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36ねこ 目覚めよその魂

 というわけで勝利。なんていうか、うん、ともかく、勝ったは勝ったよ。

 途中、想定外の事態もあったけど、結果だけ見れば危なげない勝利と言えるだろう。

 最後ご主人が見せた太すぎる肝っ玉にはひやっとさせられたが……。


「だって【プロミネンス】の威力なら行けると思ったんだもの。それに別に死ぬわけじゃないんだし、試せるなら試しとこうかなって思って」


 当の本人はそう言って、ケロッとしておられた。


 その【プロミネンス】とやらは、なんかMYUミュウから直々に教わったらしい。スキルレベルを上げなくてもそれでスキル習得できるんだなぁとか、MYUの説明って擬音だらけでさっぱりわからなかったようなとか、思うところは色々あったが……そういう切り札があるなら、事前に何かしら言っておいてほしかったのが一番ですかね!


「ニャルラトの呪縛下にあったとはいえ、我を下すか……」


 ……あ、リザルトイベントとかあるんですね。

 やれやれ、ご主人に言いたいことまだあったけど、さすがにこっちのほうが大事だろう。今回はここで手に入る報酬が第一目標だったわけだから、なおさらだ。


 というわけで前を向く。俺の前に現れたのは、人の形をした炎だ。先ほどまで奇声をあげて暴れまわっていたやつと同一人物だなんて思えないくらい物静かだが、やはり「あの」呪縛ってステータスはそういうことだったんだろう。


 というか、西の高校生探偵の中の人だなこの声。多少エフェクトかかってるけど俺にはわかるぞ。


「どうやら我らが神を敬わぬ蛮族にも、見所のあるものはいるようだ」


 と思ってたらいきなりディスってきやがった。これだから狂信者ってやつは。


 そしてこの物言い、高校生探偵というよりは悪役だった頃の野菜星人の王子のほうがしっくり来そうだ。


「しからば……ここは我が耐えるとしよう。このくびきに囚われているよりは、まだマシというもの。ハ、ただの猫に我を使いこなせるかどうかは知らんがな」


 宿敵に捕まってたくせにどんだけ上から目線なんだこいつ……。


「だが勘違いするな。我が手を貸すのは、あくまで忌々しきニャルラトに一泡吹かせてやるため。一時的なものだと心せよ」


 そして今度はツンデレの見本みたいなことを言い出した。


 いや、本当に言ってること以外に他意はまったくないんだろうけどさ。やっぱり声がどうしてもね……。

 なんだろうな、長く続く特定の当たり役があるのも良し悪しかもしれない。だって俺、ビンゴの歌でダンスってるこいつを幻視して今にも笑っちゃいそうなんだもん……これもオタクの悲しいサガか……。


 と思っていたら、ぽんっとメッセージウィンドウが現れた。


≪フレイムクリーチャー・オブ・クトゥグアと仮契約が可能です。仮契約しますか?≫


 来た来た。これ以上会話してたらもっと色んな妄想が勝手に湧いて出てきそうだし、爆笑しないうちにさくっと契約してしまおう。


「ほほう、矮小なる身で躊躇せぬとは。ククク、我に打ち勝ってみせただけはあるということか。よかろう、我が力、そして我らが偉大なる神、クトゥグア様の力、とくと見るがよい!」


 声の迫力は抜群なんですけどね……ああ、お好み焼きが食べたくなってきた。


≪【ディペンディング】で精霊【フレイムクリーチャー・オブ・クトゥグア】が使用可能になりました≫


 ……精霊扱いなのかクリーチャー。善とか悪とかで区別はないんだなぁ。力は使い方次第、みたいなことだろうか。


 まあともあれ、当初の目的はこれで達成したわけだ。


「よしご主人、戻りがてら試運転……ご主人?」


 と思ってご主人を仰ぎ見たら、実に微妙な笑みを浮かべてフリーズしていた。その手にはハンドボールくらいの大きさの水晶玉があって、さらに言えばその水晶玉の中には黒い炎が踊っている。

 あれ? それって掲示板に画像があったぞ、クトゥグアの種火だよな。え、ってことはもしかしてだけど。


「えっと、ご主人? もしかして契約できなかった……?」

「うん……」


 油の切れたロボットみたいなぎこちなさでこちらを向くご主人。その顔は、期待を裏切られて絶望した魔法少女みたいだ。


「え、なんで? だってご主人、必要なスキルは持ってたよな?」

「なんかね……『未熟者めが』って鼻で笑われた……」


 なんだとあのクソ炎、俺のご主人をバカにしやがって! 許せねえ……やつには一度猫じゃらし生殺しの刑に処してやる!


