金牛宮
状態 敵対
************************
広場の中央に出現したモンスターの頭上に浮かんだ緑色のライフゲージが、無慈悲な現実を告げる。【鑑定】がそれに追い打ちだ。
……ですよねー!
こんなあからさまな扉の中の、こんなあからさまな広場、ボス戦に決まってますよねー!
軽く現実逃避気味に考えながらも、俺はすぐさま空中に退避した。直後、それまで俺のいた場所を、ボスが猛烈な勢いで通過、壁に激突して周囲がかすかに震える。
着地して身構えながら、そいつと対峙する。見た目を一言で言うなら、金色の毛並を持った子牛ってところか。
それでも、猫にしてみればその体格は脅威だ。あの一撃を食らおうものなら、ただじゃ済まないだろう。何か光がちらついてたから、ただの突進じゃなさそうだしな。何かしらの効果があるアクティブスキルと見た。
いやまあ、【鑑定】の結果を見る限り、小型で幼体で奴隷って、めっちゃ手加減されてるんだけどな!
一方で、今の俺にあれに有効打となりうる攻撃ができるかっていうと……。
「ぶもおぉぉーーっ!!」
「ええいもうやぶれかぶれだッ!」
再びの突進を、さっと回避する。
そのすれ違いざまに、爪を全力で立てて相手の足を薙ぐ!
「ぶふーっ! ぶふーっ!」
「ですよねー!」
たしったしっと地面を蹴る相手の様子は、さっきとまるで変わらない。ライフゲージも見た感じ変化なし! 俺の処女宮と相手の金牛宮って、相性いいはずなのに!
一応、スキルが乗ってもなお、スピードは俺がやや有利。このままならやられる心配はないだろうが……それだけじゃなあ……。
おまけに、守護星の相性がいいというのは、実は双方向だ。こちらの攻撃は効きやすいけど、それは相手からも同じ。相手からの攻撃は、イコール死に戻りって考えて行動したほうがよさそうだ……。
「……詰んでないか、これ?」
思わずひげがだらりと下がるのが自分でもわかった。
しかし幸いなことに、ボス戦にもかかわらず入口は封鎖されてない。ってことは、ここから逃げることは可能!
……のはず。俺が生き残る道は、そこしかなさそうだ!
――かくして俺は、逃げ出した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ちなみにシヅエさんが宿した精霊は、デスなピサロのラスボスさんではなくて、無双稲妻突きをしてくる人の変身後がモチーフです。より具体的にはそれよりさらにン千年前のほうですけど。