37ねこ 報告会、それと
それからおよそ十数分後。
『ごめん、ギリギリで勝てなかったわ』
というご主人のメッセージと、
『こんばんは、ナナホシさん。本日は顔を出せなくて申し訳ありません』
という書き出しで始まるアカリのメールがほぼ同時に届いた。
ご主人については残念だが、リトライ可能なゲームであることを考えるとそこまで痛手でもない。
それに勝てなかったということは死に戻ったということであり、ならばこことは違う場所にある隠し部屋に行ける。そしてそこなら俺も参戦できるわけだから、デメリットはほとんどないも同然だ。
まあ、俺は今から街に戻るという手間をかけることになるが、クリーチャーの試運転がてら戻ればちょうどいいだろう。
「えーと、『了解、今からセントラルに戻るよ』と返しとけばいいかな。それとアカリは……」
ゲーム内機能のメッセージのご主人に対して、アカリからのは一般的なフリーメールだった。
彼女らしい丁寧でわかりやすい文章を読むに、どうも家でちょっとした騒動があったらしい。この調子だと、今日のログインは無理そうかな。
「……メイドの一人が急に泣き叫んで取り乱したって、何があったんだか」
その対応で色々あったらしい。歳も近くて普段から親しくしているメイドさんらしいが、面倒見がいいというか友達想いというか。
……なんの前置きもなく普通に「我が家のメイドさん」という単語が出てくる辺り、アカリがすごい家柄の子ってのはもはや確定だなぁ。メイドなんて、現代日本じゃ上位貴族かそれに匹敵する財力の持ち主にしか雇えない富の象徴みたいな職種だぞ。
「まあそれはともかく、場合によってはしばらくログインできないかもしれない、か。メイドのためにあれこれ奔走するお嬢様って、完全に立場逆転してんじゃねーか」
それを普通にできるのがアカリってことはわかっちゃいるけど。
うーん、でもそうなってくるとしばらくは一緒にプレイできないなぁ。せっかくの初イベントなんだから、一緒に走りたかったけど。
まあリアルで何かあった以上、仕方ないのはわかってる。ゲームはあくまでゲームだ、優先すべきはリアルだもんな。
「返信は……一旦街に戻ってからでもいいか」
SWWの時間とリアルの時間は早さが違う。こっちのほうが緩やかな以上、返信は急がなくていい。
「よし、戻るか」
てなわけで、俺は一旦ダンジョンから脱出することにした。
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さてセントラルに帰還。
道中、格下相手にクリーチャーの性能をあれこれ試しながらだったから少しかかったが、そこら辺はご主人の了承ももらってるから大丈夫だ。
身体に宿していたクリーチャーを外し、素に戻って街並みを抜ける。合流地点は今日ログインした宿屋だ。
「ただいまー」
「おかえりナナホシ。無事でよかったわ」
ただし入り口からではなく、窓から部屋に飛び込む。俺が猫だから許されることだ。
そしてすぐにご主人に抱きかかえられる。そのまましばらくされるがままにモフられたあと、今度はみずたまにもみくちゃにされる。最近はペット業もだいぶ板についてきたなと思うよ。
そうやって戯れたあとで、改めて居住まいを正す。
「で、どうだった?」
「えっと、要点だけ言うとあのヘンな挙動はされなかったわ」
「ふーん……?」
これはどうも、プレイヤー側の【ウィズダム】の称号が鍵になってる可能性が高まったかな?