 ……いやそれはあとでもできるとして、今は冷静に考えないと。というか、参戦者ごとに個別の会話がされてたのか? すごい技術だな……。

 それにしても、未熟者……その言われようということは、まさか。


「……ご主人の【従魔術】ってレベルいくつ?」

「……さっきの戦闘で24ね……」

「……俺の【巫術】、さっきので26になったんだけど……えーと、これはもしかして」


 野生の妖怪一足りないが飛び出してきた……ということか……!


「……レベリング、しようか……」

「する……!」


 俺の言葉に頷いたご主人は、歯が砕けるんじゃないかってくらい鬼気迫る顔をしていた。リアルならたぶん泣いてたんじゃないかな……。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 はい、そんなわけでレベリングを行い、ご主人の【従魔術】を25に上げた。ご主人の精神的安寧を守るために、クリーチャーの試運転は自重したよ。いや、だって申し訳ないじゃん?


 それで改めて隠し部屋に入ったんだが……。


「何も起きないじゃない! なんで!?」


 見事なまでに空振りに終わった。もぬけの殻ともいう。


 ここはさっきクリーチャーと戦った地下なわけだが、見事なまでに何もない。ものとか人はもちろん、イベントもだ。

 そのくせ入るためにン・ガイの木剣はしっかり二本使わされたあたり、性格が悪い。いや、それに関してはレベリング中にさらに十五本追加で手に入れてるから、まあ許すけど。


「……今掲示板見てるけど、更新時間がさっきのタイミングでそれらしい推測が書き込まれてるな」

「それで!?」

「どうも契約が成ったプレイヤーは、その契約をした場所ではもうイベントは起こせないらしいんだが、これパーティにも適用されるらしい」

「……えっと、それってつまり」

「俺がパーティにいると、ご主人はこの隠し部屋ではイベントが起こせない」

「抗議のメール送るわ!」


 キッと目力を強めて宣言するご主人。

 気持ちはわかる。このゲーム、ところどころリアルさを優先した結果ゲーム性が落ちてるところあるよな。今回のに関しては、バランス取るのが難しいところだとは思うけど。


 メニューを開き、勢いに任せてホログラムなキーボードを叩くご主人を見るに、戻ってくるには少し時間がかかりそうだ。その間、対策を考えておこう。まずは地図を開いて、と。


 うーん、他にもクリーチャーがいる隠し部屋の位置は大まかに聞いてはいるけど、ここからとなるとどこもちょっと距離があるな。いっそここで一時的にパーティを解消するか?

 でもなー、確かに解消するのは手っ取り早いけど、ご主人とみずたまだけでボス戦をやらなきゃいけなくなるしなぁ。

 いや、なんかパーティ外のやつは参戦できないらしくて。この隠し部屋そのものから弾かれるらしいんだよな。


「……って懸念があるんだけど、ご主人どうする?」

「うーん……あたしとみずたまだけで勝てるかしら……?」

「そこだよなぁ。あの情報にない挙動されると、まず無理じゃないか?」

「そこよ。あれは何か情報ないの?」

「今のところはないなぁ……」


 複窓で色んなスレッドを流してるが、あれに関するそれらしい情報はない。

 俺の推測が正しければ魔法使いの誰かが同じ事態に遭遇していると思うんだが、今あのスレッドはなんか新しい技を開発して運営から特殊な称号をもらおうと盛り上がっていて、完全に目的を見失ってる。開祖とかいう意味の【ファウンダー】がかなり強かったから、みんな欲しがる気持ちはわかるが今やってるの期間限定イベントぞ。それでいいのかお前ら。


 ……一応書き込みはしてみるけど、期待できないだろうなぁ。


「うーん。もしまたおかしな挙動されても困るけど、別に死んでも困るわけでもないしとりあえず挑んでみようかしら。死に戻ったら戻ったで、一旦ログアウトすれば時間は稼げるし」

「なるほどその手もあるか」


 俺は完全に安全策しか考えてなかった。この辺りはプレイスタイルの差かなぁ。


「じゃあ俺はクリーチャーの試運転と、余裕があれば情報収集やっとくよ」

「そうね、お願いできる?」

「もちろん」


 ということで、ご主人にバフを盛りに盛ってから一時的にパーティを解散する。同意するウィンドウに肉球を押し当てて、ご主人にグッドラックだ。


「なるべく早く帰ってくるからね!」

「おう、待ってる」


 それだけ交わして、俺は隠し部屋に残るご主人に背を向けて通路に戻る。

 さて、ここからしばらく一人なわけだが……この辺りなら一人でも最悪逃げ切れるだろうから、少し使い勝手を検証だ。


 フレイムクリーチャー・オブ・クトゥグア。事前に調べていた情報によると、【巫術】としてこいつを使ったときに得られる効果はサラマンダーによく似ている。

 ただし、肉弾戦に向いた強化補正がかかるサラマンダーとは逆に、魔法戦に向いた強化補正がかかるらしい。魔法主体の俺にとっては、末恐ろしくもあるが相性がいい。特に魔法攻撃力が伸びるという話だから、ホント名前と設定がクトゥルフ系じゃなきゃ末長く使いたいんだが。


「お、おあつらえ向きにホムンクルスが来たな。それじゃ早速……」


 のそのそと近づいてくる数体のホムンクルスを前に、俺は地面を踏みしめながらスキルを発動した。

 どこからともなく降り注いできた光が俺の中に入る、というエフェクトはヴァルゴやサラマンダーなどとまったく同じ。ここはスキルとしての共通部分だから当然だが、さてその先は……。


「お……おおお、これは……なんていうか……カッコいいな!」


 俺の身体が、さながら炎になったかのように火の粉を上げ始めた。

 いや、実際身体の要所要所がそっくりそのまま猫の形の炎になっていて、以前にクロが使っていたクリーチャーによく似たファイヤーキャットみたいだ。

 うーん、俺の中の中学二年生が歓声を上げているのがわかる。今度明人に見せて自慢してやろう。


 まあ妖怪じみた、と言えなくもない。でも完全なる炎ってわけでもなくて、生身の部分と半々くらい。かといって身体を焼かれているわけではなく熱さも感じないから、この変化の主体ながらすごく不思議な感覚だ。


「でもダークなカッコよさって男のロマンだよな。これはこれで」


 そして変化は敵方にも一つ。俺がこの姿になるや否や、今までのそのそと動いていたホムンクルスたちが一斉に目の色を変えて(いや連中に目はないんだけど、比喩だ)猛然と襲いかかってきた。

 そんなにクトゥグアが嫌いか。いや嫌いなんだろうけど、もうちょっとだけ余韻に浸らせてくれてもいいだろうに。


「ふん、主人の宿敵の気配を感じたか? だがお前たちではこのナナホシには勝てん! 絶対にな!」


 けどそれに慌てることもなく、むしろノリノリで俺は目の前に迫ってきていたホムンクルス(ハンマーさんレベル22)の頭に、【ホーリーショット】をそれなりの威力で撃ち込んだ。その白い弾丸は、普段と違って燃え盛る炎に包まれている。


 そう、これこそ【巫術】スキルとしてのフレイムクリーチャー・オブ・クトゥグアの効果。すべての攻撃に炎属性の追加ダメージが乗り、威力が底上げされるのだ。


 それだけではない。元ネタのクトゥルフ神話において、実質最強クラスの邪神であるニャルラトテップに痛打を与えたクトゥグアの炎は、ニャルラトテップの眷属にもよく効く。

 つまりこのホムンクルスに対してはさらにダメージが乗るというわけで……今頭を撃ち抜かれたハンマーさんも、その一撃でライフゲージを失い消滅した。


「おおう、まさか一撃とは。浅層だから行けるとは思ったけど、こりゃあ予想以上だ。もしかしてこの辺りじゃ威力の検証もできないか?」


 思わず素になって足を止めたところに、隙ありとばかりに切りかかってくるソードのホムンクルス。

 が、その斬撃は俺の身体を素通りした。肉体が一時的に炎になって、刃を通過させたのだ。


 これもクリーチャーの効果。身体が炎になってるから、物理攻撃は効かないというわけだ。強い。

 とはいえ、絶対に安全と言うわけではない。発動には何かしら条件があるらしいし、その条件はまだ解明されていない。だから気休め程度に思っておくとして……。


「今、何かしたのか?」


 言いながら、攻撃した体勢のまま戻っていないソード君めがけて【ホーリーウェーブ】。もちろん炎と共に放たれた白い波頭が、そいつ以外のホムンクルスたちもまとめて押し流していく。


「ふははははは! 燃えろ燃えろァ!」


 さらにそこに追撃。散弾にした【ホーリーショット】をばらまきながら、悠然と前に進んでいく。

 さすがにヘッドショットでもない散弾では倒しきれないみたいだが、そこまで期待はしていない。本命はこの後だ。


 しかしなんというか。


「……魔王ムーブって気持ちいいな……」


 男としては高い俺の声はあまりそっち方面には向かないんだが、俺自身は嫌いじゃなかった。機会があればやってみたかったなぁ。

 まあ、ただ楽しいだけでやれるほど悪役は簡単な仕事ではないんだけど。


「こいつで終いだ!」


 それでも今は趣味の時間。楽しさを優先して味わいながらも、身構えてスキルを発動する。


「【ホーリーレーザー】!」


 宣言に応じて、俺の眼前から白い光線が放たれる。しかしそれは、以前使ったような単純なものではない。

 現れた光線は、それこそ無数。細くはあるが確かな殺傷力を秘めた光線が、俺の前方ありとあらゆるところへ次々と突き刺さっていく。


 しかも今回は、クリーチャーの効果も乗る。いずれもクトゥグアの力を宿したそれが貫いた場所からは、例外なく赤い炎が巻き起こる。

 ホムンクルスたちはもちろん、ダンジョンの壁や天井、床すらも焼き尽くしながら蹂躙する白い光線の様子はさながら地獄絵図。ぶっ放した俺が言うのもなんだが、オーバーキルにもほどがある。


「……思わぬ必殺技ができちまったなぁ」


 そしてそこで我に返る辺り、俺の中の厨二ちからも落ちたもんだ。せっかく魔王ムーブするならやりきっておけばいいものを。


 しかしそれにしても今の【ホーリーレーザー】、たぶん練りこめばまだまだ威力上がるな。複数放ったレーザーは細くして数を取ってたから、あれを元のまま放てるようになれば間違いなく必殺技だろう。

 あるいは一体に向けて収束させる、追尾させるとかの派生を考えてみても面白そうだ。できるかどうかはわからんけど、目指してみてもいいだろう。


 まあ、燃費はクッソ悪いんだけどな。エネルギーはもうすっからかんだし、なんならわりとリアルに頭が痛いしなんだかフラフラする。【ウィズダム】の称号取って魔法使いになって最初の頃はよくなってたが、最近は慣れてすっかりご無沙汰だったんだが。

 これたぶんあれだな、クリーチャー自体に燃費が悪くなるデメリットがあるから、余計だな? 確かに強力な技を編み出したけど、こんなん多用は絶対できないわ。まずやるとしたら、省エネがどこまでできるかだな。


「うん、新しい目標が出たところで次は違う方向で検証だ。回復とかバフデバフの場合なんかも見ておかないとな」


 というわけで、俺はふむふむと一人で頷きながら、しばらくは何も襲ってきませんようにと祈ることにしたのだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


元†黒解の堕天使ザ・フォールンブラックルシフェリオン†の面目躍如。

ちなみに身体が炎になるって、まあぶっちゃけて言えばメラメラのあれみたいな感じですね。

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