30ねこ インターバル
「……さて、というわけでだ」
「はい」
「反省会と行こうか」
「間違いない、それで行こう」
「キメ顔で言うな」
宿屋なう。
はい、つまり普通にやられました。
うん、たった二人で勝てるわけない。明らかに格が違った。アカリたちがいたとしても勝てるかどうかは微妙なところじゃないだろうか。
そもそもの話、前衛で物理戦闘職の明人がドリル一発でノックアウトだったのだ。どうにかなる相手じゃないのは間違いない。
俺? もちろん一撃で蒸発しましたが何か?
とはいえ、これはあくまでゲーム。やられたからといってそれで諦める理由にはならないし、むしろゲームだからこそ今は無理でもいつかは勝てるはずなのだ。
ゆえに次を見据えての反省会なわけだが……。
「敵の攻撃は、回避に集中すれば避けられるくらいのものだと思うんですが……集中すると攻撃している余裕がまったくないんですよね。あれにもう一度挑むなら、やはり最低限人数最大にしてからですかね」
「……道理だな。縛りプレイをしてるわけでもなし、ボスにたった二人で挑むのは無謀すぎる」
「あと、攻撃の威力が高すぎるのも問題ですね。自分が防具にあまり投資していないこともあるでしょうが、それにしてもまさか一撃で死ぬとは思いませんでした」
「……それもそうだ。バフデバフはもちろん、回復役が最低でももう一人はほしいところだ。あとお前は防具揃えろ、マジで」
「あとはどれだけの行動パターンがあるか、ですかね……残りライフに応じてパターンが変わったりすると厄介ですが、ほとんど削る暇もなかったですからね」
「……うん……それももちろんそうなんだが、なあ明人」
「なんでしょう?」
「お前その前に反省すべきところがあるだろ。もっと致命的で一番反省すべきだったことが!」
そこで明人は目をそらした。普段ならそれも無自覚で、きょとんとされるんだろうが……今回はさすがにやらかした自覚はあるらしい。
「おい。おい明人。こっちを見ろ。いいから。コッチヲ見ロオオォォ!」
「ちょっ、その声真似はズルい! というか案外演技の腕落ちてないですね!?」
セリフとともににじり寄った俺に、明人が距離を取る。だが瞬発力で猫に敵うと思うなよ。
「いいか明人……俺は今、スイッチを押したい気分なんだ。いわゆるリセットボタンってやつだ。一時間くらい時間が巻き戻るやつ。ついでにお前も吹き飛ぶリセットボタンだが、今回ばかりは許されるんじゃねえか? いや俺にそんな能力はないからあくまで比喩だが!」
「あれは仕方なかったんですよ、不幸な事故だったんです!」
「事故で! あからさまに怪しいスイッチを! 一直線に押しに行くやつがあるかぁーーっっ!!」
「ああっ、せめて肉球で! 殴るなら肉球でお願いします!」
「いいや限界だ、押すねッ!」
まあそう言いつつ、猫パンチで済ませてやるわけだが。何せ街中で威力の高い技を使うと怖いNPCにわからせられるからな!
とはいえ、殴りたいという俺の心に一点の曇りもない。人間とか猫とか関係なく、本気でぶん殴ったのも嘘偽りない本心である。
なぜなら、明人が不用意に押したスイッチのせいで、あのあからさまに格上のボス部屋に飛ばされたんだからなぁ!!
「お前マジ、マジでそういうところだからな!? 昔からそうだったけど、なんでもかんでもスイッチ押す癖なんとかなんねーの!?」
「そ、そこにスイッチがあるから……」
「それを震え声で言うくらいならいっそ開き直れよ!」
言い切ってから、思わず深いため息が出た。
まあ、つまりはそういうことだ。
途中までは順調だったんだよ。特に問題なく探索を続けて、キューブもそれなりに集まっていて。
ところが明人が見つけた通路のスイッチを押したことで、一気にヤバいことになったわけだ。
マップ機能で確認してみれば、あのボス部屋はどうもアカリたちと一緒に探索していた区域よりもさらに奥にあるっぽい。つまり、俺と同レベル帯のプレイヤーで徒党を組んでもなお、高い壁と言えるくらいの難易度のはずで……。
「ははは、それは勝てるはずがないですね」
「なに笑てんねん!」
スパーン、といい音を鳴らして明人の顔が右に向いた。おおっとクリティカル。
「正直スマンかった」
「まったくだよ!」
おかげで今までせっせと集めたキューブが半分だ! せっかく目当ての報酬が目前だったのに!
「……いや、今回ばかりは本当に申し訳ありませんでした。自分の不注意です。処分はいかようにも」
……とはいえ、悪びれずにへらへらしているわけではないのも明人なんだよなぁ。
普段からボケまくるやつだし、今までのやり取りもまあ大体は素ではあるんだが。バカではあっても、ただのバカではないんだよな。ちゃんと謝れるバカなんだよなぁ……。
居住まいを正して深々と頭を下げる姿を見て改めてそう思う。同時に、これくらいで勘弁してやるかと思う俺は甘いんだろうか?
いやまあ、謝り方が時代錯誤というか、ほっとくとリアルに腹を切るとか言い出しかねないバカさも持ってるので、ほどほどにしとかないとめんどくさいってのもあるんだけど。
「まあこれはリアルじゃなくてゲームだからな。もういいよ。今後気をつけてくれ」
「ありがとう、北斗」
そしてゆっくりと顔を上げた明人を正面から見てしまい、俺は吹き散らかした。
ちくしょう、不意打ちにもほどがあるだろうがよ! 神妙な顔つきの二重メガネって、笑うに決まってるやろがい!!
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
冗談抜きで死ぬほど笑ってから、俺は痙攣する身体を奮い立たせながら話を振る。
「……でよ、今後についてなんだが」
「はいはい、どうやってあれを攻略するかですね」
しばらく明人の顔は見ないようにしよう。そんな決意を胸に、虚空に視線を向けたまま俺は首を振った。
「いや、それも話したいところだが、それはパーティメンバーを募れば大体は解決する話だ。人選の問題はあるが、それは逆にここで話をしても机上の空論になりかねん。それより先に相談しときたいことがあるんだ」
「……もしかして、リアルの話ですか?」
さすがに明人でも察したようだ。俺が頷くのに合わせて、改めて居住まいを正した。
「俺がリアルでも猫って話はさっきもした通りだが……俺は人間だったころの縁をまだ諦めてない」
俺の言葉に、明人は無言のまま頷いてみせた。続けろということだろう。
「ありがたいことに妹が律儀に俺のアカウントで死亡報告をしてくれてたから、ネット上の知り合いはちょっと難しいとは思うが……地元の友達とはなんとかなると思うんだよ。そこでお前の力を借りたいわけだ」
「それはもちろん。みんな喜ぶと思いますよ。自分も今すぐに連絡したいと思っていましたし」
「ただ、普通は信じてもらえないだろ? 今の俺の境遇をバカ正直に話したところで、信じるやつなんているわけない」
「まあそれはそうでしょう。誰だってそーする、俺だってそーする」
「ってわけで、なんとかして俺の存在証明をしたいんだが……なんか良い案ねーかな?」
「私に良い考えがある」
「お前のそのセリフにはろくな思い出がないんだよなぁ!?」
ただでさえ元ネタからして失敗フラグなのに、明人が使うと余計に悪い結果しか生まない。
俺は忘れてないぞ。そのセリフに乗せられた結果、先生や両親に何度も怒られる羽目になった少年時代を!
「いやいや、今回ばかりは渾身の名案だと思いますよ?」
「本当だろうな……とりあえず殴って止める準備だけはしとくわ……」
「そこで爪を研ぐあたりさすがですよね」
こちとらお前の自称良い考えに巻き込まれ続けて約二十五年の大ベテランやぞ。もういい加減乗せられないからな!
「動画を撮りましょう」
「……うん?」
「一年死んでいた上にさらに一年ほど猫をしていた北斗はわからないでしょうが、ここ二、三年の間にYOUTuberという新しい職業が生まれていましてね」
「いや、それは前からあっただろ……デジタルキャットなめんなよ、こちとらVTuberだって守備範囲だ」
「なん……だと……? いやそれはさておきですね。動画を撮るんですよ。いわゆるビデオレターというやつです。北斗だけだと難しいかもしれませんが、自分と二人で会話しているところを撮れば、十分な説得力があるのでは?」
「なるほど完璧な作戦っスねー……不可能ってことに目をつぶればよぉー!」
「えっ、なぜに?」
否定されるとは思ってなかったのか、いつもより割り増しで目を点にする明人。
どうしてその発想に至れるのか俺にはわからない。そもそも前提が違うってのに!
「リアルの俺はしゃべれないの! だって猫だもん! SWWはダイブカプセルの機能のおかげでしゃべれてるだけなの!」
猫はしゃべれない。これは世間一般で言われている常識だ。重度の猫好きは「うちの猫はしゃべる」と口を揃えて言うが、んなこたぁない。それは幻聴か、人間の忖度だ。
まあ筆談、あるいは読み上げアプリを使うという手段はあるが、それをやると会話のテンポが死ぬ。
だからビデオレターという選択肢は端からあり得ないのだ。
「いや……え、北斗? 冗談でしょう?」
「大マジだよ! 猫はしゃべれない! ドゥーユーアンダースタン!?」
「……HAHAHAさすが北斗、ボケは下手ですねぇ」
「ボケじゃねーよ全力でツッコんだよ! なんでそうなるん……」
あまりにも明人が大笑いするものだから、マジでぶん殴ってやろうかと思って身を乗り出したそのタイミングで、明人のメニューウィンドウが俺たちの間に浮かび上がった。
「北斗、このゲーム録画機能標準装備ですよ?」
「……ひょ?」
素っ頓狂な声が思わず出た。
そんな俺を尻目に、明人がウィンドウの中の一箇所を指差す。
そこには確かに、「録画」の文字が。
必然、俺の身体は硬直する。
……思い返してみれば、確かに。MYUの謎を解こうとしてたとき、普通に録画機能使ってたね、俺。
つまり?
要するに?
「……どうやら間抜けは見つかったようだぜ」
「カッコよく言ってもそれ北斗のことですからね?」
「ごほぁ!」
ボケ役からツッコミを受けた俺は死んだ。
死因は恥ずか死。享年一歳であった(もちろん本当に死んではいないけどね!)
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
そんなこんなで羞恥と敗北感に悶えた俺だったが、なんとか復活する。
で、そこから何をしたかと言えば、かつての友人たちに宛ててのビデオレター撮影会だ。
とはいえ気の利いたことを言えるほどの器量なんて俺も明人も持ち合わせていないから、無理せずSWWへの誘いを語ることにした。
結果としてなんかコントみたいな内容になってしまったような気がするけど、ある意味では俺と明人らしい会話になったとも思うから、まあよしとしよう。
「それじゃあ自分は早速この動画をみんなに渡してきますよ」
「頼む。こればっかりは俺には何もできん」
「任せて下さい。最近はみんな恋人ができたり結婚したりでなかなか全員で顔を合わせる機会がなかったので、ちょうどいい機会ですよ」
明人はそう言って、ログアウトしていった。
あとに残された俺も、追うようにしてログアウトする。デスペナが回復するまでの時間をゲーム内で一人で過ごすのは、さすがにちょっとキツい。
時間の流れが現実のほうが早いから、同じ時間潰しでもリアルでしたほうが都合がいいのだ。
というわけでこちら現実世界。カプセルから出ながら時計に目を向けると、四時すぎだった。結構長くインしていたようだ。まあ二回撮り直したし当たり前か。
「ふにゃあー……ぁう」
大きく伸びをして、ひとまず水を飲む。
そろそろご主人が帰ってきてもいい頃だよな。だとしたら彼女の毎日を考えるに、今日は夜までログインできないかもしれないな。
「にう……にうん」
ひとまず、あのドリルスペシャルとやらの情報でも集めるとするか。
俺はそう決めてパソコンの前に陣取る。
と言いつつ、まず最初につぶやきったーを見に行ってしまうのは前世からの癖だ。
その前世では声優としてのアカウントとプライベートのアカウントを使い分けていたが、今見るのはプライベートのほうだけだ。声優としてのアカウントは事務所もたまに使ってたし、既に死んでいる俺が使うわけにはいかない。
「にゃ……」
その俺のアカウントに浮かんだ最新のつぶやきは、明人による「人生最高の喜びがあった。詳細は言えないですが」というものだった。
あのバカ……そういうことは言うなよ恥ずいだろ。
思わず目頭が熱くなるのを感じてしまう。
うん……やっぱり前世は捨てられないなぁ。黒川北斗という人間が積み上げてきた二十八年間は、間違いなく俺の中に生きている。
そんな感傷に浸りながらも、俺は情報収集に乗り出すのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
戦争を・・・ね・・・。してたんですよ・・・pi〇ivで・・・。
2か月に渡って戦争を・・・寝たら国が滅ぶとおびえながら、かつて滅んだ故国を思わせる国を守るために・・・。
でもね・・・ダメだったんですよ・・・。戦争、負けたんですよ・・・。耐えがたきを耐え、忍び難きを忍んだのに・・・。
かつての故郷と違って滅ぶとは言われなかったし、明るい未来がありそうな感じで終わったのでそれはいいんですけどね・・・でも敗戦したことに変わりはなくてですね・・・。
まあその、つまりですね・・・更新止まってごめんなさい!!!