「だから絶対に勝てない相手じゃなかったんだけど……途中でアンチフレイムが切れちゃってね」
「あー、環境ダメージにやられたか」
「事前に少し使ってたからね、仕方ないわよ。終盤の炎上っぷりなんてすごくってね。ほら、こんな感じで」
「うわ、大火災じゃねーか」
映像を見せてもらったが、火の海(海面)っていうか火の海(海中)って感じだ。床はもちろん壁や天井に至るまで、炎のないところがどこにもない。
これはアンチフレイムが切れたら死あるのみだろうな。環境ダメージでもチャージゲージはキャンセルされるから、【ウィズダム】を持たないご主人やみずたまにとっては全アクティブスキルを封じられたに等しい。そこからあの壁に逃げ込むボス相手に肉弾戦のみで戦い抜くのは、さすがに無理がある。
「相手のライフ、四分の一以下までは削ったんだけどねー。惜しかったわ」
「一人でそこまで削れたのか。本当に惜しかったんだな」
「【太陽術】は強いんだけど、チャージに時間かかるのが欠点ね。ソロでやってるとなかなか使う余裕がなくって」
「そうだろうなぁ……」
まあ、その欠点も魔法使いになればほぼないに等しいんだけど。そしてそうなったやつがどれほどチート感溢れる存在になるか、俺はよく知ってる。それはルール違反なので口にはしないけどさ。
「で、ナナホシのほうはどうだった?」
「ああ、【巫術】としてのクリーチャーは、一言で言えば『超火力偏重主義』だな」
ある程度使って俺が出した結論はそれだ。必然、バトルスタイルは「やられる前にやる」に絞られる。
「使用中の魔法攻撃力はすごいを通り越してヤバいの一言だ。イベント特効があるのを差し引いても、破格の強化補正だと思うよ。火属性に耐性のある敵と戦ったときどうなるかはまだわからんが……」
「そんなに?」
「一時的にだが、あのダンジョンの通路を火の海にできたレベル」
「……それは……なんていうか……ヤバいんじゃ?」
「せやろ」
俺がそういう風にスキルを改良して放ったからでもあるが、それを言うのはやはりルール違反だ。
とはいえ、これだけの恩恵があれば当然欠点もある。リアルならなんの欠点もないとかいう理不尽もあり得るかもだが、これはゲームだしな。ゲームバランスのためにも、かなり大きなデメリットがあった。
「端的に言うと、クリーチャー憑依中は回復スキルがほぼ無意味になる。バフやデバフの効果も、回復ほどじゃないがガタ落ちするな」
「なるほど、それで『超火力偏重主義』ってことね」
「ああ。これの使用中は、回復とサポートができなくなると思ってくれていい。かなりの諸刃の剣だ」
「うーん……今のところその役割はナナホシが主体だし、いつものメンバーでパーティ組むときはちょっと厳しそうね」
「俺以外全員前衛だからな!」
ご主人は言うに及ばず、アカリもMYUもみんな殴りに行く。ここに明人も加えれば、実に脳みそが筋肉したパーティが完成する。
アカリとMYUは、多少その手のスキルが使えるはずだが積極的には使わないからなぁ。
「そしてもう一つ。確率で敵の物理攻撃を無効化する代わりに、それが失敗したときのダメージは普通に食らったときの比じゃない。下手したら防御力マイナスになってる可能性すらあるレベル」
「ちょ……大丈夫なの!? ……あ、いや、ここに普通に戻ってこれたってことは無事だったのよね……」
「まあな。動体視力と瞬発力には自信があるから、ソロでも敵が弱いところならなんとかなった。それでも矢がかすっただけでライフが半分近く持ってかれたから……」
「そ、そんな危ないのは禁止よ禁止! ナナホシに何かあったら大変だわ!」
「いや、これゲームだから……」
散々ゲームだから自分がどうなろうと知ったこっちゃないみたいなプレイングしといて、俺に対してそれを言うのはダブスタじゃないですかねぇ。
もちろん俺を気遣ってくれてのことだってのは理解できるから、そこまでは口にしないけどさ。
まあでも、それを抜きにしても今回のイベントダンジョンではクリーチャーは使わざるを得ないスキルだ。何せ、あの厄介なホムンクルスのコピー能力を安全にやり過ごす数少ない手段なのだから。
「それはあたしの【従魔術】でカバーするから!」
「それもどうかなぁ? 【巫術】でのクリーチャー特有のメリットとして、憑依中はホムンクルスからのコピー技を完全無効にするってのがあるんだけど?」
「う……!」
ニャルラトの力は、クトゥグアの力と相反する。互いの固有スキルは無効化しあうが、【巫術】はその力を持つクリーチャーと一体化する魔法だから、他のクリーチャーと契約可能スキルとはその点で一線を画しているわけだ。
「他のスキルでのクリーチャーの場合、一定範囲内ならはじくけど完全じゃないからなぁ。乱戦で完全に状況を制御できてないとなると、必要になると思わないか?」
「ううう……!」
「それに何より、これ使ってるときの俺超カッコいいんだ」
「許可するわ!」
うーんこの変わり身の早さよ。思わず苦笑してしまう。
