3ねこ 強制縛りプレイ
「……はー、長いチュートリアルだった……」
ゲームの世界に意気揚々と飛び込んだものの、最初のチュートリアルを終えた俺は疲労困憊で最初の街――王都セントラルのメインストリートに寝転んでいた。
行きかう人が時折構ってくるが、すまない。今そんな余裕はないんだ。まさか疲労がここまで現実に即した形で襲ってくるとは思ってもみなかったよ。
なぜこんなことになったのかと言えば、それはチュートリアルが過酷すぎたという一点に尽きる。
いや、普通に人間だったらすんなり十分程度で終わったんだろうけどな? 猫の俺にはちょっと難易度が、な……。
うん……インベントリの使い方とか、スキルの取得方法とか、そういうのはよかった。何も問題なかったし、スムーズに終わった。問題は戦闘のチュートリアルだよ。
出てきた相手は、色んなゲームで最弱モンスターの代名詞としてお馴染みのゴブリン……しかもチュートリアル用に一切抵抗しない仕様のやつだったんだが。そんな無抵抗のやつですら倒すのに十分近くかかってな……。
しかもだ。チュートリアルの最後に、仕上げに一戦やらされたんだ。うん、ガチなやつな。
所要時間、十分を軽く超えたよ。一対一で、まったく強い相手ではなかったはずなんだが、まったくわけがわからないぜ!
収穫がなかったとは言わない。猫の身体はやはり身軽で、音や匂い、空気の流れにとても敏感ということがよくわかった。そこにサポートスキルによるモーションサポートも加われば、ただのゴブリンの攻撃なんて止まって見えるレベルだったさ。おかげでノーダメージでクリアできた。
うん、ノーダメージではあった。ただ、現状ろくな攻撃能力がないこともはっきりした。猫パンチの弱いこと弱いこと……。
人類ってずるい。そのままじゃ勝てない相手にも、武器防具を駆使して勝っちゃうんだもんな。
まあ、予想通りすべての武器防具が装備不可能だったとわかったのも、収穫っちゃ収穫かもしれないが……嬉しいはずもなく。
ちなみにその後も、アイテムのドロップや称号、スキルの使用方法なんかのチュートリアルでもご丁寧に戦闘が都度挟まりまして。
うん、もちろんすべてのチュートリアルバトルで10分以上余裕でかかりましたとも! 結果として実に一時間以上もチュートリアルをしていたよ! 思っていたより世界は猫に厳しい!
ああそうそう、収穫は一応もう一つある。
それは、チュートリアルを終えただけなのに既にレベルが6に達したということだ。まだ一回もフィールドに出てないプレイヤーのレベルじゃないと思うんだが、どうなんだこれ。あるいは戦いが長引いたら経験値も多くもらえるのかもしれない。
ちなみに想定外の大幅レベルアップで得たスキルポイントは、将来を見据えて【鑑定】にした。
戦闘用に【太陽術】なり【神聖魔術】を取っておくのが妥当だとも思ったんだが、このゲームのスキルは、所持スキル数が多くなればなるほどスキルの取得に必要なポイントが増えるんだ。そこにスキルの種類は関係なく、純粋に所持数だけが問題になってくる。
そして1回目のスキル獲得のために必要なポイントが、たとえば【太陽術】が1のところ、【鑑定】は圧巻の5なのだ。これはあとあと、取得が困難になるのは間違いないだろう。これは一種の先行投資ってわけだ。今日より明日なんだ。
と、そんな感じで【鑑定】を取ったんだが……ぶっちゃけわりと背水の陣なのは間違いない。このあとのレベリングは間違いなく苦労するだろう……。
「……やっと落ち着いてきた」
ふう、とため息をつく。
猫の身体はやはり、持久戦には向かないらしい。全装備禁止を強いられてるし、俺の生き残る道はどうやら、後衛職一択のようだ。
いかに【巫術】を柔軟に切り替え組み合わせていけるかが、最重要課題かな……。そもそもまだ契約できてないけど……。
「……まあでも、前世のアカウントも見つかったし良しとしよう」
休憩中、時間ももったいないしと前世のSNSアカウントを探していたのだが……。
幸いなことに、二年もログインしていなかったにもかかわらず、俺のアカウントはどれも生きていた。ありがたい話だ。
いくつかSNSはやっていたが、どれもみんな無事だったので今後の予定が立てやすそうで嬉しい。
まあ、つぶやきったー最後のツイートが、妹の手による死去報告だったのを見たときは泣きそうになったし、それに対するリプライやリツイートの数々には冗談抜きでマジ泣きだったけどな!
おかげでダイブカプセルの緊急停止機能(プレイヤーの身体に異変が起きた際に、強制的に現実に引き戻す機能)が働く直前まで行ったよ! なんとか強制ログアウトは避けられたけどな!
前世の交友関係はそこまで広くないと自負していたが、それでも俺の死はそれなりに誰かの心を動かしたらしい。そう思えば、どうやら黒川北斗という一生はなかなかに幸せだったんだなぁと感じ入ってしまったよね……。
しかしそうなって来ると、今度はどう復活ツイートをしたものだろう。たぶん、俺のフォロワーさんたちも俺へのフォローは解除していないとは思うが……二年も経って、いきなり復活を宣言しても誰が信じてくれるかね? 俺だったら信じない自信があるぞ?
いや、信じてくれないならまだマシなほうか。最悪乗っ取りを疑われて、アカウントを凍結させられる可能性がある。それだけは避けねばならない。
うーん……なんてつぶやこう……。ちょっと案が思いつかないぞ……。
「……うん。名案も浮かばないし、一旦ゲームに戻るか」
ここでうんうん頭をひねったところで、たぶん結果は変わらないだろう。こういうときは、思考を切り替えるに限る。
ということで、俺は気を取り直して立ち上がると、【空中ジャンプ1】も活かしてひょいっと民家の屋根に上がる。そのまま屋根伝いに、目的地へ。
この辺りは猫も便利なんだがなー……。
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さて俺の目的地はというと、勇者ギルドと呼ばれる場所だ。要するにクエストの授受をしたり、素材アイテムを引き取ってくれたり、そういう施設になる。お約束だな。
それがなぜ勇者かと言えば、SWWのシナリオ上、プレイヤーは「迫りくる魔王の脅威に立ち向かうため、王の召集に応じた有志」であり、そんな存在を「勇者」と呼称しているからだ。これもまた、お約束ってやつだ。
「おっ、いかにもって感じ」
そのギルド。中に入ってみればそこは、食堂が併設された受付カウンターが居並ぶという中世ファンタジー風世界ではありがちな場所だった。受付の数が多く、それぞれに人が座っている景色は役所を思わせるが。
しかしどうやら今はプレイヤーはいないようだ。誰も並んでいない。そういえば、プレイ人口はまださほど多くないんだったか。
選び放題のカウンターの中から一番近いところに向かうと、さっと上に跳び乗る。人間だったら行儀が悪いどころじゃないが、猫なのでこれくらい許してくれ。
ちなみに俺が選んだ受け付けは、メガネの女の子。見た目で言えば、大学生と言ったところか。
スケベ?
うっさい、いくら去勢済みでも俺は男なんだ。どうせなら女の子に受け持ってもらいたいに決まってるだろう!
だからお願いだから、目の色を同情に切り替えるのをやめてくださいお願いします!
……それはともかく。まずは手続きだ。
「……すいません、勇者養成学校からの紹介状を持ってきたんですけど」
「かしこまりました。中身を確認させてください」
あまりにも普通に対応されたので、少し面喰らいながらもインベントリから紹介状を取り出す。
このゲーム、プレイヤーとNPCの区別がまったくつかない(【鑑定】を使ってもわからない)くらい自然な対応をされるんだが、猫であることをこうさらっと流されると逆に不自然に感じるな。チュートリアルの教官NPCですら、猫のプレイヤーが来たことには多少なりとも驚いてくれたんだが。
あ、ちなみに勇者養成学校ってのは大仰な名前だけど、要はチュートリアルだ。世界観、大事。
「……ナナホシ様、ですね。はい、確認いたしました」
受付嬢の言葉と共に、紹介状が光になって消滅した。こういうところは妙にゲーム的なのな。
「それでは、ナナホシ様はどのアクティブスキルを習得なさいますか?」
「えーっと……」
まあ紹介状のことはいい。重要なのは、ここで一度に限りアクティブスキルのイベント習得が可能ということだ。
SWWはキャラメイク時に少し触れた通り、大半の人間は初期ボーナスをモーションサポート系スキルに振らざるを得ない。そのため、ゲーム開始時に一切アクティブスキルを所持していないという事態が往々にして発生しがちだ。
そんな状態でフィールドに出ても、戦闘は面白くないだろう。現実っぽいとはいえ、ここはゲームなのだ。みんな何かしら、派手にやりたいと思っている人間がほとんどだろう。
ではそのスキルはどう習得するのか。これはさっき俺が【鑑定】を取ったときのように、基本的にレベルアップ時にもらえるスキルポイントを使う。もしくは、クエストの報酬がスキルポイントだったりすることもある。
が、実はクエストの報酬が無償でスキルが習得できるイベントも、あったりする。紹介状からのギルド来訪の一連の流れは、ゲームシステムとしてのギルド紹介と、スキルのイベント修得の例示を兼ねたSWW最初のイベントというわけだ。具体的には、凄腕のNPCの下で修行するというイベントになる。
そしてどのスキルを選ぶかは、既に決めていた。
「【巫術】をお願いします」
「……失礼ですが、ナナホシ様は既に【巫術】を習得しておられます。それでも構いませんか?」
「ああ、構わない」
やはりキャラメイク時に触れた通り、【巫術】のための妖精との契約はイベントオンリー。そしてその最初のイベント発生タイミングが、実はこの修行イベントなのだ。
これを他のスキルの修行に充ててしまうと、現状では二つ目の街に行くまで契約イベントはないと言われている。となれば当然、その間【巫術】は完全な死にスキルになってしまう。当初はこれで泣きを見た人が何人かいたらしい。
なら最初は他のスキルを取っておけばいいだろうと思われるかもしれないが、ここにも一つ隠し要素がある。既に習得しているスキルをこのイベントで履修すると、そのスキルのレベルが一気に上がるのだ。
スキルレベルは成功率や威力、あるいは消費MPなどに関わってくる他、このゲームはスキルレベルを上げることで技を覚えていくシステムなので、高いに越したことはない。そして楽に上がるなら、そのほうがいいというわけだ。
先達たちの尊い犠牲に感謝しつつ、俺は受付嬢が差し出してきた手紙を受け取った。
「畏まりました。それでは、こちらが【巫術】師範、シヅエ様への紹介状になります」
それは時代劇で出てくるような、古風な手紙だった。相手の名前もまた古めかしさを感じる。
《【巫術師範への紹介状】を入手しました》
どこにも話者が見えないアナウンスが耳朶を打つのを聞き流しつつ、受け取った手紙をインベントリにしまう。
「修行が終わられましたら、ぜひまたギルドまでお越しください。ナナホシ様が立派な勇者様になられることを祈っております」
「ありがとうございます。それじゃ……って、ちょ、まっ」
そして別れの挨拶と同時に、喉をごろごろされた。
とっさにそれを押しのけつつじろりと目を向ければ、受付嬢はやや頬を染めて愛想笑いを浮かべていた。
ふむ。ノーリアクションだと思ってたけど、抑えていただけだったか。やはりこのゲーム、NPCが人間とほとんど同等に動くな。
ただ、残念ながら俺にメガネっ子属性はない。さっきあんなことを言っておいてなんだが、女の子なら誰でもいいというわけではないのだ。
俺をなでくりまわしていいメガネ女子はご主人だけであるぞ。ご主人は運転とかのときしかメガネかけないけどな!
そんなことを考えながらふむんと鼻を鳴らすと、受付嬢は苦笑しながら謝罪をしてきた。
「ごめんなさい。つい……」
まあ、こんなことでクレームを出してもめたいなんて思っていない。人間が猫を愛でるのは当然であり、猫はすべての人間に愛される存在だから仕方ない。
「今後気をつけてくれれば構わないさ」
だから俺は彼女にそう言うと、颯爽とカウンターから降りて次なる目的地へと足を向けるのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
VRMMOもののお話で、NPCがまっとうにNPCしてる作品ってほとんどないですよねーw
というわけで拙作でもNPCはリアリティお化けです。
ちゃんとその理由はあるんですけどね。たぶん本編中に語る余力も直接的意味もないので、公開することはないかなー。