32ねこ まさかの
今日のご主人の夕飯は、ネギたっぷりのチャーハンと中華スープであらせられた。もちろん俺の心は死んだ。
というわけで、食事その他諸々を済ませてご主人と一緒にSWWにログイン。
その足でプレイヤー運営のレストランに直行し、最速でラーメンのチャーハンセットを注文した。
俺は悪くない。あんなうまそうな飯を、これ見よがしにうまそうに食べられると本当に心が虚無になるんだ。ラーメンはまあ、なんというか勢いで。
もちろんご主人にそんなつもりがまったくないのはわかっちゃいるんだが、職業病なのかそれとも次の役の関係なのか、やたらうまそうにリアクションを取るものだから俺に対してこうかはばつぐんだ。
まあ、ゲームの中とはいえこういう食事を体験できるだけ俺はマシなんだろう。これが戦国時代とかに猫で転生だったら、きっともっときつかっただろうから。
ただ、食べられると言っても食べられるとは言ってない。具体的に言うなら、猫の手で人と同じ食事はできないということで。
「はいナナホシ、あーん」
「あーん」
そんなわけで俺は今、世を賑わす有名女優にあーんしてもらうという、人によっては末代まで恨まれそうなことをしている。俺自身は去勢済みなこともあってか特に思うところはないんだが、はたからはそうとしか見えないかもしれない。悪いな、恨むなら自分か神様にしてくれ。
ちなみにご主人はリアルの食事から一転して、和食の天ざるそばである。また食べてるのかと思われるかもしれないが、リアルとゲーム内の腹具合は連動していないのでタイミング次第ではこうもなる。
その隣では、みずたまが一心不乱にカツ丼を貪っている。隣の芝は青いとはよく言ったもので、絶賛ラーメン中なのに早くも目移りしてしまうのは仕方ないだろう。だってうまそうなんだもん。
いいなあ、俺も次はカツ丼にしようかなぁ。ミスリルにあるプレイヤーの店ならノーマルはもちろん、ソースカツ丼デミカツ丼タレカツ丼味噌カツ丼と、カツ丼よりどりみどりだから今度あっち行ったらぜひ食べよう。
まあ、今はそれは置いといてだ。
「うーーまーーいーーぞーーっっ!!」
「あはは、ナナホシってば大げさねぇ」
「……いや、そんなつもりまったくないから! マジでラーメン超うまい脂身最高時代はとんこつ醤油こってりラーメン!!」
リアクションだけで店を破壊しそうなムーブを決めたのは、わりと本心だ。冗談抜きで、今俺はこういう豊かな食生活を送れる人間を心底羨ましいと思っている。
「そういうものなのね……その、毎日ごめんね?」
「いや、ご主人に恨みはないよ。誰が悪いってわけじゃないし……」
そう答えながら、先程思ったことを改めて口にする。俺は猫の中ではマシなほうなのだ。というか、明らかに恵まれているのだと。
そしてこの話は堂々巡りというか、善人なご主人は何かにつけて気にするように思う。そうなると似たようなやりとりを今後もすることになりそうなので、なるべく早めに切り上げることにした。
「……で? 俺のことはともかく。今日はなんかやけに機嫌がよかったみたいだけど、大河主演決定がそんなに嬉しかったのか?」
「ぅえっ!? ナナホシその話どこで……って、インターネットよねぇ……」
「まーな。ニュースサイトでもトップに来てたし、掲示板とかでも賑わってたぞ。しかも濃姫とか、歴史を変えたビッグネームじゃないか。俺も鼻が高いってもんだ」
大河ドラマと言えば、日本人なら大体が知る国営放送の連続ドラマ枠だ。映像作品の放映期間が短い昨今、数少ない一年続くドラマと言えよう。
その主演ともなれば役者としての経歴に箔がつくのはもちろんだが、なによりこれほど濃厚で充実した経験ができる機会はそうそうあるまい。
かつて形態は違えど演技の道を選んだ身としては、羨ましいという気持ちもある。しかしそこは我がご主人のことだ、純粋に喜ばしいと思う気持ちにだって偽りはない。
「や、なんていうかその、確かにそれもすごーく嬉しいんだけどね? 実はもう一つ嬉しいことがあって……」
「へえ、いいニュースが二つも。そりゃ鼻歌も出るってもんだろうなぁ」
「ま、まあね!」
そう照れずとも。かわいいから何も問題はないけどさ。
しかし大河の主演と同レベルのニュースってなるとなんだろうな、ハリウッド決定とかそんな感じだろうか。もしそうだったらすごいことだぞ。
そんな期待を込めながら身を乗り出し、改めてチャーハンを口に運んでもらう俺。ネギうめぇ。
「あのね、実は……少し前、ミュウちゃんにナナホシのこと教えてもらった時に、あたしが次出演するドラマでペットがいるって話したかと思うんだけど」
「んん? んっと……なんだっけ、確かペットと一緒に住んでるとかそんな話だったっけ?」
詳しい話は何も聞いていないが、それでも最近ご主人が台本片手に練習してる姿を見るに、三十分枠のグルメドラマなのはわかっている。さっきご主人の夕飯を見て俺が勘ぐったのはこれの影響だ。
確か内容としては、仲良し女子大生四人組がときにみんなでときに一人であちこち食べ歩く、って話だったかな。原作は俺とMYUの共演作である「異世界トラベラーケイ」と同じく、梅書房から出ている漫画のはず。なお四コマではない。
タイトルには覚えがなかったから俺の死後に始まったやつかなと思っていたが、どうやらつぶやきったーで連載されていたものが書籍化したものらしい。タイトルがその際に変わったみたいで、絵や序盤の展開は見覚えがあった。
「そうそう、それなんなんだけどね。あたしがやる役、ペットがいるって設定なんだけど、実は何を飼ってるかは原作には全然出てこなくて」
「それって飼ってるって言うんだろうか……設定を活かしきれていないんじゃ……」
「まあ身もふたもない言い方すると、あたしの役の子、一番人気低くて出番のない子だから……」
「ぶっちゃけたなぁ……」
「作品自体の人気は高くても、キャラごとの人気は偏るっていう好例よね。原作者さんは一応設定は決めてるらしいんだけど、作品はそこまで掘り下げるところまでなかなか行けてないみたい」
まあネット発の作品は、受け手の感想がダイレクトかつ迅速に届く強みがある代わりに要望やキャラプッシュなんかも同じくらい来るしなぁ……。人気のキャラの登場回数が増えるのは一般誌とかでもままあることだし、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。
でもそういうキャラほどコアなファンがいたりするし、一概にこうとは言えなかったりもするのが面白くもあり……。
「でもね、どうせ実写化するならドラマオリジナル回でこの子を掘り下げようってプロデューサーがやたら推してきてね。それで実際にやることになったんだけど……」
「……そのプロデューサー、絶対ただのファンだろ?」
いたよ、コアなファン。
「まあそうね。それでね……」
「うん……うん? ご主人、なんでそこで身を乗り出すんだ?」
「そりゃ乗り出すわよ! なぜならね、その子のペットをどうするかで、あたしの意見が採用されたのよ!?」
「うん……うん? ご主人、それってまさか」
作中ではまだ詳細が出ていないペット。それをどう決めるかって話でご主人の意見が通ったって、それってまさか。
「うん! ナナホシを起用してもいいってなったの!!」
「そのまさかだった!」
ウッソだろおい! こないだのご主人の発言、現実になっちゃったよ!
「それで原作者さんにも確認が行って、あちらからもいいですよって言ってくれて! そんなわけだからナナホシ、今度一緒にドラマ出ましょ!」
ぐいぐいと迫ってくるご主人の目が、かつてないほどキラキラ輝いている。そんなにか、そんなにペットと一緒にドラマ出たいのかこの人!
出たいっていうか、日本全国に向けて自分のペットを自慢したいだけか? うーん、どっちもありうる……っていうか両方か?
「……あ、で、でもナナホシが出たくないって言うなら強制はしないわ。スタジオまで出かけなきゃいけないから負担になるだろうし。こうやって話ができるからこそ、ナナホシの嫌なことはさせたくないし……」
俺がどこか遠い目をしているのを見て、まずいと思ったのかゆっくり戻っていくご主人。さすがに熱くなりすぎた自覚はあるらしい。
ただ……勘違いしてもらっちゃ困るな。
「いやいや、別に嫌だなんて言ってないっての」
「ほ、本当? 無理しなくってもいいのよ?」
「本当だよ。むしろこっちからお願いしたいくらいだ」
何せ前世は超下っ端だったとはいえ、声だけとはいえ、俺も演技者だったんだから。
身体を使ってのそれは文化祭などの演劇くらいでしか経験はないが、それでも同じ演技というカテゴリの中に収まること。興味がないはずがない。
もちろんそんな経歴は、口が裂けても言えないけど。そんな気概を込めて、俺はにいっと笑って見せた。
するとご主人の顔が、先程以上にぱあっと明るくなる。
「やったあ! ありがとねナナホシ、そうこなくっちゃ!」
「あ、ただしご主人、一つ条件がある」
「条件?」
「ああ」
とここで俺は一度目の前の食事から完全に意識を外し、真顔でご主人に向き合う。できないが、気分は顔の前で手を組んでそこに顎を乗せた某司令のグラサンだ。
ご主人も俺の態度にただならぬものを感じたのか、姿勢を正して向き合ってくれた。
「報酬はてゅ〜るのかつおアンドかつお節味で頼む」
そして俺は、キメ声でそう言った。前世の声優人生を振り返ってみても、これほどの声を出したことはなかったのではないかというくらい、渾身の一声だった。
いやまあ重要な役どころやったことないだろってツッコミはさておきね?
もちろんこれはギャップを利用したウケ狙いなわけだが、発言自体に他意はない。というより本気である。
とはいえ思惑通りご主人は一瞬あっけに取られたあと、爆笑してくださった。食事の件であまり気にしないでほしいから、これで少しは楽になってくれると嬉しい。
……ところで普段の俺はツッコミ役を自認しているんだが、なかなかどうしてボケも行けるんじゃないだろうか。ていうか明人のボケが強すぎるだけなんだ、きっと。そうに違いない。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
最初から一貫して「異世界じゃないけどパラレルワールド」のタグをつけている通り、本作はいわゆる我々が住む現実世界が舞台ではありません。
まあ魔法がある時点でアレですけども、リアルでは日本に存在しない国営放送を実在としているのはその一環ですし、EXで江戸城を皇居じゃなくて関東御所と称したのもその一環ですね。
この世界の戦国時代の話もいつか書きたいところですけど、はてさてそれはいつになることやら。