……あ、そういえばスキルの燃費が悪くなるってデメリットもあるけど、これは……まあ、他のデメリットに比べればそこまで重いものじゃないし、今は言わなくてもいいか。
「それはともかく、このあとどうする?」
クリーチャー憑依中の俺のスクショをご主人に送信しつつ、聞いてみる。
当のご主人は、表示された映像に「これはこれで……」とか言いながら頬を緩めて返事してきた。
「今現実だと……十一時くらいか。んー、どうしようかな。明日はそんなに早起きしなくてもいいから、一応まだ行けるけど……」
「デスペナが回復するまでリアルでも四十五分くらいかかるから、必然的に日付変わりそうだな」
「それなのよねぇ……どうしようかしら……」
「俺はご主人に合わせるよ」
俺は正直、どっちでも構わない。まだ遊びたいという気持ちはわかるし、早めに寝て明日に備えようという気持ちもわかるからな。今は気楽な猫生活だから好きなときに遊んでるけど、俺も前世ではよくこういう風に悩んだもんだ。
あ、そういえば。
「そうそう、言い忘れてたけどアカリは今日はログインできないみたいだ。リアルでなんかあったらしくて、さっきメールで」
「あら、そうなの? うーん、アカリちゃんも来れないから、今日は早めに切り上げようかしら……」
「MYUも今日は無理だってことだったしなぁ」
「うん。……よし、キリもいいし今日はもうやめとくわ。明日また一緒に遊びましょ!」
「あいよ、了解だ」
悩みを晴らしてすっきりした表情でご主人が言えば、俺はそれに応じてこくりと頷く。
それから俺たちはみずたまと少しだけ戯れてから、この世界を後にしたのだった。
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翌朝。アカリに返信するのをすっかり忘れていたことを思い出した俺は、ご主人より早めに起きてパソコンに向かっていた。
これが明人なら半日くらい放置しても心は痛まないし、明人もそれで怒ったりするやつじゃないから気にしないが、アカリとなるとさすがに気を遣う。いや、アカリもそんなすぐ怒ったりはしないだろうけどね、あんないい子を無視なんてできるわけないだろ人として。
……おっと、俺猫だったわ。いや、猫でも無視なんてできないよね。というか、猫だからこそ猫好きの子供は見殺しには(別に死にかけてないけど)できねーぜ!
「にゃふぅ~……」
こんなところか。こんな丁寧な文章、久しぶりに書いたわ。人間だった頃はマネージャーとかプロダクションの人相手にそれなりに書いてたけど、死んでからはほぼ初めてだ。猫だとこういうスキル必要ないからなぁ。
あとは、やっぱり爪だとタイピングしづらい。そもそもパソコンが人間のための道具な以上、仕方ないことではあるんだけどちょっともどかしい。
まあそれでも最初の頃に比べれば速度は上がっている。これに関しては慣れるしかないだろう。
「にゃうん」
そいじゃ送信、っと。よし。ノルマ終わり。
時間は……まだ少し余裕があるな。ご主人を起こしに行ってもいいが、その前に昨夜書き込んだ掲示板がどうなってるか確認しておこうかな。
と言いつつ、つぶやきったーを見に行ってしまうのは、やっぱり前世からの癖だなぁ。
「にゃん?」
おや、通知がたくさんとDMが一件。誰からだろう?
「にゅ……くふっ」
通知画面を見てみれば、思わず笑みがこぼれてしまった。
何せそこには、明人ほか前世の幼馴染たちからのリプライが連なっていたから。それも、昨晩盛り上がったであろう居酒屋での集合写真つきだ。これを見て嬉しく思わないやつがいたら、そいつは人間じゃない。
そうか、みんな俺のことを信じてくれたんだな。猫に転生した、なんていう荒唐無稽な話を。
……リプライを読む限り、みんな肯定的に受け止めてくれているようだ。大急ぎでダイブカプセルを買ってSWWに参戦するという表明もある。
くそう、嬉しいなぁ……! 友達からの信頼もそうだけど、失ったはずの縁がもう一度戻ってきたことが、あいつらともう一度顔を合わせてゲームをできることがとても嬉しい。
ああ、俺って運がいい。いや運悪く死んだんだけど、それはそれとして、運がいいよ。恵まれてる。本当に恵まれてる。
こういう気のいい連中と出会えただけでも、黒川北斗として生きてきたことに意味はあったって思えるし、それだけで生まれたかいがあったって言えるよ……。
「にゃ」
……おっと、そういえばDMも来てたんだったな。こっちも確認しておこう。
とはいえ、DMを送ってくるような人間に心当たりはないぞ? 何かドッキリとかで、明人から打ち合わせの打診だろう……か……。
「ひゅっ」
ちょ。
おま。
おい、マジか。
嘘だろ、おい。思わず呼吸が止まったじゃねーか。
……ディスプレイに表示された、俺宛てのDM。そこに記されていた差出人の名前は、「ミーナ」。
そしてその名の真下の本文は。
『お兄ちゃん!! 生きてるんだよね!? お兄ちゃん!!』
と書かれていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
そして時は動き出